〜無垢なる悪食〜
荒城の一角を根城にする大悪魔【ベルフェルト】と出会った魔王はベルフェルトの興味を引くことに成功する。
そして、魔王の力の証明として、ニブルデッドに住まう全種族の統率、併合を成し遂げることが出来れば、魔王への絶対なる忠誠を約束するに至った。
魔王は大言を実行するために、下積みを開始する。
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魔王は廃墟の町の一室の中で広い部屋を見繕うと、そこをベースキャンプにすることを決めた。
結局あの後調べて回ったが、この町はベルフェルト以外誰も住んでいないため、無断で使用しても何の問題もないと判断したためである
そして《インベントリー》を開き、チュートリアルでもらった【ネクロノミコン】を全て取り出す。
まずはこれをすべて頭に入れること、それこそ魔王がこの世界で生き抜くための第一歩になり得た。
現状、魔王の強みは魔法がMP1で使えることと、《カリス》を使った不死性である。
ベルフェルトの前では力がすべてではないと言って力比べになることを避けたが、強さはどうしても必要だ。
強さは真っ向勝負でなくても、せめて搦め手で勝てるだけの実力は必要であり、そのためには魔法知識と戦闘経験は絶対的に必要だと判断したからである。
魔王は時間を忘れて目の前の書物に没頭した。時間感覚も分からないこの世界で、果たしてどれだけの時間が経ったかもわからない。
まず分かったことだが、この世界の魔法【貸借魔法】というのは非常に不便であり、通常運用では実用性は皆無だ。
例えば、初期MP 200程度の現在の状況で、最弱の火炎魔法でも20Pは消費する。これを節約するために長い詠唱を覚えるわけだが、それでも10Pといったところだ。
中級魔法では100P前後を当然のように消費し、上級魔法になると1000Pを超えてくる。
並みの魔導士は上級魔法を使う際はタリスマンなどの魔法道具で補助したり、集団で詠唱したり、魔法陣や供物を置いて自身のMP消費を最大限減らして行使するようだ。
まあ簡単に言うと、魔法使いはびっくりするほど実践向けではないし、冒険に向いていないのだ。どちらかというと攻城兵器に近い。
この貸借魔法だが、【魔創士】によって消費MPが少なかったり、詠唱が短かったりと微妙な差があるものの、同じような魔法が乱立するようになっている。
しかしながら、ネクロノミコンのボリュームはこの魔創士違いのカニバリズムを除けばそれほど多くの情報量ではないともいえる。
そういう諸々の事情を考えると、この世界の魔法は『使えない』ということになるのだが、【杖】のアルカナ《カドゥケウス》がこれらの常識を大きく破壊する。
MP1で無詠唱ということがそれだけでチートなのは説明するに及ばない。
ほとんど使い放題なのだ。
この世界の魔法は魔力が高い低いなど関係なく、誰が使っても効果が同じという点からしても、術者が低レベルだから弱いということもない。
おそらくだが、ボスレギオンクラスならば上級魔法を発動するだけでなんとかできてしまう可能性があり、魔王はほくそ笑んだ。
魔王はネクロノミコンに収められている魔法を4種類に分類した。
一つは攻撃魔法。もっぱら敵を攻撃することが目的であり、最も数が多い上にカニバリも多い魔法だ。まあ花形の魔法である。
二つ目は強化魔法。バフ・デバフという言葉で括られるように身体強化をしたり、属性を付与するエンチャント効果などがこれにあたる。
三つ目は補助魔法。強化魔法との違いは非戦闘における便利魔法といったところだ。空間転移や念話、初期配布された地図、収納、詳細などもこれにあたる。
4つ目は召喚魔法。これははっきり言って使えない。何が使えないって、MP以外に宝石やら命やらと物的な代償を必要とするからである。何とか妥協出来る代償でボスレギオンクラスを呼び出すことが出来るが、それ以上だと国家レベルの生贄が必要になるため話にならない。
魔法について大体の仕様を確認した魔王は実際に戦闘訓練が積めれば…と考えていた。その矢先、懐いていたスライムに異変があった。
デカくなっていたのである。
周辺では野ネズミや野鳥のような小動物はいたので、それを捕まえては食料にしていたのだが、調味料もなにもない今の状況下ではどう食べても料理と呼べるものにはならなかったため、空腹にならない程度に口にした後の残飯をスライムに与え続けた結果である。
デカくなったと言っても手乗りスライムが小型犬サイズになったというぐらいのものだが、LVやステータスも上昇していたのである。
成長する。
それがわかっただけで魔王はスライムを連れてベースキャンプを離れ、郊外の森にまで足を延ばした。
どうやら廃墟の町ではベルフェルトの魔力に恐れをなしていたのか、他種族や魔物が寄り付かないようで、その影響力が届かない地域にようやく魔物反応が確認できた。
【ハンター】のジョブスキルのおかげで敵の気配の探知は簡単に出来、【学者】のスキルで初めて見た魔物でも名前や特性が知識として存在していた。魔法といいスキルといい、本当に便利な世界だと身に染みて感じる。
そして、森の中から一本角の赤ウサギが現れた。
【デッドホーンラビット】である。LVは12、魔王のLV5を考えるとかなり強敵である。しかし…。
「雷鎚柱!!」
地面から飛び出した雷の柱に貫かれ、魔物は一撃で絶命した。
それに合わせて魔王のレベルがLV10まで上昇する。
敵のレベルを超えると経験値が取得できなくなるということを考えれば、デッドホーンラビットを倒して上げられるレベルはあとたったの2…おそらくあと2~3匹倒せば別の魔物を探す必要が出てくるわけだが…。
さすがは《超成長》…レベル上げが簡単すぎる。
この森にはLV34のボスレギオンが長として君臨している。それを倒してとっとと魔王自身もボスレギオンクラスにまで引き上げておきたい…というのが表向きの理由。もう一つの理由は…。
「さあ、いけ。」
魔王はスライムを今しがた倒したデッドホーンラビットに向かわせ、《捕食》させた。
すると、スライムもレベルが上昇し、デッドホーンラビットが持っていた特性を獲得していたのだった。
このスライムの持つ《捕食》というスキル。どうやらユニークスキルらしいのだ。
捕食した相手が取得してきた経験値と、そのものが持つ身体的特性を模倣できるようになるようだ。
実際の戦闘に参加しなくても、食べるだけで強くなれるというのはプレイヤーに勝るとも劣らないチートキャラクターと言えよう。
そんなことを繰り返しながら、森の奥深くまで進んでいき、ついに目的の主とエンカウントを果たした。
腕が四本ある巨大熊である。
背中の皮膚は青白く艶を放っており、どうやら背中は非常に硬そうである。
【バンデットベア】と呼ばれるそれは、この森の生態系の頂点に君臨していた。
この世界では魔物は一般的な獣の進化系であり、獣人と呼ばれる存在とは全く違う。まあ、人間がサルと同じかと言われる程度には違うこととなり、魔物と魔族を同族呼ばわりするのは大変心外らしい。
と、いうわけで、魔物は魔族にとっても駆逐対象なのである。
バンデットベアはのそのそと魔王たちに近づいた。
「ワガ森カラ出テイケ、呪ワレシ亜人種メ。」
驚いたことに言葉を発したのだ。
(さすがは森の主といったところか、かなり知性の高い獣らしいな。)
しかしながら、ここまで深く森の中に入り込まれて置きながら、出て行けとは片腹痛い。
魔王は聞く耳を持たず、《超鑑定》を発動する。
さすがはLV34のボスレギオン。魔王やスライムよりもレベルもステータスも高い。だが、致命的な弱点があることを見抜いた魔王は、カドゥケウスをバンデットベアに向けた。
「麻痺絶叫。」
金切声のような不協和音が響き渡ったかと思うと、バンデットベアの動きが麻痺してしまい、痙攣しながらその場で倒れてしまった。
状態異常、恐ろしい…。
奴が唯一耐性を持っていなかった状態異常が麻痺だったのだ。
この機に合わせてスライムが身動きの取れないバンデットベアに向かって突進する。
スライムの先端がドリルのように変形し、激しく回転してバンデットベアの目玉に突き刺さった。
苦しみ喘ぐ咆哮を上げながら、バンデットベアはようやく麻痺が解けたのか、地面を転げてのたうち回る。
だが、スライムはそのまま森の主の頭部を貫いてしまい、あっさりと絶命させてしまった。
あっという間の戦闘終了に、魔王は正直予想の斜め上をいかれてしまったが、このスライムは期待以上の逸材である。
ボスレギオンを倒したことで、魔王とスライムはともにLV30超えたが、ステータスはスライムの方が高い始末。どうやら倒した敵の特徴的なステータスも捕食した際のボーナスとして加算されるようで、初期値の弱さが嘘のような成長ぶりである。
バンデットベアを捕食し、スライムはクマのような形に変化した。
《形状変化》というこれまたユニークスキルを発現させたスライムは状況に応じて様々な姿に変身することが出来るようになり、それによってスライム以外の体内構造も真似出来るようになっていた。
「ガ、ガウガ…ゴ…。」
バンデットベアの声帯を真似しているのだろう。森の主の威嚇や咆哮を真似しようとしているのだろうかと魔王はその様子をわが子の成長を見るかのように眺めていた。
その時である。
「マ…オウ…サ…マ…。」
魔王は驚愕した。聞き間違いではない。確かにそう言った。
おそらくバンデットベアの知恵を《捕食》したことで言葉を話すことが出来たのか、魔王の言葉聞いていて言葉を学習し、声帯を手に入れたので喋れたのかはわからないが、スライムは「マオウサマ」という言葉を繰り返しながら、魔王に頭を垂れていた。
魔王はスライムの頭をなでる。毛並みがあるように見えて、水っぽく弾力を持った感触が手に伝わり、その矛盾に魔王は苦笑した。
笑った魔王を見て、スライムは首を傾げる。その様子がとても愛らしく感じた。
魔王はふと思った。
「そういえば、貴様に名前を付けていなかったな。」
正直ここまでの拾い物になるとは思わなかったので、そういった情も感じていなかったが、さすがにここまで相棒的に働いてもらっては名前ぐらい付けてやらないといけないと思い、魔王は少し思案する。
そして少しの間をおいて魔王は口を開いた。
「ゾゾ、お前の名前は【ゾゾ=ヨグソトス】だ。この名を刻んでより一層我に尽くせ。」
わざと仰々しく魔王がそう告げた途端、ゾゾの体が発光を始める。突然のことに、さすがの魔王も狼狽を隠し切れない。
光が消え、魔王が視線を戻した時、そこには一人の少女がいた。
いや、少女のようなスライムがいたのである。6歳児程度の体躯で前身はスライムだとわかる水色であり、頭はクマの耳を模した帽子を被っているように見える。
いままで捕食した動物に変化したことや《形状変化》でスライムとしての形を変えることはあっても、こうまで人型に近づいた姿を見るのは初めてである。
魔王が呆気に取られていると、少女の姿をしたそれは魔王に近づき、口を開いた。
「ワタス ゾゾ。マオウサマノ オヤクニタツ コレ ヤクソク ゼッタイ。」
先ほどよりもより聞き取りやすく、少女、ゾゾは魔王にそういった。
魔王はその言葉に心の奥深くに突き刺さっていた棘が抜ける思いだった。
純真無垢に自分を慕い、忠誠を誓ってくれることが心を強く揺さぶったのである。
生前、裏切りから命を落としたことから、狡猾に立ち回ることを心に決めていた魔王だったが、素直にこの忠誠を受け入れることとした。
しかし、はたして何が起きたのか?それは【学者】スキルの《博識》から答えを見つけられた。
どうやら【名付け】には特別な成長やスキルの発現を伴うことがあるようで、それとともに高位の契約が生じるようである。
まあ、簡単に言えば、名前を付けてほしいと思えるぐらい仲良くなっており、信頼できる間柄であったからこそ、成長できたということである。
しかしながら、【名付け】による覚醒や成長は神による信託によるものだけであり、スキルや魔法にも存在はしない奇跡という位置づけである。それがなぜ発動したのかはいくら《博識》を使っても答えは分からなかった
そして、《超鑑定》でゾゾのステータスを見て魔王は驚愕した。
LVは驚異の56。
キングレギオン目前である。
そしてステータスはほとんど2000~3000。ベルフェルトには当然かなわないが、まだ全てのステータスが200~300程度の魔王からしてみたら10倍強い状況である。
そして何よりも、出会ったころにはなかったステータスがプラスされていたのだ。それは…。
ナンバー0【愚者】のアルカナキャストが発現していたのである。
アルカナキャストは先天的に選ばれている場合と後天的に選ばれる可能性がある。
この事実に辿り着けたことは幸運と呼ぶべきか不幸と呼ぶべきか…。
初見でアルカナキャストか否かを《超鑑定》で判定していくことで、取りこぼしを防げる仕様だと思っていたにもかかわらず、気まぐれで助けたスライムを育てていたら急にアルカナキャストになるという道が見えたことによって、出会うものすべてがアルカナキャストの可能性を持つことになってしまう。
しかしながら、【愚者】というアルカナ特性からこいつだけたまたまということも考えられるが、いずれにしろ《超鑑定》の物差しを過信しすぎないことは肝に銘じておいた方がよさそうだと心に刻んだ。
なにはともあれ、子供レベルのトーク力とはいえ、話し相手が出来たことは僥倖だろう。
得られる知識はないが、こちらの愚痴や独り言めいた情報整理に頷いてくれるだけでありがたい。
ゾゾはスライムの姿で魔王の肩にのっているのが基本スタイルである。喋るときは口だけが《形状変化》されるので大変気持ち悪い。
人間スタイルは専ら戦闘の時が多い。腕が伸びたり増えたり、指先を硬質化して切り裂いたり、口から体液を弾丸のように打ち出したりと戦闘スタイルは人間のそれとは大きく異なる。
デフォルトのかわいらしさがなければ完全にクリーチャーである。
LVでも戦闘力でも完全に主人の上を行く仕上がりになってしまったが、ほとんど刷り込みと言っていい状況により、ゾゾは魔王に対して絶対服従となっている。
頼もしい相棒を得た魔王は思ったよりも早く目的を果たせそうだと感じた。
そう、ベルフェルトと約束したニブルデッド統一である。
だがしかし、早速とりかかろうにも圧倒的に情報が不足していた。
《博識》スキルで得た情報はただの種族知識だけであり、この世界での現状がまるで分らない。
地図で地図を見ても魔物が出るエリアは探索できたが、村や町など、種族の生活圏は未だに発見できていなかった。
このまま無作為に探索範囲を広げていくのも気が引けるため、魔王は今一度ベルフェルトに会いに行くために、荒城の寝所へと再び足を伸ばすことを決めたのだった。




