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勇者になりたい俺が、夢想の魔王になった件  作者: 月欠けラムネ
第一章 俺が魔王なわけがない

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第17話 勇者らしく解決してやる


 そして、ふと思った。


『……待てよ』


『はい』


『別に解除しなくてもいいんじゃない?』


『解除されへん場合、対象四名は熊に襲われ、食い殺される方向へ因果が進みますで』


『それは分かった』


 ケイは壁に立てかけてある剣を見る。


 グレモアから貰った、本物の剣だ。


『クマが来るんだろ?』


『はい』


『だったら――』


 ケイは立ち上がり、剣を手に取った。


『俺が倒せばいい』


『おすすめいたしまへん』


「…………」


 即答だった。


『なんで?』


『現在のケイ様の戦闘能力では、クマとの直接戦闘は非常に危険です』


『危険なだけだろ?』


『重傷、あるいは死亡する可能性もございます』


『でも勝てないって決まったわけじゃない』


『極めて困難でっしゃろな』


 ケイは少しむっとした。


『俺、毎日ちゃんと鍛えてるんだけど』


『存じております』


『走り込みもしてるし、剣だって毎日振ってる』


『それも存じております』


『だったら――』


『ですが、ケイ様』


 アズラが淡々と遮った。


『現在のケイ様の思考能力は、成人を優に超える水準にございますが、肉体は十三歳の未熟な少年です』


「…………」


 ケイの表情が少し変わった。


『今、俺の頭が大人よりかなり良いって言った?』


『はい』


『俺、結構頭いい?』


『総合的には、かなり』


『ほらな!』


 思わず胸を張る。


 しかし、アズラはそのまま続けた。


『もっとも、現在ケイ様が利用されている知識、判断補助、状況分析、思考整理などのおよそ八割は、ワテが補填しております』


『…………』


『そのため、ワテとの融合状態においては、総合的な思考能力は成人を優に超える水準に達していると評価できますな』


『全然褒めてないじゃん!』


『褒めております』


『八割お前じゃねえか!』


『残り二割はケイ様ご自身の能力です』


『二割!?』


『十三歳としては十分かと』


『フォローになってねえよ!』


『ご安心ください。ワテを装着されている限り、外部から見れば非常に聡明な少年として振る舞うことも可能でっせ』


『それ、俺が賢いんじゃなくて、お前に答え教えてもらってるだけだろ!』


『表現の問題かと』


『大問題だよ!』


 ケイはむっとしながら剣の柄を握り直した。


『いずれにせよ、その成人を優に超える思考能力をもってしても、十三歳の肉体でクマと正面から戦うことは推奨いたしまへん』


『そこで話戻すなよ!』


『重要ですので』


『一頭くらいなら何とかなるかもしれないだろ』


『おすすめいたしまへん』


『剣もある』


『剣を所有していることと、剣でクマを倒せることは別問題です』


『ぐっ……』


 痛いところを突かれた。


 本物の剣を持ったのはつい最近だ。これまで毎日振ってきたのは木剣で、魔物との実戦経験だってない。


 それでも。


『……でもさ』


『はい』


『あいつらを見捨てるわけにはいかないだろ』


『それでしたら、解除条件を達成されることを強く推奨いたします』


『それは嫌だ!』


『最も安全かつ確実です』


『絶対嫌! あいつらにおねしょのこと知られるんだぞ!』


『ケイ様』


『何だよ』


『この前、村の中央広場で股間を出して、小便しながら一周されましたやろ』


「…………」


『それを言うな』


『村中に見られております』


『言うなって!』


『あれ以上、恥ずかしいこともそうそうございまへんで』


『あるよ! 俺の中ではあるんだよ!』


『ワテには違いがよう分かりまへんなあ』


『全然違う! あれは父さんを助けるために仕方なくやったの! おねしょは昔の俺の秘密なの!』


『なるほど』


『分かった?』


『恥にも種類がある、と』


『そう!』


『承知しました。今後のため、ちゃんと記憶しておきます』


「…………」


『何でそこだけ真面目に覚えるんだよ』


『ケイ様の羞恥に関する重要な情報でございますさかい』


『重要じゃない!』


 あの四人の前で、十歳まで毎晩おねしょしていたと三回叫び、一人ずつ頭を下げ、誰にも言わないでくださいと頼む。


 考えただけで死にたくなる。


『俺には剣がある』


『はい』


『クマが来ることも分かってる』


『はい』


『だったら先に待ってればいい』


『…………』


『クマが現れたら、まず四人を逃がす。そのあと俺が戦う』


『やはり、おすすめいたしまへん』


『もう聞いたよ』


『いえ。今回は別の理由もございます』


『別の理由?』


『はい』


 アズラの声が少しだけ真面目になる。


『現在、《夢想因果》は四名を熊に食い殺す方向へ因果を構築しております』


『それも聞いた』


『問題は、その因果の中へケイ様御自身が入り込まれることです』


『俺も?』


『左様でございます』


 ケイは首を傾げた。


『でも俺は対象じゃないんだろ?』


『対象ではございまへん』


『だったら大丈夫じゃん』


『そういう意味やございまへんで』


『え?』


『たとえば、走っている馬車があるとしまひょ』


『うん』


『その馬車はケイ様を轢く目的で走っているわけやない』


『まあ、そうだな』


『せやけど、その馬車の前へケイ様御自身が飛び出したら、轢かれる可能性はありますやろ?』


「…………」


『それと同じでございます』


 ケイは剣を持ったまま黙る。


『《夢想因果》がケイ様御自身を殺そうとするわけやございまへん。しかし、四名を食い殺すために組み上げられた因果の流れへ、自ら割って入られるのでしたら話は別です』


『……つまり』


『四名を襲う熊が、邪魔をするケイ様まで襲う可能性は非常に高い』


「…………」


『最悪の場合、四名だけやのうてケイ様まで死亡することもあり得ます』


『俺まで?』


『はい』


『俺、自分の《夢想因果》なのに?』


『ケイ様御自身に術が直接効いているわけではございまへん』


『熊に食われるのは普通に死ぬ、ってこと?』


『その通りでございます』


『…………』


 あまり嬉しくない説明だった。


『ですので、なおさら解除条件を――』


『それは嫌だ』


『やっぱりでっか』


『でもさ』


 ケイは少し考える。


『逆に言えば、俺が因果の中に入れば、四人を助けられる可能性もあるんだろ?』


『…………』


『ある?』


『皆無ではございまへん』


『じゃあ行く』


『即決されるところやございまへんで』


『だって可能性あるんだろ』


『あります』


『だったら行くしかないじゃん』


『解除条件を――』


『それ以外で!』


『……困ったお方ですなあ』


『今さらだろ』


『それは否定しまへん』


『否定しろよ!』


 ケイは剣を壁へ戻さず、そのまま手に持った。


『アズラ』


『はい』


『俺は勇者になるんだ』


 ケイは手の中の剣を見る。


『勇者ってさ、誰かが危ない時に「危ないからやめときます」って逃げる奴じゃないだろ』


『…………』


『クマに襲われてる奴がいるなら、助ける』


『その危険を発生させたんはケイ様ですが』


『それは言うな!』


『事実です』


『分かってるよ!』


 そこが一番情けない。


 自分で危険を作り、自分で助ける。普通なら英雄でも何でもない。ただの自作自演だ。


 でも、四人はそんな事情を知らない。


 自分がちゃんと助ければ、少なくとも命は助かるかもしれない。


『それにさ』


『はい』


『考えてみろよ』


 ケイの頭の中に、都合のいい未来が浮かび始める。


 クマから四人を守る自分。


 剣を構えて勇敢に戦い、やがてクマを倒す。


『ケイ! 助けてくれてありがとう!』


『お前、すげえな!』


 昨日まで笑っていた四人が、自分を見る目を変える。


 村の大人たちだって、


『昨日はとんでもないことをしたが、やる時はやるじゃないか』


 そう言ってくれるかもしれない。


 そして、マリアンヌも。


『ケイ……昨日はちょっと変な人だと思っちゃったけど』


『今日はすごく格好よかった』


「…………」


 ケイの口元が緩んだ。


『ケイ様』


『何?』


『そのような妄想に浸ったまま、熊に食われて命を落とすのはどうかと思いますで』


「…………」


『なんで俺が考えてること分かるんだよ!』


『顔を見ていれば、だいたい分かります』


『頭の中読めないんじゃなかったの!?』


『読んでおりまへん。先ほどからずっと、にやけておられます』


「…………」


 ケイは慌てて口元を引き締めた。


『と、とにかく!』


 剣を握り直す。


『これはチャンスなんだよ』


『何のチャンスでっしゃろ』


『名誉挽回』


『…………』


『何だよ』


『それはつまり』


 アズラが少し間を置いた。


『御自分で熊に襲われる原因を作っておいて、御自分で助けに入り、皆から感謝されようと?』


『……言い方』


『自作自演でございますな』


「…………」


『違うよ!』


『違いますか?』


『俺はちゃんと助けるんだぞ!』


『そこは存じております』


『だったら――』


『ですがケイ様』


『何?』


『それを名誉挽回の機会として利用しようというのは、人間としても――』


 アズラが一拍置いた。


『悪魔としても、ちょっとどうかと思いますで』


「…………」


 ケイは黙った。


『…………』


『ケイ様?』


『……お前にまで言われると、すごく嫌なんだけど』


『ワテも悪魔として、それなりに美学がございますさかい』


『何だよ、悪魔の美学って……』


 反論しようとした。


 だが、できなかった。


 原因を作ったのは自分。


 その危機から四人を助けて、格好いいところを見せようとしているのも自分。


 しかも、そのついでに村での評判まで取り戻そうとしていた。


 改めて考えると。


 確かに、かなり酷い。


『……でも』


『はい』


 ケイは手の中の剣を見る。


『だからって、見捨てる理由にはならないだろ』


『…………』


『名誉挽回とか、マリアンヌに格好いいところ見せたいとか……そういうのは、まあ』


 少しだけ目を逸らす。


『今は置いとく』


『それがよろしいかと』


『でも四人は助ける』


『解除条件は?』


『やらない』


『本当に?』


『やらない』


 ケイは剣の柄を強く握った。


『俺が助ける』


『…………』


『魔王の力でやらかしたなら』


 少しだけ胸を張る。


『勇者らしく解決してやる』


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