三十七、情けない自分
私の一人暮らしも三日が過ぎ、今日からバイトをすることになった。
初出勤なので、私は緊張していた。
働くのって・・初めてだもんなぁ・・
ちゃんとできるかな・・
時雨さんは、すぐに覚えられるって言ってたけど・・
だって・・時雨さんは頭いいもん・・
実際、私は勉強は苦手な方だった。
特に数学なんて、最悪だった。
数字がバ~ッと並ぶと・・頭が痛くなるし・・
でも・・レジが計算してくれるんだもんね。
まあ、とにかく・・頑張るしかないよね!
「おはようございます」
私はコンビニに着き、店長に挨拶をした。
「あ、薄柿さん、おはよう。今日からよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「んじゃ~、この制服を着てね」
「はい」
私は店長から上着を受け取り、それを着た。
「はい、これ名札ね。胸のあたりにつけてね」
「はい」
「あまり緊張しなくていいからね」
「はい・・」
そして私は、レジ打ちのことから、商品を棚に置くことから、色々と教わった。
「まだ全部教えきれないから、その都度、訊いてね」
「はい、わかりました」
はぁ~~・・こんなに緊張するとは思わなかったな・・
お客さん・・来ないでって思ってしまうもん・・
ダメだな・・私・・
それから私は何度かお客さんの相手をし、頼りなくレジ打ちをした。
「薄柿さん、もう少し大きな声で、いらっしゃいませ、ありがとうございました、を言ってね」
「あ・・すみません・・」
「戸惑うのは最初だけだからね。一回、大きな声で言ってみようか」
「は・・はい・・。いらっしゃいませ・・」
「ダメダメ・・もっと大きな声で」
「いらっしゃいませ」
「うーん、あと一声!」
「いらっしゃいませっ!」
「うん、いいね」
「そうですか・・」
「お客さんには、ハキハキとね」
「はい、わかりました」
はぁ~~・・ダメだああ・・めっちゃ緊張する・・
時雨さん・・よくこんなすごいこと出来たよね・・偉いなぁ・・
「おはようございま~す」
そこに昆田さんが出勤してきた。
「おはようございます。薄柿と申します。今日から働きますのでよろしくお願いします」
「ああ~~、この間の子ね。はーい、よろしくね」
「昆田さん、色々と教えてあげてください」
店長がそう言った。
「任せなさぁ~い」
時雨さんは、昆田さんのことウザイババアとか言ってたけど・・気さくでよさそうな人だな・・
「薄柿ちゃん、あなた時雨くんの彼女だってね」
「え・・あ・・はい・・」
「いいわねぇ~~あんなイケメンゲットして~」
「は・・はあ・・」
「おばさんも、もう少し若かったらなぁ~~。ったく~~、ほんとに羨ましいったらありゃしないわ」
うはあ~~・・時雨さんの気持ち・・ちょっとわかったかも・・
「はいはい、昆田さん、お仕事お仕事」
店長が手を叩いて、そう言った。
そして、私は何とか初日を終えることができた。
ぐはあ~~・・つ・・疲れた・・
お仕事って・・大変なんだなぁ・・
お金を稼ぐって、こういうことなのかぁ・・
楽しくなんかないのよね・・
私は家へ帰る道すがら、仕事の大変さを実感していた。
でもみんな・・こうやって働いて生きてるのよね・・
なんだか・・自信喪失しちゃうな・・
私は部屋に入って、寝ころんだ。
こんな時・・お母さんがいたら・・な・・
ダメダメ・・
あんなに偉そうに宣言したんだから・・弱音なんか吐いちゃダメよ・・小春・・
だけど・・たった一日で・・へこむとは思わなかったな・・
できると思ってたのにな・・
明日はちゃんとできるのかな・・
ルルル・・
あっ、電話だ。
時雨さんだわ~~
「はい、もしもし」
「おう、小春。帰ったか」
「はい、今、帰りました」
「どうだった?」
「はぁ・・」
「なんだよ」
「私・・初日でもう、自信なくしちゃて・・」
「バカか。どこの誰が一日でちゃんとできるってんだよ」
「そうなんですけど・・」
「徐々に慣れるっつーの」
「そうでしょうか・・」
「っんな、そうに決まってんだろ」
「でも・・時雨さん、ちゃんとできたのでしょう?」
「あのな!俺だって慣れるのに何日もかかってんだよ」
「そ・・そうなんですか・・」
「お前、もっと気楽に考えろよ」
「はい・・」
「大丈夫だから。なんかあったら俺が聞いてやっから」
「はい・・」
「ったくよ~~、お前、今から俺んち来い」
「え・・」
「晩メシ食ったのかよ」
「いえ・・まだ・・」
「だったら来い」
「わかりました」
そして私は時雨さんの家へ行った。
「こんばんは・・」
「おう、上がれよ」
「はい・・お邪魔します・・」
そして私はちゃぶ台の前に座った。
「ったく~~なんだよ、その暗い顔は!」
「す・・すみません・・」
「お前がそんな顔してっと、かあちゃんが泣くぜ」
「はい・・」
「ったく・・」
「あの・・東雲さんは・・?」
「ああ、和樹な、由名見とデートだよ」
「そうですか・・。お兄さんは?」
「兄貴は今日は、帰って来ねぇぜ」
「えっ・・」
「葵ちゃんとデートだよ」
「そっ・・そうですか・・」
みんな・・いいな・・デートかぁ・・
「俺、ラーメン食ったけど、お前も食うか?」
「あ・・はい・・」
「んじゃ、俺が作ってやんよ」
「あのっ・・私が作ります・・」
「え・・お前、作れんのか」
「は・・はい・・」
実は、私はインスタントラーメンすら作ったことがなかった。
「そっか。んじゃ、鍋、そこにあっから。それ使えよ」
「は・・はい・・」
私はラーメンの袋に書いてある、説明書きを読んだ。
えっと・・水を沸かして・・沸騰させるのね・・
私は鍋に水を入れ、コンロに置いた。
えっと・・火を点けて・・
それで・・お湯が湧いたら麺を入れるのね・・
それで・・んーと・・この袋の中身を入れて、スープにするのね。
なんだ、簡単じゃない。
お湯が沸き、私は麺を鍋へ入れた。
そして袋のスープも入れた。
何分待てばいいのかな・・
うわあ~~・・すごく沸騰してるし・・
ぎゃ~~~噴き上がってきたわ~~!
すると鍋からスープが零れた。
ぎゃあ~~~!ど・・どうすればいいのっっ!
「おい、小春、なにやってんだよ」
「あっ・・あのっ!噴き上がって・・」
「はああ?」
そう言って時雨さんは、台所へきた。
「あっ、お前、なにやってんだよ。火を消せ!火を」
「あっ・・はっ・・はい」
私は急いで火を消した。
はぁ~~~・・なに・・これ・・
スープが半分になってる・・
「小春・・」
「は・・はい・・」
「お前、ラーメン作ったことねぇのか」
「・・・」
「だから俺が作ってやるっつったのに」
「でも・・それじゃ悪いし・・」
「だったら、教えてくれって言えばいいじゃねぇか」
「そうですね・・」
「お前、気を張り過ぎなんだよ」
「はい・・」
「俺が作り直してやっから、お前はそこで見てろ」
「はい・・」
そして時雨さんは、とても慣れた手つきで作り、すぐに出来上がった。
す・・すごい・・
「ほら、あっちへ持って行け」
「はい・・」
私はちゃぶ台にラーメン鉢を置いた。
熱つつつ・・
「ほら、食えよ」
「はい・・いただきます」
私は少しずつ、ラーメンをすすった。
「美味いか?」
「はい・・」
実は、味なんてわからなかった。
それほど自分が情けなかった。
私って・・何もできないんだ・・
偉そうに一人暮らしするなんて言って・・バカだわ・・
「小春さぁ・・」
「はい・・」
「お前、元気出せよ」
「・・・」
「なにを落ち込んでんだよ」
「うう・・ううう・・」
私は涙が溢れた。
「泣くくらい辛れぇのか」
「す・・すみません・・」
「たかがラーメン失敗したくらいで、なんだってんだよ」
「・・・」
「あのさ、誰にだって最初ってことがあんだよ。お前は今までそれをやってなかっただけで、これから覚えればいいじゃねぇか」
「・・・」
「ラーメンのことも、バイトのことも、屁でもねぇことだよ」
「・・・」
「小春、だから気にすんな」
「は・・はい・・」
「お前が泣いてっと、かあちゃん悲しむぞ」
「そうですよね・・」
「わかったら食え」
「はい・・」
そして私はラーメンを平らげた。
「ご馳走様でした・・」
「いいえ、どういたしまして」
そう言って時雨さんは笑った。
そうよね・・ラーメンくらいで泣いてちゃダメだよね・・
「あの・・私、今度カレー作りたいので、時雨さん、教えてくれますか」
「ああ、いいぜ」
「ありがとうございます」
「あ・・お前な、くれぐれも言っとくけど、火の元だけは気をつけろよ」
「あ・・はい」
「火事なんて洒落になんねぇからな」
「はい・・」
そうね・・無茶はダメよね・・
え・・っていうか・・私のアパートはIHなんだけどな・・
「あの・・うちはIHなんです」
「えっ・・そうなのか」
「はい」
「じゃあ、心配ねぇな」
「はい」
「バイト、明日は何時からだ?」
「十時です」
「そっか。俺も寄ってみるからな」
「いえ・・来ないでください・・」
「なんでだよ」
「情けない姿を見られたくないです・・」
「情けなくなんてねぇよ」
「・・・」
「でも嫌なんだな」
「はい・・」
「わかった」
よ・・よかった・・
もっと慣れてから来てほしいもん・・




