幕間 なんで夢想なの?
その日の夜。
ケイはベッドに寝転がりながら、昼間アズラから教わった話をぼんやりと思い返していた。
昔の勇者たち。三大魔王。そして、自分の前世だと言われている《夢想の魔王》。
「…………」
そこで、ふと気になった。
『なあ、アズラ』
『はい、ケイ様』
『前からちょっと気になってたんだけどさ』
『何でございましょう』
『なんで《夢想の魔王》なの?』
『はい?』
『だから、名前』
ケイは天井を見上げた。
『《夢想》って何だよ。魔王なのに夢でも見てたの?』
『…………』
『何、その間』
『いやあ』
アズラが、どこか懐かしそうな声を出した。
『そう言われますと、あながち間違いでもございまへんなあ』
『え?』
『実を申しますとな』
『うん』
『元々は《無双の魔王》と呼ばれておりました』
「…………」
ケイが勢いよく身体を起こした。
『無双!?』
『左様でございます』
『そっちの方が絶対かっこいいじゃん!』
『ワテもそう思います』
『だよな!?』
『ええ』
『無双って、誰も並ぶ奴がいないってことだろ?』
『左様でございますな。《天下無双》いう言葉もございますさかい』
『じゃあ絶対そっちの方が魔王っぽいだろ! 何で変わったんだよ!』
『歴代の御方々のせいでございます』
「…………」
『歴代?』
『はい』
『一人じゃないの?』
『《無双の魔王》いう名を持った御方は、一人だけやございません。その名を受け継いだ御方が何人もおられました』
『へえ……』
『そして、どういうわけか』
アズラが少し間を置いた。
『変わった御方が多かったんですわ』
『変わった?』
『それはもう』
『どんな?』
『ある御方は、突然「城を空に浮かべたい」と仰いました』
『おお』
『別の御方は「海を割ったまま、その底に町を作りたい」と』
『すごいじゃん』
『また別の御方は「月まで歩いて行ける道を作れんか」と』
『それいいな!』
『…………』
『何だよ』
『いえ』
『何だよ!』
『ケイ様も、やはりそちら側でございますなあと思いまして』
『どっち側だよ!』
『変わった御方側でございます』
『俺は普通だよ!』
『それはございまへん』
『即答するな!』
ケイがむっとする。
だがアズラは、まったく悪びれる様子もなかった。
『お父上を相手に《夢想因果》を暴発させた時点で、普通とは申し上げにくいですなあ』
『あれは事故だろ!』
『その後も色々ございましたし』
『色々でまとめるな!』
『まあ、ケイ様も十分変わっておられます』
『おい!』
『ですが』
『何だよ』
『ワテからすれば、まだ許容範囲でございます』
「…………」
『許容範囲?』
『はい』
『俺より変なのがいたの?』
『いくらでも』
『そんなに!?』
『ワテ、長いこと色々な御方に仕えてまいりましたさかい。この程度では、そうそう驚きまへん』
『この程度って言うなよ……』
『むしろケイ様は、まだ分かりやすい方でございますで』
『それ褒めてる?』
『もちろん』
『絶対違うだろ』
アズラが小さく笑った。
『中には、思いついたら止まらん御方もおられましてな』
『例えば?』
『「山一つ丸ごと城に変えられんか」と』
『できるの?』
『その時の成功予測は、〇・〇一%ほどでございました』
『低っ!』
『でしょう?』
『じゃあ諦めたんだろ?』
『いいえ』
『え?』
『「零ではないな」と』
「…………」
『そう仰って、本当に試そうとなさいました』
『やるの!?』
『やります』
『〇・〇一%だぞ!?』
『ワテも申し上げました。「九十九・九九%は失敗するいうことですで」と』
『そしたら?』
『「でも〇・〇一%は成功する」と』
「…………」
『そういう御方が、何人もおられたんですわ』
『面倒くさ……』
『ええ』
『そこは否定しろよ』
『事実でございますさかい』
ケイは呆れながら、再び枕へ身体を預けた。
『でも、そんなことばっかりしてたの?』
『全員が同じではございまへん。ただ、妙なことを思いついては試したがる御方が多かったのは確かですな』
『何でだろ』
『さあ』
『分からないの?』
『そこまで分かっておりましたら、ワテも苦労しておりまへん』
『苦労したんだ』
『しましたとも』
アズラの声に、少し疲れたような響きが混じった。
『暗黒術を使いすぎて、体力も精神力も使い切って、その辺に転がっておられることも珍しくございませんでした』
『魔王が!?』
『魔王が、でございます』
『どこで?』
『廊下や庭や、時には会議室で』
『会議室!?』
『思いついてしもうたら、場所など関係なかったんでしょうなあ』
『自由すぎるだろ……』
『左様でございます』
ケイは少し黙った。
『それで《夢想》になったの?』
『少しずつ、でございますな』
『少しずつ?』
『元々は《無双》。並ぶ者なし、いう意味でございました』
『うん』
『ところが代を重ねるうちに、周囲から「あの御方々は《無双》というより《夢想》やろ」と言われるようになりまして』
『夢みたいなことばっかり考えてるから?』
『左様でございます』
『読み方同じだもんな』
『ええ。いつの間にやら、使われる字まで《無双》から《夢想》へ変わってしもうたんですわ』
「…………」
『そんな理由で!?』
『そんな理由でございます』
『せっかく格好よかったのに!』
『ワテもそう思います』
『だよな!』
ケイは本気で残念そうな顔をした。
『じゃあ、三百年前の魔王も変だったの?』
『ケイ様の前世でございますか』
『だから前世って決めつけるなよ』
『では、三百年前の《夢想の魔王》様』
『それでいい』
『あの御方も、かなりのものでございましたで』
『やっぱり変だったんだ』
『ええ。できるかもしれんことを、最初から無理やと決めるのを嫌う御方でした』
『……やっぱり〇・〇一%でもやる奴?』
『左様でございます』
『面倒くさいな』
『ええ』
『だから否定しろよ!』
アズラが楽しそうに笑う。
『ですが、御本人は《夢想》いう呼び名を気に入っておられました』
『気に入ってたの!?』
『ええ。ワテが《無双》の方が威厳があると申し上げましたら』
『うん』
『「でも《夢想》の方が俺らしい」と』
「…………」
『変なやつじゃん』
『その「変なやつ」の魂が、今ケイ様の中にございますで』
「…………」
『違う!』
『何がでございます?』
『俺は魔王じゃない!』
『存じております』
『だったら一緒にするなよ! そいつはそいつ! 俺は俺!』
『しかし魂は同じでございますさかい』
『知らない!』
アズラがまた笑う。
『いやあ。しかし、ケイ様を見ておりますと、歴代の御方々を思い出すことはございますなあ』
『どこが!』
『思いついたら、とりあえずやってみようとなさるところとか』
『俺はそんなことしない!』
『月までの道には、随分食いついておられましたけど』
「…………」
『それは……ちょっと面白そうだっただけだよ』
『そういうところでございます』
『違うって!』
『左様でございますか』
『絶対違う!』
ケイは不機嫌そうに枕を抱え込んだ。
『でもさ』
『はい』
『歴代の奴らがそんなに変だったんなら、お前が俺のやることにあんまり驚かないのって、そのせい?』
『それはございますな』
『やっぱり』
『ケイ様も十分変わっておられますけど』
『また言った!』
『ですが、ワテから見ればまだまだでございます』
『まだまだって何だよ!』
『今のところは、許容範囲でございます』
『何の基準だよ!』
『歴代《夢想の魔王》基準でございます』
『そんな基準で測るな!』
『ほっほっほ』
ケイは大きくため息をついた。
《無双の魔王》。
並ぶ者のないほど強い魔王。
けれど、その名を受け継いだ者たちは、揃いも揃って夢みたいなことを考え、それを本当に試そうとした。
だからいつしか、《夢想の魔王》。
『……でもやっぱり』
『はい』
『《無双》の方が格好いい』
『ワテもそう思います』
『だよな』
『ただ、ケイ様もこのまま行けば、歴代に負けんくらい立派な《夢想》になられるかもしれまへんな』
『ならない!』
『左様でございますか』
『俺は勇者になるんだよ!』
『ほっほっほ』
『笑うなって!』
静かな夜の部屋に、ケイの声が響いた。




