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〜荒城での茶会〜

 ゲーム開始早々、勇者は一人目のアルカナキャストを仲間にすることに成功した。

 しかしながら、その世界の国家との浅からぬ因縁を抱えてしまうことになったのだった。


 一方、魔王もまた異空間の迷宮を潜り抜けて、異世界へと転生を果たす。

 しかしそこは、魔王の常識とはかけ離れた世界だった。

 


◾️

 魔王が目を開くと、そこはどこまでも灰色の大地だった。


 無骨な岩肌をした天井が目測で500mほど上空に見えることから、おそらく空はなくここが地下であることが予測される。


 押しつぶされそうなこの閉塞感は通常の神経ではおそらく耐えられないであろう。


 空がないことから辺りは真っ暗、かといえばそうではない。辺りの地面や岩、天井からは仄かな光が所々放たれており、周囲は薄暗いというよりも薄明るいと言える。この光が何なのかはわからないが、おかげさまで周りの状況は知覚できる。


 だが、空がない以上、昼夜の変化がないということは時間感覚に大きな欠落を与えてしまいかねなかった。


 そしてなによりも、目前に聳える荒廃した城と人気のない崩壊した城下町は、自分の置かれている状況を圧倒的に不安にさせた。


「もしかして…これが魔王の城…じゃないよな?」


 まだ確信を得たわけではないが、何となくそれが窺えるのだ。全く動く様子のない石の人形、おそらく【ゴーレム】というやつがあちこちで転がっている様子。


【スライム】だろうか?ゼリー質な生き物がこの町で動いている唯一の生物?である。スライムが食べているのか知らないが、それ以外は虫一匹見かけない。


 王城も目前というところまで歩いたところで、【青色のスライム】が他の緑色のスライム四匹に囲まれている現場に遭遇した。

 家族か何かかと思ったが、どうやら様子が違う。緑のスライムたちが青のスライムをよってたかって攻撃し、体を引きちぎっているのである。


 スライムの生態や文化はよくわからないが、魔王にはそれがイジメにように見えた。怯えて震えているように見える青のスライムを見て、魔王は不快に感じた。


 最初は見て見ぬふりしようかと思ったが、踵を返し、スライムの集まりに近づいた。

 折角だし、この世界の魔物の強さを調べてみようと考え、魔王は緑のスライムの一匹を踏みつぶした。


 グチャッ!


 っというゼリーを踏みつぶしたような不快な感覚と同時に、プラスチック程度の硬さの《なにか》も一緒に潰した。みると、スライムの中央にある赤色の物質が俗言う核のようなものにあたるであろうことが予想された。


 他の三匹のスライムは突然現れた亜人にピーピーと泣き喚く。逃げるかと思いきや襲い掛かってきたので、魔王は軽く返り討ちにした。


 びっくりするほど弱い。


 おそらくだが小学生ぐらいでも問題なく勝てるレベルだろう。

 《超鑑定》で調べたところ、LV1のレギオンだった。人間でいう赤ん坊と同じであり、当然と言えば当然である。


 魔王はつまらなそうにその場を後にすると、城門をくぐり、相変わらず荒廃した城の中に入っていく。

 城といったが、建築レベルは中世のそれではない。

 古代のそれだ。

 空がないので雨も降らないのか天井などなく、各部屋を区切るために積み上げた石壁の集合体である。

 原始レベルの文明に正直ため息が出た。そのため息に合わせてピキーっという奇妙な音がする。

 魔王が振り返ると、さっきの青色のスライムが後をつけているのである。


(なんだこいつ…もしかして…。)


 魔王は突如走り出したり、フェイントをかけたりしてみたが、スライムはぴょんぴょんと飛び跳ねながらいつのまにか魔王の後ろをついて来ていた。


(どうやら懐いてしまったらしい。助けた恩を感じたのかもしれないが、ちょっとした憂さ晴らしと戦闘実験のためだったんだが…。)


 だが、あの四匹と色が違うということは特殊個体なのかもしれない。

 一応《超鑑定》で調べてみる。

 期待とは裏腹に先ほどのスライムとレベルは同じで、特にステータスも変わりなかった。だが一つ、奴らと違うスキルがあったそれは…。


「《捕食》…か…」


 他の奴らのスキルは《消化液》だった。

 《捕食》の効果は食べたものを自分の一部にするとのこと…。


(普通に食べるのと何が違うんだ?)


 言葉遊びのような状況に魔王は首をひねった。


(とりあえず、レア個体なのだろう。あちこちで見てきたスライムで青色はこいつだけだしな。役に立つかは置いておいて、連れて行ってみるか。)


 魔王はそう考え、スライムに手を伸ばした。

 スライムはどこか嬉しそうに手の上に乗り、そのまま肩まで登って行った。不思議とそこまで重さを感じない。


 魔王のお供がスライムというのは心許ないが、まあ仕方あるまい。LV5の魔王にはお似合いだと自嘲しながら、他にも何かないか各部屋を見て回る。


 その時、明らかに異質な雰囲気を持つ部屋が一つだけあった。その異質さの正体は他の建物と違い、十数段の階段があったこと。そして、天井があるのだ。

 この部屋が周りと比べて特別であることは建物の違いのみならず、ただならぬ気配をこの部屋の中から感じたからである


 魔王は冷たい汗を浮かべながら、階段を上り、その部屋の前に辿り着く。仰々しい鉄製の両扉は何者も受け付けない重厚さを感じたが、構わず扉に手をかけた。


 意外にも扉は魔王を受け入れ、悲鳴のような音を響かせながら部屋の中に誘う。


 部屋の中を見て魔王は驚愕した。そこには、明らかにこの城の建築レベルを超えた装飾のベッドと、その上で眠る一人の男がいたのだった。


 紅い髪に貴族用に仕立てられた様な漆黒の洋服。二本のねじ曲がった角が人間ではなく悪魔であることが一見で察せられる。


 その男とベッドを包み込むかのように、緑色の幕が覆っていた。肉眼でも明らかにわかるそれは、異質なまでの力を放っていた。


(おそらくバリアのようなものか、無防備な状態を守るためのものだろうが、こいつは一体…。)


 そう思い、《超鑑定》を発動してすぐに魔王は戦慄した。


 LV76…

【キングレギオン】の大悪魔だったのである。


 種族は魔貴族【グレーターデーモン】。

 パラメーターも軒並み20000を超え…。自身のステータスとの圧倒的開きをみて、チュートリアルで試算していたパラメーターの上昇値がそのまま正解であったことを確信する。


 どうしたものかと思案していると、レベルの下にある表記に目を奪われる


 ナンバーXIV【節制】


(間違いない、こいつが【アルカナキャスト】だ。ではまさかこいつを…。)


 突如、その思考は遮られる。今まで眠りに落ちていたはずの目の前の悪魔が突如として覚醒したのである。

 宙に浮き、背中に巨大な蝙蝠羽を4枚広げたそれは、どうみても自分よりよっぽど魔王に見えた。


 それほどの強烈な威圧感を放つそれは、寝起きながらも臨戦態勢を取っているようで、表情は非常に硬く、目の前に現れた見慣れぬ存在に動揺しているようだった。


 男は静かに口を開く。


「突然私の魔障壁を破壊した上に、鑑定まで成功させてきたものですから、少々取り乱してしまいましたが…。どうみても子ネズミレベルの【魔人】とスライム一匹…。何者でしょうか?」


 丁寧な口調とは裏腹に、隠し切れない敵愾心と緊張感が発せられていた。


 魔王としては《超鑑定》を使っただけだったが、鑑定を成功させるために敵のバリアをも解除したのだろう。


 圧倒的な力を持つキングレギオンが展開していたバリアを破壊され、最低でも自身と同ランクであるキングレギオンでなければ使用できない鑑定を成功させられたとあっては、彼としても呑気に寝ている場合ではなかったというわけだ。


 あまりのイレギュラーに飛び起きたものの、目の前には予想をはるかに下回った雑魚が二匹…。彼の混乱には頷ける状況下だ。


 そうした心理状況を把握し、魔王は毅然と立ち向かう。


「私の名はシェブニグラス=インフェルド。魔の者たちの王として生を受け、今この地に降り立った。貴公の名を聞かせてもらえるか?」


 男は妙な戸惑いを覚えていた。


 自身の鑑定スキルで確認した目の前の存在の脆弱さとは裏腹に、圧倒的に高位な存在を伺わせるような毅然な態度と不遜な佇まい。だがそれを裏付ける先ほどの事象…。


 少し間を置いた後、男は素直に応じることを選んだ。


「私の名前は【ベルフェルト】。しがない悪魔と思っていただいて結構でございます。」


 ベルフェルトはそう言って丁寧にお辞儀をする。

 口調や所作からしてもしがない悪魔なわけがない。謙遜かそれとも瀬踏みか…。

 後者であればそれを潰しておくことは絶対に必要である。


「しがない悪魔とは謙遜が過ぎるな。それともこの世界のグレーターデーモンはそう珍しいものではないのかな?」


 あまり挑発して激高されたら困るが、恐らくそういうタイプではなく、思慮深いタイプだと山を張った。


 魔王の何でもお見通しだというポーズはベルフェルトも汲み取ったようで探り合いは不要と感じてくれたようである。挙句、自身の鑑定スキルに疑問を感じ始め、もしかしたら 偽装フェイクなどで隠蔽された数字を見させられているかもしれないとまで勘違いさせることに成功していた。


「いいでしょう、とりあえず胸襟を解いて対談に応じましょう。」


 ベルフェルトがベッドに手をかざすとたちまちなくなり、代わりにテーブルと椅子が用意された。しかもご丁寧にお茶のセットまで…。

 そして驚くことにそれぞれ三つ分用意したのである。

 スライムでさえも客人の従者として認識し、礼を失せぬベルフェルトに対して魔王も心なしか敬意を払った。


 共に席につき、ベルフェルトは紅茶を差し出し、「さて」と一呼吸置いた。


「では、まずこちらから聞きたいことがございます。あなた様は先刻、『魔を統べる王となるもの』とおっしゃいました。それはつまり、魔王としてこの世界を治めるとそういうことでしょうか?」


 この反応、どうやら彼にとって魔王とはこちらが思っている以上に重要なことであることが伺える。

 突然現れた自称魔王に対して本当に魔王なのかどうかを確認する時点で、私がどこからきて何者なのかということはどうでもいい。もしくは当てがついているということである。


「いかにも、私はそのためにこの世界に生を受けたのだから。」


 魔王は愚問とばかりに瞬時にそう答えた。


 なるほど、と、ベルフェルトは一拍置き、紅茶に口をつける。


 何気ない仕草さだが、魔王にはその所作の中に表現しがたい感情が垣間見えた。

 怒りでもないイラつきでもない、どことなく懐かしさや憂いまでも感じる。


 そして、意を決したように魔王に鋭い視線を向ける。


「あなたがどういったお墨付きで魔王を名乗っているかはこの際どうでもいいことです。この世界に住まう眷属たちにとって、あなたが魔王たるべき存在であるかどうかが最も重要なことといえるでしょう。」


 魔王は深く頷いた。


「肩書には屈せぬ、その証を示せ、そういうことだな。」


「率直に言えばそういうことです。」


 ベルフェルトは右手の人差し指を立てると、指先に魔力が集中し始めた。ピンポン玉ほどのエネルギー体が浮かんだかと思うと、それは激しく発光し始め、稲光を発し始めた。


 一見して、それが尋常ではないパワーであることが伺える。仮面のおかげで表情が隠せているが、そうでなければ魔王の動揺は見て取れるであろう。


 ベルフェルトは指先を魔王に向ける。


「あなたは自身が魔王である証明のために、これをその身に受ける御覚悟がおありでしょうか?」


 そう尋ねるベルフェルトの目には何の感情も籠っていない、冷徹そのものだった。

 もしこれがそのままベルフェルトの指を離れ、魔王に直撃すればおそらく跡形もなく吹き飛ぶであろう。


 脅しとも受け取れる確認方法だが、魔王としては確信めいた有益な情報がそこにはあった。


 つまり、ベルフェルトは魔王の力を測りかねているのである。


 それを察知し、魔王は問いに対して即座に答えた。


「不毛だな。そんなことに何の意味もない。」


「ほう?」


 魔王は紅茶に口をつけ、涼しげに言い放つ。


「その攻撃に耐えたからなんだというのだ。そんなものが魔王たる証明になるはずがない。」


「証明にならないことなど百も承知ですよ。」


 ベルフェルトは表情を変えず詰め寄った。


「はっきりと申しあげましょう。我々は魔王を求めておりません。」


 その一言はこちらの動揺を誘うものだということがベルフェルトの語気と視線で感じられた。

 意に介さない様子をこちらが見せると、ベルフェルトは続ける。


「この世界は【ニブルデッド】。地上世界【エルデガルド】と対を成す地下世界。ここには魔族をはじめ、鬼族、妖精族、妖魔族、不死族など多様な種族がいますが、未だかつて種族間で手を取り合ったことなどないのです。力で圧し、恐怖で心を縛ることこそ唯一の支配の形…。」


 そこで一息つき、ベルフェルトは再び指先の魔力を魔王に向ける。


「せめてこれぐらいは受け止めてもらわなければ、この弱肉強食の世界ではだれもついて来やしないのですよ。」


 ベルフェルトの言葉から、魔王はある疑念が確信になっていくのに気づいた。


「なるほど、前にもいたのだな。魔王を名乗るものが…。」


 その一言にベルフェルトの表情が崩れる。ベルフェルトを尻目に、魔王はクックックと喉を鳴らして笑った。


「そうとわかれば私がやるべきことは一つだな。貴公が不可能と断じる種族統一と国家の創生、この魔王 シェブニグラス=インフェルドが成し遂げて見せようではないか。」


 魔王のその一言に、ベルフェルトは目を丸くした。


「その言葉、ただの啖呵では済まされませんよ?」


 ベルフェルトのその射るような視線を浴びながら、魔王はふっと笑う。


「当然だ。これは私と貴公の力関係を証明するための勝負だ。貴公には出来ないことを成し遂げることにより、私は魔王としての強さと威厳を証明する。つまり…。」


「是非もないことですね。」


 ベルフェルトは表情を崩し、指先の魔力を消し去った。


「その大言、成せばあなた様を魔王として認めることは勿論のこと、私も従者として忠誠を誓うことをお約束いたしましょう。」


「その言質、確かに頂戴した。」


 魔王は再び紅茶を味わうと席を立った。魔王が話している間、紅茶の中に体の一部をつけて飲んでいたスライムも、魔王の立席に合わせて肩へと飛び乗った。


「馳走になったな。まさかこの世界で紅茶が飲めるとは思わなかった。感謝するぞ。」


 それを聞いてベルフェルト目を細め、笑みを浮かべた。


「恐縮です。お口にあったようで何よりです。」


 魔王は帰り際にふと足を止める。


「少しの間、この場所を拠点にして情報収集をしたいと思うが、またお茶を頂きに来ても構わないかな?」


「ええ、お待ちしておりますよ。」


 立ち去っていく魔王の姿を見送り、ベルフェルトはお茶やテーブルを消滅させ、再びベッドを出現させ、ベッドの上に横になった。


 目を閉じると、記憶の彼方から女性の声が聞こえた。


『だめだよ、ベル。折角強くてかっこいい悪魔なんだからちゃんと身なりもしっかりしないと。』


『乱暴な言葉遣いはダメだよ。ちゃんとエレガントに、誰に対しても礼節とおもてなしの心を持たなくちゃ。』


『うんうん、王族や貴族ならこれぐらいゴージャスなベッドがいいよね。ベル、寝てみて!これで寝たらベルのその目の下のクマもなくなるんじゃないかな?』


 その声は確かに記憶の中にある本当にあった出来事。


 だが、彼女はいない。この世から、誰の記憶の中にも…。


 ギリギリと奥歯を噛みしめながら、ベルフェルトは再び眠りについた。



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― 新着の感想 ―
すぐに部下になるのではなく実績を見せたら考えてやるというのはいい塩梅ですね。 ゲームとかでよくあるように敵対しているのに何故か見逃すパターンでもないですし。
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