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勇者になりたい俺が、夢想の魔王になった件  作者: 月欠けラムネ
第一章 俺が魔王なわけがない

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第21話 ノビル


 翌朝。


 まだ空が白み始めたばかりの時間に、ケイは目を覚ました。


 昨夜は早めに眠ったはずなのに、目が覚めるとすぐにトーマたち四人のことが頭に浮かんだ。


 《夢想因果》が結果へ至るのは朝方。


 つまり、四人はもうすぐ熊に襲われることになる。


 そこまで考えたところで、ケイはふと眉をひそめた。


『……なあ、アズラ』


『はい、ケイ様』


『起きてからよく考えたんだけどさ』


『何でございます?』


『何であいつら、こんな朝早くに熊に襲われるんだ?』


『今ごろ気づかれましたか』


『お前も気づいてたの!?』


『ワテも少し妙やとは思っておりましたで』


『だったら言えよ!』


『ケイ様が御自分で考えておられましたさかい』


『そういうところで見守らなくていいんだよ!』


 ケイはベッドの上で腕を組んだ。


 普通なら、まだ家にいる時間だ。農家なら朝が早いとはいえ、十二〜十五歳の子供が四人揃って村の外へ出るには早すぎる。


『普通に考えたら、まだ村にいる時間だよな』


『そうでございますな』


『それに、あいつらならルール破って森に行きそうだけどさ』


『ルール?』


『子供だけで森に入っちゃ駄目なんだよ。熊とか狼が出るから、大人と一緒じゃないと』


『なるほど』


『まあ、トーマたちなら普通に破りそうだけど』


『ケイ様もまだ十三歳でございますからな』


『俺は関係ないだろ』


『ケイ様も、わりと決まり事を無視されますで』


『今は俺の話してないだろ!』


 小声で言い返したところで、アズラが少し間を置いた。


『ですが』


『何?』


『今回に限って申せば、そのルールを破ること自体も、ケイ様のせいかもしれまへんな』


「…………」


『は?』


『現在、《事象因果》が動いております』


『それは分かってるけど』


『そして今回の《事象因果》には、すでに確定予定結果がございます』


 ケイの顔から少しだけ表情が消えた。


『……あいつらが熊に襲われること』


『正確には、その先まででございますが』


『そこは言わなくていい』


『左様でっか』


 アズラは淡々と続けた。


『《夢想因果》は、その確定予定結果へ向けて因果を組み替えております。結果へ辿り着くために必要であれば、途中の事情や状況も少しずつ変化していくのでございます』


『事情とか、状況?』


『左様でございます』


『じゃあ……あいつらが朝から森に行くのも?』


『可能性は高いですな』


 ケイは眉を寄せた。


『でも、あいつらの頭を無理やりいじって、「森に行こう」って思わせてるわけじゃないんだよな?』


『そういうことではございまへん』


 アズラはすぐに否定した。


『何も、無理やり決まりを破らせる必要はございまへん。本人たちにとって、朝早く四人だけで行く方が都合のええ事情が重なれば、それで十分でございます』


『都合のいい事情?』


『はい』


『たとえば?』


『誰かが朝のうちに行こうと言い出す理由ができる。四名の予定が都合よく揃う。大人がおらん方が都合のええ理由ができる。村を出る時に誰にも見つからへん。そういった小さな事情や偶然が重なれば、四名だけで朝から森へ向かう状況は自然に作れます』


 ケイは少し考えた。


『でも、それを決めるのはあいつらなんだろ?』


『もちろんでございます』


『じゃあ、自分の意思なんだ』


『はい。本人たち自身が考えて、本人たち自身で決めております』


『だったら、《夢想因果》は何してるんだ?』


『その判断に至る事情や偶然を整えている可能性がある、ということでございます』


「…………」


『本人たちからすれば、何もおかしなことはないのでございます。自分たちなりの理由があって、自分たちで相談して、自分たちで決めた』


『でも、その理由とか偶然が都合よく揃ったのは……』


『現在の事象因果によるものかもしれまへんな』


「…………」


『それが全部、《夢想因果》のせい?』


『全部かどうかまでは分かりまへん。本来からそうする予定やった可能性もございますさかい』


『でも』


『はい』


『朝早くに、子供四人だけで、わざわざ決まりまで破って森に行く』


『そして、その四名こそが現在の事象因果の対象でございます』


「…………」


『……かなり怪しいな』


『ワテもそう思います』


 ケイはベッドの上でしばらく黙った。


 最初は、トーマたちが勝手に決まりを破るのだと思っていた。


 だが、その「決まりを破る状況」そのものが、自分の《夢想因果》によって作られているのだとしたら。


『じゃあ……俺のせいで、あいつらルール破るの?』


『今回の事象因果によって、その状況が作られているのであれば』


 アズラは遠慮なく答えた。


『左様でございますな』


「…………」


『最悪じゃん……』


『御命令を出されたのはケイ様でございますさかい』


『分かってるよ……』


 ケイはため息をついた。


 四人が熊に襲われることだけではない。


 そこへ至るまでの道筋まで、自分の言葉が作っているのかもしれない。


 誰かの頭を操っているわけではない。


 それでも、自分たちの意思で選んだ道へ進んだ結果、最初から決められた結末へ近づいていく。


 そう考えると、《夢想因果》という力が昨夜までより少しだけ不気味に感じられた。


『でもさ』


『はい』


『朝っぱらから四人揃って森に行く理由って、何だ?』


 ケイはもう一度考えた。


 遊びに行くには早すぎる。


 薪拾いなら普通は家族と行く。


 狩りなんてできるはずもない。


 そして今の季節に、子供たちだけでも森へ入りたくなるような理由。


『……あ』


『何か思いつかれましたか?』


『ノビルだ』


『ノビル?』


『そっか。今の時期なら採れる』


 この時期、森ではノビルが採れる。


 村で食べることもできるが、まとまった量を街へ持っていけば、それなりの値段になる。子供たちが小遣い稼ぎのために採ることも珍しくなかった。


 しかも、採るなら人に先を越されない方がいい。


 朝早く出れば、まだ大きなものが残っている可能性も高い。大人がいなければ、自分たちの好きな場所まで行けるし、採った分を大人と分ける必要もない。


『なるほど』


 アズラが納得したように言った。


『それなら先ほどの話とも噛み合いますな』


『だろ?』


『朝早く行けば、他の者に先を越されにくい。良い物も残っている。大人がおらん方が自由に動けるうえ、採った物を分ける相手も減る』


『分け前も増える』


『左様でございます』


『……めちゃくちゃそれっぽいな』


『十分あり得る話でございますな』


『あいつら、ノビル採りに行くんじゃないか?』


『その可能性は高そうでございます』


『よし』


『まだ推測でございますで』


『分かってるよ』


『ケイ様にしては、なかなかよい推測でございます』


『一言余計なんだよ』


 もし予想が当たっているなら、四人はこれから村を出るはずだ。


 ケイはベッドから降りると、父親と母親を起こさないよう静かに準備を始めた。


 服を着替え、厚手の上着を身につける。腰には本物の剣を下げ、腕には布を巻いた。水と短い縄、小さな布袋も持っていく。


 そして最後に、昨夜手に入れた大盾へ手を伸ばした。


「……重っ」


 分かっていたことだが、やはり重い。


『熊の攻撃を防ぐための大盾でございますさかい』


『もう頑丈なのは頭で確認したよ……』


『実地試験済みでございますな』


『俺の頭を試験場みたいに言うな』


 昨夜できたたんこぶを触ると、まだ少し痛んだ。


 しかも、そのあと父親の拳骨まで同じ場所へ食らっている。


 朝から思い出したくない。


『準備はよろしいでっか?』


『多分』


『「多分」で熊と戦うことは推奨いたしまへん』


『じゃあ絶対大丈夫って言ってよ』


『それは嘘になりますさかい』


『こういう時だけ真面目だな』


『ワテはいつでも真面目でございます』


『暗黒陣の話を何時間もしようとする奴が?』


『あれも大真面目でございますで』


『それが一番怖いんだよ』


 大盾を持ち直し、ケイはそっと家を抜け出した。


 村はまだほとんど眠っていた。


 家々の煙突から煙も上がっておらず、道を歩いている者もほとんどいない。朝の冷たい空気の中、ケイは四人が森へ向かうなら必ず通る道が見える場所まで移動した。


 そこから身を隠し、しばらく待つ。


『……本当に来るかな』


『ワテには分かりまへん』


『さっきはかなり怪しいって言ったじゃん』


『怪しいことと、正解であることは別でございます』


『急に責任逃れすんなよ』


『推測は推測でございますさかい』


『俺の二割の頭脳を信じろよ』


『まだ二割しか使っておられへんのですか?』


『そういう意味じゃない!』


 そんなやり取りをしながら待っていると、やがて道の向こうに小さな人影が現れた。


 一人。


 二人。


 三人。


 そして四人。


「……来た」


 ケイは思わず呟いた。


 トーマ、ルッツ、ベイル、ニコ。


 四人とも籠や袋を持っている。小さな鎌や棒まで持っており、どう見てもただ遊びに出かける格好ではなかった。


『やっぱりノビルだ』


『ケイ様の予測が当たりましたな』


『俺の頭脳の二割を舐めるなよ』


『残り八割を補填している身として、誇らしく思います』


『今それ言うな』


 四人はケイの存在に気づかず、楽しそうに話しながら歩いていた。


 昨日、自分を馬鹿にしていた時と何も変わらない。


 笑って、ふざけて、ときどき押し合いながら、森へ続く道を進んでいる。


 これから自分たちが熊に襲われるとも知らずに。


 ケイの表情から笑みが消えた。


 すると、アズラが静かに声をかけてきた。


『……ケイ様』


『何?』


『やはり、解除条件を実行された方がよろしいのでは?』


「…………」


 ケイは答えず、四人を見た。


『御覧ください。ちょうど四名とも揃っております』


『……うん』


『まだ村の近くでございます。熊もおりません。今なら呼び止めて、解除条件を実行できますで』


「…………」


『そうすれば、熊と戦う必要もございません。四名も助かりますし、ケイ様御自身が危険な目に遭うこともない』


 ケイは黙った。


 アズラの言っていることは正しい。


 さっき聞いたばかりだ。


 四人が朝早く村を出たことも、子供だけで森へ入るという決まりを破ることも、自分の《夢想因果》が作り出した流れなのかもしれない。


 四人が熊に襲われるのも。


 命の危険に晒されるのも。


 全部、自分が怒りに任せて口にした言葉から始まっている。


 だったら、自分が恥をかいて解除するのが一番正しい。


 そんなことくらい、ケイにも分かっていた。


『……分かってるよ』


『では』


『でも、嫌だ』


『…………』


『あの解除条件をやるのが嫌なのもある』


『左様でございますな』


『でも、それだけじゃない』


 ケイは四人の背中を見つめた。


『俺がこんなことにしたんだろ』


『はい』


『あいつらが決まり破って森に行くことになったのも、熊に襲われることになるのも、全部俺のせいなんだろ』


『現在の事象因果によって作られた流れであれば、その通りでございます』


『だったら』


 ケイは腰の剣へ手をやった。


『俺が助ける』


『解除条件でも助けられますで』


『分かってる』


『そちらの方が確実でございます』


『それも分かってる』


 解除条件を実行すればいい。


 四人の前で、自分が十歳まで毎晩おねしょをしていたと三回大声で言う。


 それから一人ずつ頭を下げて謝り、誰にも言わないでくれと頼む。


 死ぬわけではない。


 怪我をするわけでもない。


 ただ、死ぬほど恥ずかしいだけだ。


 それでもケイは、その方法を選べなかった。


『どうせ助けるなら』


 剣の柄を握る手に、少しだけ力が入る。


『俺は、勇者としてあいつらを助けたい』


『…………』


『魔王の力でこんなことにしたなら、今度は俺自身の力で助ける』


 アズラはしばらく何も言わなかった。


 やがて、静かに答える。


『それでもワテは、解除条件をおすすめしますで』


『分かってるよ』


『熊と戦えば、ケイ様まで死ぬ可能性がございます』


『分かってる』


『御自分では勝てるつもりでおられるようですが、ワテは今でも難しいと思っております』


『それも分かってるって』


 全部、分かっている。


 解除する方が安全だ。


 解除する方が確実だ。


 自分が恥をかくだけで、四人は助かる。


 それでもケイは、楽しそうに森へ向かっていく四人の背中を見つめた。


『……俺が助ける』


 今はまだ。


 それが正しい選択だと信じていた。

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