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勇者になりたい俺が、夢想の魔王になった件  作者: 月欠けラムネ
第一章 俺が魔王なわけがない

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第43話 騎士剣話法


 騎士剣話法を覚え始めてから、数日が経った。


 まだ覚えた数は、それほど多くない。


 剣を右へ向ける。


 左へ向ける。


 切っ先を上げる。


 下げる。


 片手で持つ。


 両手で構える。


 単純な動きに見えるが、角度や高さが少し違うだけで意味まで変わる。


 当然。


 ケイは何度も間違えた。


『違います』


『また!?』


『切っ先が高すぎます』


『これくらい同じだろ!』


『全然違います』


『細かすぎるよ!』


『戦場で使うものですさかい』


 そんなやり取りを繰り返しながら、その日もケイは家の裏で剣を振っていた。


『もう一度。右斜め下へ』


『こう?』


『そこです』


『これ何だっけ』


『右へ迂回しろ、でございます』


『よし』


 ケイは剣を戻した。


 そこで、前から少し気になっていたことを思い出す。


『なあ、アズラ』


『はい』


『そういえばさ』


『何でございましょう』


『何でお前、こんなの知ってるの?』


『こんなの、とは?』


『騎士剣話法だよ』


 ケイは手に持った剣を軽く振った。


『お前、騎士じゃないだろ』


『もちろんでございます』


『剣も使えないし』


『左様でございます』


『じゃあ何でそんなに詳しいんだよ』


『それには少々事情がございましてな』


『事情?』


『ワテが昔、勇者や騎士どもと戦っておった頃の話でございます』


 アズラによれば。


 三百年前の戦場では、騎士や兵士たちが声で指示を出すことも珍しくなかったらしい。


『ワテ、周囲の音を拾うんは得意でございますやろ』


『この前言ってたやつ?』


『左様でございます』


『人間よりずっと遠くの声まで聞こえるって』


『ええ』


 敵の指揮官が、どこへ兵を動かそうとしているのか。


 誰を狙うのか。


 どこから攻めるのか。


 声に出して話している限り、その多くをアズラは拾うことができた。


『聞いた内容を整理して、主へお伝えしておりました』


『それ、ずるくない?』


『何がでございます?』


『敵の作戦、盗み聞きしてたんだろ』


『立派な情報収集でございます』


『悪魔らしいな……』


『お褒めにあずかり光栄でございます』


『褒めてないよ』


 周囲から情報を集める。


 それを整理する。


 敵が次にどう動くのかを考え、必要なものだけを主へ伝える。


 それが、アズラの役目の一つだった。


『ところが、ある頃から困ったことになりましてな』


『困ったこと?』


『騎士どもが、戦いの最中にほとんど喋らんでも意思を伝えるようになったんです』


『……それって』


『騎士剣話法でございます』


『ああ』


 剣を傾ける。


 切っ先を動かす。


 持つ手を変える。


 ただそれだけで、騎士たちは互いに次の行動を伝えていた。


『最初は意味が分かりまへんでした』


『そりゃそうだろ』


『それまでは聞いておれば分かったことが、突然分からんようになりましてな』


『目の前で何か相談してるのは分かるのに?』


『左様でございます』


『何かやろうとしてるのも分かる』


『ええ』


『でも何をするかは分からない』


『それが大変気に入りまへんでした』


『悔しいじゃなくて、そっちなんだ』


『悔しくもございましたで』


 アズラの声が、ほんの少し低くなる。


『ワテの役目は、情報を集めて主をお支えすることでございます』


『うん』


『せやのに、敵が何か企んでおると分かっていながら、それが何なのか分からん』


『それは……嫌そうだな』


『大変嫌でございました』


『やっぱり怒ってるじゃん』


『もちろん』


 ケイは呆れた。


『でもさ』


『はい』


『何で騎士たちは、急にそんな方法を使い始めたんだろ』


『さて』


 アズラが少し考える。


『これはワテの推測でございますが』


『うん』


『魔王側に作戦を読まれんようにするため、発達したんかもしれまへんな』


『魔王への対策ってこと?』


『その可能性はございます』


『何で?』


『声で出した指示が、何度もこちらへ筒抜けになっておりましたさかい』


『ああ……』


 作戦を話す。


 なぜか魔王側に知られている。


 離れた場所で出した指示まで読まれる。


 そんなことが続けば、声を使わずに意思を伝える方法を考えても不思議ではない。


『もちろん、騎士剣話法そのものが何をきっかけに生まれたんかまでは知りまへん』


『じゃあ、お前たちへの対策だったかもしれないってだけ?』


『左様でございます』


『でも、お前には効いたんだろ?』


『見事に』


『それまで分かってた作戦が、急に分からなくなった?』


『ええ』


『それは悔しいな』


『大変腹立たしゅうございました』


『だから何でそっちなんだよ』


『もちろん悔しくもございましたで』


『それで覚えようと思ったの?』


『ええ』


『どうやって?』


『最初は、ひたすら見ました』


『見る?』


『騎士どもの動きを、でございます』


『それだけで分かるの?』


『一度や二度では分かりまへん』


 ある騎士が剣を右斜め下へ向ける。


 すると、仲間が右へ回り込む。


 別の戦場でも同じ合図を見る。


 そこでも騎士たちは右へ動く。


 何度も同じことが続けば、少しずつ意味を絞ることができる。


『合図のあと、実際に騎士どもがどう動くんかを覚えておりました』


『ずっと?』


『ええ』


『面倒くさ……』


『大変でございましたで』


『でも、それだけじゃ全部は分からないだろ』


『もちろん』


『じゃあどうしたの?』


『戦いの前後に交わされる会話も拾いましたし――』


 アズラが少し間を置いた。


『亡くなった騎士どもに残った記憶からも、少しずつ』


「…………」


 ケイの手が止まった。


『……今、何て?』


『亡くなった騎士どもの記憶でございます』


『お前、死んだ人の記憶なんて見られるの?』


『見られる、いうほど便利なものではございまへん』


『どういうこと?』


『死後に残った記憶の断片を、拾えることがある。それだけでございます』


『それだけって……十分怖いよ』


『ワテ、悪魔でございますさかい』


「…………」


『今の言いたかっただけだろ』


『さて、何のことでございましょう』


『絶対気に入ってるよな』


『否定はいたしまへんなあ』


 ケイは呆れながら、再び剣を下ろした。


『でも、どんな記憶でも分かるの?』


『まさか』


『違うんだ』


『亡くなった者の人生を最初から最後まで眺めたり、欲しい記憶を自由に探したりできるものやございません』


『じゃあ何が分かるの?』


『残っておるもの次第でございますな』


『残ってるもの?』


『何度も繰り返したこと。長い年月をかけて身につけたこと。身体や頭へ染みついたようなものは、比較的残りやすいんですわ』


『例えば?』


『剣の扱い』


『うん』


『騎士の礼法や知識』


『ああ』


『軍の中で使う隠語や合図』


『なるほど』


『そういったものでございますな』


『だからお前、騎士のことそんなに詳しいの?』


『それも理由の一つでございます』


 もちろん、一人の騎士からすべてが分かったわけではない。


 ある者からは剣の合図。


 別の者からは騎士の礼法。


 また別の者からは軍の中で使われていた言葉。


 拾えるものは、ほんの断片だった。


『ですから、一人から拾って終わり、いうわけにはいきまへん』


『何人も?』


『ええ』


『どれくらい?』


『さて。正確な人数までは覚えておりまへんなあ』


『そんなに!?』


『三百年近く前の話でございますし』


『それでも多すぎない?』


『必要でございましたさかい』


 拾った記憶だけを信用するわけでもない。


 戦場で自分が見た動き。


 聞いた会話。


 騎士たちに残った記憶の断片。


 それらを一つずつ照らし合わせていく。


『同じ動きを何人もの騎士が同じ意味で覚えておれば、かなり確かになります』


『逆に違ってたら?』


『別の記憶や、実際の動きと比べます』


『…………』


『そうやって一つずつ確かめていきました』


『執念すごいな』


『二度と、分からんいう理由だけで主のお役に立てんのは御免でしたさかい』


「…………」


 ケイは少し黙った。


 ただ敵の技術を盗みたかったわけではない。


 自分の役目を果たせなかった。


 それがアズラには、よほど悔しかったらしい。


『それで騎士剣話法も全部覚えたの?』


『少なくとも、当時よく使われておったものは一通り』


『すごいな』


『ありがとうございます』


『やっぱりちょっと怖いけど』


『そこは気にせんでよろしい』


『気になるよ!』


『おかげで、それ以降は騎士どもが剣で何を話しておるんか、かなり読めるようになりました』


『うわ……』


『何です?』


『せっかく声を使わないようにしたのに、結局お前に読まれたんだ』


『情報いうんは、隠されたら別の方法で集めればええんです』


『怖いこと普通に言うなよ』


『ワテ、本来そういう役目でございますさかい』


『敵からしたら最悪だな』


『お褒めにあずかり光栄でございます』


『だから褒めてないって』


 ケイは呆れながら剣を見る。


『でも、お前自身は使えないんだよな』


『当然でございます』


『剣持てないもんな』


『左様でございます』


『というか腕ないし』


『冠でございますさかい』


 《黒天冠》であるアズラの役割は、直接剣を振るうことではない。


 周囲から情報を集める。


 状況を整理する。


 持っている知識や経験と照らし合わせる。


 そして、必要な情報を主へ伝える。


 暗黒術を扱う時には、その発動や処理を補助する。


『つまり、ケイ様が動かれるために、ワテが知識と補助を提供する。それが基本でございますな』


『じゃあ俺が剣を振るって、お前が頭の方を手伝うってこと?』


『概ね』


『なるほど』


『現在はケイ様の頭脳の八割ほども補填しておりますし』


『またそれ言う!』


『事実でございますさかい』


『八割もないだろ!』


『では七割五分ほどで』


『ほとんど変わってない!』


『細かいことはお気になさらず』


『気になるよ!』


 そんなやり取りをしながら、ケイは再び剣を構えた。


『じゃあ、続き』


『左様でございますか』


『七大勇者も覚えてたんだろ?』


『もちろん』


『なら全部覚える』


『全部でございますか』


『全部』


『随分とやる気になられましたなあ』


『勇者になるんだから当然だろ』


『では、遠慮なく参りましょう』


『うん』


『まず、切っ先を右斜め下へ』


 ケイが剣を動かす。


『こう?』


『もう少し下でございます』


『これくらい?』


『そこです』


『これ何だっけ』


『右へ迂回しろ、でございます』


『よし』


『では次。そこから切っ先を少し上へ』


『こう?』


『違います』


『え?』


『上げすぎです』


『これくらい?』


『今度は低すぎます』


『細かいな!』


『その角度では「右へ迂回しろ」ではなく、「右側に敵が潜んでいる」でございます』


『ほとんど同じじゃん!』


『全然違います』


『ちょっと角度違うだけだろ!』


『意味はまるで違いますで』


『こんなの戦ってる最中に分かるかよ!』


『分からなければ困るから訓練するんです』


「…………」


『戦場で間違えれば、仲間が死にますさかい』


「…………」


 ケイの表情が変わった。


 間違えた。


 知らなかった。


 できなかった。


 それだけで、誰かが死ぬことがある。


 ケイは、それを知っている。


『……分かった』


『では、もう一度』


『うん』


 剣を戻す。


 もう一度、右斜め下へ。


『これで「右へ迂回しろ」』


『左様でございます』


『それで少し上げて――』


 ケイは慎重に切っ先を動かした。


『「右側に敵が潜んでいる」』


『正解でございます』


『よし!』


 片手。


 両手。


 右。


 左。


 上。


 下。


 何度も繰り返す。


 最初はいちいち頭の中で意味を思い出さなければならない。


 間違えるたび、アズラから細かく直された。


『違います』


『また!?』


『切っ先が高すぎます』


『これくらい?』


『まだ少し』


『こんなの分かるかよ!』


『七大勇者はできましたで』


「…………」


 ケイは剣を構え直した。


『もう一回』


『左様でございますか』


『今度は間違えない』


『結構』


 アズラの声が、少しだけ楽しそうだった。


 それからもしばらく、ケイは剣を動かし続けた。


 右。


 左。


 上。


 下。


 間違えて。


 直されて。


 また間違えて。


 もう一度やる。


 そして。


『先生、次!』


『…………』


『何?』


『いえ』


 アズラが少し黙った。


 それから、どこか嬉しそうな声で答える。


『では次へ参りましょうか、ケイ様』


『うん!』


 こうして。


 かつて七大勇者たちも使ったという、騎士たちの古い技術が。


 三百年の時を越えて。


 少しずつ。


 ケイへと受け継がれていった。



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