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勇者になりたい俺が、夢想の魔王になった件  作者: 月欠けラムネ
第二章 俺が婚約するわけがない

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第3話 断られる確率100%


『なんでメイなんだよ!』


『解除条件として指定されておりますさかい』


『そういうことを聞いてるんじゃない!』


 ケイは頭を抱えた。


 よりによって、メイ。


 マリアンヌと仲の悪い少女だ。しかも、つい最近も会ったばかりで、お菓子まで渡している。


 そんな相手に花束を持っていって、好きだ、結婚してほしい、なんて言えばどうなるか。


『俺、メイのこと好きじゃないんだぞ』


『問題ございません』


『大問題だよ!』


『解除判定には影響いたしまへん』


『俺が嘘つくことになるだろ!』


『指定された内容をお伝えいただければ結構でございます』


『結構じゃないよ!』


 ケイは再び頭を抱えた。


 好きでもない女の子に告白する。しかも、ただ好きだと言うだけではない。


 将来、結婚してほしい。


 そんなことを言わなければならないのだ。


『……なあ』


『はい』


『メイの返事は?』


『返事、でございますか?』


『断られたら失敗とか?』


『返答内容は解除条件に影響いたしまへん』


『じゃあ、断られてもいい?』


『はい』


『……受けられたら?』


『それも解除条件には影響いたしまへん』


『それはそれで困るんだけど』


『ご安心くださいませ。メイ様が求婚をお受けになることは、まずございまへん』


『……なんで?』


『ケイ様は十三歳になられた今も、本気で勇者を目指しておられる変わり者ですやろ?』


 ケイは不機嫌に答えた。


『それが何だよ』


『おまけに、村の広場で股間を出して走り回った、頭のおかしい少年と思われておりますさかい』


『…………』


『そのような御方から結婚を申し込まれて、普通の娘さんが承諾するとは思えまへん』


『……お前、ひどくない?』


『事実でございます』


『だからって!』


『ご安心ください。ワテが保証いたします。断られる確率、百パーセントでございます』


『…………』


 ケイは何とも言えない嫌な顔をした。


『……それはそれで嫌なんだけど』


『おや?』


『何だよ』


『お受けになられたら困ると仰っていたではございまへんか』


『そうだよ!』


『では、断られる方がよろしいのでは?』


『いや、そうだけどさ! 絶対断られるって言われるのも嫌だろ!』


『……結局、どちらがよろしいので?』


『どっちも嫌だよ!』


『難儀なお方でございますなあ』


『お前に言われたくないよ!』


 ケイは大きく息を吐いた。


『……本人に直接言えばいいんだな?』


『左様でございます。花束を直接お渡しになり、メイ様の目を見て、指定された言葉を最後までお伝えください』


『手紙じゃ駄目?』


『解除されまへん』


『誰かに伝えてもらうのは?』


『解除されまへん』


『……だよな』


 逃げ道はない。


 花束を持って、本人の目を見て、結婚してほしいと言う。


 そんなことをすれば、どうなるか。


 頭に浮かんだのは、マリアンヌの顔だった。


 今日だって、しばらく話しかけないでほしいと言われたばかりだ。それでも、ケイはどこかで期待していた。


 少し時間が経てば、また前みたいに話せるんじゃないか。いつか仲直りできるんじゃないか。


 けれど。


 マリアンヌと仲の悪いメイへ、花束を渡して結婚を申し込んだなんて知られたら。


『……もう絶対、口利いてくれないだろ』


『その可能性はございますな』


『そこは慰めろよ……』


『申し訳ございまへん』


 ケイはしばらく黙り込んだ。


 マリアンヌに嫌われたくない。本当は、メイに告白なんてしたくない。


 でも。


 あの森を思い出した。


 倒れていた三人。


 大怪我を負ったニコ。


 自分が解除を選ばなかったせいで、取り返しのつかないことになった。


 もう二度と、あんな思いはしたくない。


『……やるよ』


『承知いたしました』


『どんなに嫌でも、今回は絶対に解除する』


『左様でございますか』


『うん』


 そう答えたものの、ケイはすぐに肩を落とした。


『でも、本当に他の方法ないの?』


『ございまへん』


『もっとキツいのでいいから』


『ございまへん』


『山を十周するとか!』


『解除されまへん』


『三日飯抜き!』


『解除されまへん』


『魔物百匹倒す!』


『解除されまへん』


『なんで告白じゃなきゃ駄目なんだよ……!』


『指定された解除条件でございますさかい』


『…………』


 結局、何を言っても答えは同じだった。


 ケイは深く息を吐くと、ようやく立ち上がった。


 今日中にメイへ告白しなければならない。


 まずは花束だ。


 そして、メイのところへ行く。


 考えるだけで気が重かった。


『……俺の恋、終わったな』


『まだ終わったと決まったわけではございまへんで』


『じゃあ、終わらないと思う?』


『さて。それは分かりかねますなあ』


『全然慰めになってないよ……』


 ケイは肩を落としたまま、家へ向かって歩き始めた。


     ◇ ◇ ◇


 家へ帰ると、案の定、畑仕事が待っていた。


 だが、今は花束を作るのが先だ。


 ケイが花を摘みに行こうとした、その時。


「ケイ!」


 背中から父親の声が飛んできた。


 振り返ると、父親が鍬を持ってこちらを見ていた。


「どこ行ってた! こっち手伝え!」


 今はそれどころじゃない。


 そう思ったが、まだ時間はあるはずだ。


 畑仕事を終わらせてから花を摘みに行っても、きっと間に合う。


 ケイはそう自分に言い聞かせた。


「……分かった」


「聞こえねえぞ」


「分かったって!」


 父親の眉がぴくりと動いた。


 いつもなら、ここから言い合いになるところだ。けれど今日は、そんな気力もなかった。


 ケイは黙って鍬を持ち、畑を耕し始めた。


 手は動いている。だが、頭の中は別のことでいっぱいだった。


 花束。


 メイ。


 告白。


 結婚してほしい。


 そして、マリアンヌ。


「おい」


「……何?」


「そこ、さっきから同じところばっか掘ってるぞ」


「え?」


 足元を見ると、確かに必要以上に同じ場所を掘り返していた。


 父親が呆れた顔をする。


「何ぼーっとしてんだ」


「……別に何でもない」


「何でもないって顔じゃねえだろ」


 ケイは黙った。


 父親もしばらく黙っていたが、やがて鍬を止めた。


「……まだ熊のことか?」


 ケイの手が止まった。


「…………」


「村の連中も、まだ落ち着いてねえからな」


「……そうなの?」


「ああ。三人も死んだんだ。そう簡単に元通りにはならねえよ」


「…………」


 ケイは鍬を握る手に力を込めた。


 葬儀は終わった。けれど、村の人たちは今もあの事件を引きずっている。


 自分が原因で、三人の命が失われた。


 そのことを改めて突きつけられた気がした。


「母さんから聞いたぞ。まだ落ち込んでるって」


「別に……」


「別にじゃねえだろ」


 父親は鍬を地面へ置いた。


「熊四頭だったんだろ?」


「……うん」


「そりゃ、どうにもならねえよ」


「…………」


 ケイも鍬を止めた。


「最初は一頭だったんだ」


 ぽつりと話し始める。


「一頭なら……俺でも何とかできるかもしれないって思った」


「…………」


「でも、右からも来て」


「左からも来て」


「後ろにもいて」


 ケイは拳を握った。


「四頭もいた」


 父親は何も言わなかった。


「俺……頑張ったんだけど」


 声が少し震えた。


「駄目だった」


 三人が死んだ。


 本当は、四頭だったからでも、自分が弱かったからでもない。


 もっと前に解除していれば、あんなことにはならなかった。


「俺がもっと強かったら……」


「馬鹿言うな」


 父親が言った。


 ケイが顔を上げる。


「十三のガキが熊四頭どうにかできると思ってんのか」


「でも……」


「一度は戦おうとしたんだろ」


「…………」


「それで無理だと思って、大人を呼びに戻った」


「……うん」


「だったら、それ以上どうしろってんだ、お前のやったことは間違ってない」


「…………」


 違う。


 できた。


 自分には、もっと前に全部止められた。


 けれど、それを父親に話すことはできなかった。


「……父さん」


「何だ」


「もしさ」


「おう」


「自分がすごく嫌なことをしなきゃ、誰かを助けられないとしたら……父さんならどうする?」


 父親が眉をひそめた。


「何だ、急に」


「いいから」


「嫌なことって何だよ」


「……すごく恥ずかしいこととか」


「恥ずかしい?」


「うん」


 父親は少し考えた。


「それで人が助かるんなら、やるしかねえだろ」


「…………」


「恥かくくらいで済むなら安いもんだ」


 ケイは俯いた。


 分かっている。


 そんなことは、もう分かっている。


「……だよな」


「何の話だ?」


「何でもない」


「変なやつだな、お前」


 父親は首を傾げると、鍬を持ち直した。


「ほら、さっさと終わらせるぞ」


「……うん」


 ケイも鍬を握り直した。


 今日は、やらなければならないことがある。


 どんなに恥ずかしくても。


 どんなに嫌でも。


 今度こそ、逃げるわけにはいかなかった。


     ◇ ◇ ◇


 昼食の席でも、ケイの気分は晴れなかった。


「ケイ」


「何?」


「少しは食べなさい」


 母親が心配そうに声をかけてきた。


「食べてるよ」


 ほとんど減っていない皿を見て、母親は苦笑する。


「それで食べてるって言うの?」


「…………」


 父親がパンをかじりながら言った。


「熊のこと引きずってんだとよ」


 母親の表情が少し変わった。


「……そう」


 ケイは俯いた。


「……俺」


 そして、畑で父親に話した時と同じように、言ってしまった。


「頑張ったんだけど」


「うん」


 母親は静かに聞いていた。


「駄目だった」


「…………」


「友達……三人死んだし」


 胸の奥が痛くなった。


「ニコも……すごい怪我して」


 母親はすぐには答えなかった。


 それから、静かに口を開いた。


「亡くなった子たちや、そのご家族には……本当に申し訳ないけれど」


「…………」


「お母さんはね」


 母親がケイを見る。


「ケイが無事に帰ってきてくれて、本当に良かったと思ってる」


「…………」


 ケイが顔を上げた。


「父さんもよ」


「勝手に俺を入れるな」


 父親が言った。


 母親が父親を見る。


「違うの?」


「…………違わねえけど」


「ほら」


「いちいち言わせんな」


 父親は気まずそうに視線を逸らした。


「お前まで死んでたら……母さんがうるせえからな」


「あなたも泣くでしょう?」


「泣かねえ」


「本当に?」


「うるせえな!」


 いつもの父親と母親だった。


 ケイは二人を見つめた。


 自分が原因なのに。


 二人は知らない。


 自分の息子が、あの四人を熊に襲わせたなんて。


 知らないから、こんなふうに言ってくれる。


 それでも。


「……ありがとう」


 ほんの少しだけ、心が軽くなった。


 父親が怪訝そうな顔をする。


「何だお前。気持ち悪いな」


「……うるさい!」


「せっかく心配してやってんのに何だ!」


「父さんが余計なこと言うからだろ!」


「はいはい」


 母親が笑った。


「喧嘩する元気があるなら、お母さんは安心したわ」


「してねえよ!」


 ケイは言い返した。


 だが、いつまでもこうしてはいられない。


 今日中に、マリアンヌにかけてしまった因果を解除しなければならない。


『……なあ、アズラ』


『はい、ケイ様』


『あと何時間残ってる?』


『マリアンヌ様への魔王命令が実行されるまで、残り約六時間でございます』


『…………』


 ケイの動きが止まった。


『……え?』


『残り約六時間でございます』


『六時間!?』


 思わず椅子から立ち上がりそうになった。


 十二時間あったはずだ。


 それが、もう半分しか残っていない。


『ちょっと待って! もう六時間も経ったの!?』


『左様でございます』


『なんで早く言わないんだよ!』


『お尋ねになられませんでしたさかい』


『そういう問題じゃないだろ!』


 ケイは慌てて窓の外を見た。


 もう昼だ。


 まだ花束すら用意していない。


 メイが今どこにいるのかも分からない。


 これから花を集めて、花束を作って、それから本人を探して告白しなければならない。


 しかも、ただ渡して終わりではない。


 目を見て、あの恥ずかしい言葉を最後まで言わなければ解除されないのだ。


『……やばい』


『何がでございます?』


『何がって! まだ何にも準備してないんだぞ!』


『そうでございますな』


『そうでございますな、じゃないよ!』


 ケイは青ざめた。


 さっきまで、告白するのが嫌だとか、マリアンヌに嫌われるとか、そんなことばかり考えていた。


 だが、そんなことを言っている場合ではない。


 六時間後。


 解除できなければ、マリアンヌの顔に重大な火傷痕が残る。


 命令達成予測は、百パーセント。


 あの時と同じだ。


『……絶対に間に合わせないと』


『左様でございますな』


『アズラ! 時間になったら本当に解除できなくなるんだよな!?』


『結果が実現すれば、今回の解除条件では取り消せまへん』


『くそっ……!』


 ケイは慌てて残っていた食事を口にかき込んだ。


「ちょっとケイ、急にどうしたの?」


 母親が驚いたように声をかける。


「……んぐっ!」


 慌てすぎて、喉に詰まりそうになった。


「おい、落ち着いて食え!」


 父親が呆れたように言う。


 ケイは急いで飲み込んだ。


「ごちそうさま!」


「え? もういいの?」


「うん! ちょっと用事!」


「用事って、どこ行くんだ?」


「あとで言う!」


 ケイは椅子から立ち上がった。


 花束を作る。


 メイを探す。


 そして、告白する。


 それを全部、残り六時間で終わらせなければならない。


 もう、迷っている時間なんてなかった。


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