六十九、紫苑さんは人気者
私たちはファッションショーを終え、設楽さんの体調も回復し、ホールの外で立ち話をしていた。
「紫苑、お前この後、どうすんだ?」
たけさんが紫苑さんに訊ねた。
「僕は家へ帰って勉学に励むに決まってるだろ」
「っんな~、今日くらいいいじゃねぇか。飯でも食いに行こうぜ」
「今日はきみの個人的なイベントために、僕の大事な時間を費やしたのだぞ。まだこれ以上、僕を束縛すると言うのか」
「俺はお前に礼がしたいんだよ。危ういところを救ってくれたしな」
「礼など無用。僕は帰る」
「紫苑くん、そう言わずに一緒に行こうよ」
東雲さんは、紫苑さんの腕を掴んでそう言った。
「なにをする。拉致しようというのか」
「あはは。拉致じゃなくて招待だよ」
「しっ・・東雲くん、きみという人は・・」
「さっ、一緒に行こうよ」
東雲さんは、紫苑さんの腕を掴んで離さなかった。
「薄柿さん・・」
設楽さんが、この様子を見て私に声をかけてきた。
「はい」
「あの・・この紫苑って子・・何者・・?」
「それはですね・・えっと・・なんて説明したらいいのかな・・」
「紫苑さん!ごちゃごちゃ言うてんと、行くっちゅうたら行くねやっ!」
そこで美琴が口を開いた。
「きっ・・きみっ!」
「きみたちがいて、あっ、僕がいる」
うわあ~~・・美琴・・
紫苑さんにギャグは通用しないわよ~~!
「なっ・・なにを言ってるんだ」
「わからんやろ」
「意味不明とはこのことだ・・」
「紫苑さんでも解決でけん謎があるってわけや」
「心外だな。僕に解決できない謎などない」
「ほな私に、その謎とやらを解決して見せるためにも、一緒に行こうや」
「なんだ、その理屈は」
「ご飯でも食べながら、解決してみせてぇな。紫苑さんの実力がどれほどのものか知りたいわぁ」
「そういうことなら、行こうじゃないか」
「ほんま?やったあー」
美琴・・上手いわ・・
「薄柿さん、私もご一緒したいのは山々なんだけど、亮介が待ってるから先に帰るわね」
「あら・・残念です」
「部活で疲れてるだろうから、早く帰ってあげないとね」
「そうですか。亮介くんによろしく伝えてください」
「うん。わかった。じゃ、みなさん今日はありがとう。ゆっくり楽しんでくださいね」
そして設楽さんは、先に帰った。
「んじゃ~どこ行く?ファミレスでいいか」
たけさんがそう言い、みんなはそれに賛成した。
こんな大勢で食事するの、初めてじゃない?
なんだか嬉しいな~~・・
「そういえば紫苑と店に入るのって、歌舞伎町のカフェ以来だな」
「そうだが」
「俺、最初は紫苑とお茶かよ!って思ってさ。すげー嫌だったぜ」
「それはこっちのセリフだ。誰が好き好んできみとなど、お茶をするものか」
「まあまあ、いいじゃねぇか」
そう言ってたけさんは、紫苑さんの肩を抱いて歩いた。
紫苑さんは、「やめろ!なにをする!」と抵抗していたが、たけさんの力には適わなかった。
たけさんは、そんな紫苑さんを見て笑っていた。
ほどなくして私たちは、一軒のファミレスに入った。
七人なので、隣のテーブルを付けてもらい、私たちはそれぞれに座った。
「そういや紫苑って、なにが好きなんだ?」
たけさんは、紫苑さんの隣に座り、そう訊いた。
「それは食べ物のことか」
「そうだよ」
「僕は好き嫌いなどしない。何でも食す」
「だらかさ~、好みってあんだろ」
「強いて言うならば・・チキンカツだ」
「へぇー」
「それを訊いてどうする」
「どうもしねぇよ。単に訊いただけだ」
「無意味な質問ほど無意味なことはないぞ」
「はいはい、わっかりましたよ~」
「紫苑さんさ~」
美琴が口を開いた。
「なんだ」
「好意を持ってる相手のことを、知りたいっちゅう心理がわからんかいな」
「心外だな。当然わかっている」
「ほんなら別に、時雨王子が紫苑さんの好み訊いたってええやんかいさ」
「好意を持ってる相手と言ったな。その意味を理解しているのか」
「あったり前田のクラッカーやがなっ」
「なっ・・また変な言葉を発したな」
「時雨王子は、紫苑さんのこと好きなんや」
「なっ!きみっ、なにを言っている!」
「そうやろ?王子」
「美琴の言う通りだぜ」
「しっ・・時雨くんっっ。きみまで・・」
「僕も紫苑くんのこと、好きだよ」
東雲さんがそう言った。
「しっ・・東雲くんっ!きみたち、いい加減にしたまえ!」
紫苑さんは顔を真っ赤にしていた。
「まあまあ、いいじゃねぇか。それより早く注文しようぜ」
そして、みなそれぞれに注文していた。
たけさんは、やっぱりハンバーグ定食だった。
そして紫苑さんはチキンカツ定食だった。
「それにしても、紫苑さんって刑事の素質があるでありんすな」
「当然だ。僕はその道へ行くと決めているんだ」
「そうでありんしたか~。ぴったりの職業でありんすよ」
「こいつは確かにそうだ。つか・・その道しかねぇよな」
「なんだと。僕には他の職業は向いてないと言うのか」
「向いてねぇよ」
「なっ・・失礼なやつだ」
「でもお前なら、立派な刑事になるよ」
「とっ・・当然だ」
「紫苑くん」
そこで東雲さんが、なにか訊きたい風に口を開いた。
「なんだ、東雲くん」
「さっきの財布の盗難事件のことなんだけどね、あれは最初から奥寺が犯人だとわかっていたの?」
「奥寺かどうかはわからなかったが、少なくとも時雨くんではないと思ってたさ。犯人は他にいる、とね。しかしだ!奥寺は妙に口数が多く、かつ、あの場をコントロールしようとする意図が見え見えだった。だからすぐに彼だとわかったね」
「そうだったんだね。さすがだね」
「しかし妙なんだ・・」
「なにが?」
「僕は、どうも奥寺は初対面ではない気がしたんだ」
「ああ、それはそうだよ」
「どういうことだ」
「奥寺って、僕が働いていたホストクラブのホストだったんだよ」
「なるほどっ!そういうことかっ!あっ!そう言えば東雲くん、ジョーと言っていたな」
「そうだよ。当時の源氏名ね」
「僕としたことが・・東雲くんがジョーと言った時点で、元ホストだと気づけなかったとは・・」
「ずっと覚えていられる方が、珍しいと思うよ」
「いやっ、刑事にとって記憶はとても大切なんだ。もちろん記憶だけに頼ってはいけない。データとして残しておくことも必須だ。しかし・・」
それからしばらくの間、紫苑さんの刑事の素養談義が続いたのだった。
やがて私たちは食事を終え、ドリンクバーでお代わりをしながら、それぞれに話をしていた。
それにしても・・話の中心が全部、紫苑さんのことだわ。
たけさんも東雲さんも、ほんとに紫苑さんが好きなんだね・・
「なあ~紫苑さん」
また美琴が口を開いた。
「なんだ」
「そろそろ謎の解明と、行こか」
「望むところだ」
うわあ~~・・美琴・・
ギャグの嵐を紫苑さんに浴びせるつもりね~~・・
「アメマ~ってわかる?」
「アメマ・・それは日本語か」
「あはは。どうなんやろな~」
「日本語であると仮定したならば、造語の類だな」
「まあ確かに、造語は造語やね」
「意味を答えろと言ってるのか」
「あのな、このアメマって言葉な、約三十年くらい前かな・・通称「アメマ裁判」とも言われて、裁判沙汰になったんやで」
「なっ・・なんだとっ!」
「裁判官は「アメマ」の意味が理解できずに「アメマとはなんですか」と被告に訊ねたんや。んで、訊かれた被告は「ア~メ~マ~」と法廷で言うたらしいわ。それでも裁判官は理解不能やったらしいで」
「判事が理解不能とは・・なんということだ。これは・・難解だな・・」
「んで、法廷内は爆笑の渦になったらしいで」
「爆笑・・?なぜ笑うんだ」
「それは、傍聴人らがアメマの意味を知ってるからやん」
「なにっっ!判事さえ知らないアメマを、傍聴人が知っていたのか!そして笑った、と。これは笑うような造語なのか」
「あはは。これって関西のお笑い芸人さんのギャグやねん」
「なにっ!お笑いの類だったのか!」
「関西では「アメマ」知らん人いてないくらい、有名なんやで」
「そうだったのか・・」
「だから、アメマに意味はないねん」
「なるほど・・。意味はないのか・・」
「あ・・これだね」
そこで東雲さんがスマホで検索したのか、紫苑さんに画面を見せていた。
「ふむ・・アメマバッジを制作し・・売れずに借金を抱え、返済できずに裁判を起こされた、と。なるほど、これがアメマ裁判か」
「わかった?」
「ああ。理解した。僕もまだまだ勉強不足だ」
「ほな、これわかる?」
「な・・なんだ・・」
「インガスンガスン」
「なっ・・また妙な言葉を・・。それも造語か」
「そやな~」
「もしや・・インガスンガスン裁判なのか・・」
「あはは。ないない。これもギャグやねん」
「そうか・・。では意味はないのだな」
「そやで」
「しかし・・お笑いというのは、笑えるからお笑いじゃないのか」
「関西人なら、みんな笑うで」
「関西特有のお笑いという訳か」
「まあ~そやね」
「しかし、なかなか謎に満ち溢れ、興味深くはある」
「おお~~マジで?」
「なにゆえ、アメマやインガスンガスンが面白いのか、そこが謎だ。僕は謎に遭遇すると解決しなければ気が済まない。今後は関西のお笑いについて謎を解明する必要がありそうだな」
「あはは。せいぜい頑張ってや」
「あのさ・・紫苑」
たけさんが口を開いた。
「なんだ」
「思うんだけどさ、ぜってー解明されねぇぜ」
「なにっ!」
「ギャグの面白さってのは、感覚なんだよ」
「感覚・・だと」
「面白いって思うセンスがあるかどうかなんだよ」
「僕にそのセンスがないとでも言うのか」
「少なくとも、現時点では0%だな」
「紫苑くん、それは僕も同じだよ」
「東雲くんもセンスがないのか」
「うん、ないよ」
「時雨くんにはあるのか」
「俺は、あるって言い切れねぇけど、面白いって思うこともあるぜ」
「ほぅ・・少なくとも僕よりセンスを持ち合わせているという訳か」
「ま、そだな」
「納得できないな」
「なんだよ」
「きみが僕より優れているってことにさ」
「バカかっ!お笑いだぜ?」
「お笑いであろうが何であろうが、それは関係ない」
「マジ、うぜぇ~~」
「まあいいじゃないか。今後の僕を見ているがいい」
この人たち・・一体なんの話してるのかしら・・
静香さんは既に固まっちゃってるし・・
紬も同じだわ・・
美琴だけが、嬉しそうに笑っていた。
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※ 文中に出てくるギャグ。
「きみたちがいて、僕がいる」は、吉本新喜劇、チャーリー浜さんのギャグです。




