九十四、旅立ち
「小春・・ほんまごめんな」
月曜日になり、美琴が教室でそう言った。
「またそんなこと言って」
「だってさ・・まさか、あんなことになるやなんて・・」
「だから、それは美琴のせいじゃないってば」
「そうでありんすよ。美琴、それを言うなら、私もあのログハウスには賛成したでありんすから、私の責任でもありんす」
「そんなん言うたってさぁ・・」
「たけさん、言ってたわよ」
「なんて?」
「あそこに参加した全員は、一生忘れないって」
「え・・」
「そりゃね、怖い思いもしたけど、みんなのこと、一生憶えてるって」
「まあ・・そらそうやけど・・」
「みんな全員、無事だったのでありんすから、いいように考えるでありんすよ」
「そうよ~~!あんな経験、なかなか出来ないわっ!」
「いやいや・・あんな経験したらあかんやろ」
美琴って、性格は勝気だし、言いたいこともはっきり言うけど、ほんとは繊細なんだよね。
それと、気配りもすごくあるし。
優しい女子なのよ。
「でも今回・・紫苑さんって、ほんとすごいと思ったわ」
「それそれ!それやねんっ!」
「あはは、美琴ってば、紫苑さんのこととなると元気が出るよね」
「小春の言う通りでありんすな。紫苑さん、すご過ぎるでありんす」
「でもさ~、男子だって怖かったはずなのに、最後まで女子を守ってくれたよね」
「そうでありんすなぁ~。全部、男子がやってくれたでありんすな」
「やっぱり男の人って、見た目じゃないわよね」
「そうそう。紫苑さんなんか、その典型やでっ!」
「たけさんだって、ちゃんと守ってくれたわよ~」
「それにしても葵さん。強い女性でありんすな」
「ほんとだよね~。きっと逞しいお母さんになると思うわ」
「昨日の話?」
そこに斎藤くんがきた。
「そうなのよ~」
「斎藤~~!あんたもよう頑張ってくれたな」
「僕は別に・・」
「いやっ、斎藤、ちゃんと毛布くれたし」
「実は僕、本当は怖かったんだ」
「そらそうやって。私らも、めっちゃ怖かったちゅーーねん」
「そうよ~、普通は怖がるって」
「でもみんな無事で、ほんとによかったよ」
「ほんまやな」
「紫苑さんって、すごいよね。あの人、マジで何者なの?」
「何者って。斎藤!紫苑さんは将来、エリートキャリア官僚になる人やでっ!」
「えっ・・そうなんだ・・」
「警視総監とか、なりそうやな」
「ええええ~~~!け・・警視総監?」
「いや・・警察庁長官でありんしょ」
「もういっそのこと、総理大臣になったらええねんっ!」
紫苑さんが総理大臣・・
そうなったら、私たち、総理の友人?
首相公邸とか遊びに行けるの?
「いや・・総理になるには、国会議員にならないと」
「なんやの斎藤。あかんっちゅうんか」
「いや、あかんとかじゃなくて、そういう決まりなんだよ」
「そんなもん、法律変えたらしまいやがな」
「法律って・・。憲法で定められてるんだよ」
「なんや、ややこしいな。総理に相応しい人やったら誰でもええがなっ!」
「でも斎藤くん・・。大臣は国会議員じゃなくてもなれるでありんすよ?」
「それは、そういう決まりだから、民間から登用してもいいんだよ」
「紫苑さん・・今頃クシャミしてるんじゃない・・?」
「あはは、ほんまやな」
「じゃ、僕はこれで」
その後、私の生活はこれまでと変わりなく、学校、バイト、合気道の稽古、それと間宮さんのマネージャーとして、撮影所に赴くこともしばしばあった。
そして季節は三月も半ばを迎え、卒業式も既に終えていた。
美琴は栄養士の資格を取るため、専門学校への進学が決まっていた。
紬は、東京の大手百貨店への就職が決まっていた。
そして・・いよいよ私のアメリカ行きの日が、刻々と迫っていた。
一週間後か・・
長いようで短かった一年だったな・・
ほんとに色々なことがあったな・・
中でも、間宮さんが帰ってこられたことは、大きかったな・・
そして極めつけは、送別会での事件よ。
あれは怖かったな~。
私はそんなことを考えながら、部屋の整理をしていた。
「小春~」
外でたけさんの呼ぶ声がした。
「はーい」
私は急いで玄関を開けに行った。
「小春、今、忙しいか?」
「あ・・えっと、片づけをしてたんですけど、別に忙しくはないですよ」
「そうか。んじゃ、ちょっと出掛けねぇか」
「はい・・いいですけど、どこへ行くんですか?」
「デートだよ、デート」
「わあ~~そうなんですね、わっかりました~~」
私は部屋に戻り、急いで支度をした。
デートか・・
そういえば、デートらしいデートなんて、してなかったよね。
たけさん・・気を使ってくれたんだわ。
「お待たせしました~」
私は外へ出て玄関の鍵を閉めた。
「おう、んじゃ、行くか」
「はい~」
「あ、小春、知ってっか?」
「え?なにをですか」
「葵ちゃんな、おめでただぜ」
「えええええ~~~!ほんとですかっ!」
「ああ。三ヶ月らしいぜ」
「わあ~~よかったですね~~!おめでとうございます!」
「兄貴、舞い上がっててさ。もう~名前は何にするだの、まだ男か女かもわかんねぇのによ」
「あはは、そりゃそうなりますよ~」
「俺、叔父さんになるんだな」
「そうですね~」
「まだ十九なのに叔父さんかよ」
「私がアメリカから帰ってきたら、その子はもう、二歳か三歳くらいになってるんですね」
「そうだな」
「いいな~赤ちゃんかぁ~」
「小春、デートっつってもな、どっか遊びに行くつもりはねぇんだ」
「え・・そうなんですか。じゃ、どこへ行くんですか?」
「黙ってついて来いって」
たけさんは少し照れくさそうに、そう言った。
どこへ行くつもりなんだろう・・
私がたけさんに着いて行った先は、神社だった。
神社・・すごく意外だわ・・
なんでここに・・
「さ、行くぞ」
たけさんはそう言って、手水場で手を洗った。
私も以前、葵さんに教えてもらった作法で手を洗った。
ほどなくして、拝殿の前まで来た。
「小春」
たけさんは、私の顔をじっと見つめた。
「はい・・」
「ここは神様の前だ」
「は・・はい・・」
「神様の前で嘘はつけねぇよな」
「え・・あ、はい・・」
「小春・・俺はお前が帰ってくるのをずっと待ってる」
「たけさん・・」
「帰ってきたら、結婚しよう」
「え・・」
ヤダ・・
なに・・これ・・
いきなりの・・プ・・プロポーズ・・?
「えっと・・」
「返事は?」
「いや・・その・・」
「嘘は言うなよ」
「あの・・」
「なんだよ」
「その・・私で・・いいんですか・・」
「いいに決まってんだろ」
「でも・・何年も帰ってこないんですよ・・」
「だからなんだってんだよ」
「いや・・その間に・・気が変わることも・・」
「お前のか」
「いえ・・たけさんの・・」
「あのなっ!神様の前では嘘はつけねぇって、俺、言ったよな」
「はい・・」
「お前をここに連れて来た意味、わかってんのか」
「はぁ・・」
「返事を聞かせろ」
「わっ・・私は・・もちろんお受けします」
「そうか・・よかった・・」
たけさんはホッとした表情で、拝殿の方に向きを変えて手を合わせた。
私もたけさんに倣い、手を合わせた。
神様・・ありがとうございます・・
私の夢が・・叶いました・・
ありがとうございます・・
私は心の中で、何度もそう唱えた。
それからあっという間に、出発の日を迎えた。
私は家を出て、たけさんちへ行った。
「たけさん~」
「おう、小春。ちょっと待ってくれな」
「はい~」
たけさんは出かける準備をしていた。
「薄柿さん、とうとう行っちゃうのよね・・」
間宮さんも支度をしながらそう言った。
「そうなんですよ~、色々とお世話になりました」
「私、あなたには何とお礼を言っていいか・・」
間宮さんは玄関先に来て、私に頭を下げた。
「そんな~やめてくださいよ~」
「私、仕事で見送りには行けないけど、ごめんなさいね」
「いいんですってば~。間宮さん、お元気でいらしてくださいね」
「ありがとう、あなたもお元気でね。身体を大切にね」
「はい~、ありがとうございます」
「んじゃ、かあちゃん、行ってくる」
「うん、気をつけて」
「それじゃ、間宮さん、行ってきま~す!」
そして私たちは空港へ向かった。
たけさんの様子は・・けっして落ち込んでいる風でもなく、淋しそうにしている風でもなかった。
それは、実は私も同じだった。
神様の前で、将来を誓い合った私たちは固い絆で結ばれ、淋しさはなかった。
やがて空港に着くと、みんなが見送りに来てくれていた。
「美琴~~紬~~」
私は二人の前に駆け寄って行った。
「小春~~!」
二人はそう言って、私を抱きしめた。
「元気にしてるんやで。なんかあったら連絡しいや」
「時々、帰ってくるでありんすよ」
「うん、ありがとう」
「あんた・・ええ顔してるわ」
「ほんとでありんす。一年前と全然違うでありんす」
「あはは、そうかな~」
「薄柿さん、元気でね」
葵さんが声をかけてくれた。
「葵さん、いいお子さんを産んでくださいね」
「うん、ありがとう」
「小春ちゃん、身体、大事にしろよ」
「お兄さんも。いいお子さんが産まれること、願ってます」
「うん、ありがとな」
お兄さんの表情は、もうお父さんになっているみたいで、とても逞しく思えた。
「薄柿さん、身体を大事にしてね」
「東雲さん、ありがとうございます」
「健人くんのことは心配ないよ。僕が見てるからね」
「はいっ!」
そして静香さんや田中さんも、声をかけてくれた。
「薄柿、元気で」
「うん、斎藤くんもね」
「僕ね、ある出版社に持ち込みしたんだ」
「え・・あの漫画を?」
「うん。そしたらね、編集さんがついてくれてさ」
「ええええ~~~!それって、デビューも間近ってことじゃないの?」
「あはは。まだそこまでは行ってないよ。これからだよ」
「ひゃ~~!斎藤くん、すごいじゃな~~い」
「雑誌に載ったら、送るね」
「うんうん!絶対に送ってね!」
斎藤くん・・よかったね・・
ありがとう・・
「やあ、薄柿さん」
「紫苑さん~」
「いよいよ出発だな」
「はい~」
「きみは、てっきり泣くものだと思っていたが・・意外だな」
「あはは、そうですか~」
「まあ、元気そうなのでよかったよ」
「紫苑さんもお元気で」
「きみもな」
そして私は、搭乗ゲートへ行った。
「では、みなさん、お見送り、ありがとうございました。元気に戻ってきますので、その時は、またよろしくお願いします~~!」
私は元気よくそう言って、中へ入った。
「小春~~!最後になんか言い忘れてねぇか!」
たけさんがそう叫んだ。
言い忘れたこと・・?
えっ・・なんだろう・・
あっ・・!ここは、ギャグよね!
そうね~・・やっぱりたけさんに最初に言ったあれしかないよね。
「どやさぁぁぁ~~~!」
私は振り向いて大声でそう言った。
みんなはそれを聞いて、爆笑していた。
でもたけさんは、「なんだよそれ」という表情をしていた。
「勘違いのクセがすごいぃぃ~~!」
たけさんがそう叫んだ。
あはは。
でも・・最後に言い残したことって違ったんだ・・
なんだったんだろう・・
そして私は機上の人となり、アメリカへ旅立った。
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最後までお読みくださり、ありがとうございました。




