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勇者になりたい俺が、夢想の魔王になった件  作者: 月欠けラムネ
第一章 俺が魔王なわけがない

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第38話 精神因果

 

 三人が熊に襲われて亡くなったことで、タルサ村では森や村の周囲を見回るための警備隊が作られることになった。


 四頭の熊は、一頭も仕留められていない。


 あの日、大人たちの銅鑼や火薬筒に驚いて森の奥へ逃げただけだ。いつまた村の近くへ姿を現すか分からない以上、何もしないわけにはいかなかった。


 猟師や武器を扱える大人たちを中心に交代で見回りを行い、そのまとめ役にはケイの父親が選ばれた。


 それを聞いたケイは、当然のように言った。


「じゃあ俺も入る」


「駄目だ」


 父親は即答した。


「なんでだよ!」


「十三歳だからだ」


「剣だって持ってる!」


「だから何だ」


「俺だって熊と戦っただろ!」


「それで死にかけただろうが」


「でも――」


 ゴンッ。


「痛っ!」


 父親の拳が、ケイの頭へ落ちた。


「子供の仕事じゃねえ」


 ケイは頭を押さえながら父親を睨んだ。


「子供扱いすんなよ!」


「十三歳は子供だ」


「俺だって村を守りたいんだよ!」


「気持ちは分かる。だからって熊がいる森の見回りにガキを連れていけるか」


「でもさ!」


「駄目なもんは駄目だ」


 それだけ言うと、父親は話を終わらせた。


「…………」


 ケイはしばらく不満そうに父親の背中を睨んでいたが、どうやら何を言っても考えを変えるつもりはないらしい。


 ◇ ◇ ◇


「くそ……」


 自分の部屋へ戻ったケイは、ベッドへ倒れ込んだ。


 そのまま枕へ顔を押しつける。


「十三歳だから駄目って……」


 自分だって村を守りたい。


 三人を死なせてしまったからこそ、今度こそ何かあった時には村のみんなを守りたいと思っている。


 なのに、警備隊にすら入れてもらえない。


『アズラ』


『はい、ケイ様』


『何とかならない?』


『何がでございます?』


『父さん』


『…………』


 アズラが一瞬黙った。


『殺しますか?』


「殺さねえよ!!」


 ケイは勢いよく顔を上げた。


『左様でっか』


 どことなく残念そうだった。


『一番よろしいのは、事故に見せかけることでございましょうなあ。ちょうど警備隊へ入られるのでしたら、森で熊に襲われたことにすれば――』


『違うって!!』


『では、崖からの転落など――』


『なんで父さんを殺す方法を考えてるんだよ!』


『ケイ様がお父上を何とかしたいと仰いましたさかい』


『そういう意味じゃない!』


『では、どのような意味で?』


『警備隊! 俺も警備隊に入れるように父さんを説得できないかって聞いてるんだよ!』


『ああ』


 ようやく理解したらしい。


『そちらでございましたか』


『何だと思ったんだよ……』


『お父上が邪魔になったのかと』


『邪魔だから殺すって発想やめろ!』


『これは失礼いたしました』


 まったく悪びれていない。


 ケイは再び枕へ顔を埋めた。


『でもさ。《夢想因果》って、物質因果と事象因果以外にもあるって前に言ったよな?』


『申しましたな』


『前に聞いた時、今の俺にはまだ必要ないって言ってたやつ』


『左様でございます』


『その中に、人の気持ちを変えたりするやつってないの?』


『ございますで』


「あるの!?」


 また顔を上げた。


『精神因果でございます』


『精神因果?』


『人の感情、好悪、判断など、精神へ働きかける因果系統でございます』


『じゃあ、それで父さんに「ケイを警備隊へ入れてもいい」って思わせればいいじゃん!』


『お勧めいたしまへんな』


『なんでだよ!』


『そもそも、今のケイ様にはまだ使えまへん』


「またそれ!?」


『正確には、まともに使いこなせる段階やございません』


『何が違うんだよ』


『無理に使おうと思えば、試みること自体はできます』


『じゃあ使えるじゃん!』


『成功するとは申し上げておりまへん』


「…………」


『むしろ、今のケイ様では失敗する可能性の方が圧倒的に高いですな』


『何でだよ』


『ケイ様が未熟やさかいでございます』


「…………」


『精神が未熟』


「十三歳だから?」


『左様でございます』


『身体も未熟』


「それも十三歳だからだろ」


『十三歳としてはよう鍛えておられますが、こういった術を扱う器としてはまだ未熟でございます』


『この前は身体は合格って言ったじゃん』


『剣士を目指す十三歳としては、でございます』


『細かいな!』


『それに、お顔もまだまだ幼うございますなあ』


「顔関係ある!?」


『頬など、まだ十三歳らしい丸みがございます』


『精神因果と何の関係があるんだよ!』


『偉大なる魔王としては、まだ少々貫禄が』


『関係ないだろ!!』


『それから、ワテの扱いもまだまだ未熟でございます』


『それは絶対関係ない!』


『ございます』


『ないよ!』


『性格とおつむも未熟でございますな』


「…………」


『短気で』


『おい』


『大雑把で』


『おい』


『思いついたらすぐ行動し』


『…………』


『あまり深く考えず』


『もういいよ!』


『十三歳らしい能天気さも――』


『俺を馬鹿にしたいだけだろ!?』


『滅相もございません』


 どう考えても嘘だった。


 ケイは眉間に皺を寄せた。


『……で? 俺が未熟なのはもう分かったよ』


『御理解いただけて何よりでございます』


『嬉しくない!』


『それで精神因果って、そんなにすごいの? 人の心を自由に変えられるとか』


『そこまで都合のよろしいものではございません』


『そうなの?』


『まず、ケイ様への負担が非常に大きい』


『うん』


『次に、結果が出るまで時間がかかります』


『どれくらい?』


『今のケイ様なら、仮にうまく使えたとして一日ほどでっしゃろな』


「一日!?」


『左様でございます』


『遅すぎない?』


『そして、効果そのものも永遠には続きまへん』


『え?』


『時間が経てば、少しずつ薄れていきます』


『じゃあ、人を好きにさせても、そのうち元に戻る?』


『場合によりますな』


『場合?』


『精神因果は、その者が元々持っている経験や好みを消してしまう術ではございません』


『じゃあ、人を好きにさせるとかも?』


『できますが、そこまで単純ではございません』


 アズラが少し楽しそうな声になった。


『例えばマリアンヌ様』


『なんでそこでマリアンヌが出てくるんだよ』


『現在、ケイ様を嫌っておられますやろ』


『まだ決まってないだろ!!』


『では、仮に』


『仮にって言えば何でも言っていいと思ってない?』


『精神因果によって、マリアンヌ様がケイ様を好きになったといたします』


『…………』


『最初のうちは仲良くできるかもしれません』


『うん』


『ですが、その後もケイ様と一緒におりますと』


 ケイは嫌な予感がした。


『ケイ様の短気なところ』


『おい』


『大雑把なところ』


『またそれ?』


『後先をあまり考えず行動するところ』


『…………』


『お気楽なところ』


『やめろ』


『能天気なところ』


『もういい!』


『そういった部分を日々目にしているうちに――』


『だからやめろって!』


『マリアンヌ様御自身の判断で、また嫌いになられることもございます』


「…………」


『人間には好みがございますさかい』


「…………」


『場合によっては「あれ? やっぱりこの人嫌いかも」と』


『もう精神因果の話どうでもいいよ!』


『まだ説明の途中でございます』


『これ以上何を説明するんだよ!』


『今のは、すでにある感情を動かした場合のお話でございます』


『……まだ別の使い方あるの?』


『ございますで』


『例えば、サラ様』


『サラ?』


『マリアンヌ様とよう御一緒におられる御方でございます』


『それくらい知ってるよ』


『ですが、ケイ様とはほとんどお話しになったことがございませんやろ』


『まあ……そんなにないな』


『そういった相手との、最初のきっかけを作ることにも使えます』


『きっかけ?』


『例えば精神因果で、サラ様がケイ様へ少し好意を持つように作用させる』


『うん』


『そうすれば、ほとんど話したことのない相手でも、最初から多少親しい相手のように話しやすくなります』


『それ、かなり便利じゃん』


『最初は、でございます』


『最初は?』


『精神因果の効果そのものは、時間が経つほど少しずつ薄れていきますさかい』


『じゃあ、元に戻るの?』


『何もしなければ、その可能性は高いですな』


『何もしなければ?』


『術が効いている間に本当に仲良くなればええんです』


『…………』


『話してみたら楽しかった。信用できると思った。また話したいと思った。そういう感情は、精神因果で作ったものとは別に、その人自身の中へ残ります』


『じゃあ、術が切れても友達のまま?』


『本当にそういう関係を築けておれば』


『へえ……』


『ですが逆に』


『…………』


『ケイ様と話しているうちに、短気なところや』


『またそれ!?』


『大雑把なところや』


『もう聞いたよ!』


『少々頼りないおつむなどが分かってしまえば――』


『おつむは余計だって!』


『御本人が「思っていたより、この人とは合わんな」と判断されることもございます』


「…………」


『そして、その間にも精神因果の効果は少しずつ薄れていく』


『じゃあ最後は……』


『ケイ様御自身次第でございます』


『…………』


『精神因果ができるんは、最初の扉を開けやすくするところまで。その先の関係まで作ってくれるわけではございまへん』


『なるほど……』


『言うなれば、きっかけを作る術でございますな』


『きっかけか』


『左様でございます』


 最初だけ。


 話しやすくする。


 親しくなるきっかけを作る。


 そこまでは精神因果が助けてくれる。


 だが、その後まで何とかしてくれるわけではない。


 最後に残るのは、その間に自分が築いた関係だけだ。


『それに、誰にでも同じように効くわけでもございません』


『まだあるの?』


『子供の方が比較的かかりやすく、大人になるほど精神の抵抗が強うなります』


『精神の抵抗?』


『長く生きた分だけ、自分なりの考え方や好み、判断の基準が固まっておりますさかい』


『じゃあ父さんには?』


『正直、お勧めいたしまへんな』


『そんなに?』


『お父上は大人ですし、何より「十三歳の息子を危険な場所へ連れていきたくない」という、はっきりした理由がございます』


『…………』


『そういう強い考えを、反対側へ無理やり曲げるんは難しいんです』


『じゃあ、一日待っても失敗することあるの?』


『ございますで』


『マジかよ』


『今のケイ様では、そもそも起動させる時の負担に耐えられん可能性もございます』


『気絶するとか?』


『あり得ますな』


『そこを耐えたら?』


『今度は相手の精神へ十分に作用させられるか、という問題がございます』


『…………』


『今のケイ様では、そちらも失敗する可能性の方が高いでしょうな』


『一日かけて、負担も受けて、それで失敗するかもしれない?』


『左様でございます』


『使えないじゃん!』


『せやから最初から、まだ使えんと申し上げております』


『…………』


『少なくとも、お父上を説得するために使うような術ではございまへんな』


『……普通に説得した方が早そう』


『ようやく気づかれましたか』


『うるさい』


 ケイは不満そうに頬を膨らませた。


『じゃあ、俺が今日聞かなかったら?』


『まだ精神因果について話すつもりはございませんでした』


『本当に?』


『左様でございます』


『でも、聞いたから教えた?』


『はい』


『……そういう感じなんだ』


『どういう感じでございます?』


『お前、自分からは言わないけど、聞いたら答えるんだな』


『基本的には』


「…………」


『今、基本的にはって言った?』


『申しました』


『何だよ、それ』


 ケイは少し考えた。


『……もしかして、まだ俺に話してないことって結構ある?』


『ございますで』


「…………」


『即答するんだ……』


『聞かれましたさかい』


『《夢想因果》のことも?』


『もちろん』


『じゃあ教えてよ』


『それは、また必要になった時に』


『何でだよ!』


『今はまだ、お話しする時やございまへん』


『気になるだろ!』


『気にせんでよろしい』


『無理だよ!』


『知らん方がええこともございますさかい』


『お前が言うと怖いんだよ!』


『御安心くださいませ』


『何を!?』


『必要になれば、ワテから申し上げます』


『それ全然安心できないから!』


 ケイは顔をしかめた。


 どうやら、自分が知らない《夢想因果》のことはまだかなりあるらしい。


 しかもアズラは、必要になるまで全部を説明するつもりはないようだった。


 しばらく。


 部屋が静かになった。


 ケイはベッドに座ったまま、何とも言えない顔をしていた。


 警備隊に入りたかっただけなのに。


 父親を殺す方法を提案され。


 自分が未熟だと散々言われ。


 マリアンヌに嫌われているような前提で話を進められ。


 ようやく教えてもらった精神因果は。


 時間がかかり。


 負担も大きく。


 効果も永遠ではなく。


 大人には効きづらい。


 そして今の自分では、まともに成功させることすら難しい。


「…………」


 ケイは再び枕へ倒れ込んだ。


『ケイ様?』


「なんか……」


『はい』


「使えない系統のこと一個教えられただけなのに、ものすごく嫌な気分になった」


『左様でっか』


「すげえ損した気分」


『知識は財産でございますで』


「その知識を得るために失ったものの方が多い気がする」


『何を失われたので?』


「自信とか」


『元々それほど――』


「言うな!!」

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