七十七、談合
それから二日後・・
葵さんが、私のアパートにきた。
「突然、ごめんね」
「いえ、全然いいですよ~、どうぞ上がってください」
「じゃ、遠慮なくお邪魔しますね」
葵さんは部屋に上がり、座卓の前に座った。
私はお茶を淹れ、葵さんに出した。
「どうぞ~」
「ありがとう。あのね、健人くんのことなんだけど・・」
「あ・・昨日、家へ行ったんですよね」
「うん。そうなんだけど。薄柿さんも知ってると思うけど・・この間、ちょっと揉めてたでしょ」
「あ・・はい」
「あれね・・実は、真人くんたちのお母さんが、突然、家にいらしてね・・」
「あの・・そのことなんですけど・・」
「なに・・?」
「いや・・実は・・お母さん、私のアパートにも来られたんですよ」
「ええっ!どういうこと?」
そこで私は、間宮さんとアパートの前で偶然会ったこと、携帯の番号を教えたことなどを話した。
「そうだったのね・・」
「お母さんの苗字・・間宮さんっていうんですよね」
「うん。そうなの。きっと旧姓ね」
「それで・・昨日、どうでした?」
「それなのよ・・。健人くんね、もう取り付く島がなくて、何を言っても知らない、関係ないの一点張りで・・」
「そうなんですね・・」
「真人くんも、最初はそうだったの。もう突き放す感じで、大変だったのよ」
「そうですか・・」
「私にとっても、義母になるし・・無下にできないでしょう?」
「そうですよね・・」
「だから私が何とか説得して、取り敢えず少しは話したんだけどね」
「そうですか・・」
「お義母さん、なにか仰ってた?」
「なんか・・たけさんの雑誌を見て、会いたい衝動に駆られたって言ってました」
「うん、そうなのよ」
「でも、あの子たちを頼るつもりはないって言ってました」
「そうなのよ。でもね、薄柿さんも見たでしょ。あまり・・いい暮らしをしている風には見えなかったでしょ?」
「はい・・」
「それで・・どうしたものかと思ってね・・」
「お兄さんはなんて仰ってるんですか?」
「まだ複雑みたいでね・・。でもやっぱり実の母親じゃない?だからすごく悩んでるわ・・」
「そうですか・・」
「それで健人くんと相談してって考えて家にも呼んだんだけど、健人くん・・全くダメでしょ・・。どうしたらいいのかなぁ~・・」
「そうですか・・」
「お義母さんが家を出た時って、まだ若かったじゃない?その頃は、すごく派手でらして・・。ほら、とても美人でしょ。だからある意味、活き活きした部分もおありだったらしく、真人くんはその時のお母さんしか知らないから、今のギャップに驚いてね・・」
「なるほど・・」
そうなのね・・
いわば・・変わり果てた母親の姿を見るのは・・ショックだよね・・
「健人くん、薄柿さんになにか話してくれた?」
「いいえ・・何も話してくれないんです・・」
「そうなんだ・・」
「だから私も訊けなくて・・」
「そうだよね・・」
「もちろん、間宮さんと会ったことなんて、口が裂けても言えません・・」
「うん・・だよね・・」
「たけさん・・全然、元気がなくて・・」
「私はね・・真人くんさえよければ、一緒に住んだっていいと思ってるの」
「え・・そうなんですか」
「だってお義母さんよ。知らんぷりなんてできないわ・・」
「そうですよね・・」
「でも真人くんは、そこまでは考えてないと思うわ」
「そうなんですね・・」
「自分たちは捨てられたって気持ちは・・なかなか払拭できるものじゃないしね・・」
「・・・」
「でも血の繋がった、実の母親であることに変わりはないのよ。きっと分かり合える日が来ると思うんだけどな・・」
「そうですね・・」
「お義母さんから、また連絡があるの?」
「いえ、それはわかりません・・」
「そうなんだ・・」
「でも、私も番号を登録したので、かけようと思えばかけられます」
「そっか・・」
「取り敢えず・・私たち、三人で会ってみますか・・?」
「そうね・・それもいいかも知れないわね・・」
後日、私が電話をかけて、間宮さんが同意してくれれば三人で会うことにしようと決まった。
私は、たけさんに内緒で間宮さんと接触していることに、後ろめたさがあったが、このまま放っといていいはずがないと思っていた。
なにより・・いつものたけさんに戻ってほしい気持ちが強かった。
美琴と紬にも「関わり合うな」と言われていたので、このことは二人にも内緒だった。
そして数日後、私は間宮さんに連絡をし、再び私のアパートで会うことになった。
「こんばんは」
あっ・・間宮さんの声だわ・・
「はーい」
私は急いでドアを開けに行った。
「あ・・どうも・・。お言葉に甘えて来させていただきました・・」
「いえ、どうぞ。早く入ってください」
私は、たけさんに見られやしないかと、慌ててそう言った。
「はい・・お邪魔します・・」
間宮さんは、また同じ服装だった。
「どうぞ、座ってくださいね。葵さんも、もうすぐ来ると思います」
「そうですか・・」
間宮さんは、また正座をしていた。
「間宮さん、どうぞ足を崩してください」
「あ・・いえ・・」
「あまり気を使わないでください」
「はい・・」
私はお茶を淹れ、間宮さんに出した。
「あの・・間宮さんは、どこに住んでおられるのですか」
「あ・・私は、ここから二駅先のアパートに住んでいます・・」
「そうなんですね。結構近いんですね」
「そうですね・・」
「お仕事とかは・・?」
「街のスーパーで、パートをしています・・」
「そうなんですね・・」
「私は・・時雨と結婚していた時から働いたことがなくて。その後、男性と出会ってからも働いたことがなくて・・。お金に困ったことはないんです。でも・・一人になって働かざるを得なくなり、その大変さに・・この年になって苦労しています・・」
「そうなんですね・・」
ピンポーン
あっ・・葵さんだわ・・
私は急いで玄関へ行った。
「こんばんは」
「葵さん、こんばんは。どうぞ入ってください」
「はい、お邪魔します」
葵さんは先に来ていた間宮さんを見て、優しく微笑んでいた。
「あ・・先日はどうも・・突然押しかけまして、すみませんでした・・」
間宮さんが葵さんに、済まなさそうに挨拶をした。
「いいえ、とんでもないですよ」
葵さんはそう言って、間宮さんの向かいに座った。
私はキッチンへ行き、葵さんにお茶を淹れた。
「薄柿さん、なにもいらないわよ」
「いいえ、お茶だけなんですよ~」
私はそう言いながら、葵さんの前に湯飲みを差し出した。
「その後・・真人はどうですか・・」
「真人くん、あの日はあんなでしたけど、やっぱりお母さんのこと、心配してますよ」
「そうですか・・」
「時間が経てば、分かり合えると私は思ってるんですよ」
「そうですか・・」
「お義母さん・・」
「はい・・」
「真人くんや健人くんと、親子関係に戻りたいんじゃないんですか?」
「いえ・・私には・・そんな資格はありません・・」
「そのお気持ちは十分わかりますが、せっかく再会したのですから、一歩踏み出してみませんか?」
「でも・・あの子たちがそれを許してくれるはずがありません・・」
「我が家の家計も余裕などありませんが、お義母さんと暮らすことくらい、なんでもないですよ」
「え・・暮らす・・?」
「はい。今すぐとはいかないかも知れませんが、関係が修復して落ち着いたら、お義母さん、一緒に暮らしましょう」
「葵さん・・」
「是非、そうしてください」
「そんな・・私など・・」
「私にとって真人くんは夫です。真人くんのお母さんは、私にとってもお義母さんなんです。他人じゃないんですよ」
「・・・」
「お一人は淋しいでしょう・・?」
「うっ・・ううう・・」
そこで間宮さんは涙を流した。
「間宮さん・・私も葵さんの意見に賛成です」
「・・・」
「あの・・実は私、健人さんの友達って言いましたが・・彼女なんです」
「え・・そうなんですか・・」
「はい。もう一年くらいお付き合いさせてもらってます」
「そうでしたか・・」
「だから・・私にとって、間宮さんは彼氏のお母さんなんです」
「はい・・」
「私も仲良くさせていただきたいです」
「う・・うう・・。あなたたちは・・本当に優しくて・・。こんな私に・・」
「私から健人さんに話してみます」
「え・・」
「こんなこと、黙ったままでいいはずがないんです。実の親子なんだし・・会って話をするべきだと思います」
「・・・」
「薄柿さん・・」
葵さんが私にそう言った。
「はい・・」
「あなた一人で大丈夫?」
「あ・・それは・・」
「あんなに意地っ張りな健人くんを説得するのは、大変だと思うわよ」
「そうですけど・・」
「私も同席するわ」
「そうですか・・」
「その方がいいと思うの。あなたと健人くんだけだと、別れ話に発展する可能性、大よ」
葵さんの言う通りだわ・・
きっとそうなる・・
「それじゃ、一緒に話してもらってもいいですか」
「もちろんよ」
「あの・・私の勝手なことで・・申し訳ありません・・」
間宮さんが済まなさそうに言った。
「いいえ、なんでもありませんよ。健人くん、そうとうな意地っ張りなんですよ」
葵さんはそう言って笑った。
「だからお義母さん、私たちが説得しますので、それまで待っていてくださいね」
「はい・・本当になんとお礼を申してよいのやら・・」
それからしばらく、他愛もない世間話が続いた。
「あなたたちと、こうして話をしていると、とても心が和みます・・」
「お義母さん・・」
「今の私は・・友達すらいません・・」
「お義母さんなら、きっといい友達ができますよ」
「そうでしょうか・・」
「とにかく、気持ちを前向きにすることで、お義母さんの印象も変わりますよ」
「はい・・」
「とてもお綺麗ですし、まだまだこれからじゃないですか」
「私はもう・・五十です・・」
「そんな~、まだ人生半分じゃないですか」
「ありがとう・・」
葵さん・・優しいな・・
葵さんならきっと、間宮さんを大切にしてくれるわ・・
ほどなくして、間宮さんと葵さんは帰った。
そして、この二日後・・私と葵さんは、たけさんに話をすることになった。




