四十三、複雑な過去
私たちは暫く街をブラブラしていたが、どうも時雨さんは何かを気にかけている様子だった。
「時雨さん」
「なんだよ」
「なにか気になることがあるんじゃないですか?」
「あ・・うん・・」
「どうぞ言ってください」
「いや・・さっきの柴中さんに連絡を・・と思ってな・・」
あ・・きっとお墓参りのこと気になってたんだわ・・
「どうぞ連絡してください」
「そしたら俺、柴中さんを連れて家に戻らないといけねぇけど・・」
「なにを気にしてるんですか~。いいですよ~」
「いいのか・・?」
「はい!」
「せっかくのデートなのによ・・。わりぃな・・」
「いいえ~。さっ、連絡してください」
「うん」
そう言って時雨さんは、柴中さんに電話をした。
「柴中さん、俺。今から俺んち連れてくよ。うん、ああ、そうだよ。なっ・・なに言ってんだよ!バカじゃねぇのか。ったく・・。ああ。んじゃ、駅前で待ってっから」
そう言って電話を切った。
「ったくよ~、おっさん相変わらずなんだからな」
「どうしたんですか?」
「バカっ・・言えるかよ」
「え・・」
柴中さん・・なんか変なことを言って、時雨さんをからかったんだわ・・あはは。
そして私たちは駅前に向かった。
「悪かったな、小春」
「いいえ~、大丈夫ですよ」
「また今度、誘うからな」
「はいっ!楽しみにしてますね」
私たちが駅前に着くと、柴中さんはもう待っていた。
「時雨、悪かったな」
「いいんだよ。んじゃ行こうぜ」
そして私たちは家に向かって歩き出した。
「小春ちゃんか・・あんた高校生か?」
「は・・はい・・二年生です・・」
「にしてもよ・・時雨のどこに惚れたんだ?」
「えっ・・」
「柴中さん、くだらねぇこと訊いてんじゃねぇよ」
「いいじゃねぇか。な、どこに惚れたんだ?」
「えっと・・男らしくて・・優しいところです・・」
「ほっほぅ~。まあ確かに時雨は男らしいな」
「は・・はい・・」
「んで・・時雨は小春ちゃんのどこに惚れたんだ?」
「ば・・バカかっ!知るかよっ」
「照れなくてもいいじゃねぇか」
「照れてねぇっつーの」
そうだわ・・
時雨さんって私のどこが好きなのかな・・
言ってほしいな・・
「時雨さん・・私のどこが好きなんですか?」
「は・・はああ?小春、てめぇまでなに言ってんだよ」
「あはは。小春ちゃん、なかなかいいじゃねぇか」
「二人ともうるせぇ!」
「真面目な話、こいつクソガキだけどよ、根はいいやつだぜ。俺が保証するぜ」
「そうなんですね・・」
「こいつには、さんざん迷惑もかけたし、世話にもなったんだぜ」
「そうですか・・」
「なんと言っても・・坊ちゃんの命の恩人なんだぜ・・」
命の恩人・・?
え・・どういうこと・・?
「柴中さん、もういいって。ほら、着いたぞ」
時雨さんはそう言って、玄関を開けた。
「おーい、和樹~」
「おかえりー。早かったね。デートは終わったの?」
「まあな。んで、お客さん連れて来たぜ」
「え・・誰?」
「さ、入ってくれ」
時雨さんがそう言って、柴中さんが玄関に足を踏み入れた。
「あっ!柴中!柴中じゃないか!」
東雲さんは目を輝かせて、とても嬉しそうにしていた。
「坊ちゃん!お久しぶりでございます」
「柴中~~!元気そうでよかった」
「坊ちゃんもお元気そうでなによりです」
「柴中さん、上がってくれよ」
「ああ。済まねぇな」
そして柴中さんは部屋に上がった。
「あの・・では、私は帰ります・・」
「なに言ってんだよ、小春も上がれよ」
「いえ・・でも・・お邪魔かと思いますので・・」
「っんな、なに言ってんだよ。ほら、上がれよ」
私は時雨さんに促され、部屋に上がらせてもらった。
うわあ~~・・なんか・・場違いっていうか・・
違うと思うんだけどなぁぁ・・
怖い話とか・・するんじゃないの・・?
「小春、こっち来てお茶の用意、手伝ってくれ」
「あ、はい」
私は台所へ行き、時雨さんを手伝った。
「小春、気を使わなくてもいいからな」
「あ・・はい・・」
ほんとにいいのかしら・・
三人で話した方が・・いいと思えるのだけど・・
「それにしても坊ちゃん、ほんとにお元気で、柴中は嬉しいです」
「僕もだよ、柴中。ほんとによく来てくれたね」
「えぇ・・。御大の墓参にと」
「そっか。ありがとう」
「坊ちゃんと一緒にお参りしたいんですが・・。いいですか?」
「もちろんだよ。きっとお爺さんも喜ぶよ」
「あの・・お茶をどうぞ・・」
私はそこで二人に湯飲みを差し出した。
「薄柿さん、ありがとう」
「済まねぇな」
「あ・・いえ・・」
そして時雨さんも加わり、話が続いた。
「それにしても・・あれからもう一年以上が経つんですね」
「そうだね・・」
「よく・・よくぞ・・坊ちゃん・・立ち直られて・・ほんとに嬉しいです・・」
「柴中・・」
「いや、俺は・・時雨に任せっきりで・・坊ちゃんのもとを離れてしまいました・・。気になってはおったんですが、里のおふくろも病気を抱えておりやして・・世話をする者がおりやせんで・・」
「そんな・・当然じゃないか。なにを言ってるんだ」
「で・・アルコール依存症の方は・・もうすっかりいいんで・・?」
「うん。もう完治したよ」
「そうでしたか・・。それで・・屋敷の方はどうなさったんで・・」
「うん。あれから暫くして、売りに出してね。今では別の人が住んでるよ」
「そうでしたか・・」
「僕は高校を卒業したら、ここを出ていくつもりなんだ。いつまでもお世話になるわけにもいかないしね」
「お一人でお住まいになられるんですか」
「そうだよ。大学へ通いながらね」
「そうでしたか・・。で・・どこの大学へ・・?」
「T大医学部を受けるつもりなんだ」
「おお~~・・これは・・お医者さんになられるのですか」
「うん。医者になってね、商店街の人たちのために開業するつもりなんだ」
「坊ちゃん・・そこまであそこの住人たちのことを想ってなさるんですね・・」
「うん。僕は跡目を継げなかった分、他で役に立ちたいと思ってるんだよ」
「そうですか・・さすが坊ちゃんでらっしゃる・・」
うわあ~~・・なんか違う世界の話しみたい・・
「時雨・・」
「なんだよ」
「何もかもおめぇのおかげだ・・。ほんとに坊ちゃんを大切にしてくれて・・礼を言うよ・・」
「なに言ってんだよ。和樹は一生のダチだぜ。当然じゃねぇか」
「おめぇと翔がいなかったら・・今の坊ちゃんはいなかったと思うと・・俺は・・俺は・・」
そこで柴中さんが泣き出した。
「柴中・・」
「おいおい・・柄にもねぇって。泣くなよ」
「俺は・・嬉しいんだ・・。泣かせてくれよ」
ヤダ・・なんか私まで泣けてきた・・
この柴中さんって人・・怖かったけど・・優しい人なんだな・・
「それで、お兄さんはいねぇのか」
「ああ。出かけてる」
「そうか・・。くれぐれもよろしく伝えてくれな。おめぇの兄貴にも足を向けて寝れねぇ・・」
「そんな・・いいって」
「あ・・小春ちゃん、なんか悪かったな」
柴中さんが私に気を使って、そう言ってくれた。
「い・・いえ・・どうぞ私のことは気にしないでください」
「そうか。ありがとな」
「柴中、そろそろ墓参りへ行こうか」
「はい、坊ちゃん」
「健人くんも一緒にどう?」
「いや、俺はまたにするよ。今日のところは二人で行ってくれ」
「そうか。では、行ってくるね」
そして東雲さんと柴中さんは出かけて行った。
「小春、悪かったな」
「いえ~、ぜんぜん!」
「話がわかんねぇだろ」
「そうですけど・・でも、なんかジーンときました」
「柴中さんはな、ほんとに東雲の爺さんや和樹のこと、ずっと命を張って守ってきたんだぜ」
「そうですか・・」
「俺もさ、ひょんなことから東雲と関わり合うようになってな」
「ひょんなこと・・?」
「和樹さ、以前は身体が弱くてな。んで一時、俺が和樹の身代わりになったことがあんだよ」
「そうなんですか・・身代わり・・」
「俺と和樹って似てるだろ。それが好都合だったらしくてな。和樹と知り合ったのもそれがきっかけなんだよ」
「なるほど・・」
「あいつ、ヤクザの家で育ったから、ダチが一人もいなくてな。「友達」ってもんを知らなくてな・・」
「そうなんですか・・」
「俺もさ、ダチなんて翔だけだったから、似たようなもんでさ。俺は翔のおかげと、和樹と知り合ったことでダチってのがどんなものか知ったんだよ」
「そうですか・・」
「それは和樹も同じでさ。あいつさ・・失踪してホストやったあと、アル中になったし、ドラッグにも手を出してな。もう廃人だったんだぜ。でも俺たちがしつこく探し回って、やっと立ち直らせたんだ」
「・・・」
「あ、紫苑っていんだろ。あいつの存在は大きかった。あいつがいなかったら、和樹を探し出せなかったんだぜ」
「そうなんですね・・」
「そうそう。紫苑の女装のこと、あっただろ」
「はい・・」
「あれな、あいつ女装して和樹が勤めるホストクラブへ行って、和樹のこと調べてたんだぜ」
「そうだったんですか・・なるほど・・。それなのに・・私たちは変な勘違いしてしまって・・」
「あはは。そうだったな」
「今更ですけど・・すみませんでした・・」
「それはいいって。まあなんにせよ、色々あったけど、結果オーライってことだよ」
「はい・・」
ほんとに色々とあったのね・・
大変だったんだ・・
あの東雲さんが廃人って・・想像もできないわ・・
みんな大変な思いをして・・それを乗り越えて来たのね・・
そう考えると・・私のバイトの苦労なんて・・恥ずかしいくらいだわ・・
ラーメンを失敗して泣いちゃったこととか・・ほんと・・バカみたい・・
「小春・・」
「はい・・?」
「お前、最近、変なこと言わなくなったな」
「変なこと・・?」
「どやさ~とか。クセがすごい~とか」
「あっ・・そういえば・・」
「俺さ、お前がトイレの前で挨拶してただろ。あれ、めっちゃ面白かったぜ」
「ヤダ~~そうなんですね~」
「俺にも教えてくれよ」
「ええええ~~~!時雨さんに?」
「っんだよ、いいじゃねぇかよ」
「はい~~教えてあげます~~」
そして私は立ち上がり、まっすぐ前を向いた。
「いいですか、まず、ごめんください!って元気よく言うんです」
「へぇー」
「いや・・へぇーじゃなくて・・時雨さんも立ってください」
「あ・・ああ・・」
そして時雨さんは私の横へ立った。
「ごめんください!はい、時雨さんも言って」
「ごめんください!」
「で、次に、どなたですか!です」
「どなたですか!」
「あはは。んで、自分の名前を言うんです」
「そっか。時雨健人!」
「あ・・そこは「です」を付けてください」
「時雨健人です!」
「で、お入りください!です」
「お入りください!」
「で、最後に、ありがとう、です」
「ありがとう!」
「あはは、いいですね」
「おお、そうか」
「じゃ、最初から言ってください」
「よし。えっと。ごめんください!どなたですか!時雨健人です!お入りください、ありがとう!」
「あははは!面白い~~」
「そっかー!で、これってどんな時に使えばいいんだ?」
「えっと、必ずドアの前で使ってください。どこかへ入る時ですね」
「ほぅ~」
「それを言った後、ドアの中へ入るんです」
「なるほどな」
「お前ら・・」
げっ・・もしかして・・お兄さん・・?
玄関を見ると、お兄さんがめちゃくちゃ引いて立っていた。
ぎゃあ~~~~!見られていたのね~~~!




