九十三、大芝居
「紫苑とか言ったな・・」
中島がそう言った。
「そうだが」
「お前、最初から俺を疑ってたのか」
「その通りだ」
「俺はこの通り、ケガ人だ。頭も切ってる。どこに疑う余地があったんだ」
「まずきみは、自分の名前を言うのに、少し躊躇した」
「え・・」
「それと、水をくれと何度も言っていたな。きみは風呂に隠れていたにも関わらず、水が飲めないはずがない」
「なんだと・・」
「そして拉致をされて、麓で逃げたと言ったな。逃げるなら民家や店に駆けこむことも出来たはずだ。いや、むしろそうするはずだ。けれどもきみは、わざわざ山へ逃げ込んだ」
「・・・」
「しかし、きみが言った「危害を加えるつもりはない」というのは、ある程度信用できた」
「どうしてだ・・」
「危害を加えるつもりなら、ここに侵入した時点で、すぐさま誰かを人質にとることくらい造作ないはずだ。拳銃を所持しているのだからな。けれどもきみは、しばらく風呂に隠れた。できればずっと隠れているつもりだったのだろうが、頭の痛みと寒さに耐えきれず、仕方なく出てきんたんだ。そうじゃないのか」
「・・・」
「そしてきみは芝居を打った。警察がいないことを確認できたら出て行くつもりだったんじゃないのか」
「よくもそこまで・・紫苑、お前はいったい何者なんだ・・」
「何者でもない。ただの学生だ。ところが警察が現れたことで、きみの計画が狂い、正体を現さざるを得なくなった、というわけだな」
「・・・」
紫苑さん・・ほんとにすごい・・すご過ぎるわ・・
「狂ったとはいえ、きみの計画に僕が乗ろうと言ってるんだ。そうしようじゃないか」
「バカなっ!お前みたいな頭のいいやつは危険すぎる」
「残念だが、ここにいる男性も女性も、みんな頭がいいぞ」
「え・・そんなバカなっ!」
「今まで黙っていたが・・こうなれば仕方がない。真実を話そう」
「真実・・?」
「僕たちは、ある組織から雇われた工作員なのさ」
「えっ!」
「きみ、工作員といえば、、どんな連中を想像する?」
「え・・どんなって・・」
「おおよそ・・見た目が恐ろしく、一般人とかけ離れた、異様な雰囲気を醸し出す人間を思い浮かべやしないか」
「あ・・それは・・まあ・・」
「本物の工作員とは、一般人と見分けがつかないのだよ。年齢もさまざま。どうだ、ここにいる連中を見てみるがいい。みなバラバラだ。そしてきみは、さっき応急処置を施されただろう」
「ああ・・」
「彼の見事なまでの医療技術を見たはずだ。一般人では、ああは出来まい」
「・・・」
「中島くん・・ここにいる連中を怒らせると・・後々面倒なことになるぞ・・」
「え・・」
「誰かに危害を加えたり、ましてや命を奪ってみろ。僕たちはきみを警察には引き渡さないぞ」
「ど・・どういう意味だ・・」
「我々の組織が、きみを地獄へ突き落とすことになるぞ」
「なっ・・」
「そうなれば・・きっと死ぬほど後悔するぞ。まさか・・きみ、一思いに殺されると思ってやしないか?」
「え・・」
「そんな楽に死なせるはずがないぞ。いっそ死んだほうがましだと思うくらい地獄の苦しみを味わうのだ」
「僕も黙ってようと思ったが、仕方がないな・・」
そこで東雲さんが口を開いた。
「さっき治療を施したが、あと一時間もすれば激痛が襲ってくるぞ」
「えっっ!」
「治療後・・二時間で傷口が焼けただれる劇薬を塗っておいたのだ」
「なっ・・!」
「しかし・・きみが降伏すると言うのなら、解毒剤を与えてやってもいいが」
「そっ・・それは・・本当か!」
中島は、思わず手で頭を押さえていた。
「本当だ。しかし・・このことは決して他言してはならないぞ。警察にもだ」
「・・・」
「まあまあ・・そこまで恐怖を与えなくても」
そこで葵さんが口を開いた。
「ミセス・ホーリーホック。あなたの欠点は優し過ぎるところだ。我々の辞書に、温情という言葉はないはずだ」
紫苑さんがそう言った。
ホーリーホック・・ってなにっっ!
「ミスター紫苑。あなたこそ、わざわざ私たちの正体をばらしてさ。こんな男の一人や二人、黙って東京湾に沈めてやったらいいのよ」
そう言って葵さんは、腕組みをしながら中島をきつく睨んだ。
うわあ~~~・・葵さん・・迫力あるぅぅ~~
「ちょ・・ちょっと待ってくれ。訊きたいことがある」
中島が焦りに焦って、私たちに訴えかけた。
「なんだ、聞こうじゃないか」
紫苑さんが応えた。
「工作員とか、組織とか言ってるけど・・お前ら・・肝試しとかやってなかったか・・?」
「そうだが」
「俺が出会った女・・すごく怖がって喚いていたし、俺がここに現れても別の女が喚いていた。工作員なら恐れるはずがないだろう・・」
「あはは!バカなっ!きみ、さっきの話、聞いてなかったのか」
「え・・」
「工作員というのはだな、一般人と見分けがつかないから工作員なのだ。怖がってみせるのは当然のことだ。いや、むしろ怖がらなければ工作員として失格だ」
「そ・・そうなのか・・」
「だから女性たちは、わざと怖がったのだ。きみを騙せたと言う意味では成功だな」
「そうなのか・・。ものすごい演技力だ・・」
「あっ・・あったり前だ!我々工作員にとって演技力は不可欠な~~のだっ!」
私は思わず大声でそう言った。
しかし・・バカボンのパパ風に言ってしまった・・
ふと・・たけさんを見ると、向こうを向いて肩を震わせていた。
げっ・・たけさん・・笑ってるんだわ・・
「ミス・インディアンサマー」
そこで紫苑さんが、また妙なことを言った。
インディアンサマーって・・なにっ?
「ミス・インディアンサマー!」
紫苑さんが再びそう言うと、たけさんと東雲さんが私を見た。
え・・
インディアンサマーって私のことなの?
「な・・なんでありますか!ミスター紫苑」
「中島くん、この小さい女子だが、これでも武道の心得があるんだ」
「え・・」
「見るからにひ弱な女子だが、それはあくまでも表の顔。ミス・インディアンサマー、型を見せるんだ」
「え・・型を?」
「時雨くん、相手をするんだ」
「おう。行くぞ、インディアンサマー!」
そしてたけさんは、私の前まで移動し、襲い掛かってきた。
私は造作もなく、たけさんを投げ飛ばした。
その様子を見ていた中島は、呆気に取られていた。
「どうだ、中島くん。彼女はとてもじゃないが、あんなでかい男を投げ飛ばす力などないはずだ。しかし見ただろう。これが彼女の正体だ」
「ほんとなのか・・」
「まあ~~工作員っちゅうのはやな、方言も使えなあかんねやっ!私はほんまはアメリカ人やけど、関西弁を死ぬほど叩き込まれたっちゅうねんっ!」
そこで美琴がいきなりそう言った。
げ~~~・・美琴・・言うに事欠いて・・アメリカ人って・・
なに言ってるのよ~~~
バレちゃうじゃない!
「ア・・アメリカ人・・?」
「そやで」
「お前・・白人じゃないじゃないか」
「アホやなっ!アメリカは移民国家やでっ!アジア人かて、ぎょうさんいてるっちゅーーねんっ!ほんま無知無学やなっ!」
「そ・・そうなのか・・」
「さて、そろそろきみの答えを聞こうじゃないか」
紫苑さんは火かき棒で、床をトントンと突き、それが中島への威嚇となった。
「お・・俺は・・確かに、殺人を犯した・・」
「ほう」
「でもそれは、正当防衛だったんだ!」
「ほう、何があったんだ」
「俺が鍵屋の仕事をやってるってのは本当だ。ある日、アパートの鍵を開けてくれと女性から依頼があったんだ。俺は当然、それを受けた。でもその女性はヤクザの女だった。俺はそんなことも知らずに仕事としてアパートへ出向いた。するとそこに男が現れたと思ったら、なにを勘違いしたか俺を浮気相手だと決めつけ、襲い掛かってきた。俺は持っていた工具で、そいつの頭を何度も殴った。ほどなくしてそいつは床に倒れ、死んだとわかった。俺は恐ろしくなって女の部屋に置いてあった拳銃を盗み、逃げたんだ・・」
「そうか」
「正当防衛とはいえ・・俺は人殺しだ・・。もう俺の人生は終わりだ・・」
「バカなっ。短絡的にも程があるぞ」
「え・・」
「きみの話が事実ならば、急迫不正の侵害に対しての行為なので正当防衛にあたる。けれども正当防衛か否かは、なかなか立証が難しいケースもあるが、正当防衛だと認められた場合、罪に問われないこともあるのだぞ」
「ほ・・本当か・・」
「けれども・・我々に対して銃で脅迫した事実がある。これは脅迫罪にあたるが、事の経緯を考慮すれば罪も軽減される可能性もあるんだぞ」
「・・・」
「きみは、僕たちに何も危害を加えてはいない。いくらだってやり直せる」
「・・・」
「僕が法廷に証人として出廷し、きみの罪が軽減されるよう証言する」
「ほ・・ほんとか・・」
「ああ。約束する」
「・・・」
「だから拳銃を床に置くんだ」
「ううう・・」
そこで中島が泣き出し、拳銃を床に置いた。
「よし。では刑事を中へ入れるからな」
「・・・」
そしてたけさんが、入口の鍵を開けた。
すると、すぐさま刑事や警官が中へ入ってきた。
「きみたち、大丈夫か!」
さっき、窓から覗いていた男がそう言った。
あの人・・刑事さんだったのね・・
そして他の刑事さんが、中島に手錠をかけていた。
「みんな無事です」
紫苑さんが刑事さんにそう言った。
「そうか!よく頑張ったな」
「僕、紫苑匡昭の息子です」
「え・・!紫苑次長の息子さんでしたか!」
「本日は、ご苦労様です」
「よくご無事で・・」
みんなは、そのやり取りを呆然と見ていた。
そこで中島は、紫苑さんに騙されたことに気がついた様子だった。
「お前・・警察官の息子だったのか・・」
「ああ、そうだ」
「くそっ・・騙しやがったな・・」
「いや、きみのことは法廷で証言する。これは約束だ」
「くっ・・」
「僕は約束は守る。信じてくれ」
「・・・」
そして中島は、刑事さんに連れられパトカーに乗せられた。
「紫苑くん、そしてきみたち。事情は後日、署で聞かせてもらうことになるが、承知していてくれ」
「はい、わかりました」
紫苑さんがそう答えた。
「では、これで」
そう言って刑事さんたちは出て行った。
「紫苑~~~!お前、すげーーーわ!」
意の一番に、たけさんが紫苑さんの傍へ行き、そう言った。
「いや、そうでもない」
「しっかしまあ~~、工作員とはな。よく思いついたな」
「ほんまやで~~!さすが紫苑さんやわ~~」
「見事な芝居でありんしたな・・」
「僕・・今度、紫苑さんの漫画、描こうかな・・」
みんなそれぞれに、紫苑さんのすごさに感服していた。
「紫苑さん、葵さんのこと、ホーリーホックって言ってましたけど、どういう意味なんですか?」
私はそう訊ねた。
「日本語で立葵のことさ。アオイ科の多年草なんだが「葵」といえば、立葵のことを指すとも言われている。それを英語にしただけさ」
「ひゃ~~、すごいですねっ!」
「葵ちゃんも、よく咄嗟に演技できたよな」
お兄さんがそう言った。
「もう、腹を括ったわ。紫苑さんの意図もすぐに読めたし」
「葵さん、乗ってくれて助かりました」
「あはは、なんのなんの」
葵さんは嬉しそうに笑った。
「それより東雲くんだ。さすが医学部だけあって、説得力十分だったな」
「あはは。咄嗟の口から出まかせだよ」
「いや、あそこは彼にとって、信憑性が増した瞬間だっただろう」
「でも、みんな無事でよかったよね」
東雲さんはそう言って、静香さんに微笑んだ。
「しっかしさ、小春。お前の演技、俺、笑ったぜ」
「そうですよ~~!たけさん、向こう向いて笑ってたの知ってるんですからね~~!」
「バカボンのパパに、なってたでありんすな・・」
「だって~、緊張したんだから~」
「しかし、あの緊張感の中で、普通、な~~のだって、言うか?あははは」
「もう~~たけさん!」
「それでも合気道の技は、さすがだったな」
「インディアンサマーって、なんですか~」
「小春日和のことだぜ」
「そ・・そうなんですか・・」
時計を見ると、もう三時を回っていた。
でもみんな・・こんな状態で眠れないよね・・
「お義母さん、二階へ行って休んでください」
葵さんが間宮さんにそう声をかけた。
「あ・・うん。ありがとう。みんな、大変だったわね・・」
「さっ、行きましょう」
そう言って葵さんは、間宮さんを二階へと連れて行った。
「俺たちも寝るか?」
たけさんがみんなにそう言った。
「私・・眠たくないでありんす」
「わたくしもですわ・・。なんだか気持ちがハイになっておりまして・・」
紬と田中さんがそう言った。
私も同じだわ・・
「コーヒーでも淹れましょうか?」
私はみんなに訊いた。
「小春ちゃん、そうしてくれると、ありがたい。ちょっと落ち着きてぇしな」
お兄さんがそう言った。
そして私はキッチンへ行き、コーヒーの準備した。
「小春、俺も手伝うよ」
たけさんが私の傍に来てくれた。
「たけさん、ありがとうございます」
「それにしても、紫苑のすごさ、パネェな」
「ほんとそうですよね」
「でも、みんなが無事で、マジ、よかったよ」
「拳銃を向けられた時は、どうしようかと思いましたよね」
「でもあいつは・・最初から撃つ気なんて、なかったんじゃねぇかな」
「そうなんですか?」
「そりゃよ、気が動転してぶっ放す可能性もあったけどさ、そもそも撃ち方なんて知らねぇんじゃねぇか?」
「そうなんですか・・」
「たかが鍵屋のあんちゃんが、撃ち方なんて知らねぇよ」
「まあ・・確かに・・」
「俺もよく知らねぇけど、ほら、安全装置とか撃つ姿勢とかあんだろ。ただ撃てばいいってもんでもねぇぜ」
「なるほど・・」
「あいつの場合、殺人犯といっても、事情が事情だからな。情状酌量とかあんじゃねぇのか」
「そうですね・・」
「インディアンサマー・・か。ぷぷ・・」
「なんですか~~!」
たけさんはそう言って、何度も笑っていた。
それにしても・・とんでもない送別会になっちゃったわ・・




