七十九、二回戦
そしてその日の夜・・
ピンポーン
あっ・・誰かな・・
「はーい」
私がドアを開けると、お兄さんと葵さんが立っていた。
「あ、こんばんは~」
「また突然にごめんね」
「いえいえ~、どうぞ入ってください~」
「真人くん、上がらせてもらいましょう」
「うん」
お兄さんは、いつもの明るさが消えていた。
「どうぞ~座ってくださいね」
私は当然、昨日の話だと思った。
すぐにお茶を淹れ、二人の前に運んだ。
「お兄さん・・私のこと、葵さんから話を聞かれたんですね」
「うん」
「勝手なことして・・すみません・・」
「いや、別に・・」
「私・・何とかしてきっかけを作りたくて・・。だって、このままでいいはずがないですよね」
「・・・」
「私・・余計なことしましたか・・」
「いや、小春ちゃんの気持ちは十分理解してるつもりだ。でも、待ってくれねぇかな」
「え・・」
「俺な、まだ気持ちに整理がつかねぇんだよ」
「そ・・そうですか・・」
「やっぱりな・・俺たちは捨てられたって思いが消えねぇんだよ。頭ではわかってても、気持ちが着いて行かねぇんだ」
「はい・・」
「薄柿さん」
「はい」
「真人くんは、自分の気持ちを、どうしてもあなたに伝えたくてここへ来たの」
「そうですか・・」
「小春ちゃんも知ってると思うけど、俺たちはマジで半端ねぇ苦労をしてきた。俺は六年生だったけど、健人はまだ二年生だったんだ。ガキってより、幼児の年だ。そんな幼い頃に捨てられてみろ、母親のことを恨みこそすれ、憐れんだりできねぇんだよ」
「・・・」
「俺だってそうだ。中学を卒業して俺は生きていくために働いた。健人を死なせるわけにいかねぇからな。今更その苦労を愚痴ったところでどうにもなりゃしねぇ。むしろ俺は、健人を大学まで行かせたことを誇りに思ってる。あいつにも目標ってもんができた。後は健人がてめぇの足で歩いて行くだけだ。その土台はできたんだよ」
「はい・・」
「ところがここに来て、まるで忘れ物でも取りに来たように母親が現れてな。しかもあんな惨めな姿で。俺たちを捨てて出て行ったんなら、一生俺たちの前には現れてほしくなかったよ。俺たちに姿を見せたってことは、弱さを抱えてるからなんだよ。俺はそれがどうにも納得できねぇんだ。勝手すぎるだろ」
「・・・」
「生活が辛い、一人が淋しいっつったってな、おめぇが一番口にしちゃいけねぇ言葉だろって思うんだよ」
「・・・」
「だから、気持ちの整理がつくまで、俺たちのことに口を挟まねぇでほしいんだ」
「そう・・ですか・・」
「それから・・勝手なことを言うようだけど、健人のこと、見放さないでやってくれねぇか・・」
「見放すだなんて、とんでもないですよ。私はたけさんから離れません」
「そうか・・。それならよかった。健人はあんなだけど、よろしく頼むな・・」
「わかってます!たけさんに何と言われようと、私は毎日行くつもりですっ!」
「あはは、小春ちゃん、強くなったな」
「そりゃそうですって!強くならないと猛獣のようなたけさんと向き合えませんから!」
お兄さんは、自分の気持ちを話したことで、顔の表情が幾分か柔らかくなった。
お兄さんも・・辛いよね・・
お母さんの気持ちを分かってあげたいって思ってるはずよ・・
でも・・そこへ辿り着くまでには、時間がかかるよね・・
私は、間宮さんに連絡することを止めようと思った。
そして、たけさんにも一度謝って、もうこの話には触れないようにしようと思った。
そして次の日の朝・・
「たけさん~」
私はまた、登校前にたけさんちへ寄った。
「またお前か」
「はい~また私です」
私は玄関先で立ったまま、話を続けた。
「お前、バカか。俺たちは別れたんだ。それわかってんのか」
「だから~知りませんって」
「はっ、ストーカーかよ」
「あの、たけさん」
「なんだよ」
「私、勝手なことしてすみませんでした」
「・・・」
「もう二度としませんので、許してください」
「知るかよっ!」
「では、行ってきます~」
私はそう言って、家を出た。
よーし。もう謝ったもんね。
たけさんが許そうが許すまいが、どうでもいいわ!
私はたけさんから離れないんだからね!
それから数日後の夜、私はいつものようにたけさんちへ寄った。
「たけさん~こんばんは~」
私が扉を開けて玄関へ足を踏み入れると、見知らぬ女性がたけさんと向かい合って座っていた。
「また来たのか」
「たけさん・・」
「なにしに来たんだよ」
「その人は・・誰ですか・・」
その女性はとても若く、そして・・とても綺麗な人だった。
「お前、しつこいぞ。帰れよ」
「・・・」
「俺たちは別れたんだ。しつけーったらありゃしねぇぜ」
その女性は、ずっとたけさんの顔を見て、様子を伺っている風に見えた。
「こいつ俺の新しい彼女。これでわかったな」
「彼女・・」
「なに突っ立ってんだよ。帰れよ」
「そ・・それは・・本当ですか・・」
「マジだっつってんだろ」
「あの・・本当なんですか・・」
私は女性にそう訊いた。
「うん・・」
女性は頷いた。
ほ・・ほんとなんだ・・
でも・・これって変だよね・・
私と別れてからすぐに次の人を・・
たけさんはそんな人じゃないわ・・
「俺たちさ、今から寝るんだけど」
「え・・」
「邪魔する気かよ」
「そっ・・そんなっ・・」
「おい、有美、あっち行って待ってろ」
たけさんは隣の部屋を指してそう言った。
あそこは・・以前、私が寝させてもらった部屋だわ・・
有美という人は、たけさんに促され隣の部屋に入り襖を閉めた。
「こういうことだから、もうここへは来るな」
「たけさん、ほんとに私と別れるつもりなんですか・・」
「つもりってなんだよ。もう別れたんだろが」
「ほとんにあの人のこと、好きなんですか・・」
「たりめーじゃねぇか。彼女なんだぜ」
「そんな・・」
「まあ、少なくとも俺の嫌がることはしねぇよ、有美は」
「・・・」
「帰れよ」
たけさん・・なんて人なの・・
いくら・・やけになってるからって・・こんなこと・・
私は靴を脱いで部屋へ上がり、たけさんの前に立った。
「なんだよ!」
たけさんも立ち上がった。
バチーーン!
私はたけさんの頬を、思いっ切り叩いた。
「なにすんだよ!」
「最低!弱虫!卑怯者!」
「なんだと~~~!」
たけさんは私に襲い掛かってきた。
はっ、バカじゃないの!
私を誰だと思ってるのよ!
私は怒りに任せて、たけさんを投げ飛ばした。
「・・くそっ・・てめぇ・・」
たけさんは悔しそうに私を睨んだ。
「なによ!掛かって来なさいよ!」
「うるせぇ!」
たけさんはまた、私を襲った。
私は造作もなく、投げ飛ばした。
すると襖が開き、有美さんが私たちを見て驚いていた。
「てめぇ・・舐めた真似しやがって・・」
「なによ、口だけ?」
「なっ・・」
「情けない男ね。現実から目を逸らして、やけにしかなれなくて」
「なんだと~~!」
「そうやって、いつまでも後ろばかり見てなさいよ。それで?有美さんも気の毒だわね」
「なにっ!」
「女性を利用して、最低の男だわ」
「あの・・健人くん、大丈夫・・?」
有美さんが弱々しくそう言った。
「うるせぇ!黙ってろ!」
「二言目には、うるせぇしか言えないのよね。それで先生が勤まるとでも思ってるの?」
「小春・・てめぇ・・」
「あなたに小春って呼ばれる覚えはないわ」
「なっ・・」
「有美さん、こんな最低野郎とは、とっとと別れた方がいいわよ」
「いや・・別に付き合ってるわけじゃないのよ・・」
「は?どういうこと?」
「その・・頼まれて・・」
「有美!余計なこと言うんじゃねぇよ!」
「やっぱりね・・。そんなことだろうと思った。ますます最低ね!見損なったわ!」
私は捨て台詞を吐いて、家を出た。
そうなのよ・・たけさんはそんな人じゃない・・
私を遠ざけようとして・・バカな芝居を・・
でも・・それだけ、たけさんの心の闇は深いってことよね・・
本当に大変だわ・・
それから私はしばらく、たけさんの家にもいかず、連絡もしないでいた。
たけさんが私を頼ってきたら・・その時がチャンスだと思っていた。
しかし・・たけさんが私を頼ってくることはなかった。
毎日アパートの前を通っても、電気が点いていることがなかった。
どこへ行ってるんだろう・・
お兄さんのお家・・?
でも・・行けば必ずお母さんの話になるんだから、行くはずがないわ。
それから数日後、東雲さんから電話がかかってきた。
「あ・・どうも、お久しぶりです」
「こんにちは」
「あの・・なにかあったんですか・・」
「うん。あのね、薄柿さんが心配してると思って連絡したんだけど、健人くん、僕の家にいるから」
「そ・・そうなんですか・・」
「話は全部聞いたよ。大変だったね」
「たけさん・・なんて言ってますか・・」
「それなんだけど、今の健人くんは頑なになってて、考えることすら拒否してるよ」
「そうですよね・・」
「それで、しばらく僕んちから大学へ通うことにしたから、心配しないでね」
「バイトは・・どうするんでしょうか・・」
「バイトには行くって言ってるよ」
「そうですか・・」
「薄柿さん、あまり心配しなくていいよ」
「はい・・ありがとうございます・・」
「僕からも話をするからね。健人くんならきっと大丈夫だよ」
「はい・・」
「それじゃ、また連絡するね」
「はい、あの・・たけさんのこと、よろしくお願いします・・」
「うん、わかった」
そっか・・東雲さんちなら大丈夫ね。
紫苑さんだって近くだし・・
私がどうこうするより、あの人たちから話してもらう方がいいかも知れないわ・・




