五十九、関西弁と標準語
「薄柿」
私は学校の廊下で、珍しく斎藤くんに声をかけられた。
「斎藤くん、どうしたの?」
「その後、彼とはどうなってるの?」
「え・・どうって・・別に・・」
「いや・・薄柿さ、色々と大変だっただろ。空港から逃げ帰ったり、一人暮らししたり」
「うん・・まあ・・」
「で、彼の隣に住んでるんだよね」
「うん・・そうだけど・・。それがなにか?」
「なんかさ~、薄柿見てると、ドラマみたいだな、って」
「まあ・・ある意味、そうかも知れないわね」
「上手くいってるならいいんだ」
「うん・・ありがと」
「漫画喫茶、来てないよね」
「ああ・・行きたいんだけど、バイトあるし。んで、合気道習ってるし、時間がないのよ」
「へぇー合気道習ってるんだ」
「そうなの。私、一人暮らしでしょ。だから自分の身は自分で守らなくちゃって思ってね」
「へぇ~、ますますドラマみたいだね」
「あはは、そうかな~」
「また、彼との話、訊いてもいい?」
「え・・いいけど・・」
「じゃ、またね」
そう言って斎藤くんは歩いて行った。
なんだろ・・
たけさんとの話に興味でもあるのかな。
ま・・いいけど。
「あ~~すっきりした!」
「小春、お待たせでありんす」
そう言って美琴と紬がトイレから戻ってきた。
「ほんでやがなっ、小春」
「なっ・・なによ」
「王子・・モデルやってるってか!」
「そ・・そうなのよ」
「ひゃ~~ついに、表舞台で勝負に出たか!」
「なによ・・表舞台って・・」
「でも・・打ってつけの仕事でありんすな」
「うん。もうね~失神しそうなくらい、かっこいいの」
「そりゃそうや。もの言わんかったら、ガチのモデルにも引けをとらんで」
「もの言わんかったらって・・なによ・・」
「時雨王子は和樹王子と違って・・てめぇとか、ぶっ殺すとか、言葉遣いがあれでありんすからな・・」
「なによ・・いいじゃない~」
「ちょっとあの、不良言葉、もう卒業したらどないや」
「え・・」
「そうでありんすなぁ・・。きっとこれから人気が出るでありんしょから、そのうち取材も受けるでありんしょ。その時に・・はっ!知るかよっ!とか、くだらねぇ質問すんじゃねぇよ!とか言った日にゃ・・でありんす」
「今の時代、すぐに叩かれるからな」
「そうでありんす。小春からも、言葉遣いのこと、よく言って聞かせるでありんすよ」
「そうかな・・」
「そうやて。叩かれたら悲惨な目に遭うで」
「SNSはすぐに拡散するでありんすからなぁ」
「え・・そうなの・・?」
「小春、知らんのかいなっ!」
「少しは知ってるけど・・そんなに?」
「炎上とか言うてやな、もう袋叩きに遭うんや」
「吉原炎上・・もびっくりでありんす」
「炎上の意味が違うと思うんだけど・・」
またなんか・・二人が変なこと言い出したわ・・
言葉遣いを直させるなんて、絶対に無理っ!
呼び方でさえ、別れ話になるくらいよ。
それを・・話し方を変えろなんて言っちゃったら・・マジでぶっ殺されるわ・・。
ないない・・
「私、ええ案、思いついたわ」
「なに・・美琴」
「まずな・・大阪弁で話させるんや」
「えっ・・」
「ほら、小春に色々とギャグ、教えたったやろ。あれ、殆どが大阪弁やんか」
「うん・・」
「んで、王子って、挨拶ギャグお気に入りなんやろ?」
「うん、東雲さんにも薦めてたし・・」
「んでな、会話の中に、それとなく放り込むんや」
「え・・そんなことして、どうなるのよ」
「アホやなっ。いきなり言葉遣い直しって言うても、あの王子が聞くわけないやろ」
「あの王子って・・」
「んで、王子って負けず嫌いやん?小春がギャグを嵐のように王子に言いまくって、どやさ~真似でけんやろ~的なこと言うてやな、神経を逆なでするわけや」
「あの・・まったく意味がわかんないんだけど・・」
「こっからやがなっ!んでやな、たけさんって大阪弁も話せないんだったら、きっとちゃんとした標準語も無理よね、とか言うてやな」
「ええええ~~、そんなこと言ったら、それこそぶっ殺されるわ」
「いやっ!負けず嫌いの王子なら、うるせぇ!言えるに決まってんだろ!とか言うはずや」
「ぜーーーったいに失敗するって。んで、失敗したら私、この世にいないよ?」
「あはは。っんなアホな。んで、どうや。炎上を選ぶか、小春が勝負に出るかや」
「ええ~~・・すごく危険な賭けだと思うんだけど・・」
「まあ・・ものは試しでありんすな・・」
「えぇ・・紬も賛成なの・・?」
「吉原炎上は・・きついでありんすよ・・」
「だから・・吉原じゃないって・・」
また変ことになった・・
会話の中で、ギャグを言いまくるのか・・
でもあれだよね・・
たけさんって「どんだけ引き出しあんだよ」とか言ってたし・・
んで、驚いて悔しがってたし・・
ひょっとしたら・・ひょっとして・・乗って来るかも知れないか・・
そしてこの日の夜・・私はたけさんちへ行った。
「こんばんは~」
私はそう言って玄関を開けた。
「おう~、小春。上がれよ」
「はーい、お邪魔します~」
そして私はちゃぶ台の前に座った。
「お茶でも飲むか?」
「あ、私が淹れます」
「そっか。済まねぇな」
そして私は台所へ行き、どんなギャグを放り込もうかと考えた。
会話の中に入れるのよね・・
上手く行くかな・・
「お待たせしました~」
私はそう言って、湯飲みをちゃぶ台に置いた。
「たけさん、コンビニのバイトはいつからですか?」
「明後日」
「そうですか~。同じシフトになるかも知れませんね」
「そうなったら、ビシッビシッしごいてやるからな」
「ええ~~、私、もうちゃんと仕事できますよ~」
「どうなんだか~」
「なにをぬかしてけつかるんでございますか」
「え・・」
あら・・わかってないみたいだわ・・
ちょっとハイレベルだったのかな・・
「いやっ・・えっと・・逆に私がしごいてあげますから~」
「はっ、なに言ってんだよ。十年早ぇよ」
「私、店長にも褒められたんですからね」
「あはは、店長は優しいんだよ」
「ほんとなんですから~」
「まあいいじゃねぇか。頑張ろうぜ」
「はい~」
次は・・何にしようかな・・
あっ・・あれにしよう。ふふっ・・
「あの・・たけさん」
「なんだよ」
「ネクタイってあります?」
「え・・高校ん時のがあるけど、なんだよ」
「ちょっと・・貸してもらえませんかね」
「ああ・・いいけど」
そう言ってたけさんは、タンスの中からネクタイを出した。
「ほら」
「どうも~すみません」
「そんなもん、どうすんだよ」
「いや・・別に・・」
「お前・・また変なこと考えてんだろ」
「そんなっ、滅相もないですよ」
「さっきも、なんか変なこと言ってたしな」
「ヤダ~たけさん、考えすぎですよ」
「俺は驚かねぇからな」
「あはは、さっき、驚いてたじゃないですか」
「はっ、驚いてねぇっつーの」
私は話をしながらネクタイを結んだ。
「つか・・マジでなにやってんだよ」
「いや・・ネクタイってどんなのかな~って思って・・」
「来るなら来いよ」
「え・・」
「俺はいつでもいいぜ」
「な・・なにを言ってるんですか」
「合気道だろ」
「ヤダ~違いますって~」
たけさんは突然立ち上がり、ちゃぶ台を部屋の端に寄せた。
う・・うわあ~~・・なに・・この展開・・
っていうか・・偶然にもシチュエーションが整ったわ・・
「ビビってねぇで、来いよ」
「よっしゃ、わかった!もう~~我慢ならんっ!私がネクタイを外した日にゃ・・どうなるかわかっとんのかぁ~!」
私はそう凄んでネクタイを外し、それを武器にする風に、両手でネクタイの端と端を掴み、シュッシュッと音を出して見せた。
「なっ・・。どうなるってんだよ・・」
うわあ・・たけさん・・。
偶然にも・・的確に突っ込んでるわ・・
たけさんは、神妙な顔をして身構えていた。
そして私は右手でネクタイの端を持ち、顔の横から真っすぐ下へ垂らした。
「見てみぃ・・長さが一緒や・・」
「なっ・・ぶっ・・あはは・・あははは!」
おおっ、めっちゃ笑ってる!
「これ、マジ面白れぇわ」
「そうですか~やった~!」
「んで、合気道はいいのか」
「はい~」
「そっか」
そう言ってたけさんは、ちゃぶ台を元に戻して、私たちは座った。
「お前・・底知れねぇな」
「あはは」
「しっかし、今のはマジで受けたわ」
「そうですか~」
「でも俺には使えねぇな」
「そうですね~、たけさん背が高いですもんね」
「それにしてもお前、そんなもんどこで覚えたんだよ」
「たけさんって・・関西弁話せます?」
「え・・」
「話してみてくださいよ」
「関西弁なぁ・・」
「例えば・・お前、なに言ってんだよ、だったら、あんた、なに言うてんの、です」
「ふーん」
「いや・・ふーんじゃなくて・・」
「あんた、なに言うてんの」
「そうそう」
「なんか、しっくり来ねぇな」
「んじゃ~・・そうそう、は、そやそや」
「そやそや」
「じゃ~・・違う違う、は、ちゃうちゃう」
「ちゃうちゃう」
「じゃあ~・・この意味、わかります?ちゃうちゃう、ちゃうんちゃう」
「は・・?」
「ちゃうちゃう、ちゃうんちゃう」
「かぁ~~っ・・もういいって。参った」
おお・・参ったが出たか・・
「じ・・じゃあ・・たけさん、関西弁も話せないなら・・ちゃんとした標準語も話せないですよね~」
「はあ?」
「えっとぉ・・そうですよね・・」
「てめぇ、なに言ってんだよ」
ほら~~・・怒ってるじゃん・・
「っんな!話せるに決まってんだろうが!バカにすんなっ」
げ~~~っ・・美琴の言う通りになってる・・
「じ・・じゃあ~~・・話してみてください・・」
「おう!やってやらあ!」
そして私たちは、互いを見つめ合った。
「時雨さん、こんにちは」
「小春さん、こんにちは」
「いいお天気ですね」
「そうだね」
「こんな日は散歩日よりですね」
「きっとたくさんの人が、日光浴してるよね」
げっ・・ちゃんと話せてる・・
でも・・棒読みだけど・・
「時雨さん・・大学はどうですか」
「小春さん、お気遣いありがとう。とても充実した大学生活を送ってるよ」
「それはようございました」
「僕は毎日、たくさんの女性に囲まれてるよ」
「げっ・・」
「げってなに?」
「それ・・ほんとですか・・」
「うん。本当だよ。それで付き合ってくれとか、たくさん言われてるよ」
「え・・うそ・・」
「嘘じゃないよ。本当のことだよ」
「そんなっ・・私・・何も聞いてない・・」
「時雨くん、かっこいいとか、時雨くん、好きですとか、もう毎日言われてるよ」
「たけさん・・もう言わないで・・」
「どうして?」
「いいから・・言わないで・・」
「あははは」
「えっ・・なに笑ってるんですか・・」
「どうだ、参ったか」
「えっ・・」
「ったくよ~~!こんな言葉で喋るの、寒気がするぜ」
「さっきの話は・・本当なんですか・・」
「ああ、ほんとだぜ」
「ええええ~~~!ヤダ~~」
「あはは、なんだよ、ヤダ~~って」
「だって・・嫌です・・」
「あのさぁ・・俺な、そうやって言い寄られるたびに、携帯の画面見せて、これ、俺の大好きな彼女って言ってんだぜ」
「え・・」
「みんなそこで諦めるよ」
「そ・・そうなんですか・・」
「にしてもさ、お前、俺になにをさせようとしてたんだよ」
「いえっ・・別になにも・・」
「嘘つけ。ぜってーなにか企んでたな」
「ち・・違います~」
「つか・・ちゃうちゃう・・ってなんだよ」
「ああ・・えっと、犬のチャウチャウっていますよね。それを大阪の人が見て、チャウチャウじゃないんじゃない?ってことを、チャウチャウ、ちゃうんちゃう?って言うんだそうです」
「へぇー、ややこしー」
「でも、面白いですよね」
で・・結局・・不良言葉を直させることは、失敗に終わった。
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※ 文中に出てくるギャグ
「なにをぬかしてけつかるんでございますか」は、吉本新喜劇、末成由美さんのギャグです。
「ネクタイギャグ」は、吉本新喜劇、池乃めだかさんが、ご自身の身長の低さとネクタイの長さがほぼ同じことをアピールしたギャグです。




