第40話 まだ怒ってる?
そのあと。
中央広場を抜けたケイは、そのままニコの家へ向かった。
熊の一件から、まだそれほど日が経っていない。
葬儀からも数日しか経っていなかった。
それでも。
以前に比べれば、ニコの具合は少しずつ良くなっているらしい。
◇ ◇ ◇
「よう」
「あ、ケイ」
部屋へ入ると、ニコはベッドの上で身体を起こしていた。
まだ身体のあちこちに包帯が巻かれている。
一人で歩き回れるようになるには、もうしばらくかかるだろう。
それでも。
前に会った時より顔色は良かった。
「ちょっと元気になった?」
「前よりは」
「もう痛くない?」
「痛いよ」
「元気じゃないじゃん」
「死にそうなくらい痛いのと、普通に痛いのは違うだろ」
「ああ」
「分かる?」
「分からない」
「じゃあ聞くなよ」
ニコが笑った。
ケイも少しだけ笑う。
「そういえばさ」
「何?」
「この前の葬式」
「…………うん」
一瞬だけ。
ケイの顔から笑みが消えた。
だが。
ニコは穏やかな顔をしていた。
「最後に言ってたやつ」
「お別れの言葉?」
「うん」
ニコが笑う。
「あれ、よかったよ」
「…………そう?」
「うん」
「ほんとに?」
「ほんと」
ケイの背筋が少し伸びた。
「トーマたちも、たぶん喜んでると思う」
「…………」
「みんなも褒めてたよ」
「みんな?」
「大人たちも」
「へえ」
「ケイが、あんなちゃんとしたこと言えるなんて思わなかったって」
「…………」
ケイの口元が少し上がる。
「まあな」
『…………』
「俺だって、やればできるんだよ」
『ほとんどワテが考えた文章でございますけどな』
『今それ言う!?』
『事実でございますさかい』
『ちょっとくらい気分よくさせろよ!』
『最後の方はケイ様も少々手を入れられましたで』
『少々って言うな!』
ケイが一人で微妙な顔をしているのを見て、ニコが首を傾げた。
「どうした?」
「いや。何でもない」
「何か今日、変じゃない?」
「いつも通りだよ」
「そう?」
「そう」
ニコはしばらくケイを見ていた。
「……何か元気なくない?」
「…………」
「どうしたの?」
「別に」
「別にって顔じゃないけど」
「…………」
ケイは少し迷った。
だが。
結局、口を開いた。
「……マリアンヌに無視された」
「…………」
「何だよ」
「いや」
「笑うなよ」
「まだ笑ってないって」
「今笑いそうだっただろ!」
「ちょっとだけ」
「笑ってんじゃん!」
「ごめんごめん」
ニコが笑う。
そのせいで傷に響いたのか、途中で顔をしかめた。
「いてて……」
「馬鹿。笑うからだよ」
「ケイが変なこと言うからだろ」
「変じゃない!」
「それで?」
「何が」
「なんで無視されたの?」
「……この前のこと」
「あー……」
ニコが納得したような顔をした。
「広場の?」
「たぶん」
「まあ……」
「何だよ」
「マリアンヌ、あの時すごい顔してたからな」
「…………」
ケイは少しだけ俯いた。
「やっぱり、まだ怒ってんのかな」
「たぶん」
「たぶん?」
「俺に聞かれても分からないよ」
「一応、一緒にいただろ」
「だからって女の子の気持ちまで分かるわけないだろ」
「役に立たないな」
「ひどくない?」
「じゃあ何か言えよ」
「無茶言うなよ」
ニコは少し考えた。
「でも」
「何?」
「まだ怒ってるだけじゃない?」
「…………」
ケイが顔を上げた。
「まだ?」
「うん」
「いつまで?」
「知らないよ」
「…………」
「俺にマリアンヌの気持ちが分かると思う?」
「思わない」
「じゃあ聞くなよ!」
「でも何か言えよ!」
「どうしろってんだよ!」
ニコは呆れたように笑った。
「まあ、時間かかるんじゃない?」
「時間?」
「うん」
「どれくらい?」
「だから知らないって」
「…………」
「でもさ」
ニコが続ける。
「ずっとこのままってこともないんじゃない?」
「ほんとに?」
「たぶん」
「またたぶんかよ」
「絶対なんて言えるわけないだろ」
「…………」
「前は普通に話してたんだろ?」
「うん」
「だったら、もう少ししたらまた普通に話せるようになるんじゃない?」
「…………」
ケイは黙った。
その言葉を、頭の中で何度か繰り返す。
もう少ししたら。
また普通に話せる。
「……そっか」
「うん」
「そうかもな」
「何か急に元気になったな」
「別に!」
「なってるって」
「なってない!」
「じゃあ、そういうことにしとく」
「何だよそれ」
それから二人は、しばらく話をした。
村のこと。
警備隊のこと。
ニコが身体を動かせるようになったら何をするか。
畑仕事はいつから手伝えるのか。
どうでもいい話もした。
気づけば、ニコの家へ来る前よりケイの気分は少し軽くなっていた。
◇ ◇ ◇
夕方。
ケイは自宅へ向かって歩いていた。
ニコの言った通りなのかもしれない。
マリアンヌは、まだ怒っているだけだ。
この前のことがあったばかりだから、まだ普通に話せないだけ。
自分のことが嫌いになったと決まったわけじゃない。
「よし」
『何がでございます?』
「何でもない」
『左様でっか』
「うん」
『まあ、何やら元気になられたようで何よりでございます』
「そう?」
『はい』
「まあな」
『ニコ様とお話しできて、よかったですな』
「……うん」
ケイは少しだけ笑った。
「行ってよかった」
『左様でございますか』
「うん」
マリアンヌは、まだ怒っているだけ。
きっと、もう少し時間が経てば元に戻る。
ケイはそう思うことにした。
そして少しだけ軽くなった足取りで、家へ帰っていった。




