第18話 盗んだわけじゃない
『魔王の力でやらかしたなら』
ケイは少しだけ胸を張った。
『勇者らしく解決してやる』
アズラは、しばらく何も言わなかった。
やがて。
『承知しました』
『やっと分かった?』
『いいえ』
『え?』
『ワテは現在も反対しております』
『じゃあ承知すんなよ!』
『最終的な判断権はケイ様にございますさかい』
「…………」
『ただし』
『何?』
『本当に熊と戦われるのでしたら、その剣一本で行くことだけはおやめくださいませ』
ケイは手にしている剣を見る。
『駄目なの?』
『駄目とまでは申しませんが、大怪我をされる可能性が高すぎます』
『さっきからそればっかりだな』
『大切なことでございます』
アズラの声は珍しく真面目だった。
『熊は、ケイ様が剣を振り下ろすまで大人しく待ってくれまへん』
『それくらい分かってるよ』
『爪がございます』
『うん』
『牙もございます』
『うん』
『十三歳のケイ様より、遥かに重い身体もございます』
「…………」
『真正面から一撃もらえば、それだけで戦えなくなる可能性がございますで』
ケイは黙った。
頭の中で想像してみる。
大きな熊が自分へ向かってくる。
こちらには剣がある。
だが、熊にも巨大な前脚と爪がある。
自分が斬るより先に、あの爪が飛んできたら。
「…………」
『じゃあ、どうすればいいんだよ』
『盾でございます』
『盾?』
『はい』
『普通のやつでいいの?』
『できれば、大盾がよろしいですな』
『大盾……』
『それも木を組んだだけの簡単なものではなく、実戦に出る戦士が使用するような頑丈なものを』
『鉄の?』
『鋼鉄製、あるいは鋼鉄で十分に補強されたものが理想でございます』
『そんな大げさな』
『熊と戦うのでございますで?』
「…………」
『爪を受けても、一撃で砕けへん程度の物は欲しいところですな』
そこまで言われ、ケイも少し考えた。
剣だけで熊と戦うより、攻撃を受け止められる物が一つあった方がいい。
それはさすがにケイにも分かる。
『……盾は必要かも』
『ようやく御理解いただけましたか』
『でも』
『はい』
『そんなの持ってないぞ』
『ございませんな』
『父さんだって持ってないし』
『農家でございますからなあ』
『村の警備隊にも、そんな立派な大盾あるか分かんないだろ』
『おそらく、ないでしょうな』
『じゃあ無理じゃん』
すると、アズラが何でもないことのように言った。
『持ってくればよろしいのでは?』
『どこから?』
『《夢想因果》で』
「…………」
ケイは数秒黙った。
『……あ』
『思い出されましたか?』
『物質因果』
『左様でございます』
以前、父親への《事象因果》が動いていた時。
《夢想因果》が本当に物を動かせるのか確認するため、パンを一つ自分のところへ持ってこさせた。
あの時使ったのが《物質因果》だった。
何もないところから物を作り出すことはできない。
だが、すでに存在している物なら、因果を繋ぎ替えることで自分のところへ移動させることができる。
『でも、今は四人の《事象因果》が動いてるだろ?』
『問題ございまへん』
『同時に使えるの?』
『以前も、お父上への《事象因果》と、パンへの《物質因果》を並行して動かしたでしょう』
『……そういえばそうだった』
『因果系統が別でございますさかい、並行処理が可能です』
『じゃあ今、物質因果を使っても平気なんだ』
『はい』
ケイは少し考える。
『物質因果って、確か六時間くらいだよな?』
『基本的には六時間ほどでございます』
ケイは窓の外へ目を向けた。
熊が四人を襲うと予測されているのは、明日の朝。
今からなら、十分に間に合う。
『ちゃんとした大盾でも六時間?』
『物質因果で扱える範囲であれば、基本時間は同じでございます』
『戦士が使うような本物でも?』
『現存している物であれば』
『熊の爪を防げるくらい頑丈なのでも?』
『条件を指定すれば、それに合致する物へ因果を接続いたします』
「…………」
ケイの顔が少し明るくなった。
『じゃあ、それでいいじゃん』
『ワテも、それをおすすめしております』
『最初からそれ言えよ』
『今申し上げました』
『遅いよ』
これなら剣だけより、ずっとましだ。
熊の攻撃を盾で防ぎ、隙を見て剣を使う。
そう考えると、少しだけ勝てそうな気がしてきた。
だが。
ケイは、そこでふと気づいた。
『……待って』
『はい』
『物質因果って、物を作るんじゃないんだよな?』
『左様でございます』
『どこかにある物を持ってくるんだよな?』
『左様でございます』
『じゃあ』
ケイの表情が曇った。
『その大盾、誰かの物なんじゃない?』
『可能性は高いですな』
「…………」
『それって』
『はい』
『盗みじゃん』
『…………』
『盗みだよな?』
『表現の問題でございます』
『どう表現したら盗みじゃなくなるんだよ!』
『緊急調達』
『名前変えただけだろ!』
『救命を目的とした一時借用』
『持ち主に許可取ってないじゃん!』
『それはそうでございますな』
「…………」
あっさり認められてしまった。
『やっぱり盗みじゃん……』
ケイは頭を抱えた。
四人を助けるためとはいえ、今度は誰かの盾を勝手に持ってくることになる。
勇者を目指している人間がやることとは思えない。
『やっぱり駄目だろ……』
『では、盾なしで熊と戦われますか?』
「…………」
『ケイ様』
『何?』
『まず、四名を助けたいのでしょう?』
『当たり前だろ』
『でしたら、生きて熊の前へ立てるだけの準備が必要でございます』
「…………」
『そして、もう一つ』
『何?』
『ケイ様御自身の身を守るためにも必要です』
ケイは黙った。
『四名を助けるために飛び込んで、最初の一撃でケイ様が倒れてしまえば、誰も助けられまへん』
『……それは分かるけど』
『使い終わった後で返せばよろしい』
『返せるの?』
『返す方法は後ほど考えればよろしいかと』
『またそれかよ』
『今は持ち主への謝罪方法より、明日まで生き残る方法を考える方が先でございます』
それは、確かにそうだった。
盗みは嫌だ。
勝手に人の物を使うのも嫌だ。
だが、何も準備せずに熊の前へ飛び込んで、自分まで倒れたら意味がない。
『何より』
『まだあるの?』
『御自分で危機を作り、御自分で助けに向かい、その途中で御自分まで熊に食われて死亡――』
「…………」
『それは、さすがに恥ずかしすぎますで』
「…………」
『自作自演の末に本人まで死亡。後世に語り継がれたら、目も当てられまへん』
『やめろよ!』
ケイは嫌そうに顔をしかめた。
だが。
腹が立つことに、言っていることは分かる。
自分で熊に襲われる原因を作った。
解除する方法もあった。
それなのに、解除条件が嫌だから自分で助けることにした。
そのうえ何の準備もせず飛び込んで、自分まで死んだら。
きっと、死ぬ瞬間まで後悔する。
四人を助けられなかったことも。
こんなことになった原因を作ったことも。
あの時、盾くらい用意しておけばよかったと考えることも。
全部。
「…………」
『どうされました?』
『別に』
『そうでっか』
『何だよ』
『いえ。ワテの言うことも一理ある、とでも考えておられるのかと』
『思ってない!』
ケイは即答した。
『まったく?』
『まったく!』
『左様でっか』
アズラの声が、少しだけ笑っているように聞こえた。
『何で笑ってるんだよ』
『笑っておりまへんで』
『絶対笑ってる!』
認めたくなかった。
正しいことを言われたからこそ、余計に認めたくなかった。
ケイは一度、大きく息を吐いた。
『……盾、使う』
『賢明でございます』
『でも絶対返すからな』
『はい』
『持ち主が分かったら、ちゃんと謝る』
『それがよろしいでしょう』
『四人を助けるためだから』
『はい』
『それと……俺が死なないため』
『大変重要でございます』
ケイは目を閉じた。
欲しい物を、頭の中ではっきりと思い浮かべる。
戦士が戦場で使うような大盾。
大きく、頑丈で、熊の爪を受けても壊れない。
自分の身を守れるもの。
『熊の攻撃を防げるくらい頑丈な、鋼鉄製の大盾が欲しい』
その瞬間。
――ゴォォン……。
低い鐘の音が、頭の奥へ響いた。
『強い意思を確認しました』
『発言内容との完全一致を確認』
『固有暗黒術《夢想因果》――発動条件成立』
『偉大なる夢想の魔王様による御命令として、悪魔アズラが謹んで受理いたします』
『因果系統――物質因果』
『対象――条件適合物・戦闘用大盾』
『要求条件――鋼鉄製、または同等以上の防御性能』
『御命令――対象をケイ様の手元へ移送』
『確定予定結果――大盾の取得』
『結果実現まで――六時間』
『命令達成予測――100%』
『これより因果改変を開始いたします』
「…………」
これで六時間後には、大盾が手に入る。
盗んだままにするつもりはない。
必ず返す。
持ち主が分かれば、ちゃんと謝る。
その前に。
四人を助ける。
『よし』
『ケイ様』
『何?』
『そういえば、ちょうどよい機会でございます』
『何が?』
『一度、御覧になっておかれた方がよろしいかもしれまへん』
『何を?』
アズラが、少し楽しそうな声で言った。
『暗黒陣を』
「…………」
『暗黒陣?』
『はい。《夢想因果》を発動するたびに現れている、暗黒術の陣でございます』
『そんなの出てたの!?』
『毎回』
『俺、一回も見たことないぞ!』
『今まではワテが見えへんようにしておりましたさかい』
『何で!?』
『それも含めて御説明しましょうか』
アズラの声は、どこか嬉しそうだった。
『今回くらいの物質因果なら規模もちょうどよろしい。一度見ておけば、今後のためにもなりますで』
ケイは少し迷ってから、自分の足元を見た。
『……じゃあ、見せて』
『承知しました』




