30-10 プレンティス城の調査報告
プレンティス城の調査から帰ってから3日が過ぎた日の夜遅く、アルはパトリシアの居室でお茶を飲んでいた。パトリシア自身は女王としての執務でかなり疲れているはずだが、アルと一緒ということで表情はにこやかであった。アルも疲れた様子はあったものの表情は明るい。
「グリィさんはもう大丈夫そうですか?」
“うん、大丈夫 ありがとう!”
アルは胸元のグリィのアシスタント・デバイスをぎゅっと握って頷いた。結局、グリィが再び会話できたのは今日の明け方、実に3日と8時間ほど経った後であった。
調査から帰った時点では、まだ1日は経っておらず、リアナたちとグリィとでは同じアシスタント・デバイスではあるものの少し違っているので回復が遅れているだけだと自分を慰めていたアルだったのだが、城の侵入経路とその対策をドイル子爵及びアーノルド子爵に報告してターナー卿たちと別れて1人になると、グリィが回復しないことにどんどんと不安になった。幼かったころに、双子の妹、イングリッドを失った時の事が思いだされ、ずっと頭の中を巡ってしまったのだ。
居てもたってもいられずに研究塔に移動したものの、結局、丸2日殆ど何も手につかず、グリィが行わなかった機能追加の説明と、何か手掛かりがないかと抜け穴の机の中に残っていたメモをずっと調べていた。今朝になって、ようやくグリィが再び青白い光を放った時には、アルはフラフラで安堵のあまりその場に膝をついてしまったぐらいであった。
「心配かけたね。もう大丈夫みたいだよ」
「アル様もその様子だと少しは眠られた様子ですね。よかった」
アルは頭を掻く。パトリシアにもかなり心配させてしまったようだ。
「グリィの機能追加についてはどうされるのですか?」
「うん、それなんだけどね。ずっと僕も調べていたんだけど、詳細がよくわからなくてさ。マラキに相談するとこのアシスタント・デバイスを作っていた一族が暮らしていた所に行かれてみてはどうですかと勧められたんだ」
アルの答えにパトリシアだけでなく、給仕をしていたタバサ男爵夫人も驚いた顔をした。
「何か残っているかもしれないのですか?」
「マラキとは以前、アシスタント・デバイスについて話をしていたことがあってね。そのアシスタント・デバイスを作っていた魔法使いの一族が暮らしていた場所について調べてくれていたんだ。釦型のマジックバッグの移送先の倉庫区画があった古代遺跡から東に100キロぐらいの所らしい。100キロぐらいなら、あの古代遺跡周辺と同じような状況かもしれない。機能追加をするにしても事前に情報を得ておきたいし、元々、アシスタント・デバイスについては調べてみたいと思っていた。それにそこまで高度な事をしていたのなら、蛮族対策の手がかりも何かあるかもしれない」
「そうですか……」
パトリシアは心配そうな表情を浮かべたが、すぐに軽く首を振って微笑みを作る。
「気を付けてくださいね」
「ありがとう。ところで、ちょっと気になったんだけど、リアナはテンペスト建国の頃のプレンティス侯爵がどんな人だったのか憶えてる? リアナの話だと、初代テンペスト王は大きな地震とそれに続く太陽の出ない日々、魔力伝送網の喪失という立て続けの試練に立ち向かい、同じ集落にすむ多くの一族を指揮してここに移住してきたのでしょう? プレンティス一族もその中の一つだよね?」
「そうですってリアナは言ってます」
アルの問いに、パトリシアはそう答えた。
「僕は、初代テンペスト王と、プレンティス一族を率いていた初代プレンティス侯爵とは当然仲はよかったんだと思ってた。でも、机の中に残されたメモには、魔道具を作るための記述の他に、彼の自分がテンペストと同格の王になれないのはどうしてなのか、力では自分の方が上なのにとかいう妬みの言葉がたくさん書かれていたんだ。城にテンペストの者が忍び込もうとするかもしれないと想定してそれの防御策とかまで列記されていた。あの扉にあった魔道装置はその対策の一つだったんだよ」
「そうでしたか……リアナ? アル様、リアナがアル様とグリィさんを2人の確執に巻き込んでしまってごめんなさいって謝っています」
当時、何かあったのか……。このまま伝言だとリアナもパトリシアも話をしにくいだろう。リアナが使っていた胸像のような人形ゴーレムは研究塔に置きっぱなしだ。
「人形ゴーレムだしたほうがいい? グリィ、リアナに貸してあげて良いかな?」
“うん、いいわ”
アルはマジックバッグからグリィの人形ゴーレムを取り出すと、パトリシアからあずかったリアナのアシスタント・デバイスをその首にかける。リアナ・ゴーレム(ただし、外見はグリィ)は起動すると深々と頭を下げた。
「故郷を捨て、ここに至る苦難の時代、テンペスト一族の長は一族に伝わるゴーレムを使い、当時同じ地域に住んでいた者たちを助け、とても感謝されたというのは以前お話ししたことがあったと思います。その時には我が一族だけでなく、多くの魔道具をつくる技術を持ったプレンティス一族の長や石軟化呪文や金属軟化呪文を使う事の出来たタガード一族の長も同じように力を発揮しました。ジュエル湖のほとり、最初の安住の地に到着するまでは、この2人を含め、一族の長たちとテンペスト一族の長とはとても仲が良かったのです」
当時はみんな協力していたんだな。アルはリアナの説明に頷いた。
「苦難の時代でしたから、協力しなければ生きていけなかったのです。でも、その協力関係は表向きだったのかもしれません。ジュエル湖のほとりで、故郷と同じように暮らし始めた頃、我々と同じように北から逃れてきた者たちがやってくるようになりました。彼らはゴーレムをもたず、着のみ着のまま、ほとんどすべてを失い、困窮していました。ですが、我々にも彼らを救うような余裕はあまりありません。残念な事にたくさんの諍いが起こりました。そして、その逃れてきた者たちと我々の間だけでなく、その者たちへの対応について、一族同士で意見の隔たりがありました。そして時が経つにつれて、それぞれの一族が反目し合うことも増えたのです。以前は人が増えて来てそれぞれの一族は別れて暮らすようになったとお話ししましたが、その別れて暮らすようになる要因はその頃に生まれたのだと思います」
リアナ・ゴーレムは力なく首を振った。なるほど、そんな状態だったのならあのメモに書かれていた内容も理解できなくはない。そのようにして変化していってしまったのか。そして、初代プレンティス侯爵の思いは今代まで引き継がれてしまったのだろう。
「アシスタント・デバイスについても、初代プレンティス侯爵は嫌っていたみたい。彼は持っていなかったのかな?」
「私たちのようなアシスタント・デバイスは作るのには非常に時間がかかるらしく、魔法使いテンペストは、デバイスの作成者に人形ゴーレムを提供することで、その礼として特別にマラキと私を手に入れました。なので、初代プレンティス侯爵はおそらく持っていなかったでしょう。嫌っていた理由はわかりませんが、テンペストしか入手できなかったアシスタント・デバイスを妬ましく脅威に思っていたかもしれません」
なるほど。脅威に思えるほどの能力が、アシスタント・デバイスに備わっているのは確かだ。初代プレンティス侯爵が懸念しあの扉の魔道装置にああいう機能を組み込んだのはある意味正しかったと言えるのかもしれない。
「そういえば、あの釦型のマジックバッグを持っていたとしたら、ゴーレムに頼らなくても、もっと荷物を運ぶのは楽だったはずでしょう? 今回の王権を巡る争いが始まった時点でプレンティス侯爵家は少なくとも5つ持っていた計算になるのだけど、その当時は持っていなかったのかな?」
アルの問いに、リアナ・ゴーレムは再び首を振った。
「わかりません。隠していたのかもしれませんが、その時の状況を考えると、持っていなかった可能性が高いと思います。我々の後から北から逃れてきた者と戦って手に入れたのか、或いは、他の一族が住んでいた所に力を求めて探索をおこなって入手したのかもしれません。地震や天候の影響なのか、しばらくの間、座標の情報はたびたび狂ったので、当時に他の一族が暮らしていた場所を特定するのは難しかったはずですが……」
当時は座標がおかしくなった? もしそうだとすれば、移送や転移、契りの指輪での念話もできなかったかもしれない。リアナは気付いていなかったかもしれないが、実はマジックバッグもそうだ。どんな場所でも使えるのは、倉庫区画の座標が明確であるからなので、その座標が実際の位置とずれてしまってはうまく使えなかった可能性が高い。しかし、色々とあったのだな。アルはそんな事を思いながらお茶のカップを置く。
「話してくれてありがとう。いろんな事があったんだね」
リアナは頷く。テンペスト王国の歴史はシルヴェスター王国より長いのだ。途中で機能を失ったとは言え、リアナはその半分以上の歴史を実際に王の補佐として経験してきているのだろう。途方もない記録だ。
「そうだ、ドリス。先日届いたあれを持ってきて」
パトリシアは何か思いついて指示をした。ドリスが盆にのせた立派な木の箱を掲げて持ってきた。まさか?
「アル様、プレンティス城の宝物庫にあった魔法消去の呪文の書ですわ。どうぞお持ちください。習得されましたら、再び保護してお返し下さいね」
今回の仕事の報酬?
「プレンティス侯爵家は断絶となり、爵位は今後、テンペスト王家が保持することになります。この呪文はゴーレム生成呪文、ゴーレム制御呪文と同じように第4階層の秘匿呪文として扱う予定です。金銀などとちがい、呪文の書は、国が出来る前からそれぞれの一族の長の家族の所有物です。アル様は、正式な王配ではありませんが、私の唯一の恋人です。アル様に対して、これらを秘匿するつもりはありません」
貰ってもいいのだろうか。色々と重たい気もする。だが、それも今更か。ゴーレム関連の2つの呪文の書と百科事典をアルに渡した時点で、パトリシアはすでにアルを家族と同じと思ってくれていたのだ。そして、パトリシアの恋人である事は、アル自身が望んだことでもある。よく考えれば、アルもそれまでに入手した植物百科事典など、パトリシアに自由に見てもらっていた。同じ事か?
「ありがとう。じゃぁ、ちょっと借りておくね。今回手に入れたものも同じでいいかな?」
アルの問いにパトリシアは頷く。感知系の4呪文と魔道具百科事典Ⅰも複写してから返すことにしよう。
「ところで、アル様。シルヴェスター王国の魔法使いギルドのギルドマスター、バネッサ・ソープ伯爵から私宛てに手紙が届いたのですが、それにはコールという人をテンペスト王国に戻してあげて欲しいと書かれていました。ソープ伯爵によると、このコールという人物はプレンティス侯爵家に仕えていた魔法使いであり、一旦は捕虜となっていたものの、今ではプレンティス侯爵家を裏切ってシルヴェスター王国に協力されているとか。詳しい事はアル様にという事でしたが、一体どういう方なのでしょうか?」
コール……。呪文オプションなどをターナー卿達とかに教える事はできるだろう。しかし、本当に信頼できるのだろうか。アルは首を傾げつつ、彼とどのようにして出会ったのか、その一部始終をパトリシアたちに話すことにしたのだった。あとの判断は彼女やアーノルド子爵がするだろう。もし、テンペスト王国に戻るとしても、あまり付きまとわれたりしなければよいのだが……。
読んで頂いてありがとうございます。
ここで、30話は一旦区切りとします。
尚、1時間後の11時には登場人物を整理して投稿します。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
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