八十四、それぞれの気持ち
間宮さんに会うのは、当初、たけさんちで会う予定になっていたが、間宮さんが倒れたことで、私たちが間宮さんちへ行くことになった。
倒れたことをお兄さんと葵さんは、とても心配していた。
それと・・たけさんがお母さんと会ったことで、たけさんの様子が変わったことに、お兄さんは誰よりも驚いていた。
「健人・・お前、よく会ったよな・・」
「小春から連絡があれば、行かないわけにはいかねぇだろ」
私たちは間宮さんちへ向かう途中、そんな話をしていた。
「でも・・考えたら、薄柿さんがお義母さんに携帯の番号を教えたことが幸いしたわね」
「小春ちゃん、俺、口を挟むなとか勝手なこと言って、悪かった。許してくれな」
「そんな~お兄さん、とんでもないですよ~」
「でも、お義母さん・・無理をなさってたのね・・」
「そうですね・・」
「過労って言っても、バカにできないのよ。今後は、無理をさせてはいけないわね」
お兄さんとたけさんは、葵さんの言葉を聞いて、複雑な表情をしていた。
ほどなくして、私たちは間宮さんちへ到着した。
「ここか・・」
古びたアパートを見て、お兄さんがそう呟いた。
「こんなところで・・女一人で・・」
「真人くん、入りましょう」
「あ・・うん・・」
「たけさん、行きましょう」
「ああ」
ドアをノックすると、中から間宮さんが出てきた。
「お義母さん、こんにちは。お身体の具合はいかがですか?」
「どうも・・はい、おかげさまで、だいぶ良くなりました・・」
「間宮さん、こんにちは~」
「薄柿さん、先日はどうも・・大変お世話になりました・・」
「いいえ~」
「どうぞ・・入ってください」
そして私たちは部屋に上がらせてもらった。
狭い六畳には、真新しい座布団が四枚敷かれてあった。
間宮さん・・今日のために買ったんだわ・・
「狭くて汚いですが・・どうぞお座りになってください・・」
間宮さんはそう言って、台所でお茶を用意していた。
「お義母さん、私がやりますから、お義母さんは座ってください」
「いえ・・そんな・・」
「葵さん~、私がやりますって。葵さんはお嫁さんなんですから座ってください~」
「やだわ、嫁だから私の役目なのよ」
「そんな~、いいですって~」
「そう?じゃ、薄柿さんお願いね」
「はい~」
小さな戸棚を見ると、湯飲みも五つ揃えて置いてあった。
これも・・買ったのね・・
「真人・・健人・・あなたたちに何と詫びていいか・・本当にごめんなさい・・」
「今更、頭を下げられてもどうしようもねぇ。過去はやり直せねぇんだ」
お兄さんが、辛そうにそう言った。
「そうね・・真人の言う通りね・・」
「これだけは言わせてくれ。あんたは俺たちを捨てた最低の母親だ。どれだけ憎んだか知れねぇ。あんたが出て行った後、親父も出て行き、俺たちは親戚に預けられた。親父の親戚だ。あんたも知ってんだろ」
「・・・」
「親戚の家族は俺たちを邪魔者扱いした。俺たちの居場所なんてどこにもなかった。でも食うことや学校へ行くことは、ちゃんとやってくれた」
「・・・」
「俺はなんとか中学を卒業するまで、我慢に我慢を重ねた。親戚の家を出てからは、俺は健人を食わせるために必死で働いた。今もその工場で働いてる。未成年のガキが働くっつったって、ろくな給料も貰えねぇ。それでも俺は働いた。健人を死なせるわけにはいかねぇからな!」
「・・・」
「健人は中学に上がってから、不良になりやがった。みんなから煙たがられ、ろくにダチすら出来なかったんだせ?こいつは勉強もしねぇし、毎日を惰性で生きてやがった。でも俺は、こいつがかわいそうでならなかった。まだ小せぇガキの頃に、突然母親がいなくなったんだ。不良になったのは誰のせいだ?あんただよ!」
「・・・」
「こいつをちゃんとした大人にしねぇと、こいつはダメになると思って、俺はなんとか勉強をやらせた。そして今では大学に通って、のちに先生になるって言ってんだ。親のいないガキの面倒を見るっつってな!」
「ご・・ごめなんさい・・」
「俺はあんたが、なんで今頃になって俺たちの前に現れたのか理解できねぇ。なんでだよ」
「そ・・それは・・健人の雑誌を見て・・立派になったと思って・・」
「ちげーだろ!あんたは今の生活が苦しいからだろ!あんたは昔は気が強くて、親父と毎日のようにケンカしてた。しかも金だけはあったから、派手に使いまくってたよな」
「雅文さんとは、気が合わなかったわ・・。結婚してしばらくは、上手くいってたの・・。でも・・そのうち不仲になり・・私は家にいることが苦痛でならなかった・・。気晴らしをするために・・外に出て買い物をして浪費することで・・なんとか・・気持ちのバランスを保っていたの・・」
「ふざけやがって!それでも母親かよ!俺や健人のことは、どうでもよかったのかよ!」
「私は・・母親の資格なんてないと思ってたの・・。とにかく離婚したくて・・雅文さんと離れたくて・・あのまま一緒にいると・・私はきっと・・精神的に病んでいたかも知れなかったの・・」
「どういうことだ」
「私ね・・ある時、病院で診てもらったの・・。そしたら必要以上の浪費は、ストレスが原因だと言われて・・。ストレスを解消するためには、他に趣味を見つけなさいと言われたんだけど・・私にはその余裕がなくてね・・」
「・・・」
「それで・・離婚したの・・」
「どう言おうと、それはあんたの勝手な言い訳だ。俺たちには関係ねぇよ」
「うん・・それもわかってる・・」
「んで?これからどうすんだよ」
「どうって・・」
「真人くん・・」
そこで葵さんが口を開いた。
「真人くんの気持ちは、すごくわかるわ。でも、ここにお義母さんを一人で住まわせておくわけにはいかないでしょう?」
「葵ちゃん、なに言ってんだよ」
「だって・・無理をし過ぎて倒れられたのよ。今後も同じことが起こり得る可能性は捨てきれないわ。今回は救急車で運ばれたし、薄柿さんがいてくれたからよかったものの、一人暮らしでは何があるかわからないのよ」
「・・・」
「お義母さん・・」
「はい・・」
「私たちと一緒に暮らしましょう」
「いえ・・そんな・・」
「葵ちゃん・・ちょっと待ってくれよ。一緒に暮らすだと?今でもカツカツの生活なのに、どうやって養うってんだよ」
「女性一人くらい増えたって、なんてことないわよ」
「兄貴・・」
そこでたけさんが口を開いた。
「ババアは・・俺が引き取るよ」
「健人・・お前・・」
「またぶっ倒れたら、シャレになんねぇよ」
「お前、生活費、どうすんだよ」
「俺・・またモデルやるよ」
「え・・」
「モデルって、結構、稼げるんだぜ。んでコンビニのバイトだってあるし」
「健人・・私は・・いいの・・。あなたたちを頼りつもりはないの・・」
「バカかっ!まだぶっ倒れたらどうすんだっつってんだよ!そうなったらまた、みんなに迷惑かけんだよ!」
「・・・」
「兄貴、葵ちゃん、それでいいな」
「あの・・」
私はそこで、やっとお茶を運んだ。
「あ・・小春・・ごめん」
私がずっと台所で立っていたことを、たけさんが詫びてくれた。
「いえ~、いいんですよ~。さっ、みなさん、お茶どうぞ~」
小さな座卓に私は湯飲みを並べた。
「薄柿さん・・すみません・・」
「いいんですよ~」
「小春、お前も座れよ」
「はい~」
そして私はたけさんの隣に座った。
「ババアのことは、それでいいよな」
たけさんがお兄さんと葵さんに、もう一度訊いた。
「お義母さん・・どうされますか?」
「私は・・」
「ババア!俺んち来いっつってんだろ!」
「健人・・」
間宮さんは、たけさんを辛そうに見た。
「ババアが俺と暮らすのが嫌だってんなら、はっきりそう言え」
「嫌だなんて・・とんでもないわ・・」
「なら、いいじゃねぇか」
「健人・・ほんとに・・いいの・・?」
「いいっつってんだろ!何度も言わせんな!」
「あの・・健人・・。私も働くから・・」
「っんなこと、言ってねぇよ!」
「ううん・・私も働くわ・・」
「んじゃ・・今のところは辞めろよ」
「え・・」
「近くで働けよ」
「うん・・」
こうして間宮さんは、たけさんちで暮らすことになった。
ほどなくして、引っ越しも済ませ、間宮さんはスーパーも辞めた。
私は、たけさんがまた、間宮さんに酷いことを言って責めるんじゃないかと気になっていた。
引っ越しが済んだ翌日・・私はたけさんちに寄った。
「こんにちは~」
玄関を開けると、間宮さんが掃除をしていた。
「あ・・薄柿さん、いらっしゃい」
「どうも~、お掃除中ですか~」
「そうなの・・。あ、どうぞ上がってください」
「はい~お邪魔します~」
するとたけさんの姿はなかった。
「たけさんは・・?」
「今・・買い物に行ってるんです」
「そうですか~」
「私が住んでいたアパートより、ここの方が広いので、気持ちが楽になりました・・」
「たけさんの様子はどうですか?」
「えぇ・・なんて言いますか・・まだ、戸惑っています・・」
「そうですか・・」
「でも・・さっき・・「なにが食いてぇんだ」と訊いてくれました・・」
「そうですか、よかったですね」
「薄柿さんも是非、ご一緒にどうぞ・・」
「いえ~、ここは、親子水入らずで食べてください~」
「そんな・・遠慮しないでください・・」
「いえ~、私、これからバイトですし」
「そうですか・・」
「では、たけさんによろしく伝えてくださいね~。お母さんに酷いこと言ったら投げ飛ばしますからって言ってくださいね!」
「あら・・そんな・・」
「あはは」
そして間宮さんも笑った。
これからよね・・
これからもっと・・笑える日が来るわ・・
たけさん・・よかったね・・




