第4話 覚悟を決めたのに
家を出たケイは、村の外れへ向かっていた。
花を集めるためだった。
誰かから買うことも考えた。
けれど、この小さな村で十三歳の少年が突然、
「女の子に渡すので花束ください」
なんて言ったら、あっという間に噂が広まってしまう。
それは困る。
ただでさえ、今日これからすることを誰にも知られたくないのだ。
それに、お金もない。
だからといって、誰かの家の花を勝手に摘むわけにもいかない。
『……自分で作るしかないか』
『その方がよろしいでしょうな』
『お前、花束の作り方とか知ってる?』
『存じておりますで』
『じゃあ教えて』
『承知いたしました』
ケイは花が咲いている場所を目指して、足を速めた。
その途中、ふと疑問が浮かんだ。
『……なあ、アズラ』
『はい、ケイ様』
『やっぱり、メイじゃなくてマリアンヌじゃ駄目なの?』
『それでは、いつもと変わりまへんやろ』
『……え?』
『ケイ様は、いつもマリアンヌ様のことが大好きだと仰っておられますさかい』
『いや、俺、本人には言ってないけど!』
『ワテにはしょっちゅう仰っておられますで』
『お前に言うのと本人に言うのじゃ、全然違うだろ!』
『そうでございますか?』
『当たり前だろ!』
『まあ、どちらにしても解除条件にはなりまへん。普通に考えても、いつもと同じことをして解除できるとは思えまへんやろ?』
『…………』
ケイは不満そうに口を尖らせた。
『それに、マリアンヌ様なら断られることも分かっておりますさかい。ワテとしても面白うございまへん』
『……おい』
『はい?』
『メイだって百パーセント断るって言っただろ!』
『左様でございますな』
『じゃあ同じじゃないか!』
『しかし、メイ様への求婚は初めてでございますさかい』
『……お前、楽しんでない?』
『ほっほっほっ!』
アズラが愉快そうに大笑いした。
『笑うなよ!』
『いやはや、申し訳ございまへん』
『全然悪いと思ってないだろ!』
『ほっほっほっ!』
『うるさいよ!』
ケイは顔をしかめた。
こっちは真剣に悩んでいるというのに。
どうしてこいつは、こうも楽しそうなのだろう。
◇ ◇ ◇
アズラに教わりながら、ケイは野花を集め始めた。
赤い花。
白い花。
黄色い花。
できるだけ綺麗なものを選んで摘んでいく。
ある程度集まったところで、一度束ねてみた。
「…………」
ケイは手元を見つめた。
『……しょぼ』
『少々、まとまりがございまへんな』
『分かってるよ』
『もう少し花の長さを揃えられては?』
『最初に言えよ!』
『まだ束ねておられませんでしたさかい』
『……まあ、そうだけど』
ケイは花束を作り直した。
長さを揃え、色の配置を考え、少しずつ整えていく。
木彫りと同じで、こういう細かい作業は嫌いではない。
しばらく集中しているうちに、何とか花束らしい形になった。
『……どう?』
『先ほどよりは、ずいぶんよろしゅうございます』
『だろ?』
『メイ様もお喜びになるのではございまへんか』
『…………』
褒められた途端、ケイの顔が曇った。
『喜ばれても困るんだけど』
『何故でございます?』
『だから! 好きでもないんだって!』
『存じております』
『分かってるなら聞くなよ!』
ケイは花束を見下ろした。
メイは、この間お菓子をあげた時も喜んでいた。
今回も喜んでくれるだろうか。
いや。
喜ばれても困る。
断られたら断られたで、恥ずかしい。
受け入れられたら、もっと困る。
どちらにしても、最悪だった。
『……なあ、アズラ』
『はい』
『やっぱり、俺が言う言葉って変えられない?』
『変えられまへん』
『「好きです」だけじゃ駄目?』
『指定された解除条件を満たしません』
『じゃあ、結婚してほしいってところだけなしにするとか』
『それも解除されまへん』
『…………』
ケイは花束を握り直した。
『……分かったよ』
これ以上、何を言っても無駄なのだろう。
もう覚悟を決めるしかない。
『残り時間は?』
『まだ解除できるだけの時間は残っております。ですが、余裕はございまへんで』
『……そうだよな』
マリアンヌに対する《事象因果》は、今も進行している。
まだ解除できる。
けれど、いつまでも迷っていられるほどの余裕はない。
『……行くか』
『左様でございますな』
ケイは花束を持ち直した。
そして、メイのもとへ向かって歩き始めた。
◇ ◇ ◇
歩いている間、ケイは何度も頭の中で言葉を繰り返していた。
俺はずっとお前のことが大好きだった。
将来、俺と結婚してほしい。
『…………』
駄目だ。
考えるだけで恥ずかしい。
これを本人の目を見て言わなければならない。
『アズラ』
『はい』
『俺、本当にこれ言うの?』
『左様でございます』
『……まだ信じられない』
『もう何度も確認されておりますで』
『分かってるよ!』
ケイは大きく息を吐いた。
マリアンヌの顔が浮かぶ。
少し前まで、普通に話していた。
いつか自分のことを好きになってくれるかもしれない。
そう思っていた。
なのに、今からすることを知られたら。
マリアンヌは、もう二度と自分と話してくれないかもしれない。
そう考えると、足が重くなった。
『……本当に最悪だよ』
『そうでございますか』
『全部、自分でやったことなんだけどさ』
『左様でございますな』
『そこは否定してくれてもいいだろ……』
『事実でございますさかい』
『…………』
腹は立たなかった。
その通りだったからだ。
怒って、ひどいことを言った。
その結果、マリアンヌが傷つく因果を作ってしまった。
そして今、それを解除するためにメイへ告白しようとしている。
全部、自分が始めたことだった。
『……でも』
『はい』
『マリアンヌが火傷するよりは、ずっといい』
『その通りでございますな』
『俺が嫌われるだけで済むなら……』
ケイは花束を見た。
『……安いもんだよな』
『ケイ様』
『何?』
『ずいぶん、立派なことを仰るようになりましたな』
『…………』
ケイは少しだけ顔を上げた。
『そう?』
『ええ』
『……まあ、俺だって少しは成長するんだよ』
『もっとも、今回は元々ケイ様が原因でございますけどな』
『分かってるよ!』
ケイは思わず足を速めた。
もう、余計なことを考えている時間はない。
メイを見つけて、花束を渡す。
そして、あの言葉を最後まで伝える。
それだけだ。
そんなやり取りをしているうちに、ようやくメイの家が見えてきた。
「…………」
足が止まる。
とうとう来てしまった。
ここまで来たのだから、もう逃げるつもりはない。
それでも、身体は正直だった。
心臓がうるさいくらいに鳴っている。
手の中の花束まで、少し震えていた。
『……アズラ』
『はい』
『もし俺が途中で言葉につまったら?』
『最後までお伝えください』
『……もし、メイに笑われたら?』
『最後までお伝えください』
『……もし、マリアンヌに知られたら?』
『それは、解除の成否とは関係ございまへん』
『……だよな』
ケイはしばらく黙っていた。
今度こそ、逃げない。
『……よし』
ケイは顔を上げた。
『行くぞ』
『はい、ケイ様』
家の前まで来ると、ケイは一度深呼吸をした。
それから、メイを呼んだ。
「メイ!」
…………。
返事はなかった。
「……メイ?」
もう一度呼んでみる。
けれど、家の中は静まり返っていた。
『……あれ?』
『どうされました、ケイ様』
『返事がない』
『そうでございますな』
ケイは扉の前へ近づいた。
そして、軽く叩いてみた。
「メイ! いる?」
…………。
やはり返事はない。
ケイはしばらく扉を見つめた。
せっかく花束を作った。
言いたくもない告白をする覚悟だって決めた。
あとは本人に会って、あの言葉を伝えるだけだったのに。
『……なあ、アズラ』
『はい』
『もしかして……』
ケイは嫌な予感がした。
『メイ、いないの?』
『そのようでございますな』
『…………』
ケイは手元の花束を見下ろした。
それから、もう一度、閉まったままの扉を見た。
『……嘘だろ!?』
ようやく覚悟を決めたというのに。
肝心のメイが、家にいなかった。




