30-9 扉を抜けると
『念動』
アルは扉の横に開けた穴から向こう側の部屋を覗き込むと、壁にぶら下がっているペンダントを確認し、呪文を使って引き寄せた。ペンダントという事で、もしかしたらアシスタント・デバイスかとおもったがそうではないようだ。以前にメヘタベル山脈で手に入れた管理者権限証に近いものではないだろうか。
「これを身に着けて、扉を試してみるね。3人は通路に戻ってて」
アルの言葉にターナー卿たちは不安そうに頷き、アルの指示に従って通路に戻る。もちろんこの穴を拡げれば通れるのだろうが、ここが逃走用に用意された秘密通路だとすれば、正しく通れる方法を試しておいた方がいい。
アルは3人が細い通路まで戻ったのを確認すると力場の壁を解除する。魔道装置付きの扉からアルまでの距離はおよそ1メートル。だが、前回とちがって魔法の矢による攻撃はなかった。
“誰だ聞かれた、ぺんだんと返事した、連続問い合わせ来なかった”
大丈夫のようだ。アルは魔道装置のついた扉の目の前まで移動した。扉のノブを掴み、回す。ノブは回り、そのまま扉も開ける事ができた。
「ふぅ、開いたよ」
その声に、ターナー卿たちは細い通路から出てきた。だが、そのターナー卿たちには魔道装置から再び魔法の矢が飛び出した。ターナー卿の身体の前に盾呪文の六角形の光が立て続けに4つ浮かんで消える。彼女はあわてて細い通路に戻った。
“また誰だ聞かれた、ぺんだんと返事した”
ターナー卿たちは魔道装置から追っ手だと解釈されたのか。ペンダントを身に着けた者でないと通れないのかもしれない。一緒に行けばどうなのだろう。手を繋いで扉のところまで行けば仲間だとみなされるのではないだろうか。それでもどうしてもペンダントを身に着けた1人しかだめなのか。面倒だがアルはターナー卿たちに協力してもらっていくつか試してみることにした。その結果、ペンダントの装着者及び、その装着者に直接触れている相手までは無事に通れるようだった。
「なるほどね。じゃぁ、扉の横に開けた穴は元通りに塞いで先に行こうか」
アルは石軟化呪文と金属軟化呪文を使って石壁を元通りにすると、ターナー卿たちと一緒に扉を抜けた。
抜けた先は短い通路になっていて、その先には五メートル四方ほどの部屋が一つあった。入って来た扉には仕掛けがしてあり、通路側からだとただの扉であるが、部屋側には飾り棚に偽装され隠し扉となっていた。向かい側には別の扉があり、右手には机と椅子、その背面にはたくさんの羊皮紙の巻物が積まれた棚があった。最初、この部屋は誰かが普段使っている部屋なのかと思ったが、よく見るとそうではないことはすぐに分かった。この部屋の調度や床にも埃が厚く積もっていたのだ。かなり長い間使われていない部屋のようだった。机の足元には何に使うのかよくわからない一辺が20センチほどの四角い魔道具、部屋の天井と机の上には光の魔道具らしきものがあった。
アルは棚を見て思わず目を輝かせた。棚の羊皮紙の巻物からはたくさんの魔法感知の反応が出ていたからである。
アルたちは慎重にその棚に近づいた。きちんと梱包保持された呪文の書が8つ、魔道具百科事典Ⅰ、そして魔法で保護されておらず保存状態のよくない呪文の書が3つと魔道具百科事典Ⅱ……。この保存状態のよくない呪文の書と百科事典は、カビが発生してしまっており、すぐ崩れてしまいそうなほど劣化していた。中身はほとんど読めそうにない。アルは残念そうにそれらを眺めた。読んだ後、きちんと保護するための呪文をかけていなかったのだろう。
棚には他にも作りかけの魔道回路や魔道具をつくるための材料や道具などがいくつかの木箱に無造作に放り込まれてある。この部屋は魔道具をつくるための工房だったのだろうか。プレンティス侯爵家には魔道具を作れる者が居たのか。それなら何故蛮族と取引をしたのか。いや、この部屋はかなり長い間使われていない様子である。城の警備のために立派な魔道装置があったにも関わらず、それがずっと改修されずに使われていた所を見ると、この城が出来た頃にはそれだけの技術が存在していたが、その後、廃れてしまったということではないだろうか。
「テンペスト一族がゴーレム製作を得意にしていたように、プレンティス一族は魔道具製作を得意にしていたのかな?」
「かもしれません。大発見です」
状態のよかった呪文の書のタイトルを確認すると、『梱包』『保持』『識別』『魔力制御』『温度感知』『音感知』『光感知』『気体感知』となっていた。後ろの4巻はアルも習得していない呪文である。しかし、どうやって使うのだろう。どちらかというと魔道具に組み込むことが前提の呪文なのかもしれない。これらを習得すれば、魔道具に使われている魔道回路への理解が進み、魔道具百科事典Ⅰと合わせれば、いままで複製できなかった魔道具の複製だけでなく新しく作り出すこともできるようになるかもしれない。Ⅱが朽ちてしまっているのは非常に残念だ。
「動かせるものは全部マジックバッグに入れて持って帰ろうか。劣化してるのも一応梱包呪文と保持呪文をかけて今の状態を保存しておくね」
アルの提案にターナー卿は少し驚いた様子で頷いた。何か驚くような事はあっただろうか。これらの発見品について、本来はプレンティス家の資産だとは思うが、没収するのか返すのかはパトリシアに判断してもらえれば良いだろう。できればその間に呪文の書や百科事典については複製をつくっておきたいものだ。
アルは端から順番にマジックバッグに収納していく。机には引き出しがあり、そこには筆記用の魔道具や研究塔にもあった拡大表示をするための魔道具などの他、羊皮紙にかかれたメモなどもあった。それらも続いて回収。メモの中身について調べるのは後回しだ。
「この部屋は使われていない部屋だったけど、そろそろ普通の部屋に出そうな感じがするね。このあたりは、城のどのあたりかな?」
ターナー卿は力なく首を振った。狭く迷路のような通路には階段などもあって、アルにしても、城のかなり上の階まで来ているとは思いつつおおよその位置と方角ぐらいしかわからない。いつもならグリィが嬉しそうな声で答えてくれるのだが……。コーリンの腕輪をかるく指でトントンとしてみる。
“座標判る、でも城データない、照合できない”
そうか。残念に思いながらアルは手袋を脱いだ。
「何をなさるのですか?」
「えっと、知覚強化呪文を使って振動を感じ取って扉の向こうに誰が居るか確認しようかなって」
床や地面に耳をつけて音を聞くのは一部の狩人でも使われている方法なのだが、あまり知られてはいないようだ。その仕組みをさらに呪文を使って活用しているのだとアルが説明すると、ターナー卿たちは唖然としていた。
「ゴーレム頭様のすごさは、習得されている呪文の数や熟練度もそうですが、このような使い方にもあるのですね」
「僕は魔法使いというより、斥候を得意とする冒険者だからね」
再び驚いた様子のターナー卿にアルはにっこりと微笑んだ。このような発想に関してはすこし胸を張りたい気分である。しかし、今の話からすると、その前の驚いた顔はアルが梱包呪文と保持呪文を使った事について、呪文の多さに驚いていたようだ。アルからすれば、魔導士であるということは呪文の書はある程度自由に利用できる立場に居るということだ。それなのにどうして習得しないのかが逆に不思議であった。自分なら呪文の書が与えられれば、空いている時間は全て呪文の習得や熟練度の向上にあてるだろう。寝てる時間すら勿体ない。
いや、自分は自分、他人は他人である。無理にそれを押し付けても仕方ない。自分も他人の考えを押し付けられるのは困る。アルはペンダントのぶら下がっていない胸元をかるく撫でた。
部屋の向こうに足音は聞こえない。誰も居ない可能性は高い。アルは用心しながら扉を開けた。そこは10メートル四方ぐらいの何もない部屋であった。ここも埃が積もっている。だが、壁の一か所から少し光が漏れて来ていた。床部分の埃も少し薄くなっている。
「ここが隠し扉かな」
念のために床に手をあてて呪文を使い、壁の向こうに誰かいるか確かめてみる。同じく動いているものはいなさそうだった。アルは仕掛けを調べた。壁の何箇所かを動かせば一部が横にスライドするらしい。長く使われていなかったようで、動かすのに時間はかかったものの、なんとか壁の一部をスライドさせることができた。先程と同じくアルは用心しながら扉の向こうを覗き込む。そこは豪華な寝室だった。誰も居らず、中庭に面した窓がある。警備の魔道具の効果範囲を確認するために一通り城内を回ったアルたちにはこの寝室に見覚えがあった。プレンティス侯爵がかつて主寝室に使っていた部屋であった。
「あの工房らしい部屋を使っていたのは侯爵本人なのかな。でも、この城を作った初代、あとは何代目かまでは利用していたのかもしれないけど、どこかで廃れてしまって使われなくなったのだろうね」
リアナは詳しい話を知っているかもしれない。抜け穴がどこに繋がっているのかはわかったし、予想外の発見もあった。
「ここから出ると、抜け穴の存在が気付かれちゃうかもしれない。もう調査は十分かな。ここは元に戻して、帰ろうか?」
アルの問いかけにターナー卿たち3人は頷いた。彼女たちの経験としても、今回は十分だったろう。これより後は彼女たちの頑張り次第だ。
グリィはそろそろ回復しているだろうか。
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