32-5 中規模蛮族集落
そういえばオービルの父オズバートは高い所が苦手だった。それを思い出したのは飛行呪文で10メートルほど浮き上がったところだった。後ろから小さな悲鳴が聞こえたような気がしたのだ。ちらりとオービルを見ると、彼は顔を強張らせて元々持っていた槍と手すりを一緒にして指が青白く見えるほどぎゅっと力を入れて握っていた。
「オービル大丈夫?」
「ひっ、んんっ」
悲鳴のような呟きだけが返ってくる。彼の父と高い所での反応が違うもののやはり高い所は苦手らしい。ラミア討伐の際にも乗せたので大丈夫だと思っていたのだが、あの時は運搬の椅子にギュスターブ、ネヴィルが一緒に座っておりその2人の影でじっと耐えていたのでアルが気付かなかっただけらしい。連れて行っても大丈夫だろうか。
「行くのやめる?」
アルが問うとオービルはとんでもないとばかりに必死に首を振った。
「アル……だけに……任せない……一緒に……俺も……わっ、枝が……あんなに」
大きく目を見開いて下を眺めながらとぎれとぎれの返事が返って来た。アルは2人で初級学校の帰りに村の周囲を一緒に巡回したことを思い出した。あの頃は祖父やモリスが亡くなり、これからは村の平和を自分たちが守るのだと幼いながらも意気込んでいた。あれから7年程が経って状況や立場は変わったが、蛮族退治を一緒にしようと考えてくれているらしい。アルはうれしくなった。
「わかった。大丈夫、頑張って慣れてみて。あまり下が見えないほうがいいのかも?」
アルはそう言って高度を上げた。
「そ、そうだな。わかった」
オービルは精一杯胸を張るようにしてそう返事をしたのだった。
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「あれが僕の気になってた蛮族の集落だよ」
蛮族の集落が望める山の尾根に着陸したアルは、肩で息をしているオービルの背中をさすりながら言った。ここは4000メートル級の山々が南北に連なるナッシュ山脈の中腹であった。グリィに聞くとこのあたりの標高は2500メートルほどだそうだ。アルが指さした先には、岩だらけの山肌に貼りつくようにかなりの数の粗末な小屋が並んでいた。
直線距離でアルたちのいるところからは300メートルほど離れており、緑色の肌をしたゴブリンが小屋の間を行き交っているのが見えた。アルは以前、ここを見て大きな集落だと思ったが、ラミアからすれば中規模の集落という評価であったようだ。鉄鉱山の南、幼い子供2人を救出したあの集落を見た後ではそれも頷ける。そこから東に視線を移すと麓にひろがる辺境の深い森、さらにその向こうに1500メートル級の尾根が連なるシプリー山地を見下ろすことができた。
「す、すいません。取り乱してしまって……。ゴブリンはこんなところにも住んでいるのですね。寒いし、すこし息苦しくもありませんか」
オービルは地上に降りて落ち着いたのか口調が以前の騎士団でギュスターブの従士見習いをしていた時のように戻ってしまった。確かにすこし息苦しい。以前は浮遊眼の眼で追跡してきただけなのでわからなかったのだ。
「できれば子供の時みたいに気楽にしゃべってほしいけど、その話は落ち着いてからね。温かくなる呪文とか呼吸が楽になる呪文はあるけど使おうか? 呼吸が楽になる呪文のほうは臭いとかあまり感じなくなっちゃうからあまり使わないんだけど」
アルの提案にオービルは呼吸が楽になるほうだけお願いしますと答えた。寒いのは動けば大丈夫だが息苦しいと動きが悪くなる。武器を持って戦う彼からすると息苦しいのは致命的だという判断らしい。
『呼吸確保』
アルが唱えると、オービルの鼻と口を囲うように青白い光で円が描かれて、すぐに消えた。
「おお、楽になりました。すごいです」
オービルの言葉にアルは頷く。水の中でも息が出来るようになる呪文だと説明されて買った呪文であるが、アルの想像通り水の中に潜っていなくても使うことができた。空の高い所で使うと呼吸が楽になるのも確認済みである。ただし、オービルに説明したように、この呪文を使うとあまり臭いを感じとれなくなってしまうのだ。何かしら呪文の効果によって吸い込む空気がかわってしまうようだった。
「とりあえず、呪文で集落の様子を詳しく見てくるね。オービルは周辺の警戒をお願いね。一応周りに蛮族がきていた痕跡がないか確認しておいて」
『浮遊眼』
『探知回避』 -浮遊眼
探知回避呪文はオービルが頷いて周囲を見にアルから少し離れたのを確認してから小声で使う。オービルは魔法使いでもなく気にしなくても良いかもしれないが一応念のためだ。そういえば、記録再生で画像記録もとっておくことにしよう。あとでギュスターブに報告するときに必要かもしれない。
アルの浮遊眼の眼はまっすぐに蛮族の集落に向かった。まずは子供が居ないかだ。そして以前に見たラミアはまだ居るのだろうか。
かなり丹念にアルは蛮族の集落を探したが子供の姿は見当たらなかった。きちんと扉で区切られた部屋はなく、念のためとゴミ捨て場にしているらしいところも見てみたが、人間の子供が身に付けていたようなものもなかった。もちろん人間サイズの骨もない。大丈夫だ。
集落全体でゴブリンが150体ほどで、上位種はホブゴブリンが3体、ゴブリンメイジが2体、ゴブリンシャーマンが2体というところであった。ラミアも集落のほぼ中央に洞窟が作られていてその中に1体がとぐろを巻くようにして眠っているのを見つけた。以前に見たときよりはかなり増えている。不意を打てばなんとか戦えなくはないかもしれないがかなりの戦力である。
気になったのはゴブリンシャーマンの居た集落の中でもすこし大きな建物の中に、芋が山積みになっていた事だった。しかも、その芋はアルが初めて見る種類で太い茎から直接生えている。
“植物なら識別呪文を使えば詳しく判るわよ。本来なら索引や百科事典の内容をきちんと勉強していないとダメなんだけど、私は機能追加して読んだ記憶から引用できるようになったの”
グリィが得意げに言う。識別呪文は習得したもののどのように使うのかよくわからず、魔道具用の呪文なのかとおもっていたが、そういう使い方なのか。
『識別』
10秒ほど時間が空いてグリィが答えた。
“カサーバとかいう芋の一種ね。皮や芯には毒があるみたい。暖かい所でよく育つ種類でそれも切った茎を地中に挿すだけで簡単に増えるらしいわ”
こんなに寒いところでどうして? アルは首を傾げた。だが、その大きな建物の中にいたゴブリンシャーマンの姿を見てアルははっと思いついた。ここのゴブリンシャーマンが着ている襤褸にもこのあいだのと同様に螺旋が描かれていた。タンレヴとかいう神に関わる文様である。あの大集落があったあたりなら育つだろう。あそこから運んできた? 毒のある芋でもゴブリンなら食べても大丈夫なのかもしれない。
「カサーバってよく知られているのかな?」
“さぁ、それはわからないわ”
カサーバも初めて聞く種類だし、ゴブリンが芋を育てるなんて話も聞いたことが無い。あの螺旋の文様の神の影響なのか。それとも他に何か影響があるのか。そうやってここもあの大集落もゴブリンの数が増えているのかもしれない。
「何か仰ってましたか?」
周囲の調査から戻ってきていたオービルが尋ねてきた。グリィとの会話が聞こえていたらしい。アルは首を振る。
「残念ながらここに、子供の姿はないみたいだ。ゴブリンが150体ほど、ゴブリンの上位種としてホブゴブリンが3体、ゴブリンメイジが2体、ゴブリンシャーマンが2体、そしてラミアが1体だよ。どうしようか」
オービルが暗い表情になった。
「子供は居ませんでしたか……。ゴブリンは倒したいですが、そちらの安否のほうが気になります。アルフレッド様次第ではありますが、討伐は後回しにして仰っていたもう一つのところの捜索をしたほうがよいかもしれません」
アルは頷く。オービルの言う通りだ。南の大規模集落の探索を優先したほうが良いだろう。
「そうだね。子供の探索を先にしよう。また飛ぶけど……」
「はい。だ、大丈夫です」
オービルはごくりとつばを飲み込むとふたたびアルの後ろ、運搬呪文で作られた椅子にすわって手すりを握りしめた。
「途中に集落がないか気になるから少し低めで飛ぶよ。オービルは無理だったら目を瞑っててね」
アルの説明にオービルはかすかに頷いたのだった。
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2026.4.16 オービルの高所恐怖症についてラミア討伐の際に既に一緒に飛んでいたのではとお尋ねを頂きました。すっかり忘れていました。ごめんなさい。そのため、以下の記述を追加しました。
悲鳴のような呟きだけが返ってくる。彼の父と高い所での反応が違うもののやはり高い所は苦手らしい。(ここから追加→)ラミア討伐の際にも乗せたので大丈夫だと思っていたのだが、あの時は運搬の椅子にギュスターブ、ネヴィルが一緒に座っておりその2人の影でじっと耐えていたのでアルが気付かなかっただけらしい。(←ここまで追加)連れて行っても大丈夫だろうか。
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