三十八、美人でしっかり者の設楽さん
そして翌日・・
私は朝から支度をし、時間はもう九時半になっていた。
十分で行けるから・・まだいいよね・・
私は一人暮らしを始め、まだ食事らしい食事を作ったことがなかった。
今朝も、先日スーパーで買った、おにぎりを食べた。
自分のために食事を作るって・・面倒なものなのね・・
時雨さんにだったら、何でも作ってあげたいと思うけど・・でも、作れないし・・
これでも私は、掃除や洗濯は好きだった。
そこはいいんだけどな・・
そういえば時雨さんって、掃除や洗濯もしてるのよね。
頭もいいし、家事もできて、奥さんなんて必要ないよね・・
ヤダ・・私、奥さんって・・なにを言ってるのかしら。
さてと・・そろそろ出かけなきゃね・・
ああ~~・・気が重いな・・
やがて私はコンビニに着き、仕事の準備をした。
「薄柿さん、昨日はお疲れさま。今日もよろしくね」
店長が優しくそう言ってくれた。
「はい、よろしくお願いします」
「えっと、今日は、別のバイトの人が来るから、後で紹介するね」
「あ・・はい」
そっか。
決まった人と仕事をするわけではないのね。
何人もいるんだよね。
「おはようございます」
そこに学生らしき若い女性が入ってきた。
「設楽さん、おはよう。えっと、この子、昨日から来てくれてる薄柿さん。よろしく頼みますね」
「そうですか。設楽です。よろしく」
「初めまして・・薄柿と申します、よろしくお願いします」
「店長、在庫、確認しますね」
設楽というその人は、とても頭がよさそうだけど、冷たい印象を受けた。
でも、スタイルもよく、とても美人だった。
私はなんだか、圧倒された。
「薄柿さん、お客さんだよ」
店長にそう言われ、目の前にお客さんがいることに気がついた。
「あ・・はい。いらっしゃいませ」
「あれ~設楽さんは?」
その男性客は、設楽さんを知ってるのか、そう言った。
「えっと・・奥にいらっしゃいますが・・」
「レジ・・設楽さんがいいんだけどな」
「え・・」
「呼んでよ」
「は・・はい」
そして私は設楽さんを呼びに行った。
「設楽さん・・なんかお客さんが呼んでますけど」
「え?そうなんだ」
そして設楽さんはレジへ行った。
すると設楽さんはとても迷惑そうな顔をした。
「いらっしゃいませ」
「設楽さ~ん。今日も綺麗だね」
設楽さんは無視して、レジ打ちをした。
なんだろ・・ストーカー?
「ねぇ・・設楽さ~ん。今日は何時に終わるの?」
「ありがとうございました」
設楽さんはそう言って、また奥へ行った。
「お客さま」
店長がその男性に声をかけた。
「なんだよ」
「いつも言ってますが、うちの従業員を誘惑するのはやめてくださいませんか」
「誘惑って、人聞きの悪いことを言わないでほしいな」
「設楽は迷惑だと言ってるのですが」
「冷たいな~。僕、お客だよ」
「いくらお客さまでも、誘惑は黙って見過ごすわけにはいきません」
「ったく・・なにさまだよ」
「よろしいですね。今後はおやめください」
「わかったよ!うるさいな、まったく・・」
そう言って男性客は出て行った。
「はあ~~・・いつもああなんだから、困っちゃうよ」
「ストーカー・・ですか・・?」
「ううん。ストーカーではないんだけど、設楽さんのことがお気に入りでね」
「そうなんですね・・」
「設楽さん、美人でしょ。だから他のお客さんにもしょっちゅう声をかけられてるんだよ」
「そう・・ですか・・」
そりゃ・・あんな美人なんだもん・・当然だよね・・
「薄柿さん」
設楽さんが奥から出てきた。
「はい・・」
「今後は、私を呼びに来ないで」
「え・・」
「迷惑なの」
「はい・・わかりました」
「店長、補充の商品、発注しますか」
「あ、そうだね。頼むね」
「はい」
そして設楽さんは、また奥へ行った。
「彼女ね、大学生なんだよ」
「そうなんですか・・」
「ここの他に、モデルのバイトもしてるんだよ」
「へぇ~、そうなんですね」
「しっかり者でね。彼女が働いて弟さんを養ってるんだよ」
「え・・」
そうなんだ・・
設楽さんが働いて・・弟さんの面倒を見てるんだ・・
しかも大学へ通いながら・・
だったら・・ご両親はいないのよね・・
すごいな・・
私なんて、足元にも及ばないな・・
「おお~~、時雨くん!」
げっ・・ま・・まさかっ!
入口を見ると、時雨さんが入ってきた。
なんで~~!来ないでって言ったのにぃぃ~~
「店長、おはようございます」
「来てくれたんだね~」
「こいつ、どうっすか」
「まだ二日目だからね、これからだよ。ね?薄柿さん」
「は・・はい・・」
「お前、頼りない返事すんなって」
「はい・・」
「時雨くん、ゆっくりしってってね」
「はい、ありがとうございます」
私は少しだけ時雨さんを睨んだ。
「っんだよ、その顔」
「来ないでって言ったのに・・」
「いいじゃねぇかよ。買い物に来たんだよ」
「うそ・・」
「ちょっと私語は慎んでくれないかな」
奥から出てきた設楽さんがそう言った。
「あ・・すみません・・」
「外のごみ箱の袋を変えてくれない?」
「はい・・わかりました」
そして私はゴミ袋を持って外へ出た。
「小春、悪かったな・・」
「あ・・いいえ・・」
「あの子、怖ぇな」
「いえ・・でも私が悪かったから・・」
「んじゃ俺、ジュース買って来るわ」
「はい」
そして時雨さんは再び中へ入って行った。
確かに怖いけど・・でも弟さんを養うために頑張ってるんだもんね・・
人がサボってるの見たら、腹が立つよね・・
私も頑張らなくちゃ・・
その後も設楽さんの働きぶりは、非の打ちどころがなく、完ぺきにこなしていた。
冷たさはあるものの、お客さんに対しては不愛想でもなく、特に男性客はその姿に見惚れて行く人が多かった。
美人は得だな・・羨ましいな・・
そしてバイトも終わりの時間になり、また時雨さんがきた。
「小春~、迎えに来たぞ」
「そうなんですか。わざわざありがとうございます」
「んで、どうだった?」
「うーん・・ほんの少しだけ慣れましたかね」
「おおっ、二日目で慣れるなんて、すげぇじゃん」
「そうですかね~」
「お先に」
そう言って設楽さんが私の横を通り過ぎた。
「あ、お疲れさまでした」
設楽さんは返事もせずに、歩いて行った。
「なんだよ、あいつ」
時雨さんは不機嫌そうに言った。
「いいんですよ。設楽さん忙しいんじゃないかな」
「ふーん」
「なんかね、一人で弟さんの面倒見てるらしいです」
「へぇー」
「偉いですよね・・」
設楽さんの長くて綺麗な髪が、風になびいていた。
いいなぁ・・顔も美人で髪も綺麗で・・
するとそこに一人の男性が、設楽さんに近づいて行った。
設楽さんは逃げるように、その男性から離れようとした。
しかし男性は、しつこく設楽さんを追いかけた。
ヤダ・・なに・・?マジのストーカー?
すると時雨さんが、その場へ走って行った。
私も後を追いかけた。
「おい、てめぇ」
時雨さんがその男性に声をかけた。
「なんだよ」
その男性は、とてもいかつく、ガラの悪い風貌だった。
「そいつ嫌がってんじゃねぇか」
「お前に関係ねぇだろ!」
「嫌がってるっつってんだろ!」
「なんだと!やるってのか!」
「上等じゃねぇか!」
えっっ・・うそ・・ケンカになる・・?
「時雨さん・・やめて・・」
「うるせぇ、黙ってろ」
時雨さんは私の声に、耳を貸さなかった。
「時雨くんーー!ストーーップ!」
そこに店長が駆けつけてきた。
「店長・・」
「時雨くん、手を出したらダメだよ。ここは僕に任せて」
そう言ったと思ったら、あの優しい店長とは思えないほど、恐ろしい顔に変貌していた。
「きみ、やめるんだ」
「はっ!うっせぇよ!」
「やめろと言ってるのが聞こえないのか」
「聞こえねぇな」
「舐めた真似してたらぶっ殺すぞ」
げっ・・
店長・・一体どうしたの・・
「なっ・・なんだよ」
「てめぇ・・ぶっ殺されてぇのか」
「ぐっ・・う・・うるせぇ!」
その男性は店長の凄みに怖気づき、走って逃げて行った。
ひぃぃ~~~・・店長って・・何者・・?
「設楽さん、大丈夫かい?」
「あ・・すみません。ありがとうございました」
「気をつけて帰りなさい」
「はい」
そして設楽さんは時雨さんを見た。
「あの・・ありがとうございました」
「いや、別に」
「じゃ・・失礼します」
そう言って設楽さんは帰って行った。
私は呆然と店長を見ていた。
「あはは、どうしたの、薄柿さん」
「え・・いえ・・」
「そんなに驚かないでね」
「は・・はい・・」
「店長、さすがっすね。ありがとうございました」
「ううん。時雨くんもさすがだね」
「いや、そんなことないっす」
「じゃ、二人とも気をつけて帰ってね」
そう言って店長は店に戻って行った。
「あの・・時雨さん・・」
「なんだよ」
「店長って・・」
「あはは。何者かって?」
「はい・・」
「あの人な、昔ヤクザだったんだよ」
「え・・」
「でもとっくに足を洗って、今はカタギだぜ」
「そ・・そうなんですね・・」
「まあ、小春はびっくりしただろうな。でも店長はマジでいい人だから心配すんな」
「は・・はい・・」
ヤクザ・・だったのね・・
道理であの凄みは・・並みじゃなかったわ・・
それにしても・・時雨さんの知り合いって・・その筋の人が多いな・・




