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勇者になりたい俺が、夢想の魔王になった件  作者: 月欠けラムネ
第一章 俺が魔王なわけがない

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第4話 悪魔《黒天冠》


「本当に喋った……」


『喋りますよ』


「しかも頭の中で……」


『正確には、声を出しとるわけやありません。魔王様の意識へ直接お伝えしとります』


「そっちの方が怖いわ!」


 耳から聞こえているわけではない。


 頭の中へ直接、声が流れ込んでくる。


 ケイは何とも言えない顔で、自分の頭に触れた。


『それにしても――』


「何?」


『やっぱり、よう似合ってますなあ』


「……何が?」


『うちです』


「…………」


『特に正面の青い宝石がええでしょう。黒い冠によう映えて、なかなか格好よろしいと思います』


「自分で言うの?」


『事実ですので』


 そこでケイは、ふと窓へ目を向けた。


 外は真っ暗だ。


 そのため、ランタンに照らされた室内が窓ガラスに薄く映り込んでいる。


 当然、ケイ自身の姿も見えた。


 短い黒髪。


 十三歳の、まだ幼さの残る顔。


 そして頭の上には。


 角のような黒い装飾をいくつも伸ばし、中央に大きな青い菱形の宝石を輝かせた《黒天冠》。


「…………」


 ケイの顔が引きつった。


「やばい」


『何がです?』


「こんなの頭につけて外歩けるわけないだろ!」


 父親に見つかったら何を言われるか分からない。


 母親だって驚く。


 村を歩けば、全員に見られる。


「外す!」


 ケイは慌てて《黒天冠》を両手で掴んだ。


『あ、それはあきません』


「なんでだよ!」


「ふんっ……!」


 力いっぱい引っ張る。


 だが、びくともしない。


「外れろって!」


『無理ですって』


「なんで外れないんだよ!」


『もう魔王様とくっついとりますから』


「くっついてる!?」


『はい』


 ケイはさらに力を込めようとした。


『あんまり無理せん方がええですよ』


「なんで?」


『完全に外れたら死んでまいますから』


「…………」


 ケイの手が止まった。


「誰が?」


『魔王様とうち、どっちもです』


「先に言えよ!!」


 ケイは慌てて手を離した。


『その程度で外れたりはせえへんので、大丈夫です』


「全然大丈夫じゃねえよ!」


『まあ、外れる時もございますけど』


「え?」


 ケイの顔が明るくなった。


「本当? いつ?」


『魔王様がお亡くなりになった時です』


「…………」


 明るくなった顔が、一瞬で元に戻った。


「それ、外れるって言わないだろ」


『外れますよ』


「俺が死んでるじゃん!」


『左様ですな』


「どこが大丈夫なんだよ!」


『魔王様がお亡くなりになれば、うちは自由になります。その後は、また眠りにつきます』


「…………」


「なんかお前だけ得してない?」


『気のせいです』


「絶対気のせいじゃないだろ……」


 ケイはため息をついた。


 しかし、何より困るのは見た目だった。


「じゃあ、これずっと見えるの?」


『ああ。それでしたら変えられますよ』


「…………は?」


『見た目でしたら、言うていただければ変えられます』


「できるの!?」


『はい』


「じゃあ早く言えよ!」


『聞かれませんでしたので』


「お前もそれ言うのかよ!」


 グレモアといい、《黒天冠》といい、どうして肝心なことを先に説明しないのだろう。


『それで、どのような見た目がお好みで?』


「普通!」


『普通?』


「何もない状態! いつもの俺!」


『もっと大きくすることもできますけど』


「しなくていい」


『角を増やしたり』


「いらない」


『もっと派手にしたり――』


「いらないって!」


『せっかくですのに』


「普通でいいの!」


『承知しました』


 次の瞬間。


 窓ガラスに映っていた《黒天冠》が、ふっと消えた。


「……おお!」


 ケイは窓へ近づいた。


 そこに映っているのは、いつもの自分だった。


 頭にも何もない。


「消えた!」


『見えなくしただけです』


 ケイは頭に手を伸ばす。


「……ある」


『そら、ありますよ』


「でも見えない!」


『見た目だけ普通にしとりますので』


「父さんにも見えない?」


『見えません』


「母さんにも?」


『見えません』


「村の人にも?」


『見えません』


「よかったぁ……」


 ケイは心底安心した。


『ただ、見た目だけですからね』


「まあ、見えないならいいや」


『…………』


「何?」


『いや、えらい簡単に納得されるなあと思いまして』


「だって見えないんだろ?」


『そうですけど』


「ならいい」


 ケイはそれ以上、深く考えなかった。


 とりあえず父親にも母親にも見えない。


 なら問題ない。


 十三歳のケイにとっては、それで十分だった。


『……なんや、ものすごい安心を感じますなあ』


「ん?」


 ケイは眉をひそめた。


「お前、俺の感情も分かるの?」


『強い感情くらいでしたら』


「頭の中まで読んでるんじゃないよな?」


『そこまでは読んどりません。ただ、怒っとるとか、喜んどるとか、そのくらいは伝わってきます』


「ふーん……」


『それにしても魔王様、結構な短気ですなあ』


「…………」


 ケイの眉がぴくりと動いた。


「それ、グレモアにも言われた」


『そうなんですか』


「悪魔らしくて素晴らしいとか言ってた」


『なるほど』


 《黒天冠》は妙に納得した。


『おそらく、そこを褒めておられたんでしょうな』


「どこを?」


『短気なところです』


「なんで短気を褒めるんだよ!」


『魔王様は、怒りやすい方がええですから』


「は?」


『怒りに任せて町を壊したり、国を滅ぼしたり――』


「…………」


『そのうち世界まで壊してくれるかもしれませんし』


「…………」


『悪魔からしたら、なかなか期待できます』


「…………」


『グレモア殿も、それを期待して褒めておられたんやないですか?』


「…………」


 ケイは怒鳴り返そうとした。


 だが。


「…………」


 やめた。


 ゆっくり息を吸う。


 吐く。


『おや』


「何」


『急に怒りが弱まりましたな』


「……お前らの期待通りになるの、なんか腹立つから」


『なるほど』


「だから怒らない」


『賢明ですなあ』


「その言い方も腹立つ……」


『また怒ってきました』


「いちいち言うな!」


 叫んでから、ケイははっとした。


「…………」


『怒りましたな』


「うるさい!」


『また』


「…………っ!」


 ケイは歯を食いしばった。


 もう相手にしない。


 そう決めた。


「……で」


『はい』


「お前、これからどうするの?」


『魔王様を補佐いたします』


「補佐?」


『困った時に助言したり、分からんことを説明したり。魔王様のお役に立つのが、うちの役目です』


「…………」


 ケイは少し考えた。


「俺、勇者になるんだけど」


『はい』


「魔王になる気ないからな」


『もう魔王様ですけど』


「そこは今いい!」


『はいはい』


「俺は勇者になって、魔王を倒して、人を助けるの!」


『承知しました』


「世界だって救う!」


『はい』


「それでも手伝うの?」


 少しだけ間が空いた。


『魔王様がそうしたいんでしたら』


「…………」


 ケイは意外そうに目を瞬いた。


「止めないの?」


『うちは魔王様をお手伝いする役目ですから』


「…………」


 少しだけ。


 本当に少しだけだが。


 話が通じる気がした。


「じゃあ」


 ケイは胸を張る。


「俺は勇者になるからな」


『承知しました、魔王様』


「最後いらない!」


 思わず大声を出した。


 その直後。


 廊下の向こうから、


 どすどすどす。


 荒い足音が近づいてくる。


「…………」


 ケイの顔が固まった。


「……やば」


『なんや、急に怖がってますな』


「誰のせいだよ!」


『叫んだんは魔王様ですけど』


「お前と話してたからだろ!」


 次の瞬間。


 バンッ!!


 部屋の扉が勢いよく開いた。


「ケイ!!」


「っ!」


 寝巻き姿の父親が、恐ろしく不機嫌そうな顔で立っていた。


「夜中に何をギャーギャー騒いでる!!」


「…………」


 ケイはゆっくり口を閉じた。


『お父上ですな』


「お前は黙ってろ!」


「誰に言ってんだ、お前は!!」


「…………」


 最悪だった。

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