第34話 言葉
その日の夜。
ケイは自分の部屋で、机に向かっていた。
机の上には、何枚もの紙が広がっている。
白紙ではない。
むしろ、さっきから何度も書いては消し、書いては丸め、また新しい紙に書き直していた。
『ケイ様』
『何』
『まだ決まりまへんの?』
『決まらないからやってるんだろ』
『もう随分と書かれておりますが』
『書けばいいってもんじゃないんだよ』
ケイは机に広げた三枚の紙を見る。
明日。
トーマ。
ルッツ。
ベイル。
三人の葬儀で、自分が別れの言葉を言う。
三人の両親からも了承をもらった。
ニコにも、ちゃんと言ってきてほしいと言われた。
だから、何か言わなければならない。
それは分かっている。
問題は。
何を言えばいいのかだった。
『ところで、その紙は何でございます?』
『今まで考えたやつ』
『ほう』
『三つある』
『もう三つもできておるんですか』
『一応な』
『でしたら、その中から選べばよろしいのでは?』
『それができたら困ってないよ』
ケイは一枚目を持ち上げた。
『これが最初に書いたやつ』
『拝見しましょう』
『読むぞ』
ケイは小さく咳払いした。
「トーマは、みんなの前では強がっていたけど、昔、夜に一人で便所へ行くのが怖くて、弟を起こして一緒についてきてもらっていたことがありました」
『…………』
「ルッツは、好きな女の子の前では格好つけていたけど、その子に渡そうと思って摘んだ花を渡せなくて、結局三日くらい部屋に隠して腐らせました」
『…………』
「ベイルは――」
『お待ちください』
『何だよ』
『それ、御三方から黙っておいてくれと言われた話では?』
『……言われた』
『全部?』
『全部』
『…………』
『でも、三人との思い出って言ったらこういうのかなって』
『よりにもよって、墓場まで持っていくはずやった秘密を葬儀で御家族と村中に公開するおつもりで?』
『……やっぱ駄目?』
『駄目に決まっております』
『でも、あいつららしい話ではあるだろ』
『本人らが生き返ったら、まずケイ様を殴りに来ると思いますで』
『…………』
ケイは一枚目の紙を裏返した。
『じゃあ、これはなし』
『賢明でございます』
『次』
二枚目を手に取る。
『これは結構真面目に考えた』
『先ほどのも御本人は真面目に考えておられたんですか』
『うるさい。読むぞ』
もう一度、咳払いする。
「人には、それぞれ自分に合った剣があると思います」
『…………』
「トーマは、大剣みたいな奴でした。真っ直ぐで、勢いがあって、一度振り出したらなかなか止まらない」
『…………』
「ルッツは細身の剣です。ちょこちょこ動いて、隙を見つけたらすぐ突いてくる。でも力押しには弱い」
『…………』
「ベイルは盾と剣を一緒に使う感じで――」
『ケイ様』
『何』
『これは葬儀の御挨拶でございますよな?』
『そうだけど』
『剣術の講義ではございませんよな?』
『分かってるよ』
『ワテには途中から、三人の話なのか武器の性能比較なのか分からんようになりました』
『ちゃんと三人の性格を剣に例えてるだろ』
『それが分かるんはケイ様くらいでございます』
『剣好きなら分かるって』
『村の皆様全員がケイ様ほど剣のことばかり考えているわけやございまへん』
『…………』
『しかも途中に「踏み込みの速さ」とか「重心」とか書いてありますな』
『そこ大事だろ』
『弔辞には一切必要ございません』
『…………』
ケイは二枚目も裏返した。
『これも駄目か』
『いつものケイ様らしさは存分に出ております』
『褒めてる?』
『二割ほど』
『ほとんど褒めてないだろ!』
『いつも通りでございます』
『何がいつも通りだよ』
ケイはむっとしながら、最後の一枚を持ち上げた。
『でもな』
『はい』
『俺もさすがに、今の二つがちょっと違うのは分かってたんだよ』
『ほう』
『だから、もう一つ考えた』
『三つ目でございますな』
『これはかなり自信ある』
『先ほども似たようなことを仰っていた気がしますが』
『今度こそ大丈夫』
ケイは紙を両手で持った。
『読むぞ』
『どうぞ』
ケイは少しだけ姿勢を正した。
「正直、今日の葬式の雰囲気、ちょっと格好良すぎないか?」
『…………』
「お前らみたいなふざけた奴らのために、村のみんながこんなにちゃんとした服を着て集まるなんて、すごいよな」
『…………』
「お前ら、死んでからこんなに注目されて、ちょっと羨ましいぞ」
『…………』
「俺なんて今日のために慣れない革靴を履いてきたせいで、もう足が限界なんだ」
『…………』
ケイはそこで紙から顔を上げた。
『どう?』
『…………』
『アズラ?』
『ケイ様』
『何』
『これは駄目でございます』
『何でだよ!』
『何で分からんのですか!?』
『さっきの二つよりいいだろ!』
『比較対象が酷すぎます!』
『でも、あいつらにはこういう方がいいと思うんだよ』
『御本人ら相手に普段話すのであれば、まだ分からんでもございません』
『だろ?』
『ですが、葬儀で御遺族を前にして「死んで羨ましい」は絶対におやめください』
『そこ?』
『そこだけやございません!』
『でもさ』
『はい?』
『さっき、お前言ったじゃん』
『何をでございます?』
『自己満足でも何でも、俺の好きにすればいいって』
『…………』
『別れの言葉を言いたいなら言えばいいって、お前が言っただろ』
『確かに申し上げました』
『ほら!』
『ですが』
『何だよ』
『これはちょっと……』
『…………』
『さすがのワテでも引きます』
『悪魔に引かれた!?』
『はい』
『そこまで!?』
『葬儀で「死んで羨ましい」は、ワテでもどうかと思いますで』
『だからそこなの!?』
『そこだけやございません!』
『じゃあ革靴?』
『革靴もいりまへん!』
『でも本当に痛いんだぞ』
『存じ上げまへん!』
『俺、慣れない靴嫌いなんだよ』
『今は靴の話をしておりまへん!』
『何でもいいって言ったくせに……』
『何でもええとは申しましたが、限度いうもんがございます!』
『限度……』
『はい。ケイ様は今、その限度を軽々と飛び越えております』
『…………』
『御遺族の前で読み上げる文章やいうことを、もう一度思い出してくださいませ』
『俺はちゃんと三人に話しかけてるつもりなんだけど』
『お気持ちは分からんでもございません』
『じゃあいいじゃん』
『分かることと、葬儀で言ってええこととは別でございます』
『厳しいな……』
『ワテが厳しいんやのうて、ケイ様が自由すぎるんです』
「…………」
ケイは紙を見る。
『結構いいと思ったんだけどな……』
『どこにその自信が湧いてきたんです?』
『ちゃんと俺らしく話した方がいいかなって』
『方向性そのものは分からんでもございませんが』
『ほら』
『加減というものがございます』
『加減……』
『はい』
ケイは三枚の紙を並べた。
一枚目。
三人の秘密を暴露する話。
二枚目。
三人を剣に例えた話。
三枚目。
葬式の服と革靴の話。
「…………」
『…………』
しばらく、二人とも何も言わなかった。
『ケイ様』
『何』
『もう、ワテが作りましょうか』
『…………』
『最初から最後まで』
『…………』
『普通の弔辞を』
ケイは三枚の紙を見た。
そして。
『……お願いします』
『承知いたしました』
『でも、ちゃんと三人のこと入れてくれよ』
『もちろんでございます』
『変に悪魔っぽいこと言うなよ』
『ワテを何やと思ってるんです』
『悪魔』
『正解でございます』
『不安しかないんだけど』
『少なくとも今の三案よりはまともなものを作れる自信がございます』
『言い返せない……』
『では、明日はワテが頭の中で順番にお伝えします』
『俺はそれを言えばいい?』
『左様でございます』
『覚えなくても?』
『ワテがおりますさかい、その必要はございまへん』
『助かった……』
『ただし』
『何?』
『口を動かすんはケイ様御自身でございます』
『噛んだらどうすんだよ』
『そこまでは面倒見切れまへんなあ』
『最後まで面倒見ろよ!』
『何でもワテ任せはいけまへんで』
『文章全部任せてる時点でもういいだろ……』
ケイは机へ額をつけた。
目の前には、使えなくなった三つの弔辞。
結局、自分ではまともな文章一つ作れなかった。
それでも。
明日。
少なくとも、何も言えずに立ち尽くすことだけはなさそうだった。
ケイは三枚の紙をまとめながら、小さく息を吐いた。
明日は。
三人との、本当の別れの日だった。




