八十、たけさんの様子と失恋
「ちょっと小春!一体どういうことなん?」
登校途中で、美琴がそう訊ねてきた。
「え・・なんのこと?」
「なんのことやあらへんがなっ!時雨王子、和樹王子のところにいてるらしいやんか」
え・・美琴たち、知ってるんだ・・
「そうでありんすよ。もう何日も泊まってると聞いたでありんすよ」
「誰に聞いたの・・?」
「紫苑さんやがな」
「そう・・なんだ・・」
「だから、どういうことなん?」
「いや・・実はね・・」
そこで私は、これまでの事の経緯を話した。
「えええ~~小春、王子のお母さんと会ったって・・マジか!」
「やはり・・自重できなかったでありんすか・・」
「だってね・・あのまま放っとけなかったのよ・・」
「それで、王子が切れて、和樹王子のところへ行ったってわけか」
「うん・・」
「まあ・・起こってしまったことは仕方がないでありんす。それで、小春、どうするでありんすか」
「どうするって言ったって・・。ここは東雲さんに任せる方がいいかなって思ってる・・」
「まあそやな。少なくとも小春よりは王子のことわかってるやろし、男同士やしな」
「紫苑さん、なんて言ってたの?」
「なんかな、和樹王子に呼び出されて、家へ行ったんやって。ほなら時雨王子もいてて、事情を知ったらしいわ。その時、時雨王子は小春のことは言うてなかったらしいけどな」
「そうなんだ・・」
「あれやったら、紫苑さんに訊いてみるか?」
「え・・」
「どんな様子やったかを」
「そうね・・。訊いてみようかな・・」
それから美琴が紫苑さんに電話をかけ、私たちは会うことになった。
放課後になり、私たちは紫苑さんの通う大学の近くで待つことにした。
「やあ、きみたち」
ほどなくして紫苑さんが現れた。
紫苑さんはなぜだか、いつもより男らしく見えた。
「紫苑さん、呼び出してすみません」
「いや、それは構わないが。ここではなんだし、あそこのカフェへ行こうじゃないか」
そして私たちは、近くのカフェに入った。
「紫苑さん、今日は下田さんはいてへんの?」
「ああ。彼女は用事があるらしい。それより時雨くん、大変だな」
私たちは席に着き、早速その話になった。
「たけさんの様子・・どうでしたか?」
「まあ、特段、変わった様子はなく、無礼ぶりはいつも通りだったぞ」
「・・・」
「しかしあれは、無理をしていると感じたな」
「そうですか・・」
「そういう意味では、いつもの時雨くんらくしなかったと言える」
「帰る様子とかは、なかったですか」
「そうだな。そもそも帰るという類の話にはなってない。それにしても、実の母親が現れたのだから会えばいいと思うんだが」
「そうなんですよね・・」
「過去の事情はあるとしても、固執していては何も始まらない。東雲くんもそう進言していたぞ」
「そうですか・・」
「東雲くんは過去に失踪したことがあるのは知っているか」
「はい、知ってます」
「当時、東雲くんを連れ戻すために、時雨くんはあらゆる説得を試みた。中でも「とにかく家に戻って話をしろ」と言ったそうだ。それを今回、東雲くんは時雨くんに同じことを言っていた。「会って話をしろ」とね」
「そうですか・・」
「そう言われた時雨くんは、頑なに拒否していたが、東雲くんは何度も「僕と同じことをするつもりなのか」と叱咤していた」
「・・・」
「こうも言っていた。「僕は誰から生まれたのかも、誰が母親なのかも知ることができない。僕の血縁関係の人間は誰なのかもわからない。生涯孤独の身だ。しかし健人くんは少なくとも母親が自ら現れてくれたじゃないか。それを会わずしてどうするんだ」とね」
「それで・・たけさんは何と?」
「黙っていたよ」
「そうですか・・」
「時雨くんと東雲くんは、異なるとはいえ、抱える事情は似ている。親がいないということだ。その点ではある程度、聞く耳は持っていると思う」
「そうですか・・」
「まあ、時間が経てば、時雨くんの気持ちも変化すると僕は見ている」
「それならいいんですけど・・」
「そう心配することはない。少なくとも東雲くんのように失踪はあり得ない。失踪するなら東雲くんを頼ったりしないからな」
「はい・・」
「自分の気持ちを誰が一番理解してくれるか。それは東雲くんだ。だから彼は東雲くんを頼ったのだ。話を聞いてほしいと思ったんだろう」
「はい・・そう思います」
「なんでそこに、紫苑さんが呼ばれたん?これ、ずっと謎やってん」
美琴がそう訊いた。
「東雲くんは、僕に解決策を求めたんだろう」
「ああ~、なるほどなぁ」
「しかし僕は、事件に関する謎は大変興味があるが、こういった心情的な部類は得意ではない。それと僕と時雨くんのやり合いが、少しでも時雨くんの気持ちを解すとも考えたんだろう」
「そうなんやぁ。和樹王子、考えてるなぁ」
「結論として、時雨くんのことは東雲くんに任せるのが、最も良策だ」
「そうでありんすな・・」
「彼は時雨くんと違って、感情的になったりしないしな」
うっ・・紫苑さん、相変わらずグサッとくることを言うわね・・
「話はそれだけか」
「あ・・まあ、そうやけど、せっかくなんやし、もっと話しましょうな」
「僕は勉強があるんだ」
「まあまあ、そう言わんと」
「あっ!そうだ、言い忘れていたが、僕は、とある女性と付き合うことにしたぞ」
「ええええええ~~~~!なっ・・ちょっと、紫苑さん、どういうことですのん!」
「紫苑さん・・とある女性とは・・下田さんでありんすか・・」
美琴と紬の顔は引きつっていた。
紫苑さん・・付き合うって・・ほとんなの・・?
でも一体どうして・・
「下田くんではない」
「ちょ・・ちょ・・ちょっと待ったりぃぃ~~なっ!」
「それは、未知やすえの巻き舌ギャグだな」
「そんなこと、訊いておへん!どういうことですのん!」
「むっ・・混乱して京都弁になったな・・」
わあ~~・・紫苑さん、冷静な突っ込みだわ・・
「どういうこととは、どういうことだ」
「私らの気持ち知ってるやろ?それがなんで・・いきなり・・」
「いきなりではない。もう既に決まっていたことだ。それで時期が訪れたというわけだ」
「そんなん、一言も聞いてないしっ!んで、紫苑さん、恋愛に興味ないって言うてましたやん!」
「そうだ。現在でも興味はない」
「それならなんで?」
「やはり結婚をするならば、互いを知っておく必要がある。そのために付き合うというわけだ」
「け・・結婚んんん~~~~!?」
「そうだが。なにか問題でもあるのか」
「だって紫苑さん・・まだ大学生ですやんか・・」
「今は大学生だ。考えても見たまえ。その女性と付き合って失敗する可能性は否定できない。いや、否定できないどころか大いにある。それはイコール結婚を見送ると言うことだ。人はみな平等に年を重ねる。悠長に構えていられる年齢など短いものだぞ」
「マジか~~~~!」
「そういうことなので、承知してくれたまえ」
「そのこと・・下田さんも知ってるでありんすか・・」
「ああ、知っている」
「げ・・。下田さん・・なんて言ってたでありんすか・・」
「多少・・ショックは受けていたようだ。なぜそうなるのかが僕には理解できなかったが」
「なぜって、そんなん下田さん、紫苑さんのことが好きに決まってるからやんか!」
「そうか。それは知らなかったな」
「もう~~~!なんちゅう鈍感な男や!」
「ま、そういうことだ。薄柿さん、今後の時雨くんの情報は、美琴くんを通して聞いてくれ」
「え・・あ・・はい・・」
そして紫苑さんは去って行った。
なんか・・ボーゼン・・
「はぁ~~~!結婚かいなっ!」
「青天の霹靂・・でありんしたな・・」
「あれかな・・なんか紫苑さんの家って堅そうじゃない?んで、許嫁みたいな人がいたのかな・・」
「もう~~知らんっ!」
そう言って美琴は泣いていた。
「美琴・・」
「私な、マジで紫苑さんのこと好きやったんや。んで・・ゆっくり時間をかけて振り向いてもらおうと思てたのに・・」
「そうなんだね・・」
「こんなんあんまりやん。だっていきなりやで。しかも結婚とか言うてるし」
「美琴・・」
「なんやの、紬」
「私もショックはショックでありんしたが・・やっぱり紫苑さんは誠実な人でありんすよ」
「なんでやの」
「世の男性の多くは、例えば・・ファンクラブを作られたら嬉しいはずでありんす。でも紫苑さんは「解散してくれ」と断ったでありんす。普通なら舞い上がるところを拒否したでありんす」
「そうやけどさ・・」
「少なくとも私たちが紫苑さんに好意を持ってることは、知っているでありんす。男という生きものは、据え膳食わぬはなんとかで、その好意に付け込んで如何わしいことに発展するものでありんすよ。でも紫苑さんは全くそんなことはなかったでありんす」
「それは、恋愛に興味がないからやん」
「いや・・男の性はそれとは別でありんすよ。好きでもないのに手を出したりするものでありんす」
「・・・」
「いずれにせよ、はっきり言ってくれたことは、よかったでありんす。私はそう思うでありんす」
「っんなこと・・言うたってやな・・」
「これからは友達として、私は付き合うでありんす」
「・・・」
「だから美琴もそうしようでありんすよ」
「・・・」
「友達関係もなくしてしまうのは、惜しいでありんす。紫苑さんはとてもユニークな人でありんすからな」
「そうやけど・・」
「と・・こんな強がりを言いながら・・私は・・もっと紫苑さんが好きになってしまったかもでありんす・・」
「紬・・」
「でも諦めるでありんす。それが紫苑さんの誠意に応えることでありんすよ・・」
美琴も紬も・・ほんとに紫苑さんが好きなのね・・
そうなのよ・・
紫苑さんって、言いたいこと言って、それが相手を傷つけることもあるけど、嘘はつかないよね。
っていうか・・裏表がないのよ。
ある意味・・空気を読まないっていうか・・
こうして美琴と紬の短い恋は終わった。
そして数日後・・
「小春・・王子からは、まだなにも言ってこないでありんすか」
帰りがけ、教室で紬がそう言った。
「うん・・」
「そうでありんすか・・」
「どしたん?紬」
「いや・・時雨王子、自分のことで精一杯なのは、わかるでありんすが、小春のお母さんとの約束を忘れていないでありんすか?」
「え・・どういうこと?」
「小春がアメリカへ行くまで、守ると言ったでありんしょ」
「あ・・ああ・・」
「それを・・小春を放っといて、和樹王子のところへ入り浸って、なにを考えているのでありんしょか」
「でもそれはやな・・今の王子には、ちょっと酷ちゃうか」
「そうでありんしょか」
「だってやな、小春は王子のお母さんと会ったんやし、おまけに別れる~とか言うてやな。守るっちゅうたってやな・・」
「ほら、私、合気道やってるから、ある程度、安心してるんじゃないかな。この間も投げ飛ばしてるし」
「それとこれとは、話が別でありんす」
「私はいいのよ。平気だし」
「いや、約束は約束でありんす。私も時雨王子に何度も「小春をよろしく」と言ったでありんす。王子はなんと言ったでありんすか?「わかってるっつーの」と言ったでありんすよ!」
紬・・いつになく真剣だわ・・
私を想ってくれてるのはありがたいけど・・たけさんも辛いんだよ・・
「もう何日目でありんすか!」
「まあまあ・・紬。そう怒らんでも」
「二、三日ならまだしも、でありんす」
「紬、ありがとう。でも私は大丈夫だから・・」
「小春、王子に電話をかけてもいいでありんすか」
「え・・」
「ひとこと言わないと、気が済まないでありんす」
「紬・・」
「番号を教えるでありんす」
「いや・・ちょっと待って・・」
「教えてくれないなら、紫苑さんに訊くでありんす」
「紬・・待ってよ・・」
「私は、時雨王子の気持ちはわかっているつもりでありんす。悩んでいることもわかっているでありんす。でも小春は、王子に叱られると承知しつつも、王子のためになんとか力を尽くしてるでありんす。それを王子は理解しようとしてないでありんす」
「紬・・」
「お前とは別れるだのと暴言を吐かれても、小春は我慢して、それでもなお王子を心配して・・。それをなんでありんすか!出て行ったまま帰っても来ず、連絡すらよこさず、ましてや小春を守ることなんて忘れているでありんしょ!」
「紬・・怒らないで・・。私は平気だから。大丈夫だから・・」
「教えたくないならいいでありんす。私は直接会って言うでありんす」
そう言って紬は教室を出て行った。
「紬~~!ちょっと待ちぃな!」
それでも紬は振り返ることがなかった。
「美琴・・どうしよう・・」
「追いかけるしかないやろ」
「うん、そうだね」
そして私と美琴は、紬の後を追った。




