〜金持ち勇者、バイトする〜
◾️勇者
「金がない!」
悲痛な叫びがコダマする。
まさかこんなことになるとは予想だにしなかった。金銭に困らないことを優先したにもかかわらず、とんでもないポンコツをつかまされた所為で完全にアテが狂ってしまったのだ。
俺は頭を抱えてしまった。その様子を従者 ゴルドラは怪訝な顔をする。
「マスター、何を御冗談を。マスターには無限に金が手に入るではありませんか。」
「使えない銭見せびらかしても顰蹙と不信感しか買えるものはねぇよ!」
不機嫌を隠そうともせずに道端で胡坐をかく。
明け方とともにロネリーの町に行き、さっそく金貨を使おうとしたが、法王庁が発行している金貨じゃないので使えませんときた。
換金屋に持って行ってみたが、金の密輸が疑われて法王庁のテンプルナイトが駆けつける始末。
途方に暮れている時、見知った顔を見つけたので声を掛けたのが運のツキ、こちらを見るや否や思いっきりぶん殴られた。
何が起きたのかすぐにわからなかったが、彼のあちこちに出来た痛々しい治療の痕を見れば、何が起きたのか予想が出来た。
彼はジェイク。
バラッカスの町の酒場で初めて声をかけ、情報を貰った相手だ。酒の場ということで、あの時はなし崩し的に金貨を受け取ってしまったが、それが原因で法王庁の調査員に体罰を受けたとのことだ。
正直、何の弁明も出来なかった。自分の浅はかな行動が何の罪もない人に傷を負わせたのだ。こちらとしては平謝りしか出来ることはなかった。
その様子を見てジェイクも気が済んだのか、バツの悪そうな顔をした。
「まあ、あの時のいけすかねぇ調査員の隊長が不慮の事故で死んだっていうし、ザマァみやがれってんでちっとはすっとしたがな。」
その話を聞いた時、思わず心が軽くなったってしまったことに、今では自問自答してしまう。
「俺ってこんなやつだったけ…。」
今も、こんな情けない主人に対してフォローしようとしてくれている —多分— 相手に対して八つ当たりしてしまう始末だ。
「あ~!だめだだめだ!!」
自分の両頬をパンっと両手で叩いた。
突然のその様子にゴルドラは戸惑いを見せたが、決意を秘めた目で立ち上がる。
「ちゃんと働こう!」
まるでニートの社会復帰宣言のようにも聞こえるが、これは決意表明だ。
さっきは自分から厄介ごとに首を突っ込み、無関係な人を巻き込んでしまった。
そうではなく、困っている人のためにクエストをこなし、身銭を稼いで進めていこうと。
「ゴルドラ!俺たちがこの町で最初にやることが決まったぞ!」
「は、はい!なんなりと!」
突然の檄にゴルドラは背筋を伸ばす。
そう、俺たちがまずやることは…。
◾️
「三番テーブル!ネイチャーシープの香草焼きあがったよ!」
威勢のいい掛け声、がやがやと賑やかで酒の入った陽気な声が響き渡る。
酒と料理の匂いが入り混じる宿屋の食堂では、夕刻の今の時間がピークだ。
十卓ほどあるテーブルはすべて埋まっており、五人前後の仲間内で仕事の話、私生活の愚痴、自慢話などに花を咲かせている。
その他カウンター席が16席あり、その中の一番端の席に一人で座る少年が各テーブルの様子を伺っていた。
大繁盛している…のは確かだが、これがいつもの光景ではない。
いつもよりお客さんが多いのはバラッカスの鉱山夫達が調査員によってバラッカスを追い出され、ロネリーの町で避難しているからだ。
農家や商人とは違う鉱山夫の体つきに対して、少年は細身で頼りない。自分よりも遙かに逞しい肉体を持つ男たちに対して、いつ、だれに声をかけたらいいものかと内心焦っていた。
そう、彼は依頼主としてスカウトに来ているのだ。
条件は強さと魔物に対する知識だ。鉱山夫達は確かに強そうだが、戦闘経験があるとは言えない。本業ではない仕事を依頼しても断られる公算が高い。
そう心の中で言い訳しながら、怖くて声が掛けられない自分を正当化していた。
そんな時、宿屋の扉が開くとカランカランとベルの音が鳴り、一部の客たちがそちらに視線を向ける。
その来訪者に、少年は心が高鳴った。
冒険者である。
五人パーティーで、それぞれ皮鎧や鎖帷子、ブレストプレートを装着し、腰や背中にはショートソードやロングソード、ボーガンや槍などの武器を手にしている。
全員男で筋骨隆々な前衛、タンクが一人、アタッカー二人。後衛はレンジャーが一名、バックパッカーが一名である。
この世界の冒険者パーティーに魔法使いはいない。それは既に常識だ。
代わりと呼べるものが【バックパッカー】である。
アイテム管理を一身に引き受ける役割で、倉庫番兼金庫番であり、アイテム管理のスペシャリストである。ポーションなどの回復アイテムや強化エーテルやマジックアイテムなどの扱いに長けているものがこのポジションに向いており、援護のすべてを担うため別名コマンダーでもある。
そのため、チームのリーダーであるケースもあるのだが、このパーディーではリーダーはアタッカーである戦士の男のようだ。彼を先頭に後の四人がぞろぞろと中に入ってくる。
基本的に町の中で武装しているのはテンプルナイトやパラディンという法国の兵士か、もしくは冒険者しかありえなかった。
冒険者はクエストでの達成報酬や、魔物討伐、未知の発見による情報提供料などで生計を立てている。クエストは依頼主と冒険者との間で依頼内容や達成報酬などを話し合い、その町の役人が契約内容の保証人となることで締結となる。
正直、この町に冒険者が訪れることは珍しい。いったい何を求めてこの土地まで来たのかはわからないが、少年にとってはこれ以上にない物件である。
しかし、少年の足は素直に動いてはくれなかった。その原因は彼らの素行にあった。
テーブル席は空いていなかったにも拘らず、先客に脅しをかけて追い出したり、リーダーと思われる男はテーブルの上に足を投げ出す始末。目つきの悪さや下品な笑い方や品のない会話が遠く離れているカウンター席にも聞こえてくる。
(まるで、山賊じゃないか…。)
思わず口に出そうになった。
果たして声をかけたところで「よし、俺らに任せろ!」と、豪快に引き受けてくれるのだろうか?
見た目で人を判断してはいけないとはいえ、ひ弱な少年が声をかけるにはハードルが極めて高い…。
少年がまごまごしていると、冒険者たちはウェイトレスを呼びつけ、一通りの注文をしていた。
(綺麗な人だな…。)
少年は自然とそう思った。鮮やかな金色の長い髪はまるで黄金のようであり、フリルの多いウェイトレス姿はかわいらしいが先行するだろうが、長身で健康的な色肌は豊満な体つきをより強調させ、とても魅力的だ。
一見して、彼女がこの町の人ではないことは分かる。昨日まで見たことがないからだ。今日から働き始めた新人だろうか?
そんな彼女に対していかがわしい目で見ていたリーダー格の男が下卑た笑いを浮かべた。
男はそっとゴルドラの背後に手を伸ばそうとする。
(下種野郎!)
少年は思わず喉から出そうになった言葉を飲み込みながらも、何もできない自分を恥じた。
少年は素早く動くものに関して意図しなくてもスローモーションに見えるパッシブスキル《見切り》を持っていた。
そのため、男がウェイトレスの臀部に手を這わせようとしている様子が時間圧縮され、見せつけるようにゆっくりと流れる。
目を背けようとした刹那!
「いでぇええええ!」
男の腕が変な方向にねじ曲がっていた。
男の仲間たちは全く何が起きたのかわからず、慌てふためきながら男を取り囲む。
少年はその光景に唖然としながらも微かに、でも確かに見えたことがあった。
男の手がウェイトレスの臀部に迫った瞬間、何かが男の手を振り払ったのだ。《見切り》によってスローモーションに見えていた少年でさえも、その何かが何なのか分からないレベルでの超高速での一撃。普通の人には男の手が何もないところで突然へし折れたように見えただろう。
ウェイトレスは相手を射殺さんばかりの冷ややかな視線を送る。その様子を見て、少年は確信した。
男の腕をへし折ったのが彼女であると…。
男が苦虫を潰したような顔でウェイトレスに視線を向けると、彼女は瞬時に表情を変える。
「あらあら?どうしました?お客様?」
甲高いその声はわざとらしさを隠そうともせず、笑顔で近づいてくる女に男は後ずさりする。
彼にもわかっているのだ。
このウェイトレスがただ者でないことを。
山千海千の冒険者チームは当然それなりの修羅場を潜ってきているはずだ。そんな彼に目の前の彼女がどう映っているのだろう?
ウェイトレスが蹲る男のへし折れた腕を取る。
「これは大変!ちゃんと戻しましょうね。」
そういうと、茫然としていた男の折れた腕を無理やり元に戻した。
「ぎょえええええええ!!」
またしても上がる絶叫に、さすがに店の人間が駆け寄ってくる。
「お、おい!一体何事だ?!」
髭面の宿屋の亭主が心配そうに尋ねるがウェイトレスは立ち上がると笑みを浮かべる。
「いえいえ、ご心配なく。席を立とうとしたらテーブルに体をぶつけてしまったようです。」
「な、なに言ってやがるてめ…。」
そこまで言うと、男は自分の腕の違和感に気づいた。いや、違和感がないことに気づいたようだ。
治っているのである。
確かにへし折れたはずの腕が…。
その様子は仲間にも伝わったようで、怒りよりも先になぜ?という問いの処理に頭がいっぱいだった。
亭主は大事ないことを確認すると、「まったく、大の男が大袈裟な声上げやがって」と文句を垂れながら再び奥へと引っ込んでいった。
「それではごゆっくり。」
ウェイトレスは男たちに頭を下げるとその場を後にする。
さすがにそれ以上声を上げることは叶わず、バツの悪さは臨界点と越えてしまったがために、注文した料理を待たずしてそそくさと店を出ていくのだった。
その一部始終を遠くの席で見ていた少年は感嘆の声を上げざるを得ない。
「…凄すぎる。」
その一言で済ませてしまうのは勿体ないほどの神業を目の当たりにしたのだ。少年の鼓動や息が荒くなるのは必然といえる。
先刻の骨折させた超スピードの一撃はもちろん、それを直して見せた一連の動き。
あれは回復魔法などではなかったのだ。上手に折り、上手に元に戻した。そういうことである。
名刀で切断した大根は断面をくっつけただけで元に戻るというがそれと理屈は同じである。言葉にするのは簡単だが、神業というほかない。
少年は仕事柄、《鑑定》のスキルを持っているが、彼女を見ても鑑定が働かない以上、モブレギオンではないことは確定だ。
こんな最高の物件、もう出会えるわけがないのである。
少年は意を決し、宿屋の主人に金髪長躯の女性について聞き込みを開始した




