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勇者になりたい俺が、夢想の魔王になった件  作者: 月欠けラムネ
第一章 俺が魔王なわけがない

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第35話 葬儀

 

 翌日。


 村の広場では、トーマ、ルッツ、ベイル――三人の合同葬儀が執り行われようとしていた。


 葬儀を取り仕切るのは村長だった。


 広場の中央には三つの棺が並び、その周囲には村で摘まれた花がたくさん置かれている。


 村人も、ほとんどが集まっていた。


 大人も、老人も、子供たちも。


 仕事の手を止め、三人との最後の別れのために広場へ集まっている。


「…………」


 いつもなら、子供たちの声や村人たちの話し声が絶えない場所だった。


 けれど今日だけは、まるで別の場所のように静かだった。


 ケイは両親と一緒に、少し後ろの方へ立っている。


 母親はずっと黙っていた。


 父親も今日は何も言わない。


 少し離れたところにはマリアンヌもいた。


 さらに向こうにはメイもいる。その隣には、顔立ちの少し似た年下の少女が立っていた。


 そして、三つの棺から少し離れた場所には、父親に身体を支えられるようにしてニコも来ていた。


 まだ一人で立ち続けるのもつらそうだった。


 それでも。


 昨日言っていた通り、本当に来たのだ。


「…………」


 やがて村長が、三つの棺の前へ進み出た。


 広場がさらに静かになる。


「今日は、トーマ、ルッツ、ベイル――三人との最後の別れのために、こうして皆に集まってもらった」


 低く、静かな声が広場へ響いた。


「この村で、このような痛ましい出来事が起きてしまったことを、村長として深く悲しく思う」


 誰も声を出さない。


「三人とも、まだ十三歳だった。これから先、いくらでも笑い、遊び、学び、大人になっていくはずだった」


「…………」


「その未来が突然失われたことは、御家族だけではなく、我々村全体にとっても大きな悲しみだ」


 ケイは俯いた。


 胸の奥が痛む。


「そして、今回のことを二度と繰り返してはならない」


 村長は集まった村人たちを見回した。


「子供たちを守ることは、親だけの役目ではない。この村で生きる我々全員の役目だ」


「これからは森の危険について改めて皆で考え、同じような悲劇が起こらぬよう努めていきたい」


 一度、言葉を切る。


 そして三つの棺へ向き直った。


「今日だけではない。明日からも、何年経っても、この三人がこの村で生きていたことを、どうか忘れないでほしい」


 村長は深く頭を下げた。


 それを合図にするように、葬儀は静かに進み始めた。


 ◇ ◇ ◇


 最初に、三人の家族が棺の前へ進んだ。


 そのあと、村人たちが順番に続いていく。


 一人ずつ三つの棺の前を回り、花を置き、手を合わせる。


 小さな声で何かを話しかける者もいた。


 何も言えず、ただ頭を下げるだけの者もいた。


 泣いている人も多かった。


「…………」


 トーマの母親は、棺の前からなかなか離れようとしなかった。


 ルッツの父親は、ずっと顔を伏せたまま肩を震わせている。


 ベイルの幼い弟は、どうして兄が箱の中にいるのか、まだよく分かっていないらしい。


 母親の手を握りながら、不思議そうに棺を見つめていた。


「…………」


 ケイは途中で視線を落とした。


 見ていられなかった。


 三人がここにいることも。


 家族が泣いていることも。


 この広場が、こんなに静かなことも。


 全部。


 自分が引き起こした。


『ケイ様』


『……分かってる』


 アズラは、それ以上何も言わなかった。


 葬儀は粛々と進んでいった。


 やがて、村人たちの献花と祈りが一通り終わる。


 村長が再び三つの棺の前へ立った。


「最後に」


 その言葉に、ケイの身体が僅かに強張った。


「三人の友人を代表し、ケイラスから別れの言葉があります」


「…………!」


 心臓が大きく跳ねた。


 周囲の視線が、一斉にこちらへ向く。


「ケイ」


 母親が、小さく背中を押した。


「行ってらっしゃい」


「……うん」


 ケイは前へ出た。


 一歩。


 また一歩。


 広場の中央へ向かって歩いていく。


 近づくほど、三つの棺が大きく見えた。


 そのそばには村長が立っている。


 ケイが三つの棺の前まで来ると、村長は静かに場所を譲った。


「…………」


 ケイは立ち止まる。


 目の前に。


 トーマ。


 ルッツ。


 ベイル。


 三人の棺が並んでいる。


 村長がケイを見る。


 そして、小さく頷いた。


 始めていい。


 その合図だった。


『ケイ様』


『……うん』


『参ります』


 ケイは一度、大きく息を吸った。


『幼い頃から、僕らは――』


「幼い頃から、僕らはこの村の同じ土に触れ、同じ空を見上げて育ってきました」


 広場が静まり返る。


 アズラが頭の中で、ゆっくりと次の言葉を伝える。


『何もなかった空き地に集まり――』


「何もなかった空き地に集まり、無邪気に駆け回っていたあの頃のことが、今は昨日のことのように思い出されます」


「一緒に笑って、時には喧嘩をして、それでも次の日になれば、また一緒に遊んでいました」


「僕らにとって、明日が来ないということなんて、考えたこともありませんでした」


「それなのに、その当たり前だった日々は、突然終わってしまいました」


「今でも、三人がもういないということを、うまく受け入れられません」


「また、いつものように、この村のどこかで笑ってるんじゃないかって。そんな気がしてしまいます」


「…………」


 ケイは三つの棺を見た。


 トーマ。


 ルッツ。


 ベイル。


『そして、その喪失は――』


『……待って』


『ケイ様?』


 ケイは小さく息を吐いた。


 ここから先。


 アズラが用意してくれた綺麗な言葉を、そのまま言う気にはなれなかった。


『ここからは、自分で言う』


 少しだけ間があった。


『左様でございますか』


『うん』


『でしたら、どうぞ』


「…………」


 ケイは三つの棺を見た。


「……俺は」


 声が少し震えた。


「本当は、三人を守りたかった」


 誰も動かない。


「絶対に助けるって、決めてた」


「でも、できなかった」


「…………」


「俺がもっと強かったらって、何度も思った」


「もっとちゃんとしてたら。もっと早く何とかしてたら」


「三人とも、今ここに寝てなかったんじゃないかって」


 喉の奥が痛くなる。


「……ごめん」


 それは誰に聞かせるでもなく。


 三人へ。


 本当に言いたかった言葉だった。


「助けられなくて、本当にごめん」


「俺、勇者になるって、ずっと言ってるのに」


「三人のことも、助けられなかった」


「…………」


 目の奥が熱くなる。


 ケイは拳を強く握った。


 それから。


 一番端の棺を見る。


「トーマ」


「…………」


「お前が最後まで走ってくれたから、俺とニコは助かった」


 声が震える。


「自分だって熊に襲われて、怪我してたのに」


「それでも森の出口まで走って、村のみんなに助けを呼んでくれた」


「お前が来てくれなかったら、大人たちは間に合わなかった」


「俺も、ニコも……たぶん、あそこから帰ってこられなかった」


 ケイは唇を噛んだ。


「だから」


「ありがとう、トーマ」


「最後まで、俺たちを助けてくれて」


 次に。


 ルッツの棺を見る。


「ルッツ」


 そして。


 ベイルの棺へ。


「ベイル」


「お前らも……ありがとう」


「…………」


「俺とニコのところに、四頭全部の熊が来なかったのは、お前らがいたからだ」


「お前らも怖かったはずなのに」


「それでも走って、熊を引きつけてくれた」


 ケイの拳に力が入る。


「だから俺たちは、あの一頭だけを相手にして、生き残ることができた」


「俺はお前らを助けられなかったのに」


「お前らは、俺とニコを助けてくれた」


「…………」


「ありがとう」


 三つの棺を見渡す。


「三人とも」


「本当に、ありがとう」


 助けられなかった。


 それなのに。


 自分とニコは三人に助けられた。


 その事実が、胸を締めつけた。


「だから、絶対に忘れない」


「三人のことも」


「あの日のことも」


「俺が何もできなかったことも」


「三人に助けてもらったことも」


「全部、絶対に忘れない」


 少しだけ顔を上げる。


「そして」


 ケイは言った。


「今度こそ、この村を守る」


「また何かあった時は、今度こそ俺が守る」


「もっと強くなって」


「父さんも」


「母さんも」


「ニコも」


「村のみんなも」


「もう誰も、こんなふうにならないようにする」


 ケイは三つの棺を順番に見た。


「だから」


「トーマ」


「ルッツ」


「ベイル」


「もう何も心配しなくていい」


「この村のことは、俺が守るから」


「もう、痛い思いもしなくていい」


「怖い思いもしなくていい」


「だから……」


 一度、声が詰まった。


 それでも最後まで言う。


「安心して」


「安らかに眠ってくれ」


「何年経っても、どこにいても」


「俺は、三人のことを忘れない」


「ずっと、友達だから」


「……今まで、本当にありがとう」


 ケイは深く頭を下げた。


「…………」


 しばらく。


 広場には何の音もしなかった。


 ケイは頭を下げたまま、動けない。


 途中から、アズラの言葉を使わず勝手に喋ってしまった。


 変なことを言ってしまっただろうか。


 そう思った時だった。


 ぱち。


「…………?」


 小さな音。


 ぱち。


 ぱち。


 誰かが拍手をしている。


 そして、その音は少しずつ広がっていった。


 歓声が起こるような、大きなものではない。


 葬儀の空気を壊さない、静かな拍手。


 それでも、広場全体からはっきりと聞こえていた。


「…………」


 ケイがゆっくり顔を上げる。


 トーマの母親が泣いていた。


 ルッツの父親も。


 ベイルの両親も。


 みんな涙を流しながら、ケイを見ていた。


「ありがとう……」


 トーマの母親が言った。


「ありがとう、ケイ君……」


「…………」


「いい言葉だったよ」


「あの子も、きっと喜んでる」


「…………」


 ケイは何も返せなかった。


 ありがとう。


 また、その言葉だった。


 自分には一番似合わない言葉だった。


 視線を少し横へ向ける。


 マリアンヌが、驚いたような顔でこちらを見ている。


 その近くでは、メイも静かに拍手をしていた。


 隣にいる年下の少女も、小さな手を一生懸命叩いている。


「…………」


 ケイはもう一度、三つの棺へ目を向けた。


 褒めてもらうために言ったわけじゃない。


 拍手をしてほしかったわけでもない。


 ただ。


 三人へ言いたかった。


 それだけだった。


 ◇ ◇ ◇


 その後、葬儀は静かに終わった。


 帰る前にも、三人の両親がケイのところへやって来た。


「ケイ君」


 トーマの母親が、泣き腫らした目で言った。


「本当にありがとう」


「…………」


「最後に、あんな言葉をもらえて」


「あの子も、きっと嬉しかったと思う」


 ルッツの父親も、ケイの肩へ手を置いた。


「よく言ってくれた」


「…………」


 ベイルの両親も。


「これからも、時々ベイルのことを思い出してやってね」


「……はい」


 ケイは頭を下げた。


 何度も。


 何度も。


 ありがとうと言われた。


 そのたびに、胸が痛んだ。


 ◇ ◇ ◇


 家へ帰る途中。


 母親は何度も目元を拭いていた。


「ケイ」


「何?」


「とても良かったわよ」


「……うん」


「母さん、びっくりしちゃった」


「そんなに?」


「だって、あなたがあんな立派なこと言うなんて」


「…………」


「でも、本当に良かった」


 父親も隣で頷いた。


「お前、あんなこと言えたんだな」


「何だよ、それ」


「普段のお前見てたらな」


「どういう意味だよ」


「そのままの意味だ」


「殴るぞ」


「お前が俺に勝てると思ってんのか」


「…………」


 いつもなら、もっと言い返しただろう。


 でも今日は、それ以上続かなかった。


 父親もすぐに冗談めかした顔をやめる。


 そして、ケイの頭へ大きな手を置いた。


 いつものように拳骨を落とすのではなく、少し乱暴に髪を撫でる。


「よくやった」


「…………」


「三人の親御さんも喜んでた」


「……うん」


 その言葉も、今のケイには重かった。


 ◇ ◇ ◇


 家へ戻り、自分の部屋へ入る。


 扉を閉めた瞬間、ケイはそのままベッドへ倒れ込んだ。


「…………はぁ」


『お疲れ様でございました、ケイ様』


『……うん』


『見事な御弔辞でございましたなあ』


『最初はほとんどお前が考えたんだろ』


『最初は、でございます』


「…………」


『途中から、ワテ何も申し上げておりませんでしたで』


『……分かってる』


 確かにそうだった。


 三人の棺を見ていたら、アズラが用意してくれた文章だけでは足りなくなった。


 守りたかった。


 もっと強ければ。


 助けたかった。


 トーマが助けを呼んでくれた。


 ルッツとベイルも熊を引きつけてくれた。


 三人のおかげで、自分とニコは生きている。


 今度こそ村を守りたい。


 忘れたくない。


 あれは全部、自分自身の言葉だった。


『あちらの方が、ええ弔辞やったと思います』


『……そっか』


『はい』


 ケイは枕へ顔を埋めた。


 しばらく、そのまま動かなかった。


『……あいつら』


『はい』


『喜んでるかな』


『それはワテにも分かりまへん』


『そこは喜んでるって言えよ』


『死者のお気持ちまで勝手に決めつけるんは、さすがのワテでも難しゅうございますなあ』


『変なところで真面目だな』


 ケイは少しだけ笑った。


 本当に。


 ほんの少しだけ。


「…………」


 そして、そのことに気づいた。


 胸の奥にずっと詰まっていたものが、ほんの少しだけ軽くなっている。


『アズラ』


『はい』


『……ちょっとだけ、楽になった』


『左様でございますか』


『うん』


「…………」


 でも。


 それでいいのか。


 ケイは枕から顔を上げ、天井を見る。


 三人は帰ってこない。


 三人の家族の悲しみだって消えていない。


 自分が引き起こしたことが、なくなったわけでもない。


 今日、三人へ言葉を送ったからといって。


 両親からありがとうと言われたからといって。


 村のみんなから拍手をもらったからといって。


 自分が許されたわけではない。


 むしろ、今日のことだって、本当は自分が少し楽になりたかっただけなのかもしれない。


 三人へ別れを言って。


 謝って。


 感謝して。


 これから村を守ると誓って。


 それで、自分の罪悪感を少しだけ軽くしたかった。


 自己満足。


 ただの贖罪。


「…………」


 それでも。


 ケイは小さく呟いた。


「……忘れないから」


 三人は帰ってこない。


 どれだけ謝っても。


 どれだけ後悔しても。


 起きてしまったことは変えられない。


 だからこそ。


 三人を死なせたことも。


 三人と過ごしたことも。


 三人に助けられたことも。


 今日、最後に伝えた言葉も。


 全部抱えたまま。


 明日から、また前へ進んでいく。


 もう二度と。


 自分のせいで、誰かを失わないために。



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