六十六、見た目と中身
やがて夏休みに入り、いよいよファッションショー前日を迎えた。
・・と言っても・・さほど大きな規模ではなく、いわば新人モデルのテストも兼ねたショーだった。
とは言え、今回のショーでアピールが成功すると、確実に仕事が増えることも約束されたような大事なイベントだった。
たけさんは・・仕事が増えるのはあまり本意ではないようなので、その点は幾分か気が楽な様子だった。
「それで、明日なんだけど。表立って審査員とかはいないんだけど、業界の関係者も観に来るし、当日、突然、予定外のことを要求されることも、ままあるのよ」
私と設楽さんは、たけさんの家にいた。
「予定外ってなんだよ」
「それは、毎回違うの。だから、確実にこれってことを言えないのよ」
「ふーん」
「まあ、そう大したことじゃないし、あまり気にしなくてもいいわよ」
「そっか」
「それに健人くん、新人だし」
「わかった。まあ、服着て歩けば、とりあえずはいいな」
「現場に私もいるから、その都度フォローするわ」
「うん、頼んだぜ」
「コーヒー淹れましたよ~」
私はコーヒーカップを三つお盆に乗せて、ちゃぶ台まで運んだ。
「薄柿さん、いつもごめんね。なんか雑用ばかりさせてるみたいで、申し訳ないわ」
「そんな~、雑用だなんて、とんでもないですよ」
「小春は俺のマネージャーだからな」
「そうそう」
「それにしても薄柿さんって、一人暮らし始めた頃とは、全く違うわね」
「そうですかね~」
「そうよ。とてもしっかりしてきたし、健人くんのスケジュール管理したり。偉いわね」
「そんなあ~。楽しくてやってるだけなんですよ~」
「あなたたち、お似合いよ」
「えええ~~~設楽さんったら~、照れるじゃないですかぁ~」
「ほんとほんと。羨ましいわ」
「華子って、好きなやつとかいねぇの?」
「えっ・・」
ヤダ・・たけさん・・
なに訊いてるのよ・・
ほら・・設楽さん・・引いちゃってるじゃない・・
「別に・・好きな人なんて・・」
そこでたけさんは、あっというような表情をし、設楽さんがお兄さんを好きだったことに気がついたようだった。
遅いって・・たけさん・・
「あ・・そっか。いねぇんだな」
「う・・うん・・」
設楽さんの困惑した様子・・
きっとまだ・・お兄さんのこと好きなんだな・・
「し・・設楽さんって・・女優の北川景子さんに似てるって言われませんか?」
私は話を変えようと考え、思いつくままを喋った。
「え・・ああ・・。時々言われるけど」
「ですよね~、似てますもん」
「言われてみれば、確かにそうだな」
「薄柿さんって、タレ目がかわいいわね」
「げっ・・」
「小さな目が垂れてて、かわいいわよ」
「そっ・・そんなっ・・」
「私の目って、きついでしょ。だから昔からタレ目に憧れてたのよ」
「ええええ~~~!なんという・・贅沢な・・」
「あはは、なによ、それ」
「だって設楽さん・・すっごく美人で・・逆に私が憧れてます・・」
「人って、ないものねだりするのよね」
「わっ・・私はっ・・やっぱり設楽さんみたいな美人に生まれたかったです・・」
「なに言ってるのよ」
「交換できるなら・・設楽さんの顔と・・交換したいです・・」
「おい、小春。てめぇ、なに言ってんだよ」
「え・・」
「お前、まだそんなこと言ってんのかよ!」
「たけさん・・」
「くっだらねぇ!バカかっ!」
たけさんは、すごく怒っていた。
だって・・美人の方がいいに決まってるもん・・
「健人くんの言う通りよ」
「え・・」
「見た目なんて、所詮見た目なの」
「ほんと、それな」
「要は中身なのよ」
「でも・・それは設楽さんは美人に生まれ、たけさんだってイケメンに生まれたから言えることであって・・ブスの気持ちはわからないと思います・・」
「薄柿さん・・なにを言ってるのよ」
「小春、お前さ、俺が小春を好きだって気持ちなんか、どうでもいいのか」
「え・・」
「お前自身、自分の顔が嫌いってんなら、俺の気持ちはどうなるんだよ」
「どうって・・」
「自分の見た目にも中身にも、堂々と胸張れないやつなんて、俺は嫌いだ。それは美人だろうがブスだろうが関係ねぇんだよ」
「・・・」
「お前・・そんなこと、とっくにわかってると思ってたけどな」
「たけさん・・」
「やっぱり、まだ見た目に拘ってんだな」
「いえ・・そうじゃなくて・・ただ・・女子の正直な気持ちとして・・言っただけです・・」
「それがくだらねぇっつってんだよ!」
「・・・」
「もう二度と言うな!今度同じこと言ったら、俺、マジで別れるからな」
「え・・」
「お前・・自分が言ってる意味、わかってんのか?」
「え・・意味って・・」
「お前は!俺の見た目が好きだってことになんだよ!それは俺にとって最大の侮辱だ」
「そんな・・私は・・」
「そんなやつと付き合う気はねぇからな」
そう言ってたけさんは、家を出て行った。
たけさん・・ちょっと待って・・
言いたいこと言って・・勝手に出て行くなんて・・
「薄柿さん・・」
「・・・」
「私もね・・見た目だけで何度も言い寄られているの。もう辟易とするのよ」
「設楽さん・・」
「誰も私の中身なんて見ないのよ。それが繰り返し続くの。その気持ち、わかる?」
「え・・」
「誰も信用できなくなるの。例え好きな人が出来たとしても、相手は私を敬遠するの。なぜだかわかる?」
「い・・いえ・・」
「向こうも私を信用しないの。騙されてるとか、遊びだとか勝手に勘違いして、恋愛までたどり着けないのよ」
「そ・・そうなんですか・・」
「これって幸せだと思う?」
「いえ・・」
「だからね、あなたと健人くん見てて、すごく幸せそうで、ほんとに羨ましいのよ」
「あの・・設楽さん・・」
「なに?」
「その・・たけさんのお兄さんのこと・・今でも好きなんですか・・」
「違うって言えば、嘘になるわね」
やっぱり・・そうだったんだ・・
「時雨さんは、私の中身を真っすぐに見てくれた人なの。それで親身になってくれて・・亮介のこともかわいがってくれて・・。こんなに好きになったの初めてなのよ」
「そ・・そうだったんですか・・」
「でもそれは、もう叶わないことよ。望んでもいけないし」
「そうですね・・」
「すぐに忘れられるわ。っていうか、忘れなきゃいけないし」
「・・・」
「葵さんって・・きっと素敵な女性なんだと思うわ」
「・・・」
「だからね、薄柿さん・・」
「はい・・」
「健人くんの気持ち、わかってあげてね。彼は本当にあなたのことが好きよ」
「は・・はい・・」
「自分の彼女が見た目に拘ってて、自分の顔が嫌いなんて思ってたら、そりゃ嫌でしょ」
「はい・・」
「だから、そのことは、もう口にしちゃいけないわよ」
「はい・・わかりました・・」
「っていうか、あなた、ほんとにかわいいわよ」
「えっ・・」
「いつも一生懸命で、健人くんのために必死になって色々やったり・・マネージャーもね」
「はい・・」
「こういうのを、かわいいって言うのよ」
「・・・」
「ほら、健人くんを迎えに行きなさい」
「え・・でも、どこに行ったかわかりません」
「あはは。きっとその辺、ウロウロしてるわよ」
「そ・・そうなんですか?」
「どこへ行くって言うのよ。お金も持ってないし」
「あ・・そうですよね・・。じゃ行ってきます」
私は急いで外へ出た。
すると、設楽さんの言う通り、たけさんは、ほんとにその辺をウロウロしていた。
「たけさん・・」
「ふんっ」
「さっきは、ごめんなさい」
「知るかよっ」
「私、たけさんが好きです」
「・・・」
「見た目じゃなくて、優しくて男らしいたけさんが好きです」
「・・・」
「たけさんが私を見た目で好きになったんじゃないってこと・・わかってます」
「・・・」
「私・・全部わかってるんです・・。わかってるのに・・つい・・バカなことを言ってしまいました・・。ごめんなさい」
「ほんとに、わかったんだな」
「はい、わかっています。ずっと前からわかっています」
「そっか・・」
「だから・・部屋へ戻りましょう・・」
「小春・・」
「はい・・」
「俺もな、お前のバカな気持ち、わかるんだよ。女子ならそう望むってこともわかってんだよ。でもな、それならみんな同じ顔になっちまうだろ。それってほんとにいいことか?嬉しいか?」
「・・・」
「それって小春って言えるのか?」
「・・・」
「お前はその顔で、その身体で、その性格で、初めて小春なんだろ。どれか一つでも違うと、それは小春じゃねぇんだよ」
「たけさん・・」
「俺の言ってる意味、わかるか?」
「はい・・わかります」
「俺もこの顔で、この身体で、この性格で健人なんだよ」
「はい・・そうですね・・」
「性格は年を重ねたり、誰かと出会うことで変わることもある。でもな、顔や身体は変えられねぇんだよ」
「はい・・」
「わかったんなら、もういい。帰るぞ」
「はい」
そした私たちは、部屋に戻った。
設楽さんは立ち上がって、鏡の前でポージングを確かめていた。
「華子、悪かったな」
「ううん。全然いいわよ。仲直りしたのね」
「ったくよ・・こいつ、バカでどうしようもねぇよ」
「あはは。嘘ばっかり」
「っんだよ」
「そんなバカな薄柿さんがかわいくて、しょうがないんでしょ」
「う・・うるせぇよ」
「ほっんと、健人くんって正直ね。すぐ顔に出るんだから」
「はっ、出てねぇしっ!」
「いいから、いいから。じゃ、私は帰るわね。明日、よろしくね」
「ああ。華子、ありがとな」
「設楽さん・・ありがとうございました。明日、よろしくお願いします」
「頑張ろうね、薄柿さん」
設楽さんは私の頭を撫でて、家を後にした。
設楽さんって・・とても美人でスタイルもよくて・・
でも・・ちゃんとした恋愛もできないなんて・・
設楽さん、とてもいい人なのに・・
世の男性は、なに考えてるのかしら。
こんなにもったいないこと・・あり得ないわ。
「小春、お前もそろそろ帰れよ」
「あ・・はい」
「明日、よろしくな」
「はい、わかりました。じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
考えたら・・たけさんって部屋の中では・・なにもしてこないよね・・
二度のキスだって外だったし・・
っていうか・・三度目は・・まだないし・・
私は玄関で立ち止まって、振り返った。
「なんだよ」
「いえ・・別に・・」
「忘れもんか?」
「えっと・・あの・・ある意味・・忘れ物かも・・」
「ある意味ってなんだよ」
「いえ・・いいんです・・」
「ったく・・なんだよ、はっきり言えよ」
私はそこで、また部屋に上がりたけさんに抱きついた。
「お・・おい・・小春・・」
「たけさん・・」
「どうかしたのか」
「私を・・ギュッてしてください・・」
「え・・」
「そうしてくれたら・・私、明日頑張れます・・」
「小春・・」
そしてたけさんは、私を抱きしめてくれた。
「ありがとう・・たけさん」
「小春・・」
私はたけさんの腕に抱かれながら、しばらく目を瞑っていた。
「たけさん・・私、帰りますね」
私はたけさんの顔を見上げてそう言った。
「うん、わかった」
そして私は、たけさんから離れた。
「小春・・」
「はい・・」
「俺はお前を大事にしたい」
「え・・」
「それだけだ」
「はい・・わかりました・・」
そして私は家を出た。
たけさん・・私の気持ち、わかってるんだ・・
部屋であれ以上のことがあると・・きっと抑えられなくなってしまうのかな・・
私って・・無神経なことしたのかも・・
反省しなくちゃ・・
っていうか・・すごく恥ずかしい・・




