第6話 最初の犠牲者
ケイは慌てて声を抑えた。
「何だよそれ! 何の話してるんだよ!」
『…………』
「おい!」
『ああ、そういえば』
「何だよ」
『魔王様の暗黒術について、まだ説明してませんでしたな』
「今!?」
『はい』
「なんでこんな大事なこと説明してないんだよ!」
『聞かれませんでしたので』
「知らないものをどうやって聞くんだよ!」
『それもそうですな』
「お前ら、いっつも一言足りないんだよ!」
『申し訳ございません』
「絶対悪いと思ってないだろ!」
『それでは、改めて説明します』
「最初からそうしろよ……」
さっきまで流れていた無機質な言葉とは違い、いつもの《黒天冠》の調子へ戻る。
『今発動したんは、魔王様がお持ちの固有暗黒術――《夢想因果》でございます』
「俺の暗黒術?」
『はい。ただし、昨日まで使えた力ではありません』
「どういうこと?」
『うちと魔王様が同期し、一体化したことで使えるようになった力です』
「……お前とくっついたから?」
『左様です』
「じゃあ、お前とくっつく前は使えなかったの?」
『使えませんでした』
「…………」
少し間を置いて、《黒天冠》はどこか得意げに言った。
『つまり、うちのおかげですな』
「なんでちょっと威張ってんだよ」
『《夢想因果》は、それほど強力な暗黒術ですから』
「どれくらい?」
『簡単に言えば――魔王様のお言葉を、因果へ干渉して現実にすることができます』
「…………」
ケイは一瞬、その意味を理解できなかった。
「何でも?」
『力の及ぶ範囲でしたら』
「例えば?」
『人を死なせることも、物を出現させることも、本来起こるはずのなかった出来事を現実にすることも可能です』
「そんなの……めちゃくちゃじゃん」
『ええ。非常に強力です』
《黒天冠》は嬉しそうだった。
『ですから、お父上も確実に殺せます』
「なんでそこを自信満々に言うんだよ!」
『命令達成予測――100%ですからな』
「威張るな!」
『うちと同期したことで、魔王様はこれほどの力を扱えるようになったわけです』
「そのお前のおかげで、今、父さんが死ぬかもしれないんだろ!」
『はい』
「そこで即答すんなよ!」
『しかも、記念すべき《夢想因果》最初の犠牲者でございます』
「記念にすんな!!」
『おめでとうございます、魔王様』
「何がおめでたいんだよ!」
『この調子で、どんどん――』
「殺さないからな!?」
『まだ最後まで言うてませんけど』
「絶対殺すって言おうとしただろ!」
『さすが魔王様。理解が早い』
「褒めんな!」
『やはり、グレモア殿の見立ては正しかったようですな』
「何が?」
『短気で、勢いに任せて恐ろしいことを口にする。実に魔王様らしい、悪魔向きのご性格です』
「…………」
『将来が楽しみですなあ』
「楽しみにすんなよ!」
『先ほども、お父上を殺すご命令を見事に――』
「見事じゃねえ!」
『また怒ってはりますな』
「誰のせいだよ!」
そこでケイは、はっとした。
また怒っている。
さっきも《黒天冠》から、短気なのは魔王らしくていいと言われたばかりだ。
ケイは大きく息を吸い、ゆっくり吐いた。
『おや』
「何」
『怒りが弱まりましたな』
「……お前らに喜ばれるの腹立つから、もう怒らない」
『それは残念です』
「残念がるな!」
また怒鳴りそうになり、ケイはぎりぎりで堪えた。
「……それより。本当に父さんが死ぬの?」
『はい』
「十二時間後に?」
『はい。時刻をご指定されなかった場合、《事象因果》は発動から十二時間後に結果が実現します』
「きっちり十二時間?」
『きっちり十二時間です』
「妙なところだけ正確だな……」
『なお、現時点では転落事故による死亡が最も有力です』
「転落事故?」
『はい。高い場所から落ちる因果が組まれとります』
「…………」
ケイはしばらく黙ったあと、鼻で笑った。
「そんなわけあるか」
『ありますよ』
「俺が一言言っただけだぞ?」
『はい』
「それで父さんが死ぬとか、信じられるわけないだろ」
『命令達成予測――100%です』
「その百パーセントってのが一番信用できねえよ……」
《黒天冠》が普通ではないことは、もう分かっている。
悪魔が突然部屋へ現れた。王冠が勝手に頭へはまった。しかも、そいつが今こうして頭の中で喋っている。
だが、それと、自分が口にしたことが現実になって父親が死ぬという話は別だ。
「……で、これって取り消せないの?」
『取り消せますよ』
「できるの!?」
ケイの表情が少し明るくなった。
「じゃあ今すぐ取り消せ!」
『うちの判断だけでは無理です』
「なんでだよ!」
『一度受理されたご命令には、解除条件が設定されますので』
「解除条件?」
『はい』
ケイは眉をひそめた。
「それって難しいの?」
『いいえ。今回の条件はかなり簡単です』
「本当か?」
『はい。特別な魔法も、難しい技術も必要ありません』
「俺でもできる?」
『もちろんです』
「…………」
『誰にでもできますよ』
「なんだ」
ケイは少し安心した。
『まあ、魔王様は今後も、うっかり変なご命令を出されることがあるやろうと思いまして』
「うっかりって言うな」
『解除条件につきましては、なるべく達成しやすいものになるよう配慮しております』
《黒天冠》は、どこか自慢げだった。
「……お前」
『はい?』
「意外とちゃんとしてるじゃん」
『そうでっしゃろ?』
「ちょっと見直した」
『ありがとうございます』
「優しい悪魔ちゃんじゃん」
『ふふん』
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」
『褒められましたので』
「まあ、そこは褒めてやるよ」
『光栄ですなあ』
「で、その簡単な解除条件って何?」
『まず、村の中央広場へ行ってください』
「広場?」
『はい』
「それで?」
『広場の真ん中で、立ったまま放尿してください』
「…………」
ケイは固まった。
「……は?」
『広場の真ん中で、立ったまま――』
「聞こえてる!」
叫びかけて、慌てて声を落とす。
「どこが簡単なんだよ!」
『簡単ですよ』
「簡単じゃねえよ!」
『今は夜中ですし、中央広場なんてほとんど誰もおりませんよ』
「…………」
ケイは少し考えた。
「……あ」
『はい』
「確かに」
『でしょう?』
《黒天冠》が、また少し得意げになる。
『ですから、かなり達成しやすい解除条件にしてあります』
「……いや、でも今から外になんか出られないだろ」
『そうでっしゃろか』
「父さんに見つかったら何て言うんだよ。さっき三発も殴られたばっかりだぞ」
『では、朝方にでも』
「朝に広場の真ん中でやるの!?」
『夜明け直後でしたら、まだ人も少ないかと』
「…………」
それなら、できなくはない。
できなくはないのだが。
『なお、解除条件はそれだけではありません』
「まだあるの!?」
『終わりましたら、そのまますぐ中央広場を一周してください』
「…………」
「そのまま?」
『はい』
「広場を?」
『はい』
「一周?」
『はい』
「…………絶対嫌だ」
『ですが、誰にでもできますよ』
「できるかどうかと、やれるかどうかは別なんだよ!」
『難しいですなあ』
「難しくしたのはそっちだろ!」
さっきまで《黒天冠》を少し見直していた自分が馬鹿みたいだった。
「優しい悪魔ちゃんって言ったの取り消す」
『それは残念ですなあ』
「残念がるな!」
今なら夜中だ。
確かに中央広場にはほとんど人がいないだろう。
だが、父親に見つからず家を抜け出せるかも分からない。
こんな夜中にこっそり家を出ようとしているところを見つかったら、何をされるか。
さっき三発も拳骨を食らったばかりだ。
もう一発追加される自分の姿が、簡単に想像できた。
「…………」
本当に父親が死ぬというのなら、助けなければならないのだろう。
けれど、そんな馬鹿げた話が本当に起こるのかも分からない。
そのうえ、さっき三発も殴ってきた父親に、さらにもう一発殴られてまで、今すぐ家を飛び出そうという気には――まだ、なれなかった。




