第39話 無視
精神因果が使えないなら、説得するしかない。
ケイはまだ諦めていなかった。
翌日。
ケイは、もう一度だけ父親を説得することにした。
「なあ、父さん」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないだろ!」
「警備隊の話なら駄目だ」
「なんでだよ! 昨日からちゃんと考えたんだって!」
「考えても駄目なもんは駄目だ」
「俺だって剣の練習してるし、走るのだって結構速いし!」
「駄目だ」
「森の奥まで行かなくてもいいんだよ! 村の近くだけでも――」
「駄目だ」
「何かあった時に知らせに走るだけなら――」
「駄目だ」
「だったら盾持って――」
ゴンッ!!
「いったぁ!!」
昨日より明らかに強い拳骨が落ちた。
ケイは両手で頭を押さえ、その場にしゃがみ込む。
「何すんだよ!」
「お前がしつこいからだ!」
「殴ることないだろ!」
「昨日から何回駄目だって言ったと思ってんだ!」
「何回言われても納得できないんだからしょうがないだろ!」
「しょうがなくねえ!」
「俺だって村を守りたいんだよ!」
「だからって十三歳のガキを熊のいる森に連れていけるか!」
「ガキじゃない!」
「十三歳はガキだ!」
「昨日もそれ言った!」
「今日も同じだ!」
「だったら俺も同じこと言う!」
「ならもう一発――」
「ちょっと!」
母親の声が飛んできた。
父親の拳が止まる。
「何だよ」
「今のは、ちょっとやりすぎじゃない?」
「こいつがしつこいんだよ!」
「だからって、あんなに強く殴らなくてもいいでしょ」
「こいつはこれくらいやらねえと分からねえんだ」
「分かってるよ!」
ケイが頭を押さえたまま立ち上がる。
「分かってるけど納得してないだけだ!」
「それを分かってねえって言うんだ!」
「違う!」
「同じだ!」
「違うって!」
「ったく……!」
父親は大きく息を吐いた。
「とにかく駄目だ。もうこの話は終わりだ」
「でも――」
「終わり!」
「…………」
父親は壁に立てかけてあった槍を手に取った。
「俺は見回りに行ってくる」
「じゃあ俺も――」
「来るな!!」
怒鳴り声が家中に響いた。
「…………」
父親はケイを睨みつけると、そのまま家を出ていった。
扉が閉まる。
「…………痛え」
ケイはまだ頭を擦っていた。
「もう」
母親が呆れたように息を吐く。
「お父さんも、あんなに強く殴らなくてもいいのにね」
「ほんとだよ」
「でも、ケイ」
「何?」
「お父さん、あんたが心配なのよ」
「…………」
「この前、本当に死にかけたでしょ?」
「……うん」
「あんたが熊のいる森に入ったって聞いた時、お父さん、すごく慌ててたんだから」
「…………」
「だから、もう危ない目に遭わせたくないの」
「でも俺だって――」
「分かってる」
母親が少し笑った。
「ケイが村を守りたいと思ってるのも分かってるわ」
「…………」
「でも、お父さんが止めるのも、あれなりの優しさなのよ」
ケイはもう一度頭を擦った。
「……その優しさ、相当痛かったけど」
「そこはお母さんからも言っておくわ」
母親はまた少し笑った。
『ケイ様』
『何?』
『今回は少々危のうございましたな』
『何が?』
『先ほどのお父上の拳でございます』
『拳?』
『いつものように避けようとしたんですが、今回は少々予想外でしてな』
『…………』
『危うくワテに直撃するところでございました』
『で?』
『何とか間に合いましたさかい、無事ケイ様の頭へ当たって何よりでございます』
『何よりじゃないよ!?』
『ワテが直撃を受けるところでしたさかい』
『毎回俺を盾にしてるみたいに言うなよ!』
『盾にはしておりまへん。ワテが避けたあとに、たまたまケイ様の頭が残っておるだけでございます』
『それ毎回じゃん!!』
アズラが何事もなかったように続けた。
『それなら、やはりお父上を何とか――』
『殺さないからな』
『まだ何も申し上げておりまへんで』
『昨日の今日で分かるよ!』
『左様でっか』
どことなく残念そうだった。
『何で残念そうなんだよ』
『別に残念がってなど』
『絶対残念がってるだろ』
『気のせいでございます』
『信用できない』
◇ ◇ ◇
昼食を食べ終えたあと。
午後の仕事まで、少しだけ時間があった。
家にいても父親に殴られた頭が痛むだけだ。
ケイは気分転換も兼ねて、村の中を歩くことにした。
中央広場へ向かう道を歩いていると。
「…………」
少し先に、見覚えのある栗色の髪が見えた。
マリアンヌだった。
その隣には、同じ年頃の少女がいる。
サラ。
マリアンヌと昔から仲のいい少女だ。
ケイも顔と名前くらいは知っているが、まともに話したことはほとんどない。
肩にかかるくらいの焦げ茶色の髪。
細身で、マリアンヌより少しだけ小柄。
顔には細い縁の眼鏡をかけている。
目立つ顔立ちというわけではないが、話している時にはよく笑い、そのたびに眼鏡の奥の目が少し細くなる。
どこか柔らかい印象の少女だった。
二人は何か話しながら歩いている。
サラが何かを言うと、マリアンヌも小さく笑った。
「…………」
最近、自分には見せていない顔だった。
ケイは一瞬迷ってから。
「マリアンヌ」
声をかけた。
マリアンヌの足が止まる。
サラも振り返った。
「…………」
マリアンヌと目が合った。
「よう」
「…………」
さっきまで浮かんでいた笑みが消えた。
返事はなかった。
露骨に顔を背けたわけではない。
睨んできたわけでもない。
ただ。
一瞬だけ困ったような顔をして。
何を言えばいいのか分からないように目を伏せた。
「…………」
「…………」
ケイも何を言えばいいのか分からなくなった。
「……まだ怒ってんの?」
マリアンヌの表情が少し固くなる。
だが。
やはり何も言わない。
「…………」
少し前まで、サラとは普通に話していたのに。
自分が声をかけた途端。
何も話さなくなった。
「……そっか」
ケイはそれ以上話しかけなかった。
「じゃあな」
そのまま二人の横を通り過ぎる。
少し歩いたところで、後ろからサラの声が聞こえた。
「……いいの?」
ケイの足が、ほんの少しだけ遅くなる。
「何が?」
マリアンヌの声だった。
「ケイ」
「…………」
「何か話したそうだったけど」
少しだけ間が空いた。
「……今は、まだいい」
「そっか」
それ以上の会話は聞こえなかった。
ケイは振り返らず、そのまま歩いた。
『…………』
『何だよ』
『何も申し上げておりまへんで』
『だったら黙ってろよ』
『黙っております』
『頭の中で返事してるじゃん』
『難しい御注文でございますなあ』
ケイは不機嫌そうに歩き続けた。
しばらくして。
『ケイ様』
『今度は何』
『サラ様の方ではいけまへんの?』
「…………は?」
思わず声が出た。
近くにいた村人がこちらを見る。
ケイは何でもないような顔をして、そのまま歩き続けた。
『何の話だよ』
『先ほどの御二人でございます』
『だから?』
『サラ様の方が話しやすそうではございませんか』
『…………』
『性格も悪くなさそうですし』
『だから何だよ』
『ケイ様に対して、特に悪い感情を持っておられる様子もございませんでした』
『それがどうしたんだよ』
『あそこまでマリアンヌ様に避けられておられるのでしたら、サラ様の方がよろしいのではないかと』
『よくない』
『左様でっか』
『俺はマリアンヌがいいんだよ』
『…………』
『何だよ、その間』
『いえ』
『絶対何か言いたいだろ』
『ワテには、マリアンヌ様のどこにそこまで惹かれておられるんか、正直よう分かりませんので』
『余計なお世話だよ!』
『左様でございますか』
『別にいいんだよ』
『何がでございます?』
『お前に分からなくても』
『…………』
『俺がマリアンヌがいいんだから、それでいいだろ』
アズラが少しだけ黙る。
『左様でございますな』
『分かればいいんだよ』
『ワテが納得する必要もございませんしな』
『そういうこと』
ケイは少し胸を張った。
『もっとも』
『何』
『現在は口も利いていただけませんけど』
『それは言うなよ!』
胸を張っていたケイの肩が、一瞬で落ちる。
少し前まで普通に話していた。
だから。
まだ怒っているだけなのだと、ケイは思いたかった。
けれど。
マリアンヌが何を考えているのか。
今のケイには、まだ分からなかった。




