第33話 別れの言葉
熊の襲撃から数日後。
トーマ。
ルッツ。
ベイル。
三人の葬儀が、明日、合同で執り行われることになった。
村で一度に三人もの子供が亡くなるなど、誰にも記憶がないほど大きな出来事だった。
そして、葬儀を翌日に控えたその日。
ケイは朝から、三人の家を順番に回っていた。
目的は一つ。
明日の葬儀で、自分にも三人へ別れの言葉を言わせてもらえないか。
それを、それぞれの両親に頼むためだった。
◇ ◇ ◇
最初に訪れたのは、トーマの家だった。
「……あの」
玄関先に立ったまま、ケイは拳を握る。
目の前には、トーマの父親と母親がいる。
ほんの数日前とは別人のように、二人とも疲れ切った顔をしていた。
「俺……明日の葬式で」
喉が詰まりそうになる。
「トーマに……俺からも、お別れの言葉を言わせてもらえませんか」
「…………」
二人は何も言わなかった。
ケイは慌てて続ける。
「駄目だったら、いいんです。でも……最後に、ちゃんとトーマに言いたいことがあって」
本当なら。
真っ先に言わなければならない言葉がある。
ごめんなさい。
俺のせいです。
俺が、あんなことを言わなければ。
トーマは死ななかった。
でも、それだけは言えなかった。
《夢想因果》のことを説明したところで、信じてもらえるとは思えない。
それに何より。
目の前の二人へ、自分があなたたちの息子を死なせたのだと告げる勇気がなかった。
「…………」
長い沈黙のあと、トーマの母親が目元を押さえながら頷いた。
「……お願い」
「え?」
「あの子に」
震える声だった。
「ちゃんと、お別れを言ってあげて」
「…………」
「きっと……喜ぶから」
ケイは深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
次に向かったのは、ルッツの家だった。
そこでもケイは、同じことを頼んだ。
明日の葬儀で、自分にもルッツへ別れの言葉を言わせてほしい、と。
「お願いします」
ルッツの母親は、そう言って頭を下げた。
「最後に友達から言葉をもらえたら、あの子も嬉しいと思う」
「…………」
「ありがとうございます」
ケイも深く頭を下げた。
最後に訪れたベイルの家でも、答えは同じだった。
「ケイ君が言ってくれるなら」
ベイルの父親が静かに頷く。
「きっと、喜ぶよ」
「……はい」
ケイはまた、深く頭を下げた。
三軒とも。
誰一人、断らなかった。
お願いします。
ありがとう。
きっと喜ぶ。
そう言われるたびに、ケイの胸の奥は苦しくなっていった。
◇ ◇ ◇
三人の家を回り終えた帰り道。
ケイは俯きながら歩いていた。
『ケイ様』
『何』
『そう落ち込まんでもよろしいのではございまへんか』
「…………」
ケイは少しだけ顔を上げた。
『ケイ様は十分、頑張られたと思いますで』
『……お前がそんなこと言うの?』
『失礼でございますなあ』
『だって、お前だぞ』
『ワテにも慰めるくらいのことはできます』
『…………』
『そっか』
ケイは小さく息を吐いた。
『ありがと』
『いえいえ』
本当に落ち込んでいる時。
アズラは意外と静かになることがある。
人間の気持ちなど分からないと言いながら、案外こちらのことを見ているのかもしれない。
『お前』
『はい』
『こういう時は結構いい奴なんだな』
『当然でございます』
『悪魔だけど』
『悪魔でございます』
『…………』
ほんの少しだけ、気持ちが軽くなった。
だが。
『もっとも』
『何?』
『今回のケイ様は、最初から最後までかなり独りよがりではございましたけどな』
『…………』
ケイの足が止まった。
『今、何て?』
『独りよがりでございます』
『…………』
『御自身で腹を立てて御命令を発し、解除できると分かっておったのに、恥ずかしいいう理由で解除せず』
『…………』
『御自身なら熊を倒して何とかできると思い込み』
『…………』
『その結果、三名が死亡』
『おい』
『一名が大怪我』
『おい!』
『その後、御自身で落ち込み』
『もういい!』
『そして今度は、御自身で葬儀の弔辞を――』
『お前は俺をどうしたいんだよ!』
思わず叫びそうになり、ケイは慌てて声を抑えた。
『さっきまで慰めてたよな!?』
『慰めておりました』
『じゃあ何で急に俺の悪いところ全部並べ始めるんだよ!』
『事実を整理しただけでございます』
『慰めたいの!?』
『はい』
『怒らせたいの!?』
『いいえ』
『じゃあ何なんだよ!』
『事実をそのまま申し上げております』
『一番腹立つ!』
『ワテは嘘を申し上げるより、誠実やと思いますが』
『そういう問題じゃねえよ!』
ケイは頭を抱えた。
『やっぱりお前、いい奴じゃない』
『悪魔でございますから』
『便利だな、その言葉!』
『便利でございます』
『…………』
しばらく歩いてから、ケイはまた小さく息を吐いた。
『……でもさ』
『はい』
『やっぱり、これも……自己満足なのかな』
『弔辞のことでございますか?』
『うん』
ケイは足元を見る。
『俺が三人を殺したようなもんだろ』
『…………』
『なのに、俺が葬式で別れの言葉を言って、謝って。それで少しでも楽になったら……結局、自分が楽になりたいだけなんじゃないかって』
誰かのため。
三人のため。
そう言いながら、本当は自分の罪悪感を減らしたいだけなのかもしれない。
『……お前はどう思う?』
『ワテに聞かれましてもなあ』
『何だよ』
『ワテは悪魔でございます』
『それは知ってる』
『人を失った悲しみですとか、罪悪感ですとか、弔って気持ちを整理するとか。そういう人間の感情は、正直なところよう分かりまへん』
『…………』
『ですさかい』
アズラはあっさり言った。
『ケイ様のお好きになさればよろしいのでは?』
『好きにって……』
『弔辞を述べたいのでしたら、述べればよろしい。自己満足であろうがなかろうが、御遺族も了承してくださったのでしょう?』
『……うん』
『でしたら、それでええんと違いますか』
『…………』
『そうなのかな』
『はい』
ケイは少しだけ考えた。
その直後。
『まあ』
『何?』
『そもそも、そういう苦しみや悲しみそのものがお嫌でしたら』
『うん』
『いつか世界を滅ぼしてしまえばよろしいのです』
『…………』
ケイは黙った。
『人間がおらんようになれば、誰かを失って泣く者もおりまへん。悲しい事故も起こりません。葬儀も必要ございません』
『お前さ』
『はい』
『さっき慰めてたよな?』
『もちろんでございます』
『どこがだよ!』
『根本的な解決策をご提示しているだけでございます』
『なんで、解決策が世界滅亡なんだよ!』
『魔王でございますから』
『俺は勇者になるんだって!』
『今のところ魔王でございます』
『うるさい!』
『それに、世界を滅ぼすには、今のケイ様ではまだ力不足でございますからな』
『だから滅ぼさないって言ってるだろ!』
『そのために、毎日身体を鍛えておられるのでしょう?』
『違うよ!』
『違うので?』
『勇者になるために鍛えてるんだよ!』
『なるほど』
『何だよ』
『世界を滅ぼせるほど強くなってから、勇者を目指されるわけですな』
『何でそうなるんだよ!』
『効率的かと思いまして』
『全然効率的じゃない!』
『左様でございますか』
『当たり前だろ!』
『しかし』
アズラの声が、ほんの少しだけ真面目になった。
『今回のような犠牲を、もう出したくないのでしょう?』
『…………』
ケイは少し黙ってから頷いた。
『うん』
『でしたら、そういう世界を作ればよろしいのです』
『そういう世界?』
『はい。今回のようなことが二度と起こらん世界を』
『…………』
『ワテとケイ様で』
『何でお前となんだよ』
『一心同体みたいなもんでございますさかい』
『世界は滅ぼさないからな』
『残念でございます』
『本気で残念がるな!』
ケイはため息をついた。
でも、アズラの言葉が少しだけ胸に残った。
もう二度と、今回みたいなことにはしたくない。
自分の言葉で誰かを傷つけて。
誰かを死なせて。
残された人間まで泣かせる。
そんなことは、もう絶対に。
『……明日』
『はい』
『ちゃんと三人に言ってくる』
『弔辞を?』
『うん。自己満足かもしれないけど、それでも……俺のせいで死なせたんだから。せめて、ちゃんとお別れくらいしたい』
『左様でございますか』
『うん』
ケイは前を向いた。
『その前に』
『まだどこかへ?』
『ニコのところ』
◇ ◇ ◇
三人の家を回ったあと、ケイはニコの家にも立ち寄った。
部屋へ入ると、ニコは昨日と同じようにベッドに横になっていた。
「……よう」
「ケイ」
ニコはケイの姿を見ると、少しだけ笑った。
「今日も来てくれたんだ」
「うん」
「ありがとな」
「……今日は、ちょっと話もあって」
「話?」
ケイはベッドのそばの椅子へ座った。
「明日のこと」
「…………」
「三人の葬式」
ニコの表情から、少しだけ笑みが消えた。
「俺、今日の朝から三人の家を回ってたんだ」
「三人の?」
「うん」
「何しに?」
「明日の葬式でさ」
ケイは少しだけ言葉に詰まった。
「俺からも、三人にお別れの言葉を言わせてもらえないかって、頼みに行ってた」
「…………」
「トーマの家も、ルッツの家も、ベイルの家も。みんな、いいって言ってくれた」
「そっか」
「うん」
少しだけ沈黙が流れた。
すると、ニコがぽつりと言った。
「俺も明日、出るよ」
「…………え?」
ケイは顔を上げた。
「葬式?」
「うん」
「お前、その身体で出るの?」
「出る」
「いや、でも……大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない」
「じゃあ駄目じゃん」
「でも行くよ」
ニコははっきり言った。
「父ちゃんたちにも話した。俺一人じゃ無理だから、連れてってもらう」
「…………」
「今の俺じゃ、まともに歩けないけどさ。それでも行く」
「何でそこまで……」
「だって、三人の葬式だぞ」
ニコは自分の身体へ視線を落とした。
「俺だけ家で寝てるのは嫌だ」
「…………」
「三人にちゃんと会えるの、明日で最後かもしれないし」
「でも、無理して怪我が酷くなったら――」
「葬式は一回しかないだろ」
「…………」
「あとで行けばよかったって思っても、もう遅いじゃん」
ケイは何も言えなかった。
ニコは少し黙ってから続けた。
「だけど」
「何?」
「何か言われるかもしれないから、少し怖い」
「何かって?」
「三人の家族に」
「…………」
「何でお前だけ生きてるんだ、とか」
「そんなこと言わないだろ」
「分かんないじゃん」
「…………」
「でも言われても、俺はケイの言葉聞くよ」
「ニコ」
「だって、俺は生きて帰ってきて、三人は死んだんだから」
「…………」
「だから最後に、お別れの言葉くらい……」
ニコは少しだけ目を伏せた。
「…………」
ケイは拳を握った。
ニコも考えていたのだ。
三人が死んで。
自分だけが生き残ったことを。
「本当はさ」
「うん」
「俺も三人に何か言いたい」
「…………」
「一緒に森にいたんだから」
ニコは自分の包帯だらけの身体を見る。
「でも、この身体じゃ無理そうだし」
「無理って?」
「葬式に出るだけでも、父ちゃんたちに手伝ってもらわないと駄目だろ。みんなの前に出て、立って、ちゃんと喋るのは無理だと思う」
「…………」
「だから」
ニコはケイを見る。
「ケイが言ってくれるなら、俺は嬉しいよ」
「俺が?」
「うん」
「…………」
「お前なら大丈夫だろ」
「何でそう思うんだよ」
「何となく」
「何だよ、それ」
ニコは少しだけ笑った。
「それに、三人もきっと喜ぶと思う」
「……そうかな」
「たぶん」
「たぶんかよ」
「絶対とか言ったら嘘になるだろ。死んだ奴に聞けないんだから」
「……それはそうだけど」
「でも」
ニコはまっすぐケイを見る。
「俺だったら嬉しい」
「…………」
「だから、ちゃんと言ってこいよ」
「……うん」
「俺の分まで、って言うと変だけどさ」
「…………」
「三人に、ちゃんと別れ言ってくれ」
ケイはしばらく黙ってから、小さく頷いた。
「……分かった」
明日。
三人へ。
ちゃんと別れを言う。
ニコの分も。
そして、自分が言わなければならないことを。
まだ、何をどう言えばいいのかは分からない。
それでも。
何も言えないまま終わらせるわけにはいかなかった。




