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勇者になりたい俺が、夢想の魔王になった件  作者: 月欠けラムネ
第一章 俺が魔王なわけがない

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第25話 俺が囮になる


「ケイ……」


 トーマの震えた声が聞こえた。


「どうすんだよ」


「…………」


 ケイは四頭の熊を見回した。


 前、右、左。そして後ろ。


 どこを見ても熊がいる。逃げ道はなかった。


 ケイは左腕で大盾を前へ構え、右手の剣を握りしめる。


 一頭ですらまともに戦えるか分からない。それが四頭だ。


「お前……助けるって言ったじゃん」


「分かってるよ」


「じゃあ、どうすんだよ!」


「今考えてるんだよ!」


 叫び返しながらも、ケイ自身には分かっていた。


 四頭を相手にして、全員を守りながら戦う。そんなことは無理だ。


 だったら。


「……みんな」


「何?」


「俺が合図したら、一斉に森の出口へ走れ」


 四人が目を見開いた。


「一斉に?」


「そうだ。俺がこいつらの注意を引く。その間に走れ」


「お前はどうすんだよ」


「俺はあとから行く」


「四頭いるんだぞ!?」


「見れば分かるよ!」


 ケイが怒鳴り返した、その時だった。


「……俺、無理かも」


「え?」


 小さな声を上げたのはニコだった。


 振り返ると、ニコは顔をしかめながら片足を庇うように立っている。


「どうした?」


「さっき……熊が出てきた時に後ろへ下がっただろ。その時、木の根に足引っかけて……」


「足?」


「ちょっと捻ったみたいで……走るのは、たぶん無理」


「…………」


 ケイはニコの足を見る。


 立っていることはできている。だが、少し動くだけでも痛むのか、顔が歪んでいた。


 これでは三人と同じ速さで走れるはずがない。


「……分かった」


「ケイ?」


「ニコは俺と一緒にいろ」


「え?」


 ケイは再び熊へ向き直った。


「俺から離れるな」


「でも……」


「絶対守ってやるから」


「…………」


 口にしてから、自分でもずいぶん格好をつけたと思った。


 だが、今はそれでいい。ニコが走れないなら、自分が守るしかない。


「トーマ! ルッツ! ベイル!」


 三人を見る。


「お前らは走れ!」


「ニコは!?」


「俺が守る!」


「でも――」


「三人とも森の外まで走って、大人呼んでこい! 誰でもいい! とにかく早く!」


『なるほど』


 突然、アズラの声が頭の中に響いた。


『なかなか良い御判断でございますなあ、ケイ様』


『……何が?』


『三名を囮として先に走らせ、その間にケイ様は走れない一名と離脱する』


「…………」


『実に合理的な作戦でございます』


『違うよ!』


 思わず声に出しかけ、慌てて飲み込む。


『三人は助けを呼びに行くんだ!』


『左様でございますか』


『そうだよ!』


 だが、そこまで言ってケイは一瞬だけ考えてしまった。


 三人が走れば、熊も反応する。一頭、二頭――うまくいけば三頭とも、三人を追っていくかもしれない。


 そうなれば、自分とニコのところに残るのは一頭だけだ。


「…………っ」


 本当に一瞬だけ、自分とニコが助かるかもしれないと思ってしまった。


 ケイは歯を食いしばる。


 何を考えているんだ。


 そもそも、こいつらがこんな目に遭っているのは自分のせいだ。自分が腹を立てて、


「クマにでも食われちまえ」


 なんて言ったからだ。


 その三人が熊を引きつけてくれれば、自分が助かる?


 そんなことを考えていいはずがない。


「……違う」


「ケイ?」


「何でもない」


 ケイは大盾を握る左手に力を込めた。


「俺が囮になる」


「……は?」


 トーマが目を見開く。


「お前ら三人が走ったら、俺が四頭の注意をできるだけ引きつける」


「四頭って……!」


「四頭は無理かもしれない。でも、できるだけこっち向かせる! だからお前らは絶対止まるな!」


「そんなの――」


「他に方法ないだろ!」


 熊の一頭が前へ出る。


「グルルルル……」


「っ……!」


 ケイはすぐにそちらへ大盾を向け、そのまま剣の腹で思い切り叩いた。


 ――ガンッ!


 硬い音が森に響く。


「おい!!」


 ケイは熊へ向かって叫んだ。


「こっちだ!!」


 四頭の視線が動く。


 ケイは熊から目を離さないまま、三人へ早口で指示を飛ばした。


「いいか! 俺が合図したら三人一斉に森の出口まで走れ! 絶対止まるな! 振り返るな! 転んでもすぐ立て! 外まで出たら大声で助け呼べ! 誰でもいいから大人連れて戻ってこい!」


「ちょ、ちょっと待てって!」


「待たない!」


 ――ガンッ!


 もう一度、大盾を叩く。


「ほら! こっちだ!」


「グルルルル……!」


 右側の熊が身体を低くする。


 ケイは慌ててそちらへ剣先を向けた。


「そっちも来い!」


 右だけではない。左、前、後ろ。


 ケイは四頭すべての動きを必死に追った。


 怖い。


 振り返っている余裕すらない。


『……ケイ様』


『何!』


『先ほどから、随分と思い切ったことをなさっておりますな』


『今さら何だよ!』


『個人的には、あまり賛成いたしかねます』


『は!?』


『危険すぎますさかい』


 ケイは思わず眉をひそめた。


『さっき三人を囮にするのは褒めてたじゃん!』


『三名が危険になるだけでしたら、ワテとしては何の問題もございまへん』


『最低だなお前!』


『あくまで、ワテはケイ様が大事ですし、悪魔でございますさかい』


『今それ言う!?』


 一頭の熊がさらに距離を詰める。


 ケイは大盾を前へ突き出した。


「来いよ!」


「グルルルル……」


『ですが、ケイ様御自身を四頭への囮になさるとなれば話は別でございます』


『…………』


『現在のケイ様では、あまりにも危険でございます』


『分かってる』


『十三歳。熊との実戦経験なし。剣術もまだ未熟。しかも、走れないニコ様まで守らなければならない』


『分かってるって!』


『分かっておられる方の作戦には見えまへんなあ』


『他にどうしろっていうんだよ!』


 アズラは答えなかった。


 ケイ自身にも、もっといい方法など思いつかない。


 怖いことくらい、自分が一番よく分かっている。剣を握る手は今も震えていた。


 それでも。


「ケイ!」


「何!」


「本当に大丈夫なのかよ!」


 トーマが叫ぶ。


「大丈夫じゃない!」


「ええ!?」


「でもここに全員いたらもっと駄目だろ!」


 ケイも叫び返した。


「俺がこいつらを引きつける! ニコは俺が守る! だからお前らは走れ!」


「でも、お前――」


「俺は勇者になるんだ!」


「だから俺のことは気にするな!」


 三人が黙る。


 ケイは熊から目を離さないまま続けた。


「これくらいできなくて、何が勇者だよ!」


「…………」


「森を出たら大人連れて戻ってこい! それまで俺が何とかする!」


 後ろからニコの声が聞こえた。


「ケイ……」


「何?」


「本当に……俺のこと守れる?」


「当たり前だろ」


 即答した。


「絶対守ってやる」


「…………」


「だから、お前は俺から離れるな」


「……うん」


『ケイ様』


『何』


『反対されてもおやりになるんでっしゃろ』


『やる』


『……そうでございますか』


『うん』


『でしたら、せめて死なんようになさってくださいませ』


『できるだけな!』


『できるだけでは困るんですがなあ』


 ケイは大きく息を吸った。


「今から数えるぞ!」


「分かった!」


「三!」


「もう!?」


「二!」


「早いって!」


「一!」


「ちょっと――」


「走れええええ!!」


 三人が一斉に飛び出した。


 トーマ、ルッツ、ベイル。


 三人は森の出口へ向かって全力で走る。


 ケイはニコを背中に庇い、その場に残った。


「お前らはこっちだ!!」


 ――ガンッ!!


 大盾を思い切り剣で叩く。


「俺が相手だ!!」


「グオオオオオッ!!」


 一頭が地面を蹴った。


「来い!」


 ケイは大盾を構える。


 一頭は狙い通り、自分へ向かってきた。


「そうだ!」


 あと一頭。


 せめて、もう一頭だけでもこちらへ引きつけたい。


「ほら! こっちだ!」


 だが、二頭目はケイへ来なかった。


「…………え?」


 ケイの横を駆け抜け、そのまま逃げていく三人の方へ向かう。


「待て!」


 三頭目も動いた。


「おい!」


 そして四頭目まで。


「違う!」


 三頭の熊が、逃げる三人を追いかけていく。


「こっちだって言ってるだろ!!」


 ケイは必死に大盾を叩いた。


「俺を見ろよ!!」


 だが、三頭は止まらない。


『ケイ様』


『なんで!?』


『あの熊どもの本来の対象は、あくまで御命令を受けた四名でございますさかい』


「…………っ」


 そうだった。


 熊がここにいる理由は、自分ではない。


 トーマ、ルッツ、ベイル。そしてニコ。


 あの四人を襲うためだ。


 三人が走ったから、三頭が追った。


 ここにはニコが残った。


 だから、一頭がここに残った。


「くそっ!」


 ケイも三人を追おうとする。


 その瞬間。


「グオオオオオッ!!」


「っ!」


 ニコを狙って残った一頭が、大きな前脚を振り上げた。


「ニコ、下がれ!!」


 ケイは二人の間へ飛び込む。


 ――ガンッ!!


「ぐあっ!!」


 強烈な衝撃が大盾を襲った。


 左腕が一瞬で痺れ、ケイの身体が大きく後ろへ押される。


「ケイ!」


「来るな!」


 ケイはニコを背中へ押し込むように庇った。


「俺の後ろにいろ!」


「う、うん!」


 熊が低く唸る。


「グルルルル……」


 ケイは痛む左腕を持ち上げ、もう一度大盾を構えた。


 違う。こんなはずじゃなかった。


 自分が囮になって四頭の注意を引きつけ、三人を逃がす。ニコも守って、最後には自分も逃げる。


 そうするつもりだった。


 なのに。


 実際に熊を引きつけているのは、逃げている三人だった。



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