七十六、訪問者
「この間、たけさん、変だったでしょ。あれね・・実は、たけさんたちを捨てて家を出たお母さんが、お兄さんに会いに行ったのが原因みたいなのよ・・」
私は翌日、教室で美琴と紬にその話をした。
「え・・マジか・・」
「小春、時雨王子に訊いたでありんすか」
「ううん。バイトへ行く時、偶然お母さんを見かけたのよ。それで声をかけてみたの」
「そうなんや」
「なんかね、会うつもりはなかったらしいんだけど、モデルの雑誌を見て驚いたって・・」
「そうでありんしたか・・」
「あれやな、成長した我が子を見て、思わず会いたくなったっちゅうやつやな」
「うん。でもね、お母さん、あ、間宮さんって言うんだけど、なんか・・あまり幸せそうじゃないっていうか・・」
「どういうことなん?」
「身なりが・・あまり、ね・・」
「なるほどな・・」
「それで、王子はどうなんでありんすか」
「たけさんは・・全然、元気がなくてね・・」
「小春、お母さんと会ったこと、王子に言うたんか?」
「ま・・まさか・・そんなこと言えないわよ・・」
「ああ・・よかった。言うたらえらいことになるで」
「でも私、なんだかお母さんが気の毒で、携帯の番号、教えちゃったのよ。いつでも電話してくださいって」
「え!王子のか?」
「まっ・・まさか!私のよ」
「ああ・・よかった。寿命が縮まったで」
「小春・・番号を教えて、どうするつもりでありんすか・・」
「どうするって・・。話くらいは聞いてあげたいなって・・」
「それはどうでありんしょか・・。王子にバレたら、小春・・ケンカで済む話じゃないでありんすよ」
「そやな。軽はずみな行動は慎むべきなんちゃうか」
「それって、余計なお節介ってこと?」
「そや」
やっぱりそうなのかな・・
でも・・このままだと、たけさん、ずっと元気がないままよ・・
私・・そんなの嫌だ・・
「小春の気持ちは、わからんでもないけど、ここは、王子とお兄さんに任せるべきやと思うで」
「だって・・このままだと、たけさん、元気がないままだよ・・」
「アンタは首を突っ込むんやなくて、王子を励ましたらええねや」
「だって・・話したって、黙ってろとか言われるんだけど・・」
「ほな、黙ってたらええがな」
「え・・」
「小春は、今まで通りの小春でええねや」
「そ・・そうなの・・?」
「ある意味な、王子は小春に甘えてるねん。気を使ってないって証拠やん」
「・・・」
「美琴の言う通りでありんすな。とにかく、お母さんの話題には触れないことでありんす」
「そっか・・わかった」
私に甘えてるんだ・・
そうかも知れない・・
バイトでは、店長に元気な振りしてるよね。
それって、気を使ってるからなんだよね・・
そっか・・私はいつも通りの私でいいんだね・・
それから数日後・・
私が家で寛いでいると、見知らぬ番号から電話がかかってきた。
あ・・もしかして・・
「はい・・もしもし・・」
「あの・・薄柿さんですか・・」
「はい、そうですけど」
「私・・先日お目にかかりました、間宮です・・」
やっぱり、たけさんのお母さんだ・・
「あっ、はい」
「あの・・もしよろしければ・・またお目にかかりたいのですが・・」
どうしよう・・会ってもいいのかな・・
でも・・「来てください」とか言っちゃったしな・・
今更、ダメなんて言えないし・・
「は・・はい」
「それで・・アパートへ伺ってもよろしいでしょうか・・」
「はっ・・はい。是非、来てください」
そして私は部屋番号を教え、間宮さんは来ることになった。
ど・・どうしよう・・
たけさんに見つかっちゃったら大変だわ・・
私は心配になり、アパートの前で間宮さんを待つことにした。
たけさんち・・電気が点いてる・・
ガラガラ・・
えっ!嘘でしょ!
たけさん・・出てきた・・
「あ・・小春」
「あっ!たけさんじゃないですか!」
「お前、なにやってんだよ」
「いえっ・・あの・・トレーニングを・・」
私はそう言って、走るふりをして見せた。
「ふーん」
「たけさんは、なにやってるんですか!」
「なにって、今から風呂だよ」
「あっ!そうですか」
そういえば、たけさん・・入浴グッズ持ってるわ・・
「いってらっしゃ~い!」
「言われなくても行くっつーの」
「気をつけて~!」
たけさんは私の様子を見て、怪訝な表情を浮かべていた。
落ち着け・・小春!
絶対にバレたらダメよ!
普通にしてなきゃ・・普通に。
「お前、走らねぇのかよ」
「えっ!はっ・・走ります!」
「んじゃ行けよ」
「行きますよ~~!」
私は仕方なく、その辺りを走った。
振り向くと、たけさんはもういなかった。
よ・・よかった・・。
私はアパートの前へ戻り、間宮さんを待った。
するとほどなくして、間宮さんが現れた。
「どうも・・こんばんは・・」
「突然、申し訳ありません・・」
間宮さんは、この間と同じ服装だった。
「どうぞ、入ってください」
私は間宮さんに中へ入るよう促した。
「お邪魔します・・」
「適当に座ってくださいね。いま、お茶を淹れますね」
間宮さんは座卓の前で、正座をして肩を丸めていた。
「あの~、どうぞ足を崩してください」
私はキッチンからそう言った。
「あ・・どうぞお構いなく・・」
間宮さんは小さな声でそう言った。
「なにもありませんが、どうぞ」
私はトレーに湯飲みを乗せ、座卓まで運び、間宮さんの前に置いた。
「どうも・・恐れ入ります・・」
「あの・・足を崩してくださいね・・」
「いえ・・」
「それで・・私に何か話があるんですよね」
「まあ・・話しというわけでもないのですが・・健人の様子を伺いたくて・・」
「それより・・お兄さんに会われたのですよね・・?」
「えぇ・・」
「お兄さん・・どうでしたか?」
「薄柿さんは・・時雨の家の事情をご存じなんですね・・」
「はい・・まぁ・・」
「私が家を出たのは・・真人が六年生、健人が二年生の時でしたから・・もう十年以上になります・・」
「そうですか・・」
「真人は、初めは大変驚いて、呆然としていました。それで私を追い返そうとしたんですが、お嫁さんがなんとか引き止めてくれて、とりあえず話をすることができました」
「そうだったんですね・・」
葵さんがいなかったら・・きっとそのままになってたんだろうな・・
「あの・・間宮さん・・」
「はい・・?」
「今は・・どなたかと暮らしてるんですか・・」
「今は・・一人です・・」
「そうなんですか・・。今はってことは・・以前は・・?」
「私は時雨と別れた後、ある男性に出会って内縁関係になりましたが、男性が経営する会社が倒産しまして・・ほどなくして亡くなりました」
「え・・」
「それで今は・・一人でアパート暮らしをしています・・」
「そうだったんですか・・」
「勝手な母親だと思われるでしょうが・・私もこの年になりまして、先のことを考えると・・。でも、あの子たちを頼るつもりは全くありません。ただ・・雑誌で偶然、健人を見て・・突然、会いたい衝動に駆られたのです・・」
「そうなんですね・・」
「健人は・・大学に通ってるんですよね・・」
「はい。将来、先生になるために・・」
「そうですか・・」
「それで・・健人さんに会いたいのですよね・・」
「あの子はきっと嫌がるでしょう・・」
「・・・」
コンコン・・
えっ・・こんな時間に誰・・?
私は間宮さんと顔を合わせた。
「小春~」
外でたけさんの呼ぶ声がした。
う・・うそっ・・
「お客さんですね・・。では私はこれで失礼します・・」
そう言って間宮さんが立ち上がろうとした。
「いえっ!間宮さん・・ここにいてください!」
「え・・」
「今・・出たらダメです・・」
「え・・?」
「健人さんです・・」
「えっ!そ・・そうなんですか・・」
「あの・・トイレに隠れてくれませんか・・」
「え・・ああ・・はい・・」
私は間宮さんをトイレに隠し、靴も靴箱にしまった。
「はーい」
私は何事もなかったように、ドアを開けた。
「たけさん~身体は温まりましたか~?」
「小春、悪いんだけどさ・・」
「ハックション!」
げ~~~~!
間宮さん・・いま、くしゃみする~~~?
ど・・どうしよう・・
「誰か来てるのか」
「あっ・・あの・・親戚の・・オバサンが・・」
「親戚?」
「ほら・・私を心配して、来てくれたんですよ~」
「そうなのか」
「今ね・・トイレに入ってて・・ちょっと風邪気味で・・」
「そっか。んじゃ帰るわ」
「あ・・なんか用事でもあったんじゃないんですか?」
「いや・・バイトのシフト代わってもらおうと思っただけ」
「ああ、そうなんですね。いいですよ、いつですか?」
「明日なんだけどさ、俺、ちょっと兄貴んちへ行こうと思ってさ」
「そうなんですね、いいですよ~!」
「んじゃ、頼むな」
そしてたけさんは帰って行った。
はぁ~~~・・ビビった・・
私はドアを閉め、トイレのドアをノックした。
「間宮さん、出てきてください」
間宮さんはトイレから出ると、泣いていた。
「間宮さん・・」
「健人の声・・すっかり大人びて・・」
「・・・」
「真人の家へ行くんですね・・」
「そうみたいですね・・」
「元気でよかった・・」
間宮さんは、過去の自分を後悔するように、ただ泣くばかりだった。




