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勇者になりたい俺が、夢想の魔王になった件  作者: 月欠けラムネ
第一章 俺が魔王なわけがない

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第3話 喋る王冠


「俺はまだ認めてないからな!」


「承知しております」


「じゃあ外してくれ!」


「それはできかねます」


「全然承知してないじゃん!」


 ケイは頭にしっかりとはまった《黒天冠》を両手で掴み、もう一度思い切り引っ張った。


 やはり動かない。


「なんなんだよ、これ……!」


 勇者になるつもりで十三年間生きてきた。


 それなのに、夜中に突然現れた悪魔から魔王呼ばわりされ、挙げ句の果てには魔王の証だという王冠が勝手に頭にはまった。


 意味が分からない。


 納得できるはずもない。


 そんなケイを前に、老人は何事もなかったように姿勢を正した。


「それでは」


「……それでは?」


「私の役目は、これにて終了でございます」


「は?」


 ケイは《黒天冠》を掴んだまま老人を見る。


「終わり?」


「はい」


「何が?」


「私の役目が、でございます」


「いや、それは聞いたけど!」


 ケイは自分の頭を指さした。


「こんなもん勝手に頭にはめといて終わりって何だよ!」


「今回、私に与えられた役目は、《黒天冠》を正統なる魔王様へお届けすること。それのみでございます」


「それのみって……」


「無事にお届けできましたので」


「無事なのこれ!?」


 ケイは頭の王冠を指さす。


「俺、全然無事な気分じゃないんだけど!」


「頭部も吹き飛んでおりませんので、極めて良好かと」


「基準がおかしいだろ!」


 老人は相変わらず穏やかな顔をしている。


「では、私はこれにて失礼いたします」


「ちょっと待て!」


 ケイは慌てて一歩近づいた。


「説明は!?」


「《黒天冠》が行います」


「これが?」


「はい」


「これ、喋るの?」


「はい」


「だったら先に言えよ!」


「ご質問がございませんでしたので」


「聞くわけないだろ! 王冠が喋るなんて思わないんだから!」


 老人はわずかに首を傾げた。


「左様でございますか」


「そうだよ!」


 ケイはそこで、ベッドの上に置かれている剣へ目を向けた。


「あ。そうだ」


「はい」


「この剣、本当に俺が貰っていいんだよな?」


「もちろんでございます」


「もう俺の?」


「すでにケイラス様の所有物でございます」


「後から返せとか言わない?」


「お約束いたしましたので」


「……よし」


 そこだけは素直に嬉しい。


 ずっと欲しかった、本物の剣だ。


 頭に変な王冠がくっついたことを考えれば、とても得をしたとは思えないが。


「では、今度こそ失礼いたします」


「待てって!」


「まだ何か?」


「このまま帰るのかよ!」


「はい。今はまだ、その時ではございませんので」


「……その時?」


 老人は少しだけ目を細めた。


「いずれ時が参りましたら、改めてお迎えに参ります」


「迎え?」


「左様でございます」


「どこに?」


「それは、その時に」


「また説明しないのかよ!」


「必要な時が参りましたら、必要なことをご説明いたします」


「今も必要だろ!」


 老人は答えず、足元から黒い靄が立ち上り始めた。


「おい、待て!」


「はい」


「せめて名前くらい教えろよ! ずっと老人とか悪魔とか呼ぶことになるだろ!」


 老人はそこで動きを止めた。


「……これは失礼いたしました」


 白手袋をはめた右手を胸元へ添え、静かに頭を下げる。


「私の名はグレモア」


「グレモア?」


「魔界にて長く魔王家に仕えております――魔界侯爵グレモアでございます」


「魔界侯爵……」


 ケイには、それがどれほど偉いのかさっぱり分からない。


 だが、少なくとも普通の悪魔ではなさそうだった。


「じゃあグレモア。次に会った時はちゃんと説明しろよ」


「機会がございましたら」


「迎えに来るって自分で言っただろ!」


「左様でございました」


「忘れるの早すぎだろ!」


「では、その際に」


「絶対だからな!」


「善処いたします」


「それ絶対やらない奴の言い方だろ!」


 グレモアは答えず、最後に深々と頭を下げた。


「それでは、魔王様。またいずれ」


「だから俺は勇者だって!」


 ケイが叫んだ時には、グレモアの身体は黒い靄に完全に包まれていた。


 そして次の瞬間。


 跡形もなく消えた。


「…………」


 部屋に静けさが戻った。


「……帰った」


 本当にいなくなった。


 いつもの狭い部屋。


 ベッド。


 机。


 椅子。


 本棚。


 窓から差し込む月明かり。


 さっきまで悪魔が立っていたとは思えないほど、何も変わっていない。


 ただし。


 ベッドの上には、ついさっき手に入れた本物の剣。


 そしてケイの頭には、どうやっても外れない《黒天冠》が乗っている。


「なんだったんだよ……」


 夜中に突然現れた悪魔。


 魔王ケイラス。


 魔王の証。


 魔界侯爵グレモア。


 それに、いつか迎えに来るという意味の分からない話。


 分からないことだらけだった。


 ケイはため息をつき、ベッドの上の剣へ目を向ける。


「…………へへ」


 少しだけ頬が緩んだ。


 黒い革を巻いた柄。


 銀色の鍔。


 鞘には細かな模様が彫り込まれ、柄頭には青い宝石が嵌め込まれている。


 恐る恐る鞘から少しだけ抜くと、鋼の刃がランタンの光を受けてきらりと輝いた。


「やっぱ、すげえ……」


 本物だ。


 木剣ではない。


 ずっと欲しかった本物の剣。


「これだけは……まあ、嬉しいけど」


 問題は父親だ。


 十三歳には早いと言って、何度頼んでも真剣を買ってくれなかった。


 そんな父親にこれを見つけられれば、どこで手に入れたのか聞かれるに決まっている。


「悪魔にもらった」


 などと答えられるはずもない。


「……隠しとこ」


 ケイは剣を鞘へ戻し、ベッドと壁の隙間へそっと差し込んだ。


「よし」


 これなら、すぐには見つからないだろう。


 そして。


 ケイは再び頭へ手をやった。


「で」


 本当の問題はこちらだ。


「お前、どうすんだよ」


 《黒天冠》。


 グレモアは、こいつが説明すると言っていた。


「…………」


 返事はない。


「喋るんじゃなかったのかよ」


 ケイは《黒天冠》を指先で軽くつついた。


「おーい」


 何も起きない。


「…………」


 やっぱりグレモアに騙されたのではないか。


「とりあえず外れろよ」


 もう一度《黒天冠》へ手をかける。


 力を込めようとした、その時だった。


『魔王様』


「…………」


 ケイの手が止まった。


 今。


 声がした。


 だが、耳から聞こえた声ではない。


 部屋の中からでもなかった。


 意味そのものが、頭の内側へ直接流れ込んできたような奇妙な感覚だった。


「…………誰?」


『初めまして』


「…………」


 ケイはゆっくりと周囲を見回す。


 誰もいない。


『これより、魔王様にお仕えさせていただきます』


「……まさか」


 ケイは恐る恐る、自分の頭へ手をやった。


「お前?」


『はい』


「…………」


『うちが《黒天冠》でございます』


「…………」


 ケイはしばらく何も言えなかった。


「本当に喋った……」


『左様でございます』


「…………」


 ケイは眉をひそめた。


 何か引っかかる。


「ていうか、お前……」


『はい?』


「なんか変な喋り方するな」


『そうでっしゃろか』


「ほら、それ! なんだよ、その喋り方」


『ああ』


 頭の中の声が、納得したように答えた。


『昔、お仕えしておりました魔王様が、こういう話し方をされるお方やったんです』


「昔の魔王?」


『はい。長いことお側におりましたさかい、いつの間にやら移ってしもうたようでして』


「王冠にも喋り方って移るの?」


『移ったみたいですなあ』


「そこ自分でも分かってないのかよ!」


『何分、長いこと眠っとりましたので』


「便利だな、その言い訳!」


『便利ですさかい』


「認めるなよ!」


 ケイは思わず叫んでから、慌てて口を押さえた。


 今は夜中だ。


 これ以上大声を出せば、父親が起きてくる。


「……ったく」


 声を落とし、もう一度《黒天冠》へ触れる。


「で、お前、本当に俺の頭から外れないの?」


『はい』


「即答すんなよ……」


『事実ですので』


「俺、勇者になりたいんだけど」


『左様でございますか』


「魔王になりたいわけじゃないからな?」


『承知いたしました』


「……本当に分かってる?」


『もちろんでございます』


「なんかグレモアと同じ感じがするんだけど」


『気のせいやと思います』


「絶対気のせいじゃないだろ!」


 こうして。


 勇者になることを夢見ていた十三歳の少年ケイラスは、その日の夜。


 どうやっても外れない魔王の証と。


 妙な喋り方をする、喋る王冠を手に入れた。

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