五十四、俺たちの気持ちはわからねぇ
やがて冬休みも終わり、私たちは三学期を迎えていた。
時雨さんたちは、いよいよ受験の最後の追い込み時期に入っていた。
亮介くんはその後も度々、時雨さんちへ行き、時雨さんと東雲さんの時間の許す限り、勉強を見てもらっていた。
設楽さんもバイト帰りに、時々、時雨さんちへ顔を出していた。
そのことがあってか、お兄さんは、ちょくちょくコンビニに来るようになっていた。
そう・・今も二人で仲よさそうに話している・・
それはちょうど、設楽さんの休憩時間でのことだった。
二人は外で話しているので、私はゴミ袋の替えを持って外に出た。
「華ちゃん、そんなに心配いらないって」
「そうかなぁ・・まあ、亮介はもともと、勉強は苦手な方じゃなかったけど・・やっぱり時間が足りないんじゃないかなぁ」
二人は、私がゴミ袋を替えていることにも気がついていなかった。
「和樹がいるから心配ないって」
「そうだよね。和樹さんってほんとに優秀よね」
「だろ。あいつはE高校でも、ダントツで優秀なんだぜ」
「健人くんだって、すごいわよ」
えっ・・健人くんって・・言ったよね・・
マジで・・嘘でしょ・・
いつの間に下の名前で・・
私だって・・時雨さんって呼んでるのに・・
「まあな。でも受験って三月だろ」
「うん」
「じゃあ、まだ、二ヶ月もあるじゃねぇか」
「そうなんだけど・・」
「余裕、余裕。大丈夫だよ」
「うん、そうね。ありがとう」
「バイト終わったら、来いよ」
「うん、いつも押しかけて、ごめんね」
「なに言ってんだよ。んじゃ、待ってるからな」
「うん」
そしてお兄さんは、歩いて行った。
なに・・今の会話・・
っていうか・・お兄さん・・ちょっと・・危ないんじゃないの・・?
ほんとに心が動いてない・・?
「あら・・薄柿さん・・、袋・・替えてくれてたんだ」
「あ・・はい・・」
「どうぞ休憩、とってね」
「あ・・はい・・」
そして設楽さんは、何事もなかったように店へ入って行った。
今の会話って・・今の雰囲気って・・
誰が見ても恋人同士じゃない・・
お兄さん・・一体どうしたっていうの・・
葵さんのこと・・好きなんでしょ・・?
私は少し、お兄さんに腹が立ってきた。
同時に、設楽さんはお兄さんに彼女がいるって知ってるのに、そのことにも腹が立った。
そして・・健人くんって・・呼んだことも・・
私が中に戻ると、設楽さんはいつもと変わりなく、お客さんの対応をしていた。
なによ・・ちょっと・・無神経よね・・
そして私は、奥で休憩をとることにした。
「薄柿さん」
「あ・・店長」
「休憩?」
「はい」
「きみが頑張ってくれてるから、僕は助かってるんだよ」
店長は在庫を確認しながらそう言った。
「そうですか~よかったです」
「時雨くんとはどう?」
「あ・・はい。その・・上手くいってます・・」
私は照れながらそう言った。
「そっか。時雨くんっていい子だもんね」
「はい!それはもう~~!」
「あはは。薄柿さん、正直だね」
「いや、もう~、ほんとにいい人過ぎて~」
「受験、頑張ってほしいよね」
「はい、そうですね」
「最近、時雨くんのお兄さんが、よく店に来てくれるけど」
「あ・・そうですね・・」
「設楽さんと知り合いなの?」
「はい。弟さんの勉強を東雲さんって人と時雨さんで見てるんです」
「和樹くんか。元気にしてる?」
「え・・店長って東雲さんのことご存じなんですか」
「うん、よく知ってるよ」
「そうなんですか・・」
「僕ね、東雲の親分さんには、すごくお世話になったんだよ」
「そうなんですか・・」
「だから和樹くんのことも、よく知ってるんだよ」
「なるほどぉ~」
「じゃ、休憩終わったら、またよろしくね」
「はい!」
あ・・そっか・・
店長は、昔ヤクザだったもんね。
だから東雲さんのこと知ってても、不思議じゃないよね。
さて・・もうひと頑張りするかな。
やがて設楽さんはバイトを終え、そのまま時雨さんちへ行った。
なんか・・気になる・・
でも私が行ったところで・・勉強の邪魔になるだけだし・・
それでも私は気になり、バイトが終わって時雨さんちの近くまできた。
みんないるのかな・・
お兄さん、時雨さん、東雲さん、亮介くん、設楽さん・・
五人か・・
私が入ると、座るところもないよね・・
ガラガラ・・
あっ!時雨さん・・出てきた。
東雲さんも・・亮介くんも・・
入浴グッズ・・持ってる・・
そっか・・お風呂へ行くんだ・・
え・・お兄さんは・・?設楽さんは・・?
あ・・お兄さん・・出てきた・・よ・・よかった・・
ってことは・・家には設楽さん一人・・?
なにしてるんだろう・・
私は入ってみることにした。
「こんばんは・・」
扉を開けてそう言った。
「あら・・薄柿さん」
設楽さんは、台所に立ち、振り向いてそう言った。
「設楽さん・・お一人ですか」
「うん、今ね、みんなでお風呂に行ったのよ」
「そうですか・・」
「薄柿さん、そんなところに立ってないで、上がって」
え・・なんか・・ちょっと・・その言い方・・ムカツクんですけど・・
「はい・・」
私は部屋へ上がらせてもらった。
「設楽さん・・なにやってるんですか」
「なにって・・夕食を作ってるのよ」
「え・・」
「薄柿さんも一緒にどう?」
「え・・私は・・いいです・・」
「そんな~、お鍋だし、一緒に食べましょうよ」
「いえ・・家にご飯がありますので・・」
「あら~そうなのね。残念だわ」
ちょっと・・お兄さんも・・時雨さんも・・どういうこと?
これは・・葵さんの役目じゃないの・・?
私だって・・お鍋くらい・・作れるっていうか・・材料、切るだけだもん・・
「さーてと、後は、みんなが帰って来てから、温めるといいわね」
そう言って設楽さんは、部屋に戻ってきて、ちゃぶ台の前に座った。
「設楽さん・・」
「なに?」
「あの・・こういうのって・・ちょっと・・違うっていうか・・」
「え・・なにが違うの?」
「いえ・・なんか・・お兄さんには彼女がいて・・」
「うん、知ってるわよ」
「だったら・・こんなことって・・彼女さんが知ったら・・気分悪いっていうか・・」
「薄柿さん・・」
「なんですか・・」
「前にも言ったと思うけど、私は亮介がお世話になってることで、時雨さんたちに感謝してるだけなの」
「・・・」
「だから、私もできるだけ何かしないとって思ってるの。それがいけないのかな」
「いえ・・いけなくはありませんけど・・」
「だったらなに?」
「あのっ・・はっきり言いますけど、設楽さんとお兄さんの・・その・・話す雰囲気って・・まるで恋人同士みたいに見えます」
「薄柿さん・・」
「わっ・・私の勘違いなら・・申し訳ないですけど・・でも、私の見た感じ・・そう思えるんです」
「確かに・・あなたの言う通り、私は時雨さんが好きかも知れない。でも、時雨さんに彼女がいると知って、私はもう考えないようにしたの。でもね、だからと言って、亮介がお世話になってることを、私が無視できると思う?お世話になりっぱなしで、知らんぷりできる?」
「いや・・それは・・」
「私には親はいない。それは亮介も同じ。だから私は亮介の姉であると同時に親でもあるの。子供が誰かのお世話になれば、お返しするのは当然でしょ?」
「は・・い・・」
「この際、言っとくけど、私は彼女から時雨さんを奪おうなんて、一ミリも考えてないわ。私は姉として、親として時雨さんたちとお付き合いしてるの」
「そうですけど・・でも、設楽さん・・私の彼のこと・・健人くんって呼んでますよね・・」
「ダメなの?」
「いや・・ダメっていうか・・」
「だってね、真人さんも健人くんも、苗字が時雨でしょ。使い分けなかったらややこしいじゃない」
「え・・」
「真人さんのことは時雨さん、健人くんのことは健人くん。なにか問題でもあるの?」
「いえ・・別に・・」
「まったく・・妙な詮索はやめてって言ってるのに・・」
「ほんとに私の勘違いなんですね・・?」
「そうよ」
「ほんとに・・姉として親として・・だけなんですね」
「そうって言ってるじゃない!」
設楽さんは、突然、怒鳴った。
なんで怒鳴るの・・
なにもないんだったら・・怒鳴らないよ・・普通・・
「設楽さん・・」
「なによ・・」
「絶対にお兄さんを奪わないって・・約束してくれますか」
「え・・なに言ってるのよ!」
「約束できますか・・」
「いい加減にして!」
設楽さんは、私に約束するとは言わなかった。
私はそこに、設楽さんの葛藤を感じた。
「設楽さん、お兄さんと葵さんの幸せを奪わないでくださいね」
「なに言ってるのよ!私がそんなことするわけがないでしょう!」
「お願いしますね・・」
私はそう言って立ち上がった。
「薄柿さん!私をバカにしないで!」
「帰ります・・」
そう言って家を出ようとした時、時雨さんたちが帰ってきた。
「あっ、小春、来てたのか」
「時雨さん・・」
「なんだよ・・お前、どうかしたのか」
「なんでもありません」
「小春ちゃん、どうしたんだ」
お兄さんが私の様子を見て、心配そうに訊いた。
「華ちゃん、なんかあったのか」
お兄さんが設楽さんにも、そう訊いた。
「いえ・・なにも・・」
設楽さんは俯いて、そう言った。
「姉貴・・」
「亮介、今日は帰りましょう」
「え・・なんで・・」
「いいから。帰る支度をしなさい」
「なんでだよ。これからご飯、食べるんじゃないの・・?」
「いいから。お姉ちゃん、外で待ってるから」
そう言って設楽さんは外へ出ようとした。
「おい、華ちゃん、どうしたんだ」
「時雨さん・・ごめんなさい。今日は帰る・・」
「ちょ・・待てって。おい、小春ちゃん、なにがあったんだよ」
「え・・なにって・・」
「小春、はっきり言えよ」
「時雨さん・・あの・・私も帰ります」
私はそう言って、無理やり外に出た。
「小春っ!」
すると、時雨さんがすぐに追いかけてきた。
「待て!小春!」
私は腕を掴まれた。
「小春!なにがあったんだ」
「時雨さん・・私・・設楽さんに・・」
「設楽がなんだよ」
「設楽さん・・お兄さんのことが好きって・・。んで、私・・葵さんからお兄さんを奪わないでって・・言ったの・・」
「小春・・」
「でも・・設楽さん、そんなこと一ミリも考えてないって。亮介がお世話になってるから、そのお返しをしてるんだって・・。でも・・私には、そうは見えないの・・」
「・・・」
「それで・・お兄さんと設楽さんが話してるのって・・すごく仲よさそうで・・」
「そっか・・」
「それで・・心配になって・・」
「なあ、小春・・」
「はい・・」
「あのな、お前の気持ちはわかるけど、それはお前がどうこうする話じゃねぇよ」
「え・・」
「兄貴と設楽の問題だ」
「でも・・」
「つか・・兄貴の心は動かねぇよ」
「そうなんですか・・?だって・・もう恋人みたいな雰囲気なんですけど・・」
「お前がなにを見てそう思ったのか知らねぇけど、兄貴が設楽を受け入れてるのは、亮介のことがあるからだよ。それと兄貴と設楽は立場が同じだろ。だから放っとけねぇんだよ。それは俺も同じなんだよ」
「・・・」
「お前には、俺たちの気持ちはわからねぇよ」
え・・
俺たちって・・それって・・設楽さんのことを言ってるの・・?
「そ・・そうですか・・」
「もう、このことは詮索すんなよ」
「・・・」
「んじゃな」
そう言って時雨さんは、部屋に戻って行った。
なんか・・すごく突き放された気がする・・
私には入っていけない、見えない高い壁を感じた。




