第3話 断られる確率100%
『なんでメイなんだよ!』
『解除条件として指定されておりますさかい』
『そういうことを聞いてるんじゃない!』
ケイは頭を抱えた。
よりによって、メイ。
マリアンヌと仲の悪い少女だ。しかも、つい最近も会ったばかりで、お菓子まで渡している。
そんな相手に花束を持っていって、好きだ、結婚してほしい、なんて言えばどうなるか。
『俺、メイのこと好きじゃないんだぞ』
『問題ございません』
『大問題だよ!』
『解除判定には影響いたしまへん』
『俺が嘘つくことになるだろ!』
『指定された内容をお伝えいただければ結構でございます』
『結構じゃないよ!』
ケイは再び頭を抱えた。
好きでもない女の子に告白する。しかも、ただ好きだと言うだけではない。
将来、結婚してほしい。
そんなことを言わなければならないのだ。
『……なあ』
『はい』
『メイの返事は?』
『返事、でございますか?』
『断られたら失敗とか?』
『返答内容は解除条件に影響いたしまへん』
『じゃあ、断られてもいい?』
『はい』
『……受けられたら?』
『それも解除条件には影響いたしまへん』
『それはそれで困るんだけど』
『ご安心くださいませ。メイ様が求婚をお受けになることは、まずございまへん』
『……なんで?』
『ケイ様は十三歳になられた今も、本気で勇者を目指しておられる変わり者ですやろ?』
ケイは不機嫌に答えた。
『それが何だよ』
『おまけに、村の広場で股間を出して走り回った、頭のおかしい少年と思われておりますさかい』
『…………』
『そのような御方から結婚を申し込まれて、普通の娘さんが承諾するとは思えまへん』
『……お前、ひどくない?』
『事実でございます』
『だからって!』
『ご安心ください。ワテが保証いたします。断られる確率、百パーセントでございます』
『…………』
ケイは何とも言えない嫌な顔をした。
『……それはそれで嫌なんだけど』
『おや?』
『何だよ』
『お受けになられたら困ると仰っていたではございまへんか』
『そうだよ!』
『では、断られる方がよろしいのでは?』
『いや、そうだけどさ! 絶対断られるって言われるのも嫌だろ!』
『……結局、どちらがよろしいので?』
『どっちも嫌だよ!』
『難儀なお方でございますなあ』
『お前に言われたくないよ!』
ケイは大きく息を吐いた。
『……本人に直接言えばいいんだな?』
『左様でございます。花束を直接お渡しになり、メイ様の目を見て、指定された言葉を最後までお伝えください』
『手紙じゃ駄目?』
『解除されまへん』
『誰かに伝えてもらうのは?』
『解除されまへん』
『……だよな』
逃げ道はない。
花束を持って、本人の目を見て、結婚してほしいと言う。
そんなことをすれば、どうなるか。
頭に浮かんだのは、マリアンヌの顔だった。
今日だって、しばらく話しかけないでほしいと言われたばかりだ。それでも、ケイはどこかで期待していた。
少し時間が経てば、また前みたいに話せるんじゃないか。いつか仲直りできるんじゃないか。
けれど。
マリアンヌと仲の悪いメイへ、花束を渡して結婚を申し込んだなんて知られたら。
『……もう絶対、口利いてくれないだろ』
『その可能性はございますな』
『そこは慰めろよ……』
『申し訳ございまへん』
ケイはしばらく黙り込んだ。
マリアンヌに嫌われたくない。本当は、メイに告白なんてしたくない。
でも。
あの森を思い出した。
倒れていた三人。
大怪我を負ったニコ。
自分が解除を選ばなかったせいで、取り返しのつかないことになった。
もう二度と、あんな思いはしたくない。
『……やるよ』
『承知いたしました』
『どんなに嫌でも、今回は絶対に解除する』
『左様でございますか』
『うん』
そう答えたものの、ケイはすぐに肩を落とした。
『でも、本当に他の方法ないの?』
『ございまへん』
『もっとキツいのでいいから』
『ございまへん』
『山を十周するとか!』
『解除されまへん』
『三日飯抜き!』
『解除されまへん』
『魔物百匹倒す!』
『解除されまへん』
『なんで告白じゃなきゃ駄目なんだよ……!』
『指定された解除条件でございますさかい』
『…………』
結局、何を言っても答えは同じだった。
ケイは深く息を吐くと、ようやく立ち上がった。
今日中にメイへ告白しなければならない。
まずは花束だ。
そして、メイのところへ行く。
考えるだけで気が重かった。
『……俺の恋、終わったな』
『まだ終わったと決まったわけではございまへんで』
『じゃあ、終わらないと思う?』
『さて。それは分かりかねますなあ』
『全然慰めになってないよ……』
ケイは肩を落としたまま、家へ向かって歩き始めた。
◇ ◇ ◇
家へ帰ると、案の定、畑仕事が待っていた。
だが、今は花束を作るのが先だ。
ケイが花を摘みに行こうとした、その時。
「ケイ!」
背中から父親の声が飛んできた。
振り返ると、父親が鍬を持ってこちらを見ていた。
「どこ行ってた! こっち手伝え!」
今はそれどころじゃない。
そう思ったが、まだ時間はあるはずだ。
畑仕事を終わらせてから花を摘みに行っても、きっと間に合う。
ケイはそう自分に言い聞かせた。
「……分かった」
「聞こえねえぞ」
「分かったって!」
父親の眉がぴくりと動いた。
いつもなら、ここから言い合いになるところだ。けれど今日は、そんな気力もなかった。
ケイは黙って鍬を持ち、畑を耕し始めた。
手は動いている。だが、頭の中は別のことでいっぱいだった。
花束。
メイ。
告白。
結婚してほしい。
そして、マリアンヌ。
「おい」
「……何?」
「そこ、さっきから同じところばっか掘ってるぞ」
「え?」
足元を見ると、確かに必要以上に同じ場所を掘り返していた。
父親が呆れた顔をする。
「何ぼーっとしてんだ」
「……別に何でもない」
「何でもないって顔じゃねえだろ」
ケイは黙った。
父親もしばらく黙っていたが、やがて鍬を止めた。
「……まだ熊のことか?」
ケイの手が止まった。
「…………」
「村の連中も、まだ落ち着いてねえからな」
「……そうなの?」
「ああ。三人も死んだんだ。そう簡単に元通りにはならねえよ」
「…………」
ケイは鍬を握る手に力を込めた。
葬儀は終わった。けれど、村の人たちは今もあの事件を引きずっている。
自分が原因で、三人の命が失われた。
そのことを改めて突きつけられた気がした。
「母さんから聞いたぞ。まだ落ち込んでるって」
「別に……」
「別にじゃねえだろ」
父親は鍬を地面へ置いた。
「熊四頭だったんだろ?」
「……うん」
「そりゃ、どうにもならねえよ」
「…………」
ケイも鍬を止めた。
「最初は一頭だったんだ」
ぽつりと話し始める。
「一頭なら……俺でも何とかできるかもしれないって思った」
「…………」
「でも、右からも来て」
「左からも来て」
「後ろにもいて」
ケイは拳を握った。
「四頭もいた」
父親は何も言わなかった。
「俺……頑張ったんだけど」
声が少し震えた。
「駄目だった」
三人が死んだ。
本当は、四頭だったからでも、自分が弱かったからでもない。
もっと前に解除していれば、あんなことにはならなかった。
「俺がもっと強かったら……」
「馬鹿言うな」
父親が言った。
ケイが顔を上げる。
「十三のガキが熊四頭どうにかできると思ってんのか」
「でも……」
「一度は戦おうとしたんだろ」
「…………」
「それで無理だと思って、大人を呼びに戻った」
「……うん」
「だったら、それ以上どうしろってんだ、お前のやったことは間違ってない」
「…………」
違う。
できた。
自分には、もっと前に全部止められた。
けれど、それを父親に話すことはできなかった。
「……父さん」
「何だ」
「もしさ」
「おう」
「自分がすごく嫌なことをしなきゃ、誰かを助けられないとしたら……父さんならどうする?」
父親が眉をひそめた。
「何だ、急に」
「いいから」
「嫌なことって何だよ」
「……すごく恥ずかしいこととか」
「恥ずかしい?」
「うん」
父親は少し考えた。
「それで人が助かるんなら、やるしかねえだろ」
「…………」
「恥かくくらいで済むなら安いもんだ」
ケイは俯いた。
分かっている。
そんなことは、もう分かっている。
「……だよな」
「何の話だ?」
「何でもない」
「変なやつだな、お前」
父親は首を傾げると、鍬を持ち直した。
「ほら、さっさと終わらせるぞ」
「……うん」
ケイも鍬を握り直した。
今日は、やらなければならないことがある。
どんなに恥ずかしくても。
どんなに嫌でも。
今度こそ、逃げるわけにはいかなかった。
◇ ◇ ◇
昼食の席でも、ケイの気分は晴れなかった。
「ケイ」
「何?」
「少しは食べなさい」
母親が心配そうに声をかけてきた。
「食べてるよ」
ほとんど減っていない皿を見て、母親は苦笑する。
「それで食べてるって言うの?」
「…………」
父親がパンをかじりながら言った。
「熊のこと引きずってんだとよ」
母親の表情が少し変わった。
「……そう」
ケイは俯いた。
「……俺」
そして、畑で父親に話した時と同じように、言ってしまった。
「頑張ったんだけど」
「うん」
母親は静かに聞いていた。
「駄目だった」
「…………」
「友達……三人死んだし」
胸の奥が痛くなった。
「ニコも……すごい怪我して」
母親はすぐには答えなかった。
それから、静かに口を開いた。
「亡くなった子たちや、そのご家族には……本当に申し訳ないけれど」
「…………」
「お母さんはね」
母親がケイを見る。
「ケイが無事に帰ってきてくれて、本当に良かったと思ってる」
「…………」
ケイが顔を上げた。
「父さんもよ」
「勝手に俺を入れるな」
父親が言った。
母親が父親を見る。
「違うの?」
「…………違わねえけど」
「ほら」
「いちいち言わせんな」
父親は気まずそうに視線を逸らした。
「お前まで死んでたら……母さんがうるせえからな」
「あなたも泣くでしょう?」
「泣かねえ」
「本当に?」
「うるせえな!」
いつもの父親と母親だった。
ケイは二人を見つめた。
自分が原因なのに。
二人は知らない。
自分の息子が、あの四人を熊に襲わせたなんて。
知らないから、こんなふうに言ってくれる。
それでも。
「……ありがとう」
ほんの少しだけ、心が軽くなった。
父親が怪訝そうな顔をする。
「何だお前。気持ち悪いな」
「……うるさい!」
「せっかく心配してやってんのに何だ!」
「父さんが余計なこと言うからだろ!」
「はいはい」
母親が笑った。
「喧嘩する元気があるなら、お母さんは安心したわ」
「してねえよ!」
ケイは言い返した。
だが、いつまでもこうしてはいられない。
今日中に、マリアンヌにかけてしまった因果を解除しなければならない。
『……なあ、アズラ』
『はい、ケイ様』
『あと何時間残ってる?』
『マリアンヌ様への魔王命令が実行されるまで、残り約六時間でございます』
『…………』
ケイの動きが止まった。
『……え?』
『残り約六時間でございます』
『六時間!?』
思わず椅子から立ち上がりそうになった。
十二時間あったはずだ。
それが、もう半分しか残っていない。
『ちょっと待って! もう六時間も経ったの!?』
『左様でございます』
『なんで早く言わないんだよ!』
『お尋ねになられませんでしたさかい』
『そういう問題じゃないだろ!』
ケイは慌てて窓の外を見た。
もう昼だ。
まだ花束すら用意していない。
メイが今どこにいるのかも分からない。
これから花を集めて、花束を作って、それから本人を探して告白しなければならない。
しかも、ただ渡して終わりではない。
目を見て、あの恥ずかしい言葉を最後まで言わなければ解除されないのだ。
『……やばい』
『何がでございます?』
『何がって! まだ何にも準備してないんだぞ!』
『そうでございますな』
『そうでございますな、じゃないよ!』
ケイは青ざめた。
さっきまで、告白するのが嫌だとか、マリアンヌに嫌われるとか、そんなことばかり考えていた。
だが、そんなことを言っている場合ではない。
六時間後。
解除できなければ、マリアンヌの顔に重大な火傷痕が残る。
命令達成予測は、百パーセント。
あの時と同じだ。
『……絶対に間に合わせないと』
『左様でございますな』
『アズラ! 時間になったら本当に解除できなくなるんだよな!?』
『結果が実現すれば、今回の解除条件では取り消せまへん』
『くそっ……!』
ケイは慌てて残っていた食事を口にかき込んだ。
「ちょっとケイ、急にどうしたの?」
母親が驚いたように声をかける。
「……んぐっ!」
慌てすぎて、喉に詰まりそうになった。
「おい、落ち着いて食え!」
父親が呆れたように言う。
ケイは急いで飲み込んだ。
「ごちそうさま!」
「え? もういいの?」
「うん! ちょっと用事!」
「用事って、どこ行くんだ?」
「あとで言う!」
ケイは椅子から立ち上がった。
花束を作る。
メイを探す。
そして、告白する。
それを全部、残り六時間で終わらせなければならない。
もう、迷っている時間なんてなかった。




