八十二、再会
「私、お茶淹れますね~」
私はそう言って、勝手に台所へ行った。
「もうすぐ冬休みですよね~」
「うん・・そうだな」
「そういえば一年前、私は原宿で男を投げ飛ばしたんでしたね~」
「・・・」
「あれからもう一年かぁ~、亮介くんも部活、頑張ってるんでしょうね~」
「小春・・」
「なんですか~」
「お茶なんていいから、ここに座ってくれ」
「あ・・はい・・」
私はお茶の用意を途中で止め、部屋に戻って座った。
たけさん・・いよいよ、話してくれるんだわ・・
「あのさ、小春・・」
「はい、なんですか」
「俺・・あれから色々と考えたんだけどさ、とりあえず、ババアに会ってみるよ」
「そうですか」
「でもな・・俺は何度も言ったけど、俺や兄貴の気持ちはお前にはわからねぇよ」
「・・・」
「会うと決めたのも、お前や葵ちゃん、美琴や紬、そして・・和樹の必死な想いを汲んでのことなんだ」
「たけさん・・」
「みんなが俺のために必死になって説得してくれてんのに、俺はそれを無視するわけにはいかねぇよ」
「・・・」
「それから翔にも相談した」
「そうなんですね・・」
「翔も、和樹と同じこと言ってたよ。翔は、ババアのこと知ってっからな。ガキの頃に会ってっから」
「はい・・」
「翔にも、散々叱られたよ」
「・・・」
「話はそれだけだ」
「そうですか・・。でも、会う気になってくれて・・よかったです・・」
「お前はほんとに・・お節介だな」
「す・・すみません・・」
「いや、謝るのは俺だ。別れるとか言って、悪かった」
「え・・?いつ別れましたっけ?」
私はそう言って笑った。
「ったく・・参ったな・・」
「あはは~」
「小春・・」
「はい」
「ババア、お前になんて言ってたんだ」
「あ・・えっと・・なんか、偶然、雑誌でたけさんを見たって・・」
「そっか・・」
「立派に成長してて・・驚いたって・・」
「勝手なこと言いやがって・・」
「でも・・お母さん、泣いてました・・」
「え・・」
「あ・・あの・・親戚のオバサンが来たって言ったでしょ・・。実はあれ、お母さんだったんです・・」
「そうなのか」
「それで・・トイレの中でたけさんの声を聴いて、泣いておられました・・」
「泣きてぇのは、こっちだっつーの・・」
「たけさん・・」
「まったく、今頃ノコノコ現れやがってよ。勝手なババアだぜ」
「それで・・いつ会うんですか」
「まだ決めてねぇけど、兄貴と相談するよ」
「そうですか」
私はそこで「やっぱりお茶淹れますね」と言って台所へ行った。
「それにしてもさ~、紫苑ってマジで付き合ってんのか」
「はい~、そうみたいですよ~」
「考えらんねぇな・・あいつが・・」
「なんかね、結婚も視野に入れてるみたいですよ」
「げ~~~!マジかよ!」
私は湯飲みを二つお盆に乗せて、ちゃぶ台まで運んだ。
「許嫁とか、いたんじゃないですね」
「はぁ~~・・あの紫苑がねぇ・・」
「でもなんか、紫苑さん、この間会った時、男らしくなったな~って感じましたよ」
「へぇー」
「理屈っぽいのは相変わらずですけどね。あはは」
「あいつから理屈を取ったら、あいつじゃねぇよ」
「あはは、確かに~」
「小春・・」
「はい」
「色々と・・ありがとな・・」
「なにをぬかしてけつかるんでございますかぁぁ~~」
「あはは、出たな」
「私に礼など無用だ。それよりきみは勉学に励みたまえ」
「あはは、紫苑の真似かよ」
「似てました?」
「いや、ぜっんぜん似てねぇし」
「なんだ~、似てると思ったんですけど~」
「似てないでありんす~」
「ヤダ~~紬の真似ですか~」
「紬・・あいつもいいやつだな・・」
「はい、美琴も紬も・・私の一生の友達です」
それからたけさんは、お兄さんや葵さんと相談して、お母さんに会う日を決めた。
いよいよ・・三日後に会うのよね・・
なんか・・ちょっと不安だけど、たけさんは、自分なりに乗り越えたんだもんね。
大丈夫だよね・・
私は家で、そんなことを考えながら寛いでいた。
ルルル・・
あっ、電話だ。
えっ・・知らない番号だわ・・誰だろう・・
「はい・・もしもし・・」
「あ、あの、突然、申し訳ありません。わたくしK病院で看護師をしている者ですが、えっと・・失礼ですが薄柿さんですか」
え・・病院・・?
ヤダ・・なに・・
「あ、はい、そうですけど・・」
「それで、薄柿さんは間宮さんをご存知ですか?」
「はい・・知ってますけど・・」
「間宮さんが倒れられまして、さっき、救急車で搬送されて来たのですが、どうも身寄りがないらしくて、それで携帯を拝見させていただきました。すると薄柿さんの番号が登録されてありまして、お電話させていただいた次第なんです」
「え・・倒れたって・・どういうことですか」
「仕事中に倒れたらしいんですが、急なことで申し訳ありませんが、こちらへ来ていただけませんか」
「あ・・はい、わかりました。K病院ですね」
「そうです。ではよろしくお願いします」
ヤダ・・
倒れたって・・
大変なことになった・・
どうしよう・・
まず・・たけさんに知らせるべきよね・・
あっ・・たけさんバイトなんだ・・
お兄さんも、葵さんも、まだ仕事中だし・・
先に病院へ行った方がいいよね・・
連絡は後でもいいよね・・
私は急いで出掛ける準備をした。
えっと・・K病院って、二駅先にあるよね。
間宮さん・・大丈夫なのかな・・
私は駅まで自転車を走らせた。
そして電車に乗り、二駅先で降りた。
K病院は、駅のすぐ近くにあった。
私は走って病院へ入り、案内の人に訊ね、間宮さんの病室へ行った。
ドアを開けると、先生と看護師さんがいた。
「あの・・先ほどお電話いただいた薄柿ですけど・・」
「あっ、先ほどは失礼しました。私がお電話を差し上げた、浅野です」
浅野さんは中年女性で、とても優しそうな人だった。
「どうも・・」
「間宮さんですがね、特に異常はありませんでした」
先生がそう言った。
「そうですか・・よかった・・」
「過労ですな」
先生の胸には楠本という名札がつけられていた。
楠本先生は、年をとったお爺さんだった。
『スラムダンク』の安西先生に似てる・・
「過労・・」
「点滴も、あと一時間くらいで終わりますので、心配いりませんぞ」
「そうですか・・。あの・・入院とかは・・」
「必要ありませんな。目が覚めたら帰ってもいいですぞ」
「そうですか」
そして先生は、病室を出て行った。
「異常がなくてよかったですね」
浅野さんがそう言った。
「はい・・ホッとしました・・」
「それにしても、薄柿さん、お若い方だったんですね」
「あ・・はい・・。間宮さんは、彼氏のお母さんなんです」
「そうなんですか。じゃ、若くて当たり前ね」
そう言って浅野さんは笑った。
「はい・・」
「点滴が終わったら、呼んでくださいね」
「はい、わかりました」
そして浅野さんも出て行った。
私は眠っている、間宮さんの顔を改めて見た。
無理をしてたんだわ・・
こんなにぐっすり眠って・・
あ・・そうだ・・電話しなくちゃ・・
私は病室を出て、ロビーへ行った。
たけさんに電話をすると、留守電だったので、メッセージを残した。
「もしもし、小春です。えっと・・お母さんが倒れて病院へ運ばれましたが、過労だそうですので、大したことはありません。今は点滴中です。K病院にいます」
これでいいよね。
そして私は病室へ戻った。
「小春!」
しばらくすると、たけさんが慌てて入ってきた。
「たけさん・・し~~っ・・」
「なにがあったんだ!」
「たけさん・・落ち着いて・・。起こしてしまいますよ・・」
たけさんは、何年かぶりに見るお母さんの寝顔を複雑な表情で見ていた。
「ババアめ・・ぶっ倒れてんじゃねぇよ・・」
「ババアって・・、お母さんですよ・・」
「それで・・容態はどうなんだ・・」
「ただの過労です。入院もしなくていいって」
「そ・・そっか・・」
「うっ・・うう・・」
そこで間宮さんが苦しそうに唸った。
「間宮さん・・大丈夫ですか」
「う・・」
「気がつかれましたか」
「あ・・」
間宮さんはゆっくりと目を開けた。
「薄柿さん・・」
たけさんは、私の後ろで間宮さんに背を向けていた。
「間宮さん、ただの過労ですから、心配ないですよ。点滴が終わったら帰れますからね」
「そう・・なんですか・・。ご心配かけて・・申し訳ありません・・」
「たけさん・・」
私はたけさんに、間宮さんを見るよう声をかけた。
そしてたけさんは振り向いて、間宮さんと目を合わせた。
「た・・健人・・」
「・・・」
「健人・・健人だね・・」
「・・・」
「健人・・ごめんね・・ごめんね・・」
「・・・」
「健人・・」
「ババア・・ぶっ倒れてんじゃねぇよ・・」
「え・・」
「ぶっ倒れてんじゃねぇっつってんだよ!」
「健人・・」
「たけさん・・そんな言い方・・」
「ったくよ!勝手に会いに来て、勝手にぶっ倒れやがって!バカじゃねぇのか!」
「健人・・」
「おまけに小春にまで面倒かけやがって!クソババア!」
「たけさん!お母さんは疲れてるのよ、そんな言い方やめて!」
「うるせぇ!ったく・・なんだってんだ!いっそのこと、死んじまえよ!」
「た・・健人・・」
「たけさん!なんてことを!」
「ババアには言いてぇことが、山ほどあんだよ!てめぇらのせいで、俺たちがどんだけ苦労したと思ってんだ!それを今更会いに来ただと?ふざけんじゃねぇ!」
「私は・・許してもらおうなんて・・思ってないの・・」
「誰が許すかよ!」
「ただ・・立派に成長した健人を見て・・とても嬉しくてね・・。それと真人も立派になって・・お嫁さんまでもらって・・」
「てめぇには関係ねぇよ!」
「わかってるわ・・。私はあなたたちを頼るつもりはないの・・。もう会いに行ったりしないわ・・」
「間宮さん・・待ってください・・」
「え・・」
「まだお兄さんとも、ちゃんと話してないじゃないですか。それとたけさん!また勝手なこと言って。そんなこと言うなら、もう出て行ってくださいよ」
「なんだと!」
「すぐに感情的になって。どうして落ち着いて話をしようとしないの?」
「知るかよっ!」
そう言ってたけさんは、病室を出て行った。
はぁ~~・・まさに猛獣だわ・・
ったく・・どうしようもないわね・・




