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勇者になりたい俺が、夢想の魔王になった件  作者: 月欠けラムネ
第一章 俺が魔王なわけがない

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第7話 金貨百枚とパン一個


 本当に父親が死ぬというのなら、助けなければならない。


 けれど、そんな馬鹿げた話が本当に起こるのかも分からない。


 そのうえ、さっき三発も殴ってきた父親に、さらにもう一発殴られてまで、今すぐ家を飛び出そうという気には――まだ、なれなかった。


 何より。


 そもそも《夢想因果》なんてもの自体、ケイはまだ信じていない。


「……いや、その前に」


『はい?』


「これ、本当かどうか分かんないだろ」


『本当ですよ』


「お前が言ってるだけじゃん」


『命令達成予測――100%です』


「それが信用できないんだよ!」


 自分が一言口にしただけで、本当に父親が死ぬ。


 いくら《黒天冠》がそう言ったところで、そんなことを簡単に信じられるはずがない。


「先に、本当に《夢想因果》が使えるのか確かめる」


『なるほど』


「確認してからだ」


『承知しました』


「何か試せないの?」


『できますよ』


「例えばさ、父さんを明日の朝、玄関で転ばせるとか」


『それですと《事象因果》になりますな』


「それが?」


『現在、《事象因果》はお父上の死亡命令を受理して、発動準備中です』


「発動準備?」


『はい。十二時間後の結果実現へ向けて、現在進行中ということです』


「じゃあ、今もう一個《事象因果》を使ったら?」


『命令自体は受理できますが、待機状態になります』


「待機?」


『同じ因果系統は、一度に一件しか発動準備へ入れませんので』


「じゃあ父さんのやつが終わったあと?」


『はい。先の《事象因果》が終了した時点で、次の命令が発動準備へ移ります』


「それじゃ確認するの遅すぎるだろ!」


『そうですな』


「他にないの?」


『ありますよ』


「あるのかよ!」


『《夢想因果》には、いくつか違う因果系統があります』


「先に言えよ!」


『必要ありませんでしたので』


「今必要になっただろ!」


『ほな、今必要な分だけ説明します』


 《黒天冠》の声は相変わらず落ち着いている。


『出来事そのものへ干渉する《事象因果》とは別に、物へ直接作用する《物質因果》があります』


「物質?」


『物を動かしたり、変化させたり、物品を出現させたり。その辺りですな』


「それなら父さんのやつと同時に使える?」


『別系統ですさかい、可能です』


「同じ系統じゃなければいいの?」


『はい。それぞれ別に発動準備へ入れます』


「じゃあ《事象因果》と《物質因果》は同時に動く?」


『動きますよ』


「なるほど……」


 少しだけ仕組みが分かってきた。


「それで、《物質因果》はどれくらいで結果が出る?」


『時刻をご指定されなかった場合、受理されて発動準備に入ってから六時間後に結果が実現します』


「こっちもきっちり?」


『きっちりです』


「六時間……」


 父親への命令が実現するのは十二時間後。


 今から《物質因果》を試せば、六時間後には《夢想因果》が本物なのかどうか分かる。


「それなら確かめられるな」


『はい』


「他にも種類あるの?」


『ありますよ』


「じゃあ全部教えて」


『それはあきません』


「なんでだよ」


『悪用されたら困りますので』


「お前、悪魔だろ!?」


『はい』


「悪魔が悪用を心配すんなよ!」


『悪魔にも規律は必要です』


「どんな規律だよ、それ……」


『必要になった時に、必要な分だけ教えます』


「俺の力なのに……」


 納得はいかない。


 だが今は、《夢想因果》とやらが本物なのか確かめる方が先だった。


「物質なら……何でも出せるんだよな?」


『力の及ぶ範囲でしたら』


「じゃあ――」


 ケイは少し考えた。


 せっかく試すのだ。


 どうせなら、欲しいものを出してみればいい。


 そして十三歳の少年が、突然何でも出せると言われて思いつくものなど単純だった。


「金貨百枚、出てこい!」


「…………」


『…………』


「…………」


 何も起きなかった。


 先ほど身体の奥まで響いた、あの鐘のような音もない。


 頭の中へ無機質な言葉が流れ込んでくることもない。


「……あれ?」


『発動してませんな』


「なんでだよ!」


『条件を満たしてませんので』


「条件?」


『言葉にしただけでは、《夢想因果》は発動せんのです』


「は?」


 ケイは眉をひそめた。


「でも俺、ちゃんと金貨百枚出てこいって言ったぞ?」


『言いましたな』


「だったら何で?」


『魔王様のお言葉と、お心が一致しておりません』


「心?」


『はい』


「俺、金貨百枚欲しいぞ?」


『ほんまに?』


「欲しいよ!」


『では、心の底から「今ここに金貨百枚が現れる」と思ってはりますか?』


「…………」


 ケイは黙った。


『「そんな都合よく金貨百枚なんか出てくるわけない」と、心のどこかで疑ってませんか?』


「…………」


 図星だった。


 金貨百枚が欲しいかと聞かれれば、もちろん欲しい。


 そんな大金が手に入るなら大歓迎だ。


 けれど。


 何もないところから突然金貨百枚が現れる。


 そんなことが、本当に起こるとは思っていなかった。


「……ちょっとは」


『やっぱり疑ってはりますな』


「だって普通、出てくるわけないだろ!」


『心のどこかに疑いが残っとると、《夢想因果》は発動しません』


「面倒くさいな!」


『魔王様ご自身のお心を使う術ですからなあ』


「じゃあ、どうやって確かめるんだよ」


『最初は、できるだけ簡単なものがええでしょう』


「簡単なもの?」


『魔王様ご自身が、「これくらいなら本当に起こるかもしれん」と思える程度のものです』


「それなら発動する?」


『少なくとも、金貨百枚よりは可能性が高いですな』


「…………」


『あまり突拍子もないものにすると、魔王様ご自身が疑ってしまいますさかい』


「自分で自分の邪魔してるみたいじゃん」


『そうとも言えますな』


「嫌な力だな……」


『慣れれば便利ですよ』


「慣れたくないけど」


 何か簡単なもの。


 自分でも本当に出てきそうだと思えるもの。


 ケイが考え始めた、その時だった。


 ぐぅぅ。


「…………」


 腹が鳴った。


『腹減ってますな』


「分かってるよ」


 夕食からかなり時間が経っている。


 普通に腹が減っていた。


『ちょうどええものがありますな』


「何?」


『食べ物です』


「食べ物?」


『金貨百枚よりは、ずっと簡単でしょう』


「……まあ、それなら」


 今欲しいもの。


 何か特別な料理でなくていい。


 腹に入れば、それでいい。


「パンとか?」


『よろしいんやないですか』


「パンならいける?」


『魔王様が疑わなければ』


「…………」


 ケイは机を見る。


 パンくらいなら。


 金貨百枚よりは、まだ現実味がある。


 何より、今は本当に腹が減っている。


 今すぐ何か食べたい。


「……よし」


 ケイは机へ向かって言った。


「パン、出てこい」


 ――ゴォォン……。


「うわっ!?」


 再び、身体の内側を巨大な鐘で打ち鳴らされたような衝撃が駆け抜けた。


「今度は鳴った!」


『発動しましたな』


「本当に!?」


 直後。


 先ほどと同じ無機質な言葉が、頭の中へ流れ込んでくる。


『強い意思を確認しました』


『発言内容との完全一致を確認』


『固有暗黒術《夢想因果》――発動条件成立』


『偉大なる夢想の魔王様による御命令として、悪魔《黒天冠》が謹んで受理いたします』


『因果系統――物質因果』


『対象――ケイラス様の目前』


『御命令――パンの出現』


『警告――数量が指定されていません』


「え?」


『数量指定なし――一個として処理します』


「ちょっと待て」


『確定予定結果――指定地点へのパン一個の出現』


『結果実現まで――六時間』


『命令達成予測――100%』


『これより因果改変を開始いたします』


「いや、待てって!」


 ケイは机を見る。


 何もない。


「……パンは?」


『六時間後ですな』


「いや」


 もう一度、何もない机を見る。


「俺、腹減ってるからパン頼んだんだけど」


『はい』


「今食いたいんだけど」


『そうでしょうな』


「六時間後じゃ意味ねえじゃん!」


『時刻をご指定されませんでしたので』


「それ先に言えよ!」


『聞かれませんでしたので』


「またそれかよ!」


 ケイは頭を抱えたが、すぐにもう一つ気づいた。


「っていうか、一個って何だよ! もっと出せたの?」


『数量をご指定されてましたら』


「それも先に言えよ!」


『警告はしましたよ』


「発動したあとにな!」


『はい』


「遅いんだよ!」


 また声が大きくなり、ケイは慌てて口を塞いだ。


「…………もういい」


 どっと疲れが押し寄せてきた。


 夜中に突然悪魔が現れた。


 魔王だと言われた。


 喋る《黒天冠》が頭にくっついた。


 父親には三発殴られた。


 腹を立てて「死んじまえばいい」と言ったら、本当に父親を殺すという暗黒術が動き始めた。


 しかも《黒天冠》には、記念すべき最初の犠牲者だと祝われた。


 解除できると聞いて少し安心したら、条件は中央広場で立ったまま用を足し、そのまま一周することだった。


 試しに金貨百枚を出そうとしたら、自分自身が信じていなかったせいで発動すらしなかった。


 そして腹が減ったからパンを頼んだら、今度は発動した。


 ただし。


 出てくるのは六時間後。


 しかも個数を言わなかったせいで、一個だけ。


「……今日はもう疲れた」


『休んだ方がええでしょうな』


「お前のせいでもあるからな」


『そうでっしゃろか』


「そうでっしゃろか、じゃねえよ……」


 ケイはベッドへ倒れ込んだ。


 父親への命令が本物なのか。


 パンは本当に出てくるのか。


 まだ分からない。


 ただ、金貨百枚の時には何も起きなかった。


 それなのに、パンを口にした時には、確かにあの鐘が鳴った。


 少なくとも、何かが違う。


「……六時間後だからな」


『はい』


「パン出なかったら、絶対文句言うからな」


『命令達成予測――100%です』


「それも聞き飽きた……」


 ケイは毛布を引き寄せた。


 魔王になった最初の夜は、あまりにも色々ありすぎた。


 とりあえず今は。


 少しだけ休みたかった。

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