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〜悪魔の茶会 再び〜

 気まぐれで拾っただけのスライムがまさかの成長を見せ、アルカナキャストへと覚醒することになった。

 これは魔王には意外な幸運でもあり、予測不可能な今後に対しての不安にもなるのだった。


 スライムをゾゾと命名し、共に周囲を探索するが多種族はおろか集落一つ発見出来ない。

 事態の打開を講じるため、魔王は再びベルフェルトの眠る荒城へと足を進めるのであった。


                 

◾️

 太陽の動きがないため、はたして何日ぶりかはよくわからない。

 おそらく一週間程度ぶりに、ベルフェルトがいる部屋まで辿り着いた。


 ベルフェルトは相変わらずベッドの上で惰眠を貪っている。


 本当にやることがないのか、寝るという行為に何か意味があるのかは不明だが、魔王はベルフェルトの睡眠を惰眠と一蹴した。


 また《超鑑定》で起こそうかと思ったが、それよりも先にベルフェルトが目を覚ました。


「おや?まだそんなに時間は経っていないようですが、ずいぶんと見違えましたね。特にそちらの…。」


 ベルフェルトはちらっとゾゾに視線を送る。ゾゾは魔王の肩から飛び降りると人間の姿に変化した。


「コウチャ。」


 無感情な瞳と声でそうつぶやいたゾゾに対して、ベルフェルトは驚きを隠せずにいた。


「これはこれは…。【デモンスライム】などスライム族でも強力な個体はいますが、話をしたり、人型に変形する個体は初めてですね。」


 そう言うと、ベルフェルトはテーブルとイスを出現させ、大量の焼き菓子と紅茶のアフタヌーンティーを並べ始めた。


 それを見て、魔王は驚愕した。


「焼き菓子?それにこの紅茶、以前とは違う香りだ…。イスとテーブルの装飾も前回と違う。ネクロノミコンにこのような魔法は登録されていなかったはずだが…。」


 そうつぶやいた魔王の言葉を聞いて、ベルフェルトはお茶を入れながら答える。


「ネクロノミコンに登録されている魔法のお話でしたら、それは魔法が使えない種族のために古き高位魔族が作り出したものであって、我々の魔法のメカニズムはそれらとは大きく違いますよ。」


「なんだと?」


(貸借魔法がこの世の魔法のすべてではないのか?挙句、先ほどの話だと魔創士とはベルフェルトたちのような高位魔族であると言っているようだが…。)


 ベルフェルトは二人を椅子に座るように促す。

 魔王とゾゾは席につき、ゾゾは焼き菓子を口いっぱいに頬張り始めた。無表情だがどうやらおいしいらしい。

 魔物のものではあるが、味覚を手に入れたことでゾゾは食べることにご執心である。


 魔王は先ほどの話が気になり、ベルフェルトの紅茶を口に運ぶ所作を待った。


「魔法とは自らの魔力の具現化です。俗にMPと呼ばれていますが、形無きエネルギーに属性や質量を与えたり、想像したものを具現化するということは、魔族固有の種族スキルである《魔力錬成》が必要になります。このスキルがなければ魔力を形にすることなどできません。」


「つまり、他種族ではいくらMPが高かろうとも自身で魔法を創造することは出来ないというわけか。」


「そういうことになりますね。」


(ということは、まさか…。)


「貴公らにとって魔法というのは【空想具現化能力】、ということか?」


 ベルフェルトは顎に手を置き、多少考えた後に小さく頷いた。


「厳密にいえば何でもというわけにはいきませんが、MP消費が許す限りでは万能と言えるでしょう。それと、残念ながら魔法を長時間固定化してこの世に残すことは出来ません。」


 ベルフェルトは焼き菓子を一つつまむ。


「つまり、この菓子は魔法で生み出したものですが、いずれは固定化が解けてしまい、魔力として霧散してしまうということです。」


 魔王も焼き菓子を一つ手に取る。なるほど、食料を無限に出すことは出来るが、結局は栄養になる前に消えてしまうということだ。


 同じ生み出す能力として、小アルカナの【金貨】は無限に金を生み出せるが完全に固定化されているため、魔法で作ったもののように時間が経つと消えるということがない。

 さすがはブレススキルといったところである。


 少し昔話をしましょうと言ってベルフェルトは一息を置く。


「その昔、貸借魔法などなかった時、魔法は一部の魔族のものでした。そんな折、魔族と懇意になった【エルフ】族が魔法にあこがれ、どうにか他種族が魔法を使えないかの研究を始めます。

《魔力錬成》のない他種族が魔法を使うためには完成された魔法を使わせてもらうしかないという結論に行き着いたエルフは、魔族に様々な魔法を錬成して形式化していくという手段を取りました。

 全ての魔法に魔法名【スペル】を設定して効果を固定化し、錬成レシピを記録するために詠唱【キャスト】を作りました。

 最後に、その魔族にMPを支払うことで、誰でも魔法を使うことが可能になったのです。

 エルフは自慢げに同族たちにその魔法を見せびらかし、ついには魔法の使い方を皆に教えてしまったのです。あっという間に広がった魔法はエルフたち以外の種族にも伝わっていきました。それが貸借魔法の始まりです。」


 話を聞いて、魔王は深く頷いた。MPの受け渡しや魔法発動のプロセスが理解不能だが、この世界の魔法の在り方は腹に落ちた。


ベルフェルトはさらに続ける。


「多くの種族に魔法を使ってもらえたことで、その魔族は多大な経験値を得ることが出来、当時低レベル悪魔でしたが最終的にはゴッドレギオンにまでなったとのことです。」


「ゴッドレギオン?!」


 魔王は驚きを隠せなかった。ベルフェルトは深く頷く。


「そこまで上り詰めた魔創士は【魔創神】としてこの世の理を逸脱し、まさしく神になったと言います。このとんでもない下剋上はあっという間にニブルデッド中に広がり、魔族たちはこぞって魔法を創り、他種族に売り込むようになります。

 ほぼ独占状態だった原初の悪魔と違い、多くの競争相手との中で貸借魔法は多様性を極める一方で、わざとカニバリズムを引き起こして使用者の移り気を助長させたりもしたようですね。」


(なんだか魔法がメーカー各社の商圏争いみたいな話になってきた。)


「それからしばらく、一攫千金ならぬ一攫ゴッドレギオンを目指して一大魔創ブームが100年ほどは続いたようです。しかし、ニブルデッドで飽和状態になった顧客ニーズを広げるために、無理やりエルデガルドに出て克を求めるものが後を絶たなくなり、かなりの大問題になったと聞いています。」


(とんでもなく世俗的な話を異世界のこんな場所で聞くことになるとは思わなかった。それよりも重要な話が出てきたな…。)


「エルデガルドは地上世界のことだな。このニブルデッドから行くことが出来るのか?」


 魔王の問いにベルフェルトは頷く。


「行く方法があるといったところでしょうか。エルデガルドとニブルデッドをつなぐ捻じれた空間、通称【レジェネーター】と呼ばれる場所があります。しかしながら、そのほとんどが今や使えないものばかりです。」


「なぜだ?」


「エルデガルド側から閉ざされているからですよ。」


 魔王の問いに間髪入れず答えたベルフェルトはそのままお茶を口に運ぶ。


 なるほど、エルデガルド側からすればニブルデッドから悪魔が現れる危険なゲートをそのまま放置するなんてことはあり得ない。塞ぐ算段をするのはむしろ必然の極みだ。


「まだ地上に行けるレジェネーターは存在しているのか?」


「あるでしょうね。」


 ベルフェルトは即答した。憶測の割にははっきりとした断定口調なことに違和感がある。

 その様子を察したのか、ベルフェルトは補足する。


「そう言い切れる三つの理由があります。まずニブルデッドにも未開の土地があり、隅々まで捜せば見つかるであろうということ。二つ目は要因が不明ですが、偶発的に発生することがあるということ。最後に・・・。」


 ベルフェルトはわざとらしく間を空け、魔王の反応を伺う。


「現在もそれを利用して地上と地下を行き来している悪魔が存在しているということです。」


「その言い回し…。つまりはレジェネーターを独占しているということか。」


 ベルフェルトは驚嘆したように目を見開き、頷く。


「言葉の節々から背景予測をされるのがお上手なようですね。」


 まあ、得意分野だったからな。と、魔王は内心呟いた。


「エルデガルドへの進出を考えておられるならば、その悪魔を味方につけた方がよいでしょうね。未開のレジェネーターを探すのは骨が折れますし、そもそも地上のどこに転移するかもわからないという危険があります。」


「そうしたリスクを考えると、既にエルデガルドとのパイプが出来ている実績を鑑みて、その悪魔を自陣に引き込むことは将来的には必要ということか。」


 なるほど、方針は固まった。まずはニブルデッドの種族を掌握し、国家を創立する。そして、地上にアクセスできる悪魔の強力を経て地上進行を開始するという流れだ。


「その悪魔はどこにいるのだ?」


「さあ?いつも寝ているので、今どこで何しているとかは分からないですね。」


 ベルフェルトはさらっと言い放つ。その顔は悪戯を企む子供のようであり、薄い笑みから悪魔の牙が覗かせる。

 その瞬間、脳内に機械的なアナウンスが流れる。


『スキル《ディバンク》が発動。対象から虚偽の発言を感知されました。』


 正直、スキルが発動しなくてもベルフェルトが嘘をついたことは明らかだった。

 その様子から、知っているけど話す義理はないということが暗喩出来る。


 相手は悪魔、従えるまではこちらの思い通りにならないというのは当然のことだと魔王は逆に納得できた。


「そうか、ならば私が魔王になった暁には、貴公に捜索を依頼させてもらおう。」


「私が従属すべきと判断した王のためならば喜んで。」


 大仰に頭を下げながら言ったベルフェルトの言質はこの先使わせてもらうとして、話は魔創士の話に戻したい魔王はそれで…とベルフェルトに続きを促した。


「どこまで話しましたか…。あ~、悪魔たちがエルデガルドの人間たちにまで貸借魔法を広げてしまったという話でしたね。それを積極的に推し進めたのが当然エルフです。」


 ベルフェルトの気配が少し変わる。覗かせるのは敵愾心である。


「エルフたちはエルデガルドの日の当たる大地、緑あふれる世界に感激したようで、ニブルデッドを捨て、一族を率いて地上に渡ってしまいました。そして、魔法を知る賢者として地上の人間たちに受け入れられたようですが、魔族の力を地上人に売り渡した裏切り者として迫害されるようになったということです。このニブルデッドに残っているエルフたちもいますが、当時の魔族たちから呪いを受け、白い肌は褐色となり、ブロンドの髪は白髪にされ、【ダークエルフ】と揶揄されるようになったとのことです。」


 貸借魔法の始まりと広がり、それに関わったエルフという種の末路まで聞き、魔王は我が身を重ねる思いだった。


 エルフと懇意だった魔族にとってみれば、エルフが行った行為は完全な裏切りである。

 友を、仲間を、種族としての尊厳を売り渡したと言ってもいい。

 そしてそのエルフは今、地上の暖かな陽を浴びて緑に囲まれて暮らしているのであれば、ダークエルフが浮かばれないというものだ。


 感傷に浸る魔王を横目に、ベルフェルトは続ける。


「魔法の力がエルデガルドに流出したことにより、エルデガルドとニブルデッドのパワーバランスが崩壊し、エルデガルドの人間たちはニブルデッドへの侵略を行ってきました。目的は魔族がもつ魔法錬成の秘密、地下に眠る鉱物資源、そして亜人狩りです。」


「亜人狩り?」


 魔王は思わず疑問符を打ったが、ベルフェルトの殺意に満ちた目を見て、すべてを悟った。


(なるほど、人身売買ならぬ亜人身売買。そんな話を前世でも耳にすることがあった。奴隷、ペット、売春、臓器売買もしくは実験材料。人間の底知れぬ貪欲さはどの世界でも変わらない。)


 それにしても皮肉なのは最初に地上に渡ったエルフたちだ。

 最初は賢者としてもてはやされたが、年月が経つ中で果たしてどうなったのか?美麗な顔立ちの種族であるエルフが人間の欲望の捌け口になってしまったのではないかという予測はおそらく外れてはいないだろう。そうでなければ、亜人種狩りなどという目的が生まれるわけがないのだから。


 魔王の様子から皆まで言う必要がないことを察したベルフェルトは表情を戻して話を続ける。


「その後、地上人たちを追い返した魔族たちは魔創士になることを禁止。ネクロノミコンに記載された魔法を廃止することは叶いませんでしたが、MPの著しい引き上げということでこの一件は幕を閉じることになります。」


 貸借魔法の消費MPは異常だと思ったが、そういう経緯があったのかと魔王は深く頷いた。


 つまり、貸借魔法はニブルデッドの歴史上、一種のブームとして偶然生まれた負のレガシーであるということだ。


 ベルフェルトは紅茶を飲み干すとふぅ…と一息ついた。


「魔法のお話でずいぶん盛り上がってしまいましたが、今日来られた目的は果たされましたか?」


「あ…。」


 ベルフェルトの問いに魔王は短い声をあげた。完全に目的を忘れてしまっていた。


「すまないな、魔法についての知識を得たかったのは勿論なのだが、本来の目的は別のことだ。」


「ほう、それでは本題をお聞きしましょうか?」


 ナプキンで口周りをふき取るとベルフェルトは魔王に視線を合わせる。


「この辺りをしばらく探索してみたが、魔物の巣はあっても集落のようなものが見当たらない。他の亜人種たちがどこに住んでいるのか情報をくれないか?」


 ベルフェルトは軽く口元を吊り上げた


「なるほど、20年経っても怯えて近寄りもしないというわけか…。」


「なに?」


「いえ、なんでも。」


 あまりに小声だったため、魔王は聞き直したが、ベルフェルトは何でもないと頭を振り、変わらぬ微笑みを浮かべる。


「まだ住処が変わっていないならここから北東200kmほど向かった先に【グラナ鉱山】と呼ばれる採石場があります。その岩場を利用して【ドワーフ】や【ホビット】、【ノーム】などが暮らしているはずですよ。まあ、何百年も前の話ですがね。」


(200km?!)


 魔王は心の中で叫んだ。精々20km四方ぐらいにしか活動範囲を広げていなかった魔王からしてみれば、まさかそんなに遠いとは思わなかった。


 とりあえず方角と距離は分かったが、あまりにも遠い…。


空間転移テレポートは?」


「残念ですが私も訪れたことがないため、座標は不明です。転送陣もないとは思いますよ。」


 ベルフェルトの返答に魔王は低く唸る。

 便利魔法である空間転移テレポートは簡単に言えば【どこでもドア】である。

 使用するためには移動先の正確な座標軸か、ゲート位置を強制的に補正する転送陣が設置されている必要があった。

 一か八か勘で空間を繋ぐこともできるが、正確な座標なくしては、果たしてどこに行くかわからない。

 空中、水中ならまだいい。地中に繋がってしまったらそのまま生き埋めになってしまうのである。

 そうなってしまうと不死身の肉体をもってしても対処は不可能だ。永遠に死ぬことになる。


 馬など乗り物になりそうな生き物がいない中、徒歩以外の方法では魔法がカギと言える。


 韋駄天グラスアジリティという魔法を使えば俊足を手に入れることは可能だが、疲労感は早く動く分増加してしまう。

 飛翔のブレスウイングという飛翔能力を得る魔法についても同様に、肉体的な疲労感は正直歩くよりもつらい。


 だとすると残る手段は一つ。


空間跳躍サーヴェイシフトしかないな。」


 魔王が導き出した魔法の名前を聞いて、ベルフェルトは小首を傾げる。


「その魔法は視覚で認知した場所に瞬間移動する魔法のはず。それを繰り返して目的の場所に辿り着くには1000回ほど使用する必要があると思いますが…。」


《サーヴェイシフト》、個人差はあるが自分の視界を基準に100m~200m程度しか移動できないので移動手段というよりも戦闘時の緊急避難魔法といった方が良い部類だ。200km近い距離を移動するのに最適とはとても思えない。


 魔王は席を立つと訝しげな顔をしているベルフェルトに向けて言い放つ。


「見せてやろう。この世界の魔法の可能性というやつを」


 その表情は無貌の仮面によって遮られているが、隠し切れない自信と高邁さがあった



 ベルフェルトにとって部屋から出るのはいつぶりだろうか。あの部屋で寝続けて20年、辺りは変わらぬ廃墟。静寂の世界である。


 そんな張りつめた水面のような世界に一石を投じた自称魔王に、ベルフェルトは多分に興味が湧いていた。


 これから何を始めるのか、広場に出たところでベルフェルトは椅子を出現させると深く腰を掛け、広場の中央に佇む魔王に視線を向ける。


「それでは始めようか。」


 魔王は《インベントリー》から《カドゥケウス》を出現させる。

 両翼を広げたようなモチーフの先端に二頭の蛇が絡まったような異様なデザインではあるが、ベルフェルトはその杖に対して特異な能力感じることは出来なかった。—アルカナギフトは《超鑑定》でしか鑑定不可―


 魔王は《カドゥケウス》を振りかざし、石畳の大地に打ち付けた。


二重影ドッペルゲンガー


 魔王の発生に合わせて足元が青白く輝き、魔王の背後に残像が浮かび上がる。

 さながら魔王が二人いるように見え、魔王の肩に載っていたゾゾは右往左往する。


 だが、ゾゾ以上にベルフェルトは驚きを隠しきれず、思わず上ずった声が出てしまった。

 二重影ドッペルゲンガーとは簡単に言えば二回行動することが出来る魔法だが、そのMPの消費量たるや10000Pを超えていたはず。

 当然詠唱などもとんでもなく長く、正直使わせる気がないと思わせるほどの超高等魔法である。

 その魔法を無詠唱であっさり使ってしまったことに対して驚きを隠せるはずもなかった。


 《カドゥケウス》のチートぶりにはキングレギオンのベルフェルトも脱帽といったところだろう。魔王のMPが300P程度しかないにもかかわらず、10000Pオーバーの魔法が使えてしまうというパラドックスに、混乱耐性を持っているはずのベルフェルトがパニックになっていた。


 ベルフェルトの驚きぶりに満足したのか、魔王は次なる行動を開始する。

「双頭の魔術師ツインマキシマイズスペル

「スキル:《天鷹の千里眼》」

 先の魔法を魔王が唱えると同時に分身の魔王がスキルを発動する。

 双頭の魔術師ツインマキシマイズスペルは高位魔法を二つ同時に発動させることが出来る魔法だ。

 俗にいう連続魔法だが、この魔法はカニバリズムが多く、二種類の魔法を自由選べるのはこの魔法のみである。その他のものは同じ魔法を2回であったり、低位の魔法しか使えなかったり、攻撃魔法しか選択できなかったりと様々である。当然、この魔法も本来はMP消費がとんでもなく激しい。


 スキル:《天鷹の千里眼》はハンターの職業スキルで目視の範囲が大幅に広がり、10km先も正確に確認することが出来る。しかしそれは、障害物に遮られないことが絶対条件である。あくまでも視界が伸びるという効果だ。


 最終的に空間跳躍サーヴェイシフトを使うことを考えれば次に放つ魔法はベルフェルトにも予想がついた。


「飛翔のブレスウイング


 見えない風の翼によって魔王の体が空中に浮き、地上から10m程度のところで制止する。

 地上からでは当然だが10km先が見えたところで必ず障害物によって視界を妨げられる。逆に砂漠のように全く視界が開けすぎても遠近感が不透明となってしまう。

 しかし、空中ならばそのスキル効果は最大限に活かせる。魔王の目はまるで望遠鏡のごとく、10km先の安全地帯を正確に目視した。


 魔王は上空からベルフェルトに声をかける。


「二度も世話になったな。次会うときはニブルデッド統一が世迷言ではないという結果を手土産にしよう。」


 ベルフェルトは目の前で起きている異常事態に動揺を隠せないまま、引きつった笑顔を浮かべた。


「え…ええ、その時はまたおもてなしさせて頂きます。」


 魔王はふっと笑い、ゾゾは手を《形状変化》で作り出してゆっくり振った。


「ベルルー、マタネー。」


 ゾゾの別れの言葉に合わせ、魔王は最後の魔法を行使する。


空間跳躍サーヴェイシフト!」


 魔法の発動とともに魔王の体は青白い光に包まれ、刹那、その姿を消したのだった。


 一人取り残されたベルフェルトは感嘆の声をあげ、自然と喝采を送っていた。


「なんと素晴らしい…。まさか魔法とスキルを同時に三つ発動させるなどという荒業に出るとは…。感服いたしました。」


 この世界の魔法やスキルにはある一定の法則が存在する。それは系統別アクションであり、その系統は5つ存在する。

1) メインアクション:魔法やスキルの発動は基本的にこれにあたる。通常では同時に二つを行うことは出来ず、一つずつ発動する必要があり、先の効果がなくなるまで次のメインアクションは発動できない。

2) セカンドアクション:メインアクションを補佐するための魔法やスキル。魔法やスキルのタイムラグを少なくしたり、ディレイをかけたりとメインアクションと次のメインアクションの間の緩衝材、接着剤のようなもの。

3) リアクション:ガード、回避など、咄嗟に発動することが可能な魔法やスキル。ほとんどがスキルである。

4) パッシブ:効能効果が持続的に発動している魔法やスキルの状態。魔法によるバフ効果もこれにあたる。持続時間に差はあり、永続的なものも存在する

5) アクティブ:肉体的な行動や動作。動く、喋る、見る、剣を振るなどがこれにあたる。つまるところ、通常行動である。基本的には全てのアクションと連携可能であるが、場合によってはアクティブを制限される魔法やスキルも存在する。


 これらのことからメインアクションを同時に3つ行うことは強力なユニークスキルを持っていないと不可能だと思われていた。


 しかしながら、それは覆された。


 魔法の組み合わせだけでそれを成し得たのだ。MPさえ考えなければ、世界中誰でも可能な方法である。


 大きな制約を設けてしまって以降、『貸借魔法は使えない』という認識が広がり、エルデガルドはおろか、ニブルデッドでもその使用率が非常に低くなっている。

 それは魔創士を祖先に持つベルフェルトからしてみれば、屈辱的なものであった。


 なるべく使わせないようにしているというのが本質であるというのに、使えない、利用価値がないと言われるのは釈然としないのは当然であろう。


 そうした感傷に浸っていると、再び脳裏に今は亡きかつての友との日々が思い返された。



『ベル~、こんなの覚えられないってば~。あたしの大学偏差値50以下だよ?マジ無理だって~。』


『魔法使うって大変なんだね…。ベルの魔法みたいに頭で浮かんだことを形に出来たほうが楽なのにさ~。あ、ごめん、楽じゃないよね?怒んないでよ~ごめんってば~。』


『貸借魔法の方が暗記だけだから簡単って…頭のいい奴はすぐそういうよね~。てか、ベルもう全部読んだの?!噓でしょ?!』



 ベルフェルトは目を細める。

 ネクロノミコンを必死に暗記しようとしている彼女に付き合い、全く意味がないのに自分が全部記憶してしまったことに対して苦笑を浮かべる。


「魔王…か…。」


 ぽつりと呟いたその一言はベルフェルトに深い影を落とした。


 彼、シェブニグラス=インフェルドが本物であるかどうか、見定める必要がある。

 もう二度と間違えないために、失わないために、絶望しないために…。


 突如、ベルフェルトは自らの指の皮膚を食いちぎり、血を滴らせた。


召喚サモン、我が呼びかけに応えよ。【レッサーデーモン】!」


 ベルフェルトの血が地面に付着すると、魔法陣が浮かび上がり、そこから赤銅色の悪魔が現れた。同じ悪魔とはいえ、ベルフェルトと比べれば醜悪なその見た目は、より悪魔として想像しやすいものである。


「お前を先にグラナ鉱山に転移させる。待機して彼らが到着したら見つからず、関与せずの距離を保ったまま監視。何かあれば伝心メッセージコールを使って報告しろ。」


 今までとは違う冷徹な口調になったベルフェルトはレッサーデーモンに淡々と指示を出すと、転移門アストラルゲートを発動する。レッサーデーモンは了解の意を示し、ゲートの中に入っていくと、赤い悪魔の姿消え去り、ゲートも静かに閉じていった。


 それを見送ると、ベルフェルトは自室へと踵を返す。


 過度な支援をするつもりはない。

 多少の情報は下ろしても、魔法を行使して彼を助けることは意図的に避けた。座標がわからない場所には行けない空間転移テレポートは使えなくても、魔法錬成で作り出した転移門アストラルゲートを使ってグラナ鉱山に行けることを黙っていたのはそのためだ。


 これは彼が魔王であることを証明出来るか否かという勝負。無粋な助力はしない。


「お手並み拝見と行きましょう。この先彼が何を見せてくれるのか…しばらくは寝る暇がないかもしれませんね。」


 自室の扉に手をかけた時、ふとベルフェルトは思った。


「そういえば、空間跳躍サーヴェイシフトは自身のみが対象だったはず…。効果範囲を広げるためにはもう一つ対象拡張マス・トループが必要だったのでは?あのままではスライムが置いてけぼりになってしまいますが…。」


 しかしながら、見渡す限りその様子はなく、ベルフェルトの超広範囲による探知にも引っかかることはなかった。


 杞憂かと思い直し、ベルフェルトは部屋の扉を閉じるのであった。



第2章 魔王の証明 完

 第二章 魔王の証明 を御覧頂きありがとうございます。作品を見てくださる方々への感謝の気持ちでいっぱいの稲葉白兎です。


 今回は魔王パートということですが、主に魔法と魔族についての説明が主になっており、魔王として活躍役は乏しい回となり、期待していた方には消化不良だったかと思います。次回からは魔王のダークヒーロー振りを堪能させてられたらと思っております。


 次章はまた勇者パートに戻る事になり、物語の流れに戸惑いがあるかと思いますが、是非お付き合い頂ければ幸いです。


 それでは第3章 魔性の森の魔女でお会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
魔法の組み合わせは面白いですね。 魔法の持ち主である魔族が驚いたのは何故でしょうか。発明した直後ならともかく時間が立てば色々利用法が思い浮かんでいそうですが。 あるいは悪魔は組み合わせなどせずやり…
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