五十六、拘り
設楽さん・・どうしてあんな切ない顔してたんだろう・・
亮介くんも・・若干、言いにくそうにしてたよね・・
亡くなったお兄さんと、関係があるのかな・・
それにしても三人で遊園地って・・
ほんとに大丈夫なんだろうか・・
私は家に帰り、そんなことを考えていた。
それにしても、よ・・
時雨さんったら、華子って呼び捨てにして・・
なによ・・
設楽でいいじゃない・・
そういえば・・時雨さんって遊園地行った時、私のこといきなり小春って呼んだよね。
「お前、小春ってんだろ」って言ってたわよね。
あれよね・・時雨さんって、少しでも親しくなると、下の名前で呼ぶよね。
でも、静香さんのことは「由名見」って呼んでるんだよねぇ・・
そうか・・東雲さんの彼女だからかな・・
ルルル・・
あっ・・時雨さんだわ・・
どうしたのかな・・
「はい、もしもし」
「おう、小春。さっきはありがとな」
「いえ・・」
「今さ、華子と亮介、帰ったぜ」
「そうですか・・」
「なんだよ、お前、元気ねぇぞ」
「そんなことないです・・」
「豚肉のアスパラ巻と、煮物、美味かったぜ」
「そうですか・・」
「高野豆腐って、なんかスポンジ食ってるみてぇだったけどな、あはは」
「そうですか・・」
「小春・・どうしたんだよ」
「時雨さん・・」
「なんだよ」
「なぜ・・華子って呼び捨てにしてるんですか・・」
「はあ?」
「・・・」
「お前、そんなこと気にしてんのかよ」
「だって・・」
「ったく!女ってのは、なんでそんなくだらねぇこと気にすんのかね!」
「くだらねぇって・・」
「くだらねぇじゃねぇか!」
「わ・・私は嫌なの・・」
「はっ、バカじゃねぇのか」
なによ・・バカって・・
私の気持ちなんて、どうでもいいの・・?
「じ・・じゃあ・・私が、クラスメイトの斎藤くんのこと、蒼汰って呼んでも平気ですか?」
「ああっ?斎藤って誰だよ」
「漫画喫茶で会った人です・・」
「てめぇ・・なに言ってんだ・・」
「平気かって訊いてるんです」
「呼びたきゃ呼べばいいだろが!」
「なっ・・」
「苗字だろうが名前だろうが、どうでもいいじゃねぇかよ!」
「わっ・・私にとっては・・どうでもよくないです!そ・・それと・・設楽さんだって・・健人くんって・・」
「あああっ?」
「私は時雨さんって呼んでるのに・・なぜ設楽さんが健人って・・。そんなの・・私、嫌です」
「お前、頭おかしいぞ」
「えっ・・」
「俺、お前がそんなくだらねぇことに拘る、心が狭いやつだと思ってなかったぜ。がっかりだ」
「そ・・そんなっ・・」
ブチッ・・
時雨さんは、突然電話を切った。
ヤダ・・なに・・私が悪いの・・?
がっかり・・って言ってた・・
こっちそこ・・がっかりよ・・
私が嫌だって言ってるのに・・全然わかってくれようとしない・・
普通・・こういうのって・・嫌だよ・・
私・・設楽さんに焼きもち焼いてるのかな・・
葵さんなら・・どう思うんだろう・・
葵さんに会いたいな・・
それから何日も、時雨さんから連絡が来ることはなかった。
朝の通学時も、時雨さんだけ時間を変更していた。
私って・・嫌われちゃったの・・?
あのことだけで・・嫌うものなの・・?
東雲さんも翔さんも、事情を知ってるようだったが、口止めされているのか、私にはそのことを話すことがなかった。
「小春・・王子、どうしたん?」
駅から学校へ向かう途中、美琴がそう訊いてきた。
「王子がいてないのん、これで何日目や?なんかあったんか?」
「別に・・」
「別にって・・そんなことないでありんょ・・」
「なにがあったんや。言うてみ」
「うん・・実は・・」
そこで私は電話でケンカしたことを話した。
「時雨王子・・女心をわかってないでありんすなぁ・・」
「そうでしょ?そう思うよね」
「ほんまや。女子にとって呼び捨てって、特別なもんやがな」
「幼馴染なら、まだしも・・つい、この間、知り合ったのでありんしょ?」
「そうなのよ・・」
「そりゃ、小春は気分悪いでありんしょな・・」
「うん・・」
「まあ・・設楽さんは設楽さんなりに、王子たちに礼を尽くしているのでありんしょが・・ちょっと・・無神経でありんすなぁ・・」
「私・・時雨さんに嫌われちゃったのかな・・」
「っんな、そんなことあらへんって」
「だって・・がっかりだって言われたのよ」
「売り言葉に買い言葉でありんすよ」
「・・・」
「王子って、あれやん?超意地っ張りやん。それだけやって」
「そうなのかな・・」
「小春・・ええか」
「なに・・?」
「ここは、我慢比べや」
「え・・」
「絶対に小春から譲歩したらあかんで」
「でも・・それじゃ・・」
「あかんっ!っんな、甘い顔見せたら、ますます付け上がるで」
「そう・・かな・・」
「嫌やってこと、ちゃんとわからせな」
「そうでありんすな。時雨王子は・・小春がなにも言って来なかったら、我慢できなくなり、向こうが折れるでありんしょ」
「それでいいのかな・・」
「ええねや」
二人の言う通りなのかな・・
そうね・・
そうよ・・!
なにも私が頭を下げることはないわ。
それから二日後・・
私がバイトに入っていたら、お兄さんがきた。
「小春ちゃーん」
「お兄さん、こんにちは~。お仕事帰りですか?」
「うん、まあな」
「今日は、設楽さん、お休みですけど」
「あはは。なんだよ、それ」
「いや・・設楽さんに会いに来たんじゃないんですか」
「ちげーよ」
「そうですか・・」
「あのさ、小春ちゃん」
「はい」
「バイト、何時に終わるんだ?」
「えっと・・もうすぐ終わりますけど・・」
「そっか。じゃ、俺、外で待ってるからな」
「え・・なんですか・・」
「うん、ちょっとな」
そう言ってお兄さんは、店の外に出た。
なんだろ・・話でもあるのかな・・
時雨さんのことかな・・
やがてバイトが終わり、私は店を出た。
「お兄さん、お待たせしました」
「おう。お疲れさま。んじゃ歩くか」
「はい・・」
そして私は自転車を押しながら、お兄さんと並んで歩いた。
「お兄さん、どうしたんですか?なにか話でもあるんですか」
「なあ、小春ちゃん・・」
「はい・・」
「華ちゃんのことな、わかってやってくれねぇか」
「え・・」
「小春ちゃんも知ってると思うけど、俺たち兄弟は親に捨てられて、ずっと二人で暮らしてきた。華ちゃんの場合は事情が違うとはいえ、親がいねぇことに変わりはねぇんだよ」
「は・・い・・」
「俺は高校も行かず、ずっと健人を一人で養ってきた。未成年のガキが働いて稼ぐってことが、どれほど大変か、小春ちゃん、わかるか?」
「いえ・・」
「華ちゃんは大学へ通いながら、コンビニでバイトしてモデルもやって、亮介を養ってる。その苦労がわかるか?」
「・・・」
「俺はな、その苦労が嫌というほどわかるんだよ。健人だって同じだぜ。俺が汗水たらして働いてきたのを見て知ってるんだからな」
「・・・」
「小春ちゃんは、俺と華ちゃんのこと心配してるみてぇだけど、そんな心配いらねぇよ」
「え・・」
「俺は葵ちゃんが好きだ。これは一生変わらねぇよ」
「でも・・設楽さんはお兄さんのことが好きですよ・・」
「華ちゃんは、俺にとって妹みたいなもんなんだよ」
「妹・・」
「だから、華ちゃんを女として見るのは無理なんだよ」
「そうなんですか・・」
「だから小春ちゃん、もう心配すんなよ」
「はい・・」
「それと、華ちゃんとうまくやれよ?同じ職場で気まずいのは、辛れぇからな」
「はい・・」
「あっ、小春ちゃん、健人とケンカしたんだってな」
「え・・まあ・・」
「あはは、そりゃ付き合ってりゃ、ケンカもするさ」
「でも時雨さん・・私のこと、がっかりしたって言ってました・・」
「名前のことか」
「はい・・」
「そこは俺も、健人と同じだな。どう呼ぼうがどうでもいいことだろ?」
「はぁ・・」
「小春ちゃんは、あれだな。華ちゃんに先を越されたことで焼いてんだな」
「えっ・・」
「小春ちゃんも健人って呼べばいいじゃねぇか。「くん」を付けないでさ」
「・・・」
「健人だって小春って呼び捨てにしてるだろ?」
「はい・・」
「んじゃ、またな」
アパートの近くまで来て、私たちは別れた。
たけひと・・か・・
なんか・・恥ずかしいな・・
よーーしっ、今度会ったら、健人って言ってやる!
でも・・会うって、いつ会うの・・?
連絡ないし・・でも私から譲歩するなって美琴たちは言ってたし・・
はぁ~~・・どうすればいいのかな・・




