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勇者になりたい俺が、夢想の魔王になった件  作者: 月欠けラムネ
第一章 俺が魔王なわけがない

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第12話 逃げ道なし


『結果実現まで――残り四十七分』


「…………」


 ケイの手が止まった。


 目の前では、何も知らない父親がいつものように昼食を食べている。


「ケイ」


「……何?」


「ぼーっとしてないで食え」


「分かってる」


「午後も少し手伝ってもらうからな」


「……うん」


 残り四十七分。このまま何もしなければ、父親は死ぬ。


 しかも今のところ最も可能性が高いのは、高い場所から落ちて死ぬというものだった。


「…………」


 そこで、ケイはふと思った。


『……待てよ』


『はい、ケイ様』


『父さん、転落して死ぬんだよな?』


『現時点における主要因果予測では、その可能性が最も高うなっとりますな』


『だったらさ』


 ケイの目が少しだけ輝いた。


『父さんを外に出さなきゃいいんじゃない?』


『…………』


『家の中にいれば、高いところから落ちようがないだろ』


 思いついてしまった。完璧な作戦を。


『俺、頭よくない?』


『なるほど』


『だろ?』


『その方法でしたら、現在予測されとる転落死を回避できる可能性は高いでしょうな』


『ほら!』


 ケイは思わず笑いそうになった。


 何も中央広場であんなことをする必要なんてなかったのだ。


 父親を家に閉じ込めてしまえばいい。あと四十七分、その間だけ適当な理由をつけて外へ出さなければ――。


『ただし』


『……ただし?』


『お父上が死亡するいう結果は変わりまへん』


『…………は?』


『《夢想因果》が固定しとるんは、基本的に原因やのうて結果です』


『いや、転落するんだろ?』


『それは現時点で最も有力な因果経路に過ぎまへん』


『…………』


 嫌な予感がした。


『じゃあ、家から出さなかったら?』


『転落による死亡が難しいと《夢想因果》が判断しましたら、別の因果経路へ移行するでしょうな』


『別のって、例えば?』


『家屋の倒壊なんかが考えられます』


『家が!?』


『はい。柱の破損や屋根の崩落なんかによって、お父上が下敷きになる可能性がございますな』


「…………」


 ケイは思わず家の天井を見上げた。


『それでも父さんは死ぬ?』


『御命令が死亡ですさかい』


『……死に方は?』


『昨夜のケイ様の御感情を考えますと、あんまり穏やかなもんにはならへんかと』


『…………』


『かなり酷い状態になる可能性がございます』


『もうそれ以上言わなくていい!』


『承知しました』


 そこでケイは、さらに大事なことに気づいた。


『待て』


『はい』


『家が潰れるんだったら……母さんは?』


『…………』


『なんで黙るんだよ』


『巻き込まれる可能性がございます』


『ダメじゃん!!』


 危うく声に出すところだった。


 父親がびくりとこちらを見る。


「なんだ?」


「な、なんでもない!」


「変な奴だな」


 父親はそう言って食事へ戻った。


 ケイは顔を引きつらせながら、アズラへ意識を向ける。


『父さん一人助けようとして、母さんまで死んだら意味ないだろ!』


『正確には、お父上を殺害するために必要な因果として、お母上が巻き込まれる可能性が――』


『もっとダメだよ!』


『目的達成のためには、時として尊い犠牲が必要となりますさかい』


『必要じゃない!』


『……合掌』


『勝手に母さん殺すな!!』


 アズラはあくまで淡々としている。


『しかし、その場合でもケイ様がお父上へ下された御命令は、極めて確実に達成されるものと考えられますな』


『それを褒めるな!』


『一名を確実に殺害するため、場合によってはご両親二名をまとめて――』


『もういい!』


 ケイは頭を抱えた。


 駄目だ。家に閉じ込める方法も使えない。


 転落だけを防げばいい話ではない。父親が死ぬという結果そのものが消えない限り、《夢想因果》は別の方法を探す。


 それどころか、下手に邪魔をすれば母親まで巻き込まれるかもしれない。


 父親も助けたい。母親まで危険な目に遭わせるなんて論外だ。


「…………」


 ケイは昼食を見下ろした。


 食べている場合ではなかった。


『解除条件なら、本当に止まるんだな?』


『はい』


『絶対?』


『解除条件を完全に達成された時点で、対象の魔王命令は破棄されます』


『……それしかない?』


『現時点では、それしかございまへんな』


「…………くそ」


 ケイは残っていたパンを口へ押し込んだ。


「むぐっ!」


 急いで噛み、無理やり飲み込む。


「ごちそうさま!」


 勢いよく立ち上がった。


「おい、ケイ?」


「ちょっと出てくる!」


「どこ行くんだ! 午後も手伝えって――」


「すぐ戻る!」


「おい!」


 父親の声を背中に受けながら、ケイは家を飛び出した。


     ◇ ◇ ◇


 外へ飛び出したケイは、そのまま村の道を走り出した。


 ケイが生まれ育った村の名は、タルサ村という。


 住んでいるのは百人ほど。大きな町のような立派な建物もなければ、珍しい店が並んでいるわけでもない。家と畑が点々と並び、その向こうには森や草原が広がっているような、小さな村だった。


 村人のほとんどが顔見知りで、道を歩けば誰かしらに声をかけられる。子供が悪さをすれば、家へ帰るより先に親へ話が伝わっていることさえある。


 狭い。


 退屈だと思う時もある。


 勇者になるなら、いつかこの村を出て、もっと広い世界を見てみたいとも思っている。


 それでもケイは、タルサ村を結構気に入っていた。


 生まれてから十三年間ずっと暮らしてきた場所だ。家があり、両親がいて、見慣れた人たちがいる。勇者になってどれだけ遠くへ行くことになっても、帰ってくるならここがいいと、なんとなく思っていた。


 それに。


 村には、ケイが顔を見るだけで少し嬉しくなる相手もいた。


 長い栗色の髪をした、同い年くらいの女の子。


 笑っている顔が可愛くて、ケイは昔からそういう子に弱かった。


「…………」


 走りながらその姿を少しだけ思い浮かべ、すぐに頭を振る。


 今はそんなことを考えている場合ではない。


 目指すのは、村の中央にある広場だ。


 普段なら何の変哲もない場所だった。村人が立ち話をしたり、子供が遊んだり、ときどき行商人が品物を並べたりする、タルサ村では一番人が集まりやすい場所でもある。


 そして今日はそこで。


 自分は解除条件をやらなければならない。


「…………」


 考えた瞬間、足が少しだけ鈍った。


『どうされました、ケイ様』


『……やっぱり嫌なんだけど』


『存じております』


『他にない?』


『先ほど確認されましたやろ』


『一応もう一回聞いただけだよ!』


『残念ながら、解除条件に変更はございまへん』


『くそ……』


 中央広場で、立ったまま用を足す。


 その直後に広場を一周する。


 たったそれだけ。


 魔法もいらない。特別な力もいらない。


 確かにアズラの言う通り、やろうと思えば十三歳のケイにもできる。


 できることと、やりたいことは全く別だが。


『昨日の夜だったら……』


『人もほとんどおらへんかったでしょうなあ』


『言うなよ……』


 昨夜のうちにやっておけばよかった。


 あの時は《夢想因果》なんて信じていなかった。本当に父親が死ぬなんて思っていなかった。


 だが今は違う。


 パンは、本当に現れた。


 父親を家から出さなければ助かる、なんて逃げ道もなかった。


 何もしなければ父親は死ぬ。


 下手な方法で防ごうとすれば、母親まで巻き込まれるかもしれない。


 もう誤魔化しようがなかった。


 残された方法は一つだけだ。


「……最悪だ」


『何か仰いました?』


『何でもない!』


 ケイは速度を上げた。


 見慣れた家々を横目に、いつも歩いている道を駆け抜ける。


 好きな村だった。


 いつもなら安心できる景色だった。


 なのに今日だけは、その全部が自分を中央広場へ追い立てているように思えた。


 逃げ道は、もうない。


 ケイは覚悟の決まらないまま、それでも父親を助けるため、中央広場へ続く道を必死に走った。

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