三十五、起死回生
そして、その日の夜・・いよいよ母が迎えに来た。
私は駅前まで、母を迎えに行った。
怒ってるよね・・絶対に怒ってるよね・・
ほどなくして、母が改札口から出てきた。
「小春・・」
「お母さん・・ごめんなさい・・」
「あんたって子は・・まったく・・」
「お父さんは・・怒ってる・・?」
「怒るを通り越して、呆れていたわよ」
「そうだよね・・」
「それで・・あんた、時雨さんの家でお世話になったんだって?」
「そうなの・・」
「よりによって・・男の人の家なんて・・あんたの大胆さには、呆れて物も言えないわ」
「・・・」
「いくら彼氏だからって、やっていいことと悪いことがあるのよ!」
「違うの・・時雨さんは私が行くところがないから、気の毒に思って泊めてくれたのよ」
「美琴ちゃんや紬ちゃんはどうしたのよ」
「まだ連絡してないの・・」
「ほっんとにバカね。まずはお友達でしょう!」
「うん・・」
「でも、お世話になったんだったら、ちゃんとお礼を言わなくちゃいけないから、家へ連れて行きなさい」
「わかった・・」
そして母は、駅前で菓子折りを買った。
「小春・・まさか、なにもなかったよね」
「なにもって?」
「決まってるでしょ!あなたたち付き合ってるんでしょう!?」
「そっ・・そんなっ!あるわけないじゃない!」
「それならいいけど・・」
なによ・・時雨さんはそんな人じゃないわ。
お兄さんだってそうよ。
二人は私に一部屋、与えてくれたのよ・・
やがて私たちは時雨さんの家へ着いた。
「ただいま・・」
私は玄関を開けてそう言った。
「おかえりー」
時雨さんとお兄さんは、玄関を上がったところで立って待っていた。
「あ・・わたくし、小春の母でございます。この度は小春が大変ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません」
「いいえ、そんなことありませんよ。狭くて汚いところですが、どうぞ入ってください」
お兄さんが丁寧にそう言ってくれた。
「はい・・ありがとうございます。では、お言葉に甘えてお邪魔させていただきます」
そして私たちは部屋に上がり、ちゃぶ台の前に座った。
「あの、はじめまして。俺、時雨健人と言います。小春さんとお付き合いさせていただいてます」
「はい・・伺っております」
「なんか・・男の家に泊まらせて申し訳ないと思ったんですけど、こいつ・・いや、小春さんが行くところがないと言ったので、泊めることにしました」
「はい・・それも伺っております。こちらこそ、泊めていただいてありがとうございます」
「お母さん、心配されたでしょう」
お兄さんがそう言った。
「ほんとですよ。もうびっくりするやら、呆れるやらで・・」
「そうですよね。わかります」
「あ・・これ、些少ですが・・どうぞ」
そう言って母は、菓子折りを差し出した。
「そんな・・気を使わないでください。ろくなこともできませんでしたし」
「いえ・・とんでもございません」
な・・なんか・・堅苦しい・・
「では遠慮なく、頂戴します」
お兄さんは菓子折りを持って、台所へ行った。
「アメリカには、いつ戻られるのですか」
時雨さんがそう言った。
「まだ未定なんですよ。でもなるべく早く戻るつもりでおります」
「そうですか」
「ねぇ・・お母さん・・」
「なによ」
「私・・やっぱり残っちゃダメかな・・」
「あんたは、まだそんなことを。ダメだって何度言えばわかるの」
「だって・・」
「残るっていったって、どこに住むところがあるの」
「探すし・・」
「そんな簡単なことじゃないのよ。お金はどうするの」
「バイト・・するし・・」
「バイトくらいで生活できるわけないでしょう!」
「小春、子供みてぇにわがまま言ってんじゃねぇよ」
時雨さんがそう言ったことで、母は驚いていた。
「お前な、俺も何度も言ったけど、親に心配かけんじゃねぇよ」
「・・・」
「俺は許さねぇからな」
「だって・・だって・・行きたくないの・・。ほんとに行きたくないの・・」
「うるせぇ!かあちゃんの顔を見ろよ!こんな心配そうな顔させて、お前、それで平気なのかよ!」
「そうじゃないけど・・でも私・・どうしても残りたいの・・」
そこで私は涙が溢れた。
「泣くなっ!ダメなものはダメなんだよ!」
「まあまあ・・健人」
そこでお兄さんがお茶とお菓子を運んできた。
「さ、お母さん、どうぞ」
「あ・・恐れ入ります・・」
「小春ちゃん、気持ちはわかるけど、親元を離れて暮らすってのは、大変だよ」
「お兄さん・・」
「俺たちは子供のころから、それを嫌というほど経験してきた。その大変さは経験した者でないとわからねぇもんなんだよ」
「あの・・どういうことでしょうか・・」
そこで母がお兄さんに訊ねた。
「俺たち兄弟は、ガキの頃に親に捨てられて、一旦は親戚に預けられたんですけど、そこを出てからは、ずっと二人で暮らしてるんです」
「そ・・そうだったんですか・・。苦労されたでしょう・・」
「はい、まあ。でもなんとかやって来れました」
「では・・お兄さんが働いてらっしゃるのですか?」
「えぇ。町の工場で働いてます」
「まあ・・そうでしたか・・」
「それで、こいつには何とかいい学校へ行ってもらいたくて、今はE高校に通ってます」
「ああ・・そう伺っております。大変、優秀なんですね」
「いやあ、こいつ、昔はバカでして。勉強させるのに苦労しました」
そう言ってお兄さんは笑った。
「それにしても・・二人で生活されて・・。ご苦労をお察しします。並大抵ではありませんよ」
「いえ、とんでもないです」
「それに比べて・・この子は甘ちゃんで。苦労らしい苦労なんてしたことがないんですよ」
「それでいいじゃないですか」
「はあ・・。でも・・お二人を拝見しておりまして・・大変しっかりなさっておられる印象です。やはり・・ある程度の苦労はさせるべきなのでしょうね・・」
「わざわざそんなこと必要ありませんよ。これから先、嫌でも苦労はします」
「あの・・お兄さんは、おいくつなのですか」
「二十二です」
「えっっ!二十二!」
「あはは、もっと老けてますか」
「いえっ・・そんなことはありません。とてもお若いんですね」
「はい」
「小春。あんた、この方たちの爪の垢でも煎じて飲ませてもらった方がいいわよ」
「え・・」
「まったく・・あんたは、ほんとに子供なんだから・・」
「なによ・・それ・・」
「さ、お母さん、せっかく持ってきて頂いたお菓子です、どうぞ召し上がってください」
「ああ・・どうも。恐れ入ります」
そして私たちは、お茶を飲み、お菓子を食べた。
「今日は、どこへ泊まられるのですか」
「あ・・ホテルを予約しておりますので、そちらで」
「そうですか。小春ちゃん、よかったね」
「あ・・はい・・」
「小春、これ以上、変な考え起こすんじゃねぇぞ。わかったな」
「時雨さん・・」
「ちゃんとアメリカへ行くんだぞ」
「は・・はい・・」
やっぱり・・行くしかないのかな・・行きたくないな・・
「あの・・それでは、そろそろ失礼します」
「そうですか。何のお構いできませんで、申し訳ありません」
「そんな・・。こちらこそ、ありがとうございました。ほら、小春もちゃんとお礼を言いなさい」
「あ・・。うん。あの・・どうもありがとうございました」
「いいよ。アメリカ行きが決まったら、知らせてくれな。見送りに行くからね」
「お兄さん・・ありがとうございます」
「小春。俺も今度は見送りに行くよ」
「時雨さん・・はい・・」
そして私たちは家を後にした。
「小春・・」
「なに・・」
「時雨さんたちって、いい人ね」
「そうでしょ~~!そうなのよ!」
「やっぱり苦労してる人は、人間の出来が違うわ」
「・・・」
「あの時雨さんって人、あんたにはもったいないわよ」
「え・・」
「あの人なら・・間違いないわ」
「そうでしょ?そう思うでしょ?」
「しかも、あのイケメン。ほっんと羨ましいわ」
「あはは、なによ~それ」
「あんた、いい人と出会ったわね」
「うん・・」
「大事にしなさいよ。子供みたいにわがまま言うんじゃないのよ」
「わかってるよ・・」
そして私たちはホテルに到着し、部屋に入った。
「お母さん、いつ戻るの?」
「なるべく早くがいいんだけどね」
「そっか・・」
「小春・・」
「なに?」
「あんた・・そんなに残りたい?」
「え・・」
「残りたいかって訊いてるの」
「うん!残りたい!残りたい!」
「そっか・・」
「いいの?残ってもいいの?」
「でも、高校を卒業するまでよ」
「うん!それでいい!卒業したらアメリカへ行く!」
お母さん・・一体どうしたの・・?
なんで突然・・
「でも・・アパート借りなくちゃいけないんでしょ・・」
「そうね。それをどうするかよね」
「それで・・お金も・・」
「家賃は払ってあげる。でも、バイトしなさいよ」
「うん!するする!バイトする!」
「アパートは、時雨さんが住んでる街にしなさい」
「え・・」
「あの人たちの近くなら・・お母さんも安心だわ」
「ええええ~~~!いいのーーー?それでいいの~~?」
「言っとくけど、一緒に住みなさいって言ってるわけじゃないからね。そこは勘違いしないで」
「しないっ!勘違いなんてしない!」
「じゃ、明日はアパート探しましょう」
「ほんとっ?やったあ~~~!」
お母さん、ありがとう~~
私・・絶対に頑張る!
ちゃんと一人暮らししてみせる!
そして翌日・・
私たちは早速、アパート探しに街へ出て、不動産屋さんへ行った。
すると偶然にも、時雨さんが住む隣のアパートに空き部屋があった。
「お母さん、ここならいいんじゃない?」
「そうね。隣だし、何かあればすぐに来てくれるね」
「うわあ~~・・隣だなんて・・すごく嬉しい・・」
そして住む場所は即決した。
「それで、あんた、学校へ戻る手続きもしなくちゃね」
「うん、そうだね」
「っていうか・・美琴ちゃんたちに知らせなさいよ」
「あっ!そうだった!」
そして私は美琴に電話をかけた。
「もしもし、私、小春」
「おおお~~遠いアメリカの暮らしはどうや?」
「それがね・・私、日本にいるの」
「は・・はああ?」
「あのね・・」
そこで私は、空港でのことから、時雨さんちに泊まったこと、そして日本に残ることを話した。
「ぎゃ~~~!マジかーーー!」
「そうなのよ~~、マジマジ」
「よかったな~~小春!私、めっちゃ嬉しいやんかいさ~~」
「あはは。私も嬉しい~~」
「紬も、めっちゃ喜ぶで」
「あ、私、今から学校へ行くから、紬に伝えといてくれる?」
「わかったあ~~!」
「じゃあね~」
そして私たちは学校へ行き、復学の手続きを済ませた。
その帰りに、時雨さんちへ寄ることになった。
時雨さん・・びっくりするだろうな・・
喜んでくれるかな・・
「こんにちは」
私は扉を開けてそう言った。
「おう、小春か」
そう言って時雨さんが出てきた。
「昨夜はどうも、ありがとうございました」
母が挨拶をした。
「いえ、こちらこそ」
「あの・・時雨さん・・」
「なんだよ」
「私・・ここに残ることを母が許してくれたんです」
「え・・どういうことだよ」
「昨日、ホテルで話し合って、そういうことになったんです」
「おい・・マジかよ・・」
「はい。それでもう、住む場所も決めてきたんです」
「は・・はああ?」
時雨さんは驚きながらも、嬉しそうにしていた。
「隣のアパートあるでしょ。あそこに空き部屋があって、そこに住むんです」
「お・・おい・・それって、マジか・・」
「はいっ!」
「あの・・お母さん・・ほんとですか・・」
「はい、本当です」
「えっと・・それでいいんですか」
「はい。それでですね・・小春のこと・・お願いできますか・・」
「え・・ああ・・はい・・」
「この子は、まだまだ子供です・・。でも時雨さんたちご兄弟が、近くにいてくださったら、私は安心できます」
「そうですか・・」
「まことに勝手なことと存じますが・・よろしくお願いします・・」
「そういうことなら、俺が小春さんを守りますので安心してください」
「ありがとうございます。時には、叱ってやってくださいね」
「もちろんです。フラフラしてっと、怒鳴りつけてやります」
「あはは。そうしてください」
こうして私は、日本に残ることになった。
バンザーーイ!




