四十二、柴中さんという怖い人
うわあ・・まだドキドキしてる・・
私は家に帰り、座卓の前に座ったままボ~ッとしていた。
し・・時雨さんの唇・・柔らかかったな・・
時雨さんはどう思ったんだろう・・
今・・どうしてるのかな・・
さっきのこと・・考えてるのかな・・
それにしても・・すごく自然だったな・・
ファーストキスって・・こんな感じなんだね・・
一生忘れないわ・・
明日・・どんな顔して会えばいいのかな・・
て・・照れる・・
それにしても、設楽さん・・大変だよね・・
設楽さんって大学生だって店長が言ってたけど、何歳なのかな。
二十歳越えてるのかな・・
あんなに綺麗で・・若くて・・もっと遊びたいだろうなぁ・・
明日は土曜日か・・
たまたまバイトも休みだし・・どうしよっかな。
あっ・・久しぶりにお母さんに電話してみようかな。
そこで私は母に電話をかけた。
「もしもし、お母さん?」
「小春~!元気にしてるの?」
「うん、元気だよ」
「そっか。それで暮らしはどうなの?」
「頑張ってるよ~。この間なんか美琴に料理を教えてもらったの」
「そうなのね。それで時雨さんは?」
「うん、元気にしてるよ」
「いや・・そうじゃなくて・・」
「なによ」
「迷惑かけてないの?」
「迷惑っていうか・・バイトの帰り、いつも迎えに来てくれてるの」
「まあ・・そうなのね・・」
「夜は危ないからって・・」
「そうなのね。ありがたいわねぇ・・」
「うん・・」
「ほんとにいい子ね、時雨さん」
「それでね・・」
私は時雨さんを、お風呂に誘った話をしようと思った。
「なによ」
「以前に、私、時雨さんにお風呂に入りに来てって誘ったの」
「えええええ~~~~!あんた・・誘ったって・・ま・・まさかっ・・」
「早とちりしないでよ~。時雨さんちはお風呂がないの。それでお風呂代って結構高いのよ。で、節約のためにいいかなって思って」
「バカっ!それとこれとは話が別!しかも・・女性から誘うだなんて、小春!なにやってんのよ!」
「だーかーらー・・違うんだってば」
「なにが違うの!」
「でもね、時雨さん、そんな軽はずみなことできるかっ!って、私、叱られたのよ」
「え・・」
「お前のかあちゃんと約束したんだって。私を守るって。それで、私の部屋に来たのも一度だけなのよ」
「はぁ~~・・よかった・・」
「時雨さんってそういう人なの」
「そうよね。初めて会った時、そう思ったもの。やっぱりお母さんの目に狂いはなかったわ」
「だね」
「だねってね・・あんた、それでも時雨さんだって健康な男性なのよ。軽はずみなこと言って困らせることしちゃダメよ」
「わかってるって」
「くれぐれも、よろしく伝えてね」
「うん、ありがと」
「それじゃ元気でね。また連絡してちょうだい」
「わかった。じゃあね」
そして電話を切った。
ちょっと前の私なら、きっと泣いてたかも知れない。
でも平気だった・・
私って少しずつ、成長してるのかな・・
そして次の日・・
「おーい、小春~」
玄関の外で時雨さんの呼ぶ声がした。
「はーい」
私は急いでドアを開けに行った。
「おはよ」
ニコッと微笑んで時雨さんが立っていた。
「おはようございます」
私も笑顔で返した。
よかった・・時雨さん、いつもと同じだわ。
でも少し・・照れてるかな・・?
「小春、今日、予定あんのか」
「いえ・・別にないですけど」
「そっか。じゃ、出掛けねぇか」
「いいですけど、どこへ行くんですか」
「街でブラブラと」
「わあ~~デートですね!」
「まあ・・な」
「わかりました~~すぐに支度しますね!」
「んじゃ、外で待ってるから」
私はすぐに身支度を整え、外へ出た。
「お待たせしました」
「うん。じゃ行くか」
そして私たちは街へ行くことになった。
時雨さん・・昨日のこと、どう思ってるのかな・・
でもそんなこと、訊いちゃダメよね・・無神経だよね・・
でも気になるな・・
「小春ってさ、身長、何センチなんだ?」
「えっと・・153cmです」
「そっか」
「時雨さんは?」
「182」
「うわあ~~やっぱり高いですね」
「お前、ほんとに小せぇもんな」
「はい~」
「んで、細いしよ」
「はい~」
「ほら」
そう言って時雨さんは手を差し出してくれた。
嬉しいなぁ~~・・
こんな風に手を繋いで街を歩けるなんて・・なんて幸せなんだろう・・
「お前の浴衣姿、あれ、よかったぜ」
「ほんとですか~?嬉しいです~」
「来年、また着ろよ」
「はいっ!着ます!」
時雨さんの浴衣姿も見たいな・・
きっと・・すごくかっこいいだろうなぁ・・
私たちが歩いていると、人だかりに出くわした。
なんだろ・・
なんか、大きな声も聞こえるし・・
私たちが傍まで行くと、設楽さんの弟が中年男性と、なにやら揉めている風だった。
「時雨さん・・あれ・・設楽さんの弟さんです・・」
「マジかよ」
ヤダな・・なんか変な雰囲気だわ・・
「このクソガキがっ!謝れって言ってんだよ!」
「うるせぇ!ジジイ!ぶつかって来たのはそっちだろうが!」
「なにを~~~!てめぇ・・ぶっ殺されてぇのか!」
時雨さんを見ると、半笑いの顔をしていた。
え・・なにっ・・?
なんで笑ってるの・・?
「し・・時雨さん・・」
「ん?なんだよ」
「あの・・笑ってるんですけど・・」
「あはは。だって笑うしかねぇっつーの」
「え・・どうして・・だって・・弟さん、あんな怖い人に絡まれて・・」
「いいから、しばらく見物してようぜ」
「え・・うそ・・」
なんなの・・どうして見物なんて・・
「くそっ、強情なガキだぜ」
「ふんっ!ジジイこそ、大人げないぜ」
「てめぇ・・あいつとそっくりだ」
「あいつって誰だよ」
「おめぇには関係ねぇ。んで、謝る気になったか!」
「なってねぇよ!クソジジイ!」
「ったく・・始末に負えねぇぜ」
「ふんっ!」
「はいはい、そこまで」
そう言って時雨さんは二人の前に出て行った。
え・・なにやってるの・・ちょ・・危ないんですけどぉぉ・・
「あっ!時雨じゃねぇか!」
「あはは、ガキ相手になにやってんだよ、柴中さん」
「久しぶりじゃねぇかあああ~~、元気そうだな」
「ああ。柴中さんも相変わらず元気そうだな」
「おうよ!で、坊ちゃんはどうなさっておられるんだ?」
「うん。和樹も元気だぜ」
「そうか!後で会いに行くつもりだったんだぜ」
「そっか。後で連れてくよ」
「うん、頼むぜ」
「それにしても、なにやってんだよ。こんなガキ相手にさ」
「どうもこうもねぇぜ。このガキ、ぶつかって来やがったくせに、謝りもしねぇでよ」
「そっか。おい、お前、一言詫びろ」
時雨さんは亮介くんにそう言った。
「けっ。知るかよ」
「くそ生意気なガキだな」
「てめぇもな」
「まあいいさ。んで、お前がケンカした相手って誰だかわかってんのか」
「知るかよっ!」
「このおっさん、ヤクザだぜ」
「えっ・・」
「まあ今は、カタギだけどさ。このおっさん怒らせたら、てめぇの命、ねぇぞ」
「なっ・・っんなもん・・し・・知るかよ・・」
「とっとと行った方が身のためだぜ」
「ふんっ」
そう言って亮介くんは走って行った。
えっと・・ヤクザ・・って言いましたよね・・時雨さん・・
んで・・おっさんとか・・柴中さんとか・・ものすごーーく親しげに言いましたよね・・
えっとぉ・・どういうことでしょうか・・
「柴中さん、もうヤクザじゃねぇんだから、ガキ相手にマジになんなって」
「あいつ、中学生の頃のおめぇにそっくりだぜ」
「俺はあんなガキじゃなかったぜ」
「いいや!おめぇも大概、クソガキだったぜ」
「大きなお世話だっつーの。んで、今日は和樹に会うために来たのかよ」
「それもあんだけどよ、御大の墓参にな」
「そっか」
「できれば坊ちゃんと一緒にな」
「うん。和樹も喜ぶと思うぜ」
「あのぉ・・」
「ああ、わりぃ、小春」
「えっと・・その・・」
「あはは。ビビることはねぇよ。このおっさん柴中さんってんだ。東雲組でヤクザやってた人」
「は・・はあ・・」
「なんだ、おめぇの女か」
「女って・・彼女って言ってくれよ」
「ほう~~。おめぇに彼女ができたとは、こりゃ~果報もんだ」
「紹介するよ。こいつ薄柿小春ってんだ」
「そっか。小春ちゃんか。よろしくな」
「は・・はいぃぃ・・よろしくお願いしますぅぅ・・」
私は柴中というその人を前に、足の震える思いがしていた。
「震えてんじゃねぇのか」
柴中さんは私を覗きこむように、そう言った。
「いっ・・いえ・・そんな・・震えるだなんて・・」
「俺が怖ぇのか」
「いっ・・いえっっ!」
「柴中さん、あんま怖がらせないでくれよ」
「あはは。済まねぇ」
「んじゃ、俺たちデートだから」
「おお、そうか」
「じゃ後で電話くれよ」
「わかった」
そして私たちは別れた。
ひぃ~~~・・なんという恐ろしい人だったんだろう・・
それにしても・・それにしても!時雨さんの知り合いって・・ほんと・・その筋の人が多い・・
「小春」
「なんですか・・」
「さっきのおっさんな、見た目はあんなプロレスラーみてぇだけど、いい人だぜ」
「そ・・そうなんですか・・」
「爺さんの墓参りに来たんだよ」
「はぁ・・」
「爺さんって、東雲の親分な。和樹の爺さん。でも血は繋がってねぇけど」
「そうですか・・」
「柴中さんは、和樹が赤ん坊のころからの付き合いでな。いわば、和樹の兄貴みたいな存在なんだよ」
「そうなんですね・・」
「あんまビビんなって。怖くねぇから」
「はい・・」
ビビるなって・・そんな・・無理です・・
「それにしてもあれだな」
「はい・・?」
「設楽の弟っての・・クソガキだな」
「くそ・・って・・」
「まあ、俺には気持ちはわかるけどな」
「そうですか・・」
「突っ張ってねぇと、自分を保てねぇんだよ」
「そうなんですね・・」
「柴中さんじゃねぇが、昔の俺を見てるみてぇだよ」
そっか・・
時雨さんって不良だったんだもんね・・
気持ちはわかるんだろうな・・




