第37話 アズラの仕事
『そもそも』
『はい』
『何でお前はそんなに色々知ってるんだよ』
『ワテでございますか?』
『うん』
ケイは斧を台へ置いた。
『昔のことなら分かるよ。三百年以上前から生きてるんだろ?』
『左様でございます』
『でも、お前って今のことも結構知ってるじゃん』
『ああ』
アズラは何でもないことのように答えた。
『それはワテの仕事でございますさかい』
『仕事?』
『はい』
『お前に仕事なんてあったの?』
『失礼ですなあ』
『だって、いつも俺の頭の中で喋ってるだけじゃん』
『ワテを何やと思うてはるんです』
『喋る冠』
『悪魔でございます』
『今は冠じゃん』
『悪魔の冠でございます』
『そこ大事なんだ』
アズラは少し呆れたように続ける。
『ワテの本来の役目は、魔王様をお支えすることでございます』
『俺、魔王じゃないけど』
『そこは今置いておきましょう』
『置くなよ』
『暗黒術の補助も大切な仕事ですけど、周囲から情報を集め、その情報を整理し、必要な時に助言する。それもワテの仕事の一つでございます』
『情報を集める?』
『はい』
『どうやって?』
『いくつか方法はございますが……今のところ、一番多いんは周囲の音を拾うことですな』
『音?』
『まあ、厳密には人間の耳とは少々違いますが』
『ふーん』
『ケイ様より、ずっと広い範囲の音を拾えます』
『じゃあ、俺が村を歩いてる時とか?』
『ええ。その辺りで話していることでしたら、大体聞こえておりますで』
『市場での世間話。村へ来た商人の話。旅人同士の会話。よその土地から来た者が持ってきた噂話――』
『お前、そんなの全部聞いてるの?』
『聞こえてしまうものは仕方ございまへん』
『盗み聞きじゃん』
『情報収集でございます』
『言い方変えただけだろ!』
『仕事ですさかい』
『便利だな、それ……』
そこでケイは、ふとさっきの会話を思い出した。
『……あれ?』
『何でございます?』
『だったら何で、十二歳までは村長さんのところで勉強してること知らなかったんだよ』
『ああ』
『周りの話、そんなに聞こえてるんだろ?』
『聞こえるいうても、限度はございますで』
『限度?』
『村中すべての声が、いつでも何でも聞こえておるわけやございまへん』
『そうなの?』
『もちろんでございます。距離が離れれば拾いにくうなりますし、建物の中ともなればなおさらでございます』
『じゃあ、村長さんの家の中は?』
『ここからでは無理でございますな』
『俺が近くに行けば?』
『その時でしたら、聞こえることもございます』
『なるほど』
『ワテとて何でも知っておるわけやございまへんで』
『何でも知ってるみたいな顔してるけど』
『顔はございまへん』
『そうだった』
『何故そこで納得されるんです』
『だって本当にないし』
『そういう問題やございまへん』
ケイは少し笑った。
『でも、じゃあ』
『はい』
『俺がいろんな場所に行けば、お前が拾える情報も増えるってこと?』
『左様でございます』
『町とか、他の国とか?』
『行けば行くほど増えますな』
『へえ……』
『商人、兵士、旅人、貴族、冒険者。場所が変われば、聞こえてくる話も変わりますさかい』
『なるほど』
『もちろん、聞いた話が全部正しいとは限りまへん』
『そうなの?』
『人間いうんは、間違ったことも言いますし、嘘もつきますやろ』
『まあね』
『せやから、集めるだけやございまへん』
『まだあるの?』
『どの話が信用できそうか。どの情報が重要か。昔ワテが知っていたことと比べて何が変わっているか。その辺りも自分なりに整理しております』
『そんなことしてたんだ』
『何も考えずケイ様の頭へくっついているだけやと思われてました?』
『ちょっと』
『酷いですなあ』
『だって何も言わないじゃん』
『拾った話を全部いちいちケイ様へ報告していたら、一日中終わりまへんで』
『それもそうか』
『必要になった時、必要な情報をお伝えする。それが補佐役いうもんでございます』
ケイは少し考えた。
今までアズラは、《夢想因果》について教えたり、危険な時に助言したりする悪魔だと思っていた。
だが、それだけではないらしい。ケイが気づかないところでも情報を集め、必要になれば使えるように整理していた。
『じゃあさ』
『はい』
『そういうこと、俺にも教えられる?』
『もちろんでございます』
『昔の勇者が知ってたこととか』
『ええ』
『地理とか、歴史とか』
『はい』
『今の人間界のことも?』
『ワテが把握している範囲でしたら』
「…………」
ケイはしばらく黙った。
先にアズラに言われた通り、勇者になるなら剣だけでは足りない。知識も武器になる。
それなら、自分にはちょうどいい先生がいる。
『……分かった』
『何がでございます?』
『教えて』
『ほう』
『何だよ』
『いえ』
アズラの声が少し楽しそうだった。
『あれほど勉強より剣と仰っておられたケイ様が、随分と素直になられたと思いまして』
『勇者になるのに必要なんだろ?』
『必要でございます』
『だったらやる』
『実に扱いやす――』
『今なんて言った?』
『何でもございません』
『絶対何か言っただろ』
『では早速、始めましょうか』
『え?』
『授業を』
『今から!?』
『もちろん』
『薪割り終わってないんだけど!』
『手を動かしながらでも聞けますやろ』
『休ませてよ!』
『勇者への道は険しいですなあ』
『それ言えば何でも許されると思ってるだろ!』
『そんなことはございまへん』
『絶対思ってる!』
『ではまず』
『もう始めるの!?』
『ケイ様がお住まいになっている国について、一から御説明いたしましょう』
『本当にそこからかよ……』
『そこからでございます』
ケイはため息をついた。
『……分かったよ』
『では、しっかりお聞きくださいませ』
『薪割りしながらだぞ』
『結構でございます』
ケイは次の丸太を台に乗せ、もう一度斧を握った。
悪魔から勉強を教わる。どう考えても普通ではない。
けれど、昔の勇者たちが持っていた知識を学べるのなら悪くない。勇者になるためなら、知っておきたかった。
剣だけでは足りない。強さだけでも足りない。
人を守るためには、知っておかなければならないこともある。
ケイは斧を振り下ろした。
乾いた音とともに薪が割れる。
その横で、アズラの最初の授業が始まった。




