第41話 勇者への第一歩
最近、ケイはアズラから人間界について教わるようになった。
とはいっても、毎日机に向かって勉強するわけではない。畑仕事をしている時や、薪を割っている時。森へ向かう途中や、夜寝る前。
アズラが何か思い出すたびに、
『そういえば、ケイ様』
と唐突に授業が始まる。
そんな日々が、しばらく続いた。
◇ ◇ ◇
ある日、ケイが家の裏で剣を振っていると、アズラが声をかけてきた。
『ケイ様。せっかく剣をお持ちなのでしたら、こちらも覚えておいた方がよろしいですで』
『何を?』
『騎士剣話法でございます』
『……剣で話すの?』
『左様でございます』
アズラによると、騎士剣話法とは、剣の持ち方や向きだけで仲間へ意思を伝える方法らしい。
片手で持つのか、両手で持つのか。切っ先を上へ向けるのか、下へ向けるのか。右か左か。剣を構える高さや、僅かな角度の違いにまで、それぞれ別の意味があるという。
『こんなの役に立つの?』
『もちろんでございます』
『すごい数あるんだけど』
『ございますなあ』
『覚えるの面倒くさそう』
『勇者になりたくないので?』
「…………」
その一言で、ケイの顔が変わった。
『これ、勇者と関係あるの?』
『大いにございます』
『本当に?』
『かつての勇者たちは、勇者になる前は騎士だった御方が多うございましたさかい』
『……騎士から?』
『左様でございます』
アズラは何でもないことのように続けた。
『まず騎士として剣を学び、戦場での作法や礼儀、様々な知識を身につけ、その先で勇者になった御方が多かったんです』
『じゃあ、騎士ができることは勇者になる前からできてたってこと?』
『そういうことでございますな』
「…………」
ケイは持っていた剣を見る。
今まさに、畑仕事の合間に剣を振っている十三歳である。
『昨日まで畑を耕していた者が、次の日いきなり「勇者になりました」とは、普通なりまへん』
『…………』
『何で俺を見て言うんだよ』
『気のせいでございます』
『絶対俺のことだろ!』
『ともかく。勇者を目指すのでしたら、騎士が身につけていたことを覚えておいて損はございまへん』
ケイは少し考えた。
前にアズラから、剣だけ強くても勇者には足りないと言われた。知識も武器になる。その話は、もう聞いている。
だが、昔の勇者たちが実際に騎士として学んでいたと知ると、少し意味が違って聞こえた。
『……分かった』
『何がでございます?』
『覚えるよ。その騎士剣話法』
『急に素直になられましたなあ』
『勇者になるのに必要ならやるよ!』
『実に分かりやすい御方でございます』
『何か言った?』
『何でもございません』
ケイは改めて剣を構えた。
だが、そこでふと何かに気づいた。
『……待って』
『はい?』
『お前がさっきから言ってる、昔の勇者って』
『はい』
『もしかして、七大勇者のこと?』
『七大勇者?』
『ほら、三百年前の!』
アズラが少し黙った。
『……ああ。確か、人間側ではそのように呼ばれておるのでしたな』
『そう! 三大魔王と戦った七人の勇者!』
『なるほど』
『何だよ、その反応』
『いや。人間側へ伝わっている話とは、少々違う部分もございましてな』
『違う?』
『ワテの記憶も曖昧でございますさかい、詳しいことはまだ何とも』
『気になるんだけど!』
『思い出しましたら、お話しいたします』
『絶対だぞ』
『承知いたしました』
『そういえば、勇者ジョン=ベルクって知ってる?』
『ジョン=ベルク……』
アズラが少し考え込んだ。
『ああ。あの王子でございますか』
『あっ、ジョン=ベルクが、前に言ってた王子だったのか!』
『左様でございます』
『そうだったのか……』
『では、疾風のダルサや女勇者ネリアは?』
『名前は知ってるよ。ネリアは本にもなってるし』
『なるほど』
『お前は会ったことあるの?』
『ございますで。七人とも戦ったこともございます』
「…………」
『全員!?』
『はい』
『じゃあ、どんな人だったか教えてよ!』
『それは、もう少し記憶がはっきりしてからにいたしましょう』
『またそれかよ』
『間違ったことを申し上げるよりはよろしいでっしゃろ』
『……絶対、思い出したら教えろよ』
『承知いたしました』
ケイは不満そうにしながらも、目は輝いていた。
『じゃあ、今教えてることも七大勇者が知ってたこと?』
『そういうものも含まれております』
『騎士剣話法も?』
『使っておりましたな』
『絶対覚える!』
『先ほどまで面倒くさがっておられたのが嘘のようですなあ』
『七大勇者が使ってたなら話は別だろ!』
『左様でございますか』
ケイは改めて剣を構えた。
ついさっきまで、面倒そうな昔の騎士の技術にしか見えなかったものが、今は少し違って見える。
『アズラ』
『はい』
『最初から教えて』
『左様でございますか』
『ちゃんと覚える』
『つい先ほどまで、面倒くさいと仰っておられましたけど』
『今は違う!』
『何が違うんでございます?』
『……俺も、あいつらみたいに勇者になりたいんだよ』
アズラが、少しだけ楽しそうに笑った。
『では、参りましょうか』
『うん』
ケイは剣を握り直した。
七大勇者たちも、最初から勇者だったわけではない。なら、自分も一つずつ覚えていけばいい。
これはきっと、自分が勇者へ近づくための。
小さな第一歩だった。




