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勇者になりたい俺が、夢想の魔王になった件  作者: 月欠けラムネ
第一章 俺が魔王なわけがない

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第32話 感謝される資格


 ニコは、自分の家に戻っていた。


 ケイが訪ねると、ちょうど治療師が帰るところだった。


「しばらくは絶対に無理をさせないようにしてください」


「はい。本当にありがとうございました」


 ニコの母親が何度も頭を下げる。


 治療師と入れ替わるように、ケイは家の中へ入った。


「あ……ケイ君」


 ケイの姿を見た瞬間、ニコの母親がこちらへ駆け寄ってきた。


「来てくれたのね」


「はい。ニコの様子、どうかなって」


「ニコなら今、奥で休んでるわ」


 そう言ってから、母親はケイをじっと見つめた。


「本当に……ありがとう」


「…………」


「あなたがいなかったら、ニコは帰ってこられなかったって聞いたわ」


「いや……」


「ずっとあの子を守ってくれてたんでしょう?」


「…………」


「本当にありがとう」


 深く頭を下げられた。


 ケイの胸が痛んだ。


「そんな……俺は……」


「ケイ君」


 今度はニコの父親が近づいてきた。


「息子を助けてくれて、本当にありがとう」


「…………」


「ニコからも少し聞いた。熊の前に立って、ずっと守ってくれたんだろ」


「……はい」


「お前がいなかったら、あいつは死んでた」


「…………」


「この恩は忘れない」


 また、感謝された。


 その言葉を聞くたびに、胸の奥が痛んだ。


 違う。


 そんなことを言われるような人間じゃない。


 ニコが熊に襲われたのも。


 あんな怪我をしたのも。


 全部、自分のせいなのだ。


「それより、ケイ君は大丈夫なの?」


 ニコの母親が心配そうに聞いた。


「え?」


「あなたも熊と戦ったんでしょう? 怪我は?」


「あ……俺は大丈夫です」


「本当に?」


「はい。腕とか肩が痛いのと、身体がちょっとだるいくらいで。大きな怪我はないです」


「そう……」


 母親は少しだけ安心したようだった。


「でも無理しちゃ駄目よ」


「はい」


「十三歳の子が熊の前に立ったなんて聞いた時は、こっちまでぞっとしたぞ」


 ニコの父親が言った。


「お前だって、下手をしたら死んでたんだからな」


「……はい」


「本当に二人とも帰ってきてくれてよかった」


「…………」


 また、胸が痛んだ。


「ニコに会ってもいいですか?」


「ああ」


 父親は頷いた。


「ただ、さっき治療が終わったばかりだ。あまり長く話させないでやってくれ」


「分かりました」


 ケイは奥の部屋へ向かった。


     ◇ ◇ ◇


 ニコはベッドに横になっていた。


 身体のあちこちに包帯が巻かれている。


 昨日も見たはずなのに、改めて見るとその怪我の酷さがよく分かった。


「……よう」


 ニコが先に声を出した。


「……うん」


「来たんだ」


「見舞いに来たんだから来るだろ」


「そりゃそうか」


 ニコは弱々しく笑った。


 ケイはベッドのそばに置かれた椅子へ座る。


「具合は?」


「痛い」


「……そっか」


「でも、昨日よりはマシ」


「治療師は何て?」


「しばらく寝てろって」


「それだけ?」


「あと、前みたいに動けるようになるかは、まだ分かんないって」


「…………」


「そんな顔すんなよ」


「どんな顔だよ」


「今にも泣きそうな顔」


「泣かねえよ」


「そう?」


「うん」


 少しだけ沈黙が流れた。


 やがてニコが口を開く。


「……なあ」


「何?」


「トーマたちは?」


「…………」


 ケイの身体が固まった。


「三人……どうなった?」


「…………」


 何も言えなかった。


 口を開こうとしても、声が出ない。


 その様子を見て、ニコも察したのだろう。


「……死んだんだよね」


「…………」


「三人とも」


 ケイは俯いた。


「……うん」


「そっか」


 ニコは天井へ視線を向けた。


「…………」


「…………」


 しばらく、どちらも何も言わなかった。


「トーマさ」


「……うん」


「助け呼びに行ったんだろ?」


「うん」


「最後まで走ってくれたんだよな」


「……うん」


 ケイは拳を握った。


「トーマが森の入口まで行って、大人を呼んでくれたから……俺たちも助かった」


「…………」


「だから」


 ニコは目を閉じた。


「トーマのおかげでもあるんだな」


「……そうだよ」


 トーマだけじゃない。


 ルッツも。


 ベイルも。


 三人がそれぞれ熊に追われていたから、四頭すべてがケイとニコへ向かってくることはなかった。


 三人がいたから。


 三人が熊に追われていたから。


 自分とニコは生き残った。


 そう考えると、胸が余計に苦しくなった。


「……ケイ」


「何?」


「ありがとな」


「…………」


 また、その言葉だった。


「何が?」


「俺を助けてくれたこと」


「…………」


「ずっと俺の前に立ってただろ」


「でも……」


「熊が来るたび、盾で守ってくれて」


「…………」


「俺、お前いなかったら死んでたよ」


「そんなこと――」


「死んでた」


 ニコははっきり言った。


「絶対」


「…………」


「だから、ありがとな」


 ケイは答えられなかった。


 感謝される資格なんて、自分にはない。


「俺ら、お前のこと馬鹿にしてたじゃん」


「……まあ」


「広場のことも」


「それは言うな」


「悪い」


「…………」


「勇者になれるわけないとかも言ったし」


「……うん」


 ニコは少し黙った。


「でもさ」


「何?」


「森で、お前ずっと言ってたじゃん」


「……何を?」


「勇者になるって」


「…………」


「熊の前に立って、俺を守りながら」


 ケイは何も言えなかった。


 あの時。


 確かに自分は言った。


 俺は勇者になるんだ、と。


 けれど最後には、自分で思ったのだ。


 勇者にはなれなかった、と。


「……俺は勇者じゃないよ」


「何で?」


「三人とも助けられなかった」


「…………」


「俺がもっと強かったら……全員助けられたかもしれない」


「無理だろ」


「…………」


「四頭だぞ」


「でも――」


「俺だったら、一頭でも無理だよ」


「…………」


 ニコは少し息を吐いた。


「ケイが自分のことをどう思ってるかは知らないけどさ」


「…………」


「俺にとっては、勇者だったよ」


「…………」


 ケイは顔を上げた。


「だって、あの時」


 ニコはまっすぐこちらを見る。


「俺の前に立ってくれたじゃん」


「…………」


「怖かっただろ?」


「……怖かったよ」


「それでも逃げなかった」


「…………」


「何回も熊に襲われて、それでもずっと俺を守ってくれた」


「…………」


「だから俺にとっては、ケイは勇者だった」


 胸の奥が、強く痛んだ。


 やめてくれ。


 そんなことを言わないでほしかった。


 感謝しないでほしかった。


 勇者なんて呼ばないでほしかった。


「……違う」


「え?」


「…………」


 喉まで出かかった。


 違う。


 俺が原因なんだ。


 熊が来たのも。


 三人が死んだのも。


 お前がこんな怪我をしたのも。


 全部、俺のせいなんだ。


 言ってしまいたかった。


 本当のことを全部話してしまえば、少しは楽になれるかもしれない。


 怒ってくれればいい。


 殴られてもいい。


 恨まれて当然だ。


 でも。


「…………」


 言えなかった。


 どうしても言えなかった。


「ケイ?」


「……何でもない」


「…………」


「何でもないよ」


 ケイは俯いた。


 ニコは何も知らない。


 何も知らないから、自分を命の恩人だと思っている。


 勇者だったと言ってくれる。


 その言葉を聞くたびに、自分がどれだけ酷いことをしたのかを思い知らされる。


「……そろそろ帰るよ」


「もう?」


「お前の父さんに、あんまり長く話させるなって言われてるから」


「ああ……そっか」


「治ったら、いくらでも話せるだろ」


「うん」


 ケイは椅子から立ち上がった。


「また来るよ」


「おう」


 扉へ向かう。


「ケイ」


「何?」


「……本当に、ありがとな」


「…………」


 ケイは振り返らなかった。


「……うん」


 それだけ答えて、部屋を出た。


     ◇ ◇ ◇


「もういいの?」


 部屋を出ると、ニコの母親が声をかけてきた。


「はい。また来ます」


「そう。ありがとうね、ケイ君」


「…………はい」


 ニコの父親も軽く頭を下げる。


「またいつでも来てやってくれ。あいつも喜ぶ」


「はい」


「それと、お前もちゃんと休めよ」


「分かりました」


「本当にありがとう」


「…………」


 最後まで、感謝された。


 ケイは二人に頭を下げる。


「じゃあ、失礼します」


 家を出た。


 外の空気を吸う。


「…………」


 少しだけ、息が苦しかった。


 感謝されればされるほど。


 勇者だと言われれば言われるほど。


 ケイは、自分を許せなくなっていった。


     ◇ ◇ ◇


 ニコの家から自宅へ戻る途中だった。


 道の先から、聞き覚えのある声がした。


「だから、そっちが先だったでしょ!」


「はあ? あなたがこっち見てなかったんじゃない!」


「ちゃんと見てたわよ!」


「見てたらぶつからないでしょ!」


「…………?」


 ケイが顔を上げる。


 少し先の道端で、二人の少女が向かい合っていた。


 一人は、長い栗色の髪をした少女。


 マリアンヌ。


 もう一人は、肩まで伸びた明るい茶色の髪をした、同年代の少女。


 メイだった。


「大体、前から思ってたけど、あなたって――」


「それはこっちの台詞よ!」


 二人とも、完全に頭に血が上っているらしい。


 何が原因で喧嘩になったのかは分からない。


 ただ、二人がこうして言い合っていること自体は、それほど珍しいことでもなかった。


『ずいぶん仲がよろしいようで』


『どこを見たらそう思うんだよ』


『あれだけ遠慮なく言い合えるいうんは、ある意味では親密とも言えるんやないですか?』


『全然違うよ。あいつら昔から馬が合わないんだ』


『そうなんでっか?』


『何かあるとすぐ言い合ってる』


 ケイは二人を見ながら、小さく息を吐いた。


『だから俺も、マリアンヌがいる時はメイとあんまり話さないようにしてたんだよ』


『ほう』


『何だよ』


『マリアンヌ様に嫌われんよう、随分と苦労なさっておったんですなあ』


『…………』


 しまった。


 余計なことまで話してしまった。


『別に、そういうんじゃ……』


『そういうんやないんでっか?』


『うるさいな』


 普段なら、もう少し言い返していただろう。


 けれど今は、それどころではなかった。


 ニコの両親に何度も感謝された。


 ニコ本人からも感謝された。


 そのうえ、勇者だったとまで言われた。


 その言葉がまだ胸の奥に残っている。


 今はマリアンヌにどう思われるとか、メイとどれくらい話すとか、そんなことを気にする余裕もなかった。


『……今日はいいよ』


『左様でございますか』


『うん』


 ケイは二人から少し離れたところを、そのまま通り過ぎようとした。


「――あ」


 先にケイへ気づいたのはマリアンヌだった。


 けれど、声を上げたのはそこまでだった。


「…………」


 ケイと目が合う。


 マリアンヌは何も言わなかった。


 広場での一件以来、以前のように向こうから話しかけてくることはなくなっている。


 その声でメイもケイに気づいた。


「…………」


 メイは一瞬、何か言いたそうに口を開いた。


 けれど、結局何も言わなかった。


 ケイも二人を見る。


 さっきまで言い争っていた二人。


 けれど、今はそれについて何か言う気力もなかった。


「…………」


 小さく息を吐く。


 そして、何も言わずに歩き出した。


「…………」


「…………」


 マリアンヌとメイは、その背中を見送った。


 しばらくして。


 メイがぽつりと言った。


「……ねえ」


「何よ」


「今のケイ……」


「…………」


「なんか、すごい疲れた顔してなかった?」


「……してた」


「もしかして」


 メイは少しだけ眉をひそめる。


「私たち見て、呆れたんじゃない?」


「…………」


 マリアンヌの表情が変わった。


「……あなたのせいでしょ」


「は?」


「あなたがくだらないことで喧嘩を吹っかけてくるから、ケイに呆れられたんじゃない!」


「ちょっと待ってよ!」


 メイもすぐに声を上げる。


「最初に突っかかってきたの、あなたでしょう!」


「あなたよ!」


「あなたでしょう!?」


 さっきまでとは別の理由で、再び喧嘩が始まった。


「大体、ケイが来た時くらい黙れなかったの!?」


「それはあなたもでしょう!」


「私は途中でやめようとしてたわよ!」


「どこがよ!」


「あなたがずっと言い返してくるからでしょう!」


「言い返されたくないなら最初から言わなきゃいいじゃない!」


「だから、その言い方が――!」


 少し先を歩いていたケイにも、二人の声は聞こえていた。


『また始まりましたなあ』


『だから言っただろ。あいつら馬が合わないんだって』


『しかし今度は、ケイ様が原因になっておりますで』


『俺、何もしてないだろ』


『何もせんでも揉め事の種になれるいうんは、なかなかの才能でございます』


『そんな才能いらないよ』


 普段なら、もう少し腹を立てたかもしれない。


 けれど今日は、そこまでの元気もなかった。


 ケイは振り返らない。


 二人に呆れていたわけでもない。


 怒っていたわけでもない。


 ただ今は、誰かといつものように話せる気分ではなかった。


 後ろから聞こえてくる二人の言い争いをそのままに、ケイは家へ向かって歩き続けた。


 この時のケイは、まだ知らなかった。


 今日すれ違った二人の少女が、これから自分の人生を、別の意味でとんでもなくややこしくしていくことを。



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