八十三、親と子
間宮さんの点滴も終わり、病院を出て、私は間宮さんをアパートまで送って行くことにした。
そして、たけさんの姿はなかった。
「薄柿さん・・ご面倒かけます・・」
「そんな・・いいんですよ」
私は間宮さんの身体を支えながら、そう言った。
「あの・・私はもう一人で歩けますから・・」
「え・・大丈夫ですか?」
「はい、平気です」
そして私は間宮さんから離れた。
すると、まだ足がフラフラしていた。
「やっぱり無理じゃないですか」
私はそう言ってすぐに身体を支えた。
「すみません・・睡眠不足で・・」
「そうなんですか・・。どこかで休みますか?」
「いえ・・アパートは、ここから近いんです」
「そうですか・・」
間宮さんはフラフラしながらも、ゆっくりと歩き始めた。
「ババア・・なにやってんだよ」
後ろを振り向くと、たけさんが立っていた。
「健人・・」
「小春、俺と代われ」
「あ・・はい」
そしてたけさんは、間宮さんをしっかりと支えた。
「言っとくが、てめぇを憐れんでんじゃねぇからな。小春に面倒かけんな」
「うん・・わかってるわ」
「ったく・・」
「健人・・ありがとうね・・」
「うるせぇよ、黙って歩け」
「うん・・」
間宮さんの横顔は、切なげでもあったが、かすかに微笑んでいた。
間宮さん・・嬉しいんだね・・
よかった・・
私は二人の後を、ゆっくりと着いて行った。
ほどなくしてアパートに到着した。
そこは、たけさんのアパートと同じくらい古びたアパートだった。
「ここの・・3号室なの・・」
「そうかよ」
「鍵は・・鞄の中に入ってるの・・」
「とっとと貸せよ」
たけさんは、間宮さんから雑に鞄をとり、鍵を探していた。
やがて鍵を取り出し、玄関のドアを開けた。
「薄柿さん・・汚いところですけど、どうぞ入ってください・・」
「あ・・はい、お邪魔します・・」
たけさんは間宮さんを中まで連れて行き、小さな一人用の座卓の前に座らせた。
「ババア、布団はここか」
たけさんは押し入れを見て、そう言った。
「うん・・そこに入ってるわ」
たけさんは押し入れを開けて、すぐに布団を取り出し、その場に敷いた。
間宮さんの部屋は、和室の六畳一間だった。
台所は、「ついで」に付いているように小さかった。
「とっとと寝ろ」
「でも・・お茶くらい出さないと・・」
間宮さんはそう言って、台所へ行こうとした。
「なにやってんだよ!寝ろっつってんだろ!」
「でも・・」
「グダグダ言ってねぇで、とっとと寝ろ!」
「間宮さん・・どうぞ横になってください」
「そうですか・・すみません」
そして間宮さんは、静かに布団へ入った。
「間宮さん・・」
「はい・・」
「あの・・台所、使わせてもらってもいいですか?」
「え・・」
「それと・・なにか食べたい物とかありますか?」
「いえ・・そんな・・とんでもないです・・」
「遠慮しないでください。内臓はどうもないですし、なんでも食べられますよね」
「あ・・はい・・」
「じゃ、私、買い物へ行ってきます」
「そんな・・」
「いいんですってば~~。間宮さんが働いてるスーパーって、ここから近いんですか?」
「あ・・はい、割と近くです・・」
そして場所を教えてもらった。
「たけさん、私、買い物に行ってきますので、お母さんのこと頼みますよ」
「ちょ・・待てって!」
「お母さんを一人にして帰ったら、投げ飛ばしますからね」
「なっ・・てめぇ・・」
「では~行ってきま~す」
そう言って私は部屋を出た。
私がいると、たけさんも話しにくいよね。
間宮さんも、たけさんに責められて辛いだろうけど・・やっぱり話さないと、先に進めないもんね。
でも、たけさん・・
やっぱりお母さんが心配なんだわ。
帰ったかと思ったら、出てくるのをどこかで待ってたのよね。
それで身体を支えてあげて・・家まで連れて行って・・
ちゃんと布団を敷いてあげて・・
やっぱりたけさんは、いい人だ。
私は買い物を済ませ、アパートに戻った。
「ただいま~」
「あ・・どうもすみません・・」
「おかえり」
たけさんは、さっきより少しだけ表情が柔らかくなっていた。
「今からハンバーグを作りますからね~」
「あの・・おいくらでしたか」
「ヤダ~間宮さん。私もたけさんも食べますから、そんなのいいんですよ~」
「俺もかよ!」
「たりめーじゃねぇか!」
「なっ・・おめぇ・・俺の真似か」
「似てたでしょ~」
「似てねーーしっ!」
そして私はご飯を炊き、和風ハンバーグと、お味噌汁を作った。
えっと・・お皿お皿・・
あ・・やっぱり三人分はないよね。
ひとまとめでいいよね。
お椀は~・・あら~これも一つしかないわ。
えぇ~~い、なんでもいいや。
お箸も一膳か・・
フォークはあるし・・これでいいね。
あっ・・お茶碗はあるわね。
「はーい、出来ましたよ~」
ハンバーグは一枚のお皿に三つ乗せ、お味噌汁はお椀と小鉢に注いだ。
私はそれを、座卓に運んだ。
「ほんとに・・お手間を取らせて・・」
そう言って間宮さんは、起き上がって座った。
「私のハンバーグ、美味しいんですよ~、ね?たけさん」
「え・・ああ・・」
「ああってなんですか~。うめぇ~って言ってたじゃないですか~」
「うるせぇよ・・」
「さっ、いただきまーーす!」
「小春・・飯は?」
「あっ!ヤダ~忘れてました」
私がそう言うと、間宮さんは笑っていた。
「では・・遠慮なく、いただきます・・」
間宮さんはとても美味しそうに食べていた。
「薄柿さん・・料理、お上手なんですね・・」
「友達から教えてもらったんですよ~」
「そうなんですか。とても美味しいです・・」
「ありがとうございます~」
「私は・・料理は苦手でして・・。健人たちには手料理なんて食べさせたことがなかったんですよ・・」
「そうなんですか・・」
「ババア・・黙って食えよ」
「うん・・ごめん・・」
たけさん・・またババアだなんて・・
「私もね、料理なんてしたことがなくて、一年前まではインスタントラーメンさえ作れなかったんですよ~」
「そうなんですか・・。努力されたんですね」
「努力ってほどのことでもないですけど、たけさんに作ってあげたくて」
「まあ・・そうでしたか・・。私は恥ずかしいです・・」
「そんな~、これから、たけさんに作ってあげてくださいよ~」
「え・・はい・・」
「小春、余計なこと言うんじゃねぇよ」
「まあまあ、いいじゃないですか~」
「健人・・薄柿さんは、いいお嬢さんね・・」
「っんなこと・・ババアに言われなくったって、わかってんだよ」
「そうね・・。ごめんなさい」
「いちいち謝まんなって」
「うん・・」
「それよりババアは、もうぶっ倒れんなよ・・」
「うん・・」
「ぶっ倒れても、小春じゃなくて、俺か兄貴に言え・・」
「健人・・」
「倒れた時だけだからな!んで・・ババアを心配してんじゃねぇからな。他人に迷惑かけんなってことだからな」
「うん・・わかってる。ありがとう・・」
「ほら・・さっさと食えよ」
たけさん・・
今・・他人にって言ったよね・・
ってことは・・自分は他人じゃないってことよね・・
たけさん・・今言った言葉・・自分では気がついてないわ・・
でも・・たけさんの心の中が見えた気がする・・
よかった・・
それからほどなくして、私とたけさんはアパートを後にした。
「お母さん、大したことなくてよかったですね」
「うん・・」
「ハンバーグも美味しいって食べてくれたし、あとは十分な睡眠をとって・・」
「小春・・」
「はい」
「色々と、ありがとな・・」
「そんな~、いいんですってば」
「俺・・また頭に血が上って、お前に酷いこと言ったよな・・」
「ぜっんぜーーん。もう慣れましたよ!あはは」
「俺な・・ババアの寝顔見た時・・やっぱり許せねぇって気持ちが抑えられなくてな・・」
「はい・・」
「俺・・俺・・ずっと我慢して・・う・・ううう・・」
たけさんは、私の前で初めて泣いた。
そして大きな目から、大粒の涙が零れ落ちた。
「たけさん・・」
「俺・・辛かったんだ・・ずっと・・辛くて・・淋しくて・・」
「・・・」
「俺は・・誰にも自分の気持ちを正直に言えなかったんだ・・ずっと・・ずっと・・我慢して・・うううう・・」
「たけさん・・辛かったんですね・・」
「母親がいねぇってことが・・ガキにとってどれほど淋しいことか・・俺はそれを誰にも言えなかったんだ・・」
「はい・・」
「小春・・俺・・辛かったんだ・・淋しかったんだ・・」
「うん・・うん・・そうですよね・・」
「小春・・」
たけさんはそう言って、私を抱きしめた。
「たけさん・・大丈夫ですよ。私はずっとたけさんの傍にいます。そして・・これからはお母さんもずっと一緒ですよ」
「ううう・・ううううう」
「たけさん・・淋しかったんだね・・」
私はたけさんの背中をポンポン叩いた。
たけさんは、涙が枯れ果てるまで泣いた。




