六十五、お前って言い方
「それにしても美琴。あいつ、すげーな」
「はい、そうですね。まさに別人でしたね」
私たちは、たけさんの家で晩御飯を食べながら話していた。
「女ってのは、恐ろしいな」
「化粧って・・化けるって書くんですもんね」
「まさにそうだぜ。化ける、そのものだな」
「美琴は背も高いし、スタイルもいいし、顔さえ作れば、モデルになれますよね」
「しかし、亜矢さんの技術ってのか?プロはすげぇな」
「亜矢さん、スタイリストだけど、メイクもできるんですね」
「ほんと、恐れ入ったぜ」
「私も・・あんな風に変身して・・たけさんと撮りたいなぁ・・」
「小春・・」
「はい?」
「俺はお前に変身なんてしてもらいたくねぇよ」
「え・・」
「俺は、そのままのお前がいいんだよ」
「たけさん・・」
「変身とまではいかなくても、浴衣姿・・。あれ、よかったぜ」
「そ・・そうですか・・」
「しっかし、この和風ハンバーグ、うめぇわ!」
たけさんは、照れをはぐらかすように、そう言った。
「でしょ~~!」
「大葉と大根おろしの味が、絶妙だな」
「そうなんですよ~。これも美琴に教えてもらったんですよ~」
「へぇー。美琴って結構、家庭的なんだな」
「なんかね、ご両親は仕事が忙しいらしくて、妹さんのご飯を美琴が作ってるらしいんですよ」
「へぇー」
「それで、嫌でも覚えたって」
「なるほどな。いい姉貴じゃねぇか」
「そうですね~」
「なんつーか・・もうちょっと、女子らしくすれば・・」
「あはは。それは無理ですよ~。なんせ美琴には関西の血が燃え滾ってますから」
「好きなやつができたら、変わるんじゃねぇのか」
「あ・・確かにそうかもですね」
でもなぁ・・
最初に翔さんを好きになった時も・・ぜっんぜん変わらなかったもんなぁ・・
実のところ・・あれは、本当に好きじゃなかったのかも・・
直ぐに飽きたし・・
「ああ~~、うまかった!ごちそうさま!」
「いいえ~、どういたしまして」
「んじゃ俺、風呂行ってくるわ」
「はい~、わかりました」
「小春、食器はそのままでいいからな。帰って来て洗うから」
「そんな~、私だって食べたんですよ。後片付けくらいしますよ~」
「なんか、わりぃな。いつも小春に任せっきりで」
「なに言ってるんですか~。私はたけさんのマネージャーなんですよ。そんなの当たり前です」
「そっか。じゃ、行ってくる」
そう言ってたけさんは、入浴グッズを持って出て行った。
私はたけさんに、食事を作るのがとても楽しみだった。
なにを作っても「うめぇわ」と、文句ひとつ言わず全部食べてくれて、作り甲斐があるって、こういうことなんだな・・
今度はなににしようかな~
関東では、もんじゃ焼きだけど、お好み焼きって、たけさん好きかな。
たこ焼きは、たこ焼き器がないと無理だし・・
そうだわ~、次はお好み焼きにしよう!
それからやがて・・六月下旬になり、私は設楽さんに、たけさんもファッションショーに参加する旨を伝えた。
今日は、設楽さんがウォーキングの特訓に来てくれることになっている。
私とたけさんは、たけさんの家で設楽さんを待っていた。
「こんばんは~」
ほどなくして設楽さんが現れた。
「ようー、華子。忙しいのにわりぃな」
「いいえ~、お安い御用よ~」
そう言って設楽さんは部屋に上がった。
「よろしくお願いしますね」
私は設楽さんに頭を下げた。
「ヤダわー。薄柿さん。そんな他人行儀な」
「だって、仕事ですから」
「あはは。まあ、そうね」
「んじゃ~、早速頼むわ」
ちゃぶ台も既に部屋の隅に置いて、いつでも始められるよう準備を整えていた。
「健人くん、壁に身体をくっつけて。ほら、こんな風に」
設楽さんは、部屋の壁にぴったりと身体をつけ、真っすぐ立った。
「おう、わかった」
たけさんは設楽さんの横に並んで、同じように立った。
「かかとも頭もくっつけて。そう。それで、顎を引いて」
たけさんは言われた通りにしていた。
「はい、お腹を引っ込めて。そうそう。腕の力は抜いてね。こんな感じで立つの。慣れるまで壁で練習してね」
「そっか、わかった」
「それとウォーキングだけど、床に一本のラインがあると思って、真っすぐ足を交互に出して。男性だから歩幅は大きくね」
「そっか」
「いい?こんな感じで歩いてね」
設楽さんの模範は、テレビで見るモデルそのものだった。
そうそう・・こんな風に歩いてるわよね・・
「その際、絶対に背筋は伸びていること。自分で伸ばしているつもりでも、案外伸びてないものなの。だから大袈裟なくらいにやって丁度いいのよ」
「そっか」
そして特訓は、一時間続いた。
「かぁ~~、結構、疲れるもんだな」
「普段は、まったくやらない姿勢だからね」
「ほんと、それな」
「もうコツは、わかったよね」
「ああ」
「後は、反復練習よ」
「うん、ありがとな」
私は設楽さんのアドバイスを、全部ノートに取っていた。
「休憩しますか~」
私はそう言って台所へ行った。
たけさんは、ちゃぶ台を元に戻して、設楽さんも座った。
「亮介、学校どうだ?」
「うん、機嫌よく通ってるわよ」
「そっか。それはなによりだな」
「部活にも入ってね」
「へぇー、なんの?」
「野球部なの」
「ほぅー、野球か」
「亮介が小さい頃、兄とよくキャッチボールしてたのよ。それでね」
設楽さんって・・たけさんのお兄さんのこと、もう何とも思ってないのかな・・
私は湯飲みをお盆に乗せて、たけさんと設楽さんに出した。
「野球なんてやったことないし、続くかどうかわからないけど、亮介がやりたいって自分から言ったから、いいかなって思ってね」
「そうそう。なんでもやりゃあいいんだよ」
「うん」
「今しかできねぇことってあるしな」
今しかできないこと・・か・・
確かにそうだよね。
「健人くんの夢ってなんなの?」
「俺の夢?まあ・・夢って程でもねぇけど、親のいねぇガキの面倒を見たいって思ってんだよ」
「へぇーそうなの」
「だから、先生になって、そういうガキを何とかしてやりてぇと思ってんだよ」
「なるほど。健人くんらしいわ」
「華子はどうなんだよ」
「私か・・。今は亮介のことで精一杯でね・・」
「でも大学行ってんじゃねぇか」
「まあね。就職の時に有利かなって思って入っただけなのよ」
「そっか。お前まだ十九だし、ゆっくり考えればいいんじゃね?」
「あのさ・・健人くん」
設楽さんは、少し不満げな表情を浮かべた。
なに・・どうしたんだろ・・
「なんだよ」
「健人くんって、私より一つ下よね」
「なんだよ、それ」
「お前って言い方、なんとかならない?」
「はっ。なに細けぇこと言ってんだよ。らしくねぇな」
「まあいいけどさ・・」
「設楽さん・・すみません。直させますから・・」
「小春、てめぇまでなに言ってんだよ」
「たけさん・・やっぱり年上の人には・・それなりの言葉遣いってあると思うんです」
「またそれかよ」
「私には、いくらでもお前とか、てめぇとか言ってもいいですけど、やっぱり直しましょうよ」
「お前、これが俺らしいって言ってたじゃねぇか」
「それは・・私や友達に対してです・・」
「健人くん。私にもギリそれでいいとして、でも他の人にそれは通用しないわよ」
「・・・」
「ただでさえ嫉妬で溢れてる世界なのに、余計なことで足を引っ張られると健人くんのためにならないわよ」
「たけさん・・私もそう思いますよ」
「はぁ~~・・ったく・・疲れるねぇ・・」
「健人くんのためを思って言ってるの」
「そうですよ~」
「はいはい、わかりましたよ~」
たけさんは、仕方がない風に納得していた。
そりゃ・・たけさんがずっと使ってきた話し言葉だから、直すのには違和感があるだろうけど・・
でも、これから奥寺さんに勝たなきゃいけないんだから、言葉遣いなんかで足を引っ張られるなんてことになったら、勝つどころの話じゃなくなるよね・・
「あっ、そういえばさ、奥寺って、和樹と知り合いなんだぜ」
「えっ!そ・・そうなの・・?」
「色々と訳あって、和樹な、一時、ホストやってたんだよ。んで、No.1の座を奪ったのが和樹なんだよ」
「ええええ~~~!それ・・ほんと?」
「ああ。変な巡り会わせだな」
「和樹さん・・ホストだったの・・、そうだったの・・」
「まあ、華子には話してねぇけど、あいつ、色々あったんだよ」
「そ・・そうなんだ・・」
「奥寺って嫉妬深いやつだから気をつけた方がいいって、和樹が言ってたぜ」
「うん、そうなのよ。見た目はイケメンだけど、なんていうか・・常に自分が注目されてないと気が済まないっていうのかな」
「ふーん」
「まあ・・自分が注目されるための努力は怠らないのよ。だから今があるんだけど・・」
「そっか」
「でも奥寺って・・女癖も悪くてね。私なんか何度口説かれたか・・。ううっ・・今考えても寒気がするわ」
「クソみてぇなやつだな」
「でもね、見た目はいいじゃない?だから、唆されて、その気になる女性もいてね。さすがにモデルの間では騙される人はいないけど、ほら、ファンの子とかいるじゃない」
「けっ。ますますクソだな」
「ああ~~・・ヤダヤダ・・こんな話」
設楽さんは、自分の腕を擦りながら、ほんとに寒気がしているようだった。
それにしても・・奥寺さんって・・酷い人なのね・・
女性を騙すなんて、許せないわっ!




