二十八、越えられない壁
そして私は次の日、昨日のことを美琴と紬に相談した。
「・・というわけなのよ・・」
「そうでありんしたか・・」
「小春、それ、マズイんちゃう」
「どうして・・?私、時雨さんに楽しんでほしかっただけなんだけどなぁ・・」
「私、前にも言ったでありんすが、男というのはプライドの生き物でありんす。小春のやったことは、時雨王子のプライドを傷つける行為でありんしたな・・」
「紬の言う通りやで。おそらく、最悪の選択を小春はしたんやで」
「え・・私のしたことって、最悪のことだったの・・?」
「うん」
「たとえ時雨王子が面白くないって思っても、小春のお薦め本を読ませるべきでありんしたな」
「そう・・なんだ・・」
なんか・・難しいなぁ・・
「逆の立場になって考えるでありんすよ」
「え・・」
「例えば・・小春が時雨王子に彼女らしき女子がいると勘違いした場合、その女子が薦めるものを小春は受け入れるでありんすか。しかも時雨王子はその女子にアドバイスを受けた体で・・でありんす」
「それは・・確かにいい気はしないかも知れないけど・・でも、私のために、私を楽しませたいって思って訊いてくれたのなら・・嬉しいと思うんだけど・・」
「やはりそこは、男女の違いでありんすな」
「え・・」
「男はプライドの生き物でありんす。これは間違いないでありんす」
「・・・」
「小春・・あんた、しんどいんとちゃうか」
「え・・」
「時雨王子といて、楽しいか?」
「漫画に関しては・・楽しくないっていうか・・すごく気を使う・・」
いや・・漫画に関してだけかな・・
この間、公園で話した時も・・そうだったじゃない・・
気を使ってばかりで、楽しくなんかなかった・・
「そら、好きなことに変わりはないやろけど、気ぃ使ってばかりやと長続きせんで」
「うん・・」
「んでさ、時雨王子は、小春に気を使うってこと、あんまりないやん。言いたいこと言うてさ」
「ん~~・・それはどうでありんしょか」
「なんやの、紬」
「確かに時雨王子は、言いたい放題男子でありんすが・・言葉にしないだけで小春のことは想ってると思うでありんすよ」
「そうやろか」
「漫画に興味がないのに、わざわざ漫画喫茶へ行ったり、面白いの教えろとか、時雨王子は王子なりに気を使っているでありんす」
「まあなあ。そらそうやけど」
「ただ・・プライドを傷つけられると、小春への気遣いも吹っ飛ぶでありんす」
「そうやな」
「王子はまだ若いでありんすから、気持ちのバランスを上手く保てないでありんすよ」
「若いって・・私たちも若いし・・おまけに年下だし・・」
「とにかく、男とはそういうものでありんす」
「まあ、小春。あまり無理せんこっちゃで」
「うん・・」
それから二日後・・
私は学校帰りに、時雨さんと静香さんが一緒に歩いているところを、偶然見かけた。
あれ・・
あれって・・東雲さんの彼女よね・・
なんで・・時雨さんと・・
時雨さんの顔は、私といる時と違って、すごく楽しそうに笑っていた。
しかも・・静香さんの表情も・・とても自然で・・
誰が見ても、カップルと思われるような雰囲気だった。
何を話してるんだろう・・
っていうか・・東雲さんはどうしたの・・?
ま・・まさか・・これって・・浮気・・とかじゃないよね・・
え・・静香さん・・真っ赤になって俯いてる・・
なんなの・・これって・・
静香さんを見て・・時雨さん・・嬉しそうに笑ってる・・
私は思い切って、二人の前へ行くことにした。
「時雨さん・・」
私に声をかけられた時雨さんは、さほど驚きもしなかった。
「おう、小春。お前、ここでなにやってんだ」
「なにって・・。偶然、通りかかっただけです・・」
きっと私の顔がこわばっていたんだろう、時雨さんは怪訝な表情を浮かべた。
「こんにちは・・」
そこで静香さんが私に挨拶をした。
「こんにちは・・」
私はぎこちなく返した。
「お前も一緒に待つか?」
「え・・待つって・・なにをですか」
「和樹だよ」
「え・・」
そっか・・東雲さんを待ってたんだ・・
「和樹さ、進学の件で先生と話してんだけど、もうすぐ来ると思うぜ」
「そ・・そうですか・・」
「あの・・薄柿さんですよね・・」
静香さんがそう言った。
「はい・・そうですけど・・」
私は、やや不愛想に返した。
「私、由名見静香と言います。よろしくお願いします」
「あ・・こちらこそ・・よろしくです・・」
「時雨くんの彼女さんですよね」
「え・・まぁ・・」
時雨くん・・って呼んでるんだ・・
「お前、なんだよ。体調でもわりぃのか」
「いえ・・そんなことはありません・・」
「ふーん」
静香さんとは、あんなに楽しそうに話してるのに・・私には「ふーん」だけ・・?
「由名見、で、お前さ、マジで看護師になるのか」
「はい!私、もう決めたんです」
「和樹が医者で、お前が看護師か。夫婦かよ。あはは」
「時雨くん、またそんなことを・・」
そう言って静香さんは、また顔を真っ赤にしていた。
「小春、こいつ、すぐに赤くなるんだぜ。おもしれぇだろ」
「え・・」
「中学ん時から、ずっとそうなんだぜ」
中学・・
そんな前から知り合いなんだ・・
「和樹の話となると、人が変わるんだぜ。ま、そういうところが、かわいいけどな」
「時雨くん・・またそうやって、からかうんですから・・」
「あははは」
時雨さんは上を向いて笑っていた。
「薄柿さん・・どうにかしてください・・」
「え・・どうにかって・・」
「時雨くんを、ギャフンと言わせてください」
「そんな・・」
ギャフンって・・
なんで私がそんなことを、静香さんに言われなければならないの・・?
時雨さん・・まだ笑ってるし・・
なに・・この疎外感・・
「あの・・私、帰ります」
「え・・用事でもあんのか」
「はい・・」
「また漫画喫茶か」
「いえっ・・違います・・」
実は私は、用事などなかった。
「そっか。用事があるならしょうがねぇな。気をつけて帰れよ」
「薄柿さん・・お気をつけて・・」
「はい・・」
なに・・
なによ~~~!
「しょうがねぇ」だけ・・?
用事ってなんだよ、とか、まだいいじゃねぇか、とか・・少しは引き止めてくれるものなんじゃないの・・?
そりゃ・・中学の時からの知り合いかも知れないけど・・あんなに楽しそうにして・・なによ・・
私が入る隙間なんて・・ないじゃない・・
私には絶対入り込めない、越えられもしない「時間の壁」を突きつけられる思いがした。
そしてその日の夜・・時雨さんから電話がかかってきた。
「小春、お前今日、変だったぞ」
「別に・・変じゃありません・・」
「そうかー?俺の勘違いかよ」
「そ・・そうです・・」
「ふーん、それならいいけど」
「あの・・」
「なんだよ」
「時雨さんと静香さんって・・いつからお知り合いなんですか・・」
「はっ、なんだよ、それ」
「いえ・・別に・・」
「中学ん時っつってんだろ」
「そ・・そうですか・・」
「三年の時によ、あいつが俺のクラスに転校してきたんだよ」
「そ・・そうなんですね・・」
「それがどうかしたのかよ」
「いえ・・別に・・」
「っんだよ!言いたいことがあるなら、はっきり言えよ!」
時雨さんは、かなりイラついて、怒鳴った。
「だ・・だって・・あんなに楽しそうに・・二人で笑って・・」
「はああ?」
「私が入る隙間なんて・・なかったです・・」
「あのさ!お前、なに言ってんだよ。由名見は和樹の彼女なんだよ」
「はい・・」
「お前・・まさか俺と由名見のこと、疑ってんのか?」
「いっ・・いえっ・・それはないです!」
「じゃあ、なんだよ!」
「その・・なんていうか・・私には越えられない・・友達関係というか・・」
「はああ?」
「だって!時雨さんは私といる時、全然、楽しそうじゃないし、でもっ・・静香さんといる時は・・とても楽しそうで・・」
「はあ?楽しそうにしてたらいけねぇのか」
「え・・」
「由名見はダチだぜ。ダチといる時って楽しいんじゃねぇのか」
「・・・」
「おめぇは、あいつらといる時、楽しくねぇってのか」
「そ・・そんなことありません・・」
「だったら!俺だって同じじゃねぇかよ。それもとなにか!?俺がダチといて楽しそうにするなってのか!」
「ち・・違うんです・・。そういうことではなくてですね・・」
「じゃあ、どういうことだよっ!」
「もういいです・・。私が悪かったです・・」
「はっ、バカか!好き勝手言いやがって、悪かっただと?俺には全くわかんねぇよ」
「・・・」
「あのさ、由名見はずっと和樹のことが好きで、でも事情があって会えなくてさ。んで、半ば俺が強引に二人を会わせて上手くいくようになったと思ったら、和樹が失踪してアル中になるわ、ドラッグやるわ、ホストやるわで、俺たちがどれだけ和樹を探し、挙句の果てには爺さんは実の孫を殺して、てめぇも死んじまうしでさ。そんな中、由名見がどれだけ和樹を心配して待ってたと思うよ?」
なに・・この話・・
あの東雲さんが・・アル中?ドラッグ?ホスト・・
あ・・そっか・・
だから東雲さんは・・二年間ダブってたんだ・・
そうだったんだ・・
「マジで、大変だったんだぜ」
「・・・」
「んで、なんとか和樹も立ち直って、やっと二人は上手くいくようになった。それが今だよ」
「そ・・そうなんですね・・」
「お前の言う通り、そういう意味じゃ、お前は俺たちを越えられねぇ。でもな、そんなこと関係あんのかよ」
「・・・」
「くっだらねぇ嫉妬なんか、マジうぜぇわ」
「す・・すみません・・」
「もう切るぞ」
そう言って電話は切れた。
私は時雨さんの話を十分理解したが、むしろ越えられない時間の壁を、再認識されられる結果となった。




